見出し画像

愛とはなにか、知っている

初めての彼氏はオーストラリア人で、マットといった。マットは、一緒にマクドナルドに入った時、私にサンデーを食べさせてくれなかった。


俺が注文したサンデーだろ。これだから女は嫌なんだよ。いらない、って言っておきながらあとで一口ちょうだいって。だったら最初から注文したらいいだろ。


小さな店内で怒鳴られたのでよく覚えている。そんな些細なことでマットを怒らせるとは思わなかったので驚いた。私は諦めて黙った。



3人目の彼氏はヨナスといった。彼とは1年間、ノルウェーで同棲をした。そろそろ帰国するか、それとも国に留まるか、という時に彼は私にプロポーズした。指輪はいらないということと、引っ越す必要もない、という話をした。本当に指輪はいらなかったし、同棲していたアパートで暮らし続ける方が楽でいいと思った。彼も私のそういう、飾らない素朴な部分を気に入ってくれていた。


その一週間後、深夜に働いていたバーから帰るとヨナスが泣きながら床に座っていた。大の大人が大粒の涙を流しているのでギョッとした。彼のそばには、空のワインボトルと、グラス(大麻)が散らばっていた。その夜、彼から婚約を解消したい、といわれた。私は友人に婚約が破棄になったという旨のメールを送るついでに、ドイツ行きのチケットを買った。



5人目の彼氏はレーンといった。ドイツとトルコの混血。下の名前がトルコ人丸出しで気に入らないから苗字で呼んでほしいと言われ、その通りにしていた。マザーコンプレックスがひどくて、母親の悪口ばかりいう。バイクが好きで、一度、グラスでかなりハイになった彼の後ろに乗って死ぬ思いをした。スピード違反の末に、文字通り、警察とのカーチェイスをして、彼らを撒いたのだ。


そうしたら、どこだかわからない、成れの果てのような場所に突然降ろされ、あとは自分の足で帰るように私に伝え走り去った。それきりだ。


8人目はドイツ語講師のホルガー。覚えの悪い私を呼び出して、発音と熟語の補習を無償でしていた。ある日、クラスメイトたちがそれをからかって、付き合ったら?というので、私はジョークで「まだ連絡先も教えてもらっていない」と言うと、ホルガーはその場で私の腕に携帯番号を書いた。


なぜ彼が私を選んだのかよくわからなかった。というのも彼はアジア人を毛嫌いしているようなところがあった。事あるごとに、アジア人らしい考え方だ、アジア人はこれだから、と鼻を鳴らして笑っていた。西洋人特有のアジア人に対するヘイトは彼に根深く息づいていると感じた。






長くなるから話さないが、この手の男は山ほど経験した。気力も愛想も尽きた頃、とっとと諦めて、荷物まとめて帰国したというわけだ。



私は、私の元カレたちに思えばいつもがっかりしていた。彼らの表面的なところだけを見ていたのだろうと思う。


このようなエピソードを友人にすると、皆、口を揃えていうのは、
男見る目ないね。


ということだ。本当にそうかもしれなかった。しかしこれらの話には続きがある。


私は普段、その後の彼らとのやりとりを友人たちには話さない。私だけの宝物にしておきたいからだ。今日はそれを、共有したいと思う。





マットとは、それから1年後に別れた。ちょうど大学を卒業し、ノルウェーに移住するタイミングだった。スカイプで最後に話をした時、彼は私の銀行口座に80万円を送金したと言った。80万は、私が卒業までに返しきれなかった奨学金の額だ。マットは、ノルウェーに行く前に、借金はゼロにしておいたほうがいい、きちんと全額返しておけと言うのだ。


私は戸惑った。こんなお金は受け取れない、というともう送金してしまったと言う。どうやって返せばいいか、と聞くと、マットは言った。


僕に返すんじゃない。お前がいつか一人前になった時、自分より困っている人を同じように助けるんだ。そしたら、そいつがどうやって返せばいいかと聞くから、俺と同じように答えるんだ。わかるか。そうやって世界は回ってるんだ。



ヨナスは、私と結婚するためにアルコールとクスリを絶っていた。依存症者のための施設にも通っていた。半年ぶりに自分との約束を破った彼は、私の人生に責任を持つにはまだ自分は未熟すぎる、と暗闇で言った。


微熱、世界で一番幸せになってほしい。君を幸せにできる人は必ずこの先現れる。今、僕を選ぶな。この先も、間違った人間を選ぶな。自分を大切にすると言うことは、正しい人間を選ぶと言うことなんだ。



レーンは私をバイクから降ろし、ヘルメットを外した。そして、私の頭を両側から掴んで言った。クスリをしながらスピード違反をした自分は今から自宅に帰る途中、警察に捕まって連行されること。同じバイクに乗っていた私も、なにかしらの罪に問われる可能性があること。警察がいない、この場所で降りておくべきということ。とにかく無事に自分のアパートにたどり着き、もっとマシな男を探すこと。



ホルガーとは3ヶ月ほどでダメになった。彼は、こうなることはわかっていたという。そこで初めて彼は、語り始めた。昔、アジアに長旅をし、文化に魅せられて移住した過去。そこで、妻と子供を持ったこと。


俺はこうしてドイツに一人で暮らしているけれど、たまにアジアの断片を見つけると居ても立っても居られない。微熱、お前を利用して悪かった。俺は、お前たちの文化を誇りに思うよ。



私はこうして、自分勝手な男たちにさんざん振り回されて、最後には愛が何かもわからなくなっていた。けれど、今になったらこう思う。私が過去に出会った愛すべきクソ野郎どもは、私の中の愛という価値観に日々水をやり育てていてくれたと。


それに気づいたのは、本当に最近だ。憎んでいるはずの人間たちを今になって愛おしいと思っている自分を発見したのだった。


私は、この人たちに出会わなければ、愛が何かもわからないまま、人を求める心を弄んでいただろう。人の表面だけをみて、その人の人間像を決定し、そうそうに諦める癖をつけていただろう。彼らに出会う前の私はそうだった。人のために傷つこうとしなかった。あのまま、心が勝手に育ってしまわなくてよかったと思う。


この男たちは私をさんざん困らせ、どん底に突き落としてくれた。私の持っていたちっぽけなサイズの愛を、決して立派でもない木に実らせてくれたのだ。



私はいつの間にか、人に誇れるだけの愛を身につけていた。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?