わたしだけの手垢とワンピース、風。
真夏の服が必要だ。そう思った。
風がない。部屋の気温はどんどん高くなる。汗で服も埃も私の身体に集まってくる。だけど動きたかった。何かをしたい午後だったのだ。布団も干した。
タンスにゴンゴンの終わったやつがたくさん入っているタンスを見下ろす。つかんでポイと捨てる。また見つかる。
断捨離、というのが一時は流行っていた。いまもやっている人がいるのだろうか。そんなことを想いながらここにも、あらここにも、とつぎつぎゴンゴンを見つけた。
私はモノは少ないほう。物を買っても、使うのがあまり得意じゃない。手に入れた途端にぱたりと飽きてしまって、中には値札が付いたまま押し入れの中に捏ねられているものもある。それを見るたびにいたたまれないので買うのをやめたのだ。
世の中には捨てたくても捨てられない人がいると聞く。捨ててもまた買う人も。あるのにまた同じものを買う人。さまざまいる。
サマーニットをおしゃれ着洗いする。2年ほど前か、おおきなたらいを買った。水道水をじゃあじゃあとためて4着を浸す。パステルカラーが濃くなって、たらいの中でしっとりしている。手をつけると冷たい。気持ちよくて、しばらくそこにいた。
タンスに空間ができると、すこし風がふき始めた。窓をあけ放ち、タンスも開けっ放しにしておく。ちょっと休憩、とレモンアイスを食べる。しゃりしゃりした黄色い氷とバニラアイスが水玉模様みたいに入っている。銀色のスプーンに自分を映した。
西日が入りいよいよ暑くなる。真夏の服を衣装箱から取り出す。去年もおなじく着ていたものなのに、ずいぶん新鮮に見えるのは不思議だ。私は冬服さんたちにはかなり厳しくしているが、夏服さんたちは甘ったれに育てている。ほとんど着ていないワンピースだらけなのだ。
海外にいるときにお給料のほとんどをヴィンテージのワンピースに注ぎ込んでいた。それがなかなか捨てられない。捨てなくとも着ればいいのだが、毎日おしゃれするわけにもいかないし(してもいいのだけれど)。
一枚一枚だしてみて、広げる。懐かしい生地。ベルリンの汚れ、手垢の匂い。数えると50もあった。ふむ。少し考えて写真を撮り、メルカリを開いた。すぐに閉じた。これだけは絶対、手放さない。断捨離ってなんだ!わたしはすっきりなんてしないぞ!
冷やしすぎた麦茶を一気飲みし、そのうち気持ちは落ち着いた。現実的に着そうな5着を引っ張り出し、あとはしまったままにしておく。選ばれし5着はみなハンガーにぶら下がって、風通しのよいところでゆらゆらしていた。
洋楽ラジオをかけながら、残りを片付けた。
ああ、傷ついたよ
そんなつもりじゃなかったのに
君を欲しがるような自分になりたくなかった
無い物ねだりする子供みたいに
恥ずかしくて消え入りそうだよ
それでも求めずにはいられない
言葉にならないほど君が欲しいよ
床に溢れてしまったシュガーみたいに
ただ儚く、君だけが欲しいんだ
それでも、やっぱり傷ついたよ
そんなつもりじゃなかったのに
やっぱり弱いんだな。君をこんなに欲しがるなんて
身に覚えのないラブストーリーが風といっしょに通り過ぎて行った。
みながそれぞれのもの仕舞い込み、こうしてきまぐれに取り出しては、捨てたりしがみついたりしている。また欲しがり、捨てたがる。私もそう。
部屋の気温はすっかり上がってしまった。余計に散らかってしまったタンスを見下ろしながら、途方に暮れる。たらいのなかのパステルカラーをふと思い出した。
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