火のない花火
今夜、松ぼっくりを食べてみようと思う
アキオが壁に言う。
食べたらどんなだろう
さあ
カレーパンみたいなじゃないかと思う
やめなよ
熊は毎日たべてる
アキオは天井を見た。ブラウスから伸びた白い首にほくろ二つ。長い髪は乱雑に下りて、たっぷりと大きな胸にかかっていた。そういえば、鶯色のブラジャーが干されていた。誰が洗うのだろう。
熊が食べるところを見たの
見えない。なにも見えない
じゃあなんで
聞こえるから
後ろから手がのびてぎょっとした。こいつに聞かれたくないことがあったら、この紙に書きな。露子は私にしわしわの一万円札を差し出した。余白にびっしりとメモ書きがあった。
アキオは天井を見たままだ。圧倒されたように口を開いている。大きな尻をぺたりと畳に吸わせ、折りたたんだ脚にはすね毛が見える。その間から血が流れる日もあるのだろうが、こんな村のどこに、ひゅう
上がるよ
思わずそう言った。返事はなかった。
ドン
少し揺れた。
◇
あの家にはノーナンカとショーガイシャが二人で住んでんの。女の子が生まれて、遅いから母親が嫌がった。ツンボの婆に押し付けて出てったと思ったら、もう三五やて。かあいそうに。
紙をしまった私を見て、母は眉を寄せた。とっとと丸つけちゃいな、男のなにがいやなのよ。
年に一回だけ、花火があるの。二人とも楽しみにしてるんだから。ねえ、あんた、行ってやってよ。
母が私に会って頼みごとをするなんて何年ぶりだろう。
◇
アキオはまた天井を見た。
天井に何かあるの
二階はお蚕様。たくさんいた
きもいね
神様、神様です
暗い箪笥のなかで徐々に大きくなっていく白い虫を想像した。来る日も来る日も鳴りやまない咀嚼の中で生きる家族。ひゅう
ドン
お蚕様、大人になるまで生きられない
は
体が大きくなると繭を傷つけるので
はあ
絹が高く売れなくなる。だから、小さなうちに窯で茹でる。ひゅう
上がるよ
ドン
腹が立ってきた。秋だというのに蒸すからだ。立ち上がり、こたつに潜った露子に近づいた。先ほどの一万円を差し出すと露子は見上げ、にやりと笑った。
あんた、男が好きなんだって。男のくせに、気持ちわりい。
遠くで鳴っていたものが急に近くなった気がする。
家が揺れていると思ったら、自分だった。血が身体を揺らしていて、これからしばらく私の世界を乱すだろうな。でも、アキオと露子もまた、同じように揺れていると思いたかった。
札をおもい切り丸め、顔に投げた。露子はそれを丁寧に広げ、手で何度も延べる。
あの村は金がないから、花火をあげられん。せめて音だけ鳴らすのよ。私はあそこを出られてよかった。アキオは違うよ。あの村しか知らない。男も、花火も、なあんにも知らないんだよ。
花火が止んだ。アキオはいつの間にか寝ていた。さあさ、よう来てくれました、こんな村までどうもすみません。露子が寝言をする。こたつの上には一万円があり、隅には「ハナビサク」と書かれていた。
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