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火のない花火

今夜、松ぼっくりを食べてみようと思う
アキオが壁に言う。

食べたらどんなだろう
さあ
カレーパンみたいなじゃないかと思う
やめなよ
熊は毎日たべてる


アキオは天井を見た。ブラウスから伸びた白い首にほくろ二つ。長い髪は乱雑に下りて、たっぷりと大きな胸にかかっていた。そういえば、鶯色のブラジャーが干されていた。誰が洗うのだろう。


熊が食べるところを見たの
見えない。なにも見えない
じゃあなんで
聞こえるから


後ろから手がのびてぎょっとした。こいつに聞かれたくないことがあったら、この紙に書きな。露子は私にしわしわの一万円札を差し出した。余白にびっしりとメモ書きがあった。


アキオは天井を見たままだ。圧倒されたように口を開いている。大きな尻をぺたりと畳に吸わせ、折りたたんだ脚にはすね毛が見える。その間から血が流れる日もあるのだろうが、こんな村のどこに、ひゅう

上がるよ

思わずそう言った。返事はなかった。

ドン


少し揺れた。



あの家にはノーナンカとショーガイシャが二人で住んでんの。女の子が生まれて、遅いから母親が嫌がった。ツンボの婆に押し付けて出てったと思ったら、もう三五やて。かあいそうに。


紙をしまった私を見て、母は眉を寄せた。とっとと丸つけちゃいな、男のなにがいやなのよ。


年に一回だけ、花火があるの。二人とも楽しみにしてるんだから。ねえ、あんた、行ってやってよ。


母が私に会って頼みごとをするなんて何年ぶりだろう。




アキオはまた天井を見た。

天井に何かあるの
二階はお蚕様。たくさんいた
きもいね
神様、神様です

暗い箪笥のなかで徐々に大きくなっていく白い虫を想像した。来る日も来る日も鳴りやまない咀嚼の中で生きる家族。ひゅう

ドン


お蚕様、大人になるまで生きられない

体が大きくなると繭を傷つけるので
はあ
絹が高く売れなくなる。だから、小さなうちに窯で茹でる。ひゅう


上がるよ


ドン

腹が立ってきた。秋だというのに蒸すからだ。立ち上がり、こたつに潜った露子に近づいた。先ほどの一万円を差し出すと露子は見上げ、にやりと笑った。


あんた、男が好きなんだって。男のくせに、気持ちわりい。


遠くで鳴っていたものが急に近くなった気がする。

家が揺れていると思ったら、自分だった。血が身体を揺らしていて、これからしばらく私の世界を乱すだろうな。でも、アキオと露子もまた、同じように揺れていると思いたかった。


札をおもい切り丸め、顔に投げた。露子はそれを丁寧に広げ、手で何度も延べる。



あの村は金がないから、花火をあげられん。せめて音だけ鳴らすのよ。私はあそこを出られてよかった。アキオは違うよ。あの村しか知らない。男も、花火も、なあんにも知らないんだよ。


花火が止んだ。アキオはいつの間にか寝ていた。さあさ、よう来てくれました、こんな村までどうもすみません。露子が寝言をする。こたつの上には一万円があり、隅には「ハナビサク」と書かれていた。



1183字



この企画に参加しました。



■テーマ 「紙」
■タイトル 自由
■文字数800字~1200字(厳守)※noteのテキストでのカウントでお願いします。(ルビは文字数には含みません)
■募集期間10月4日(金)0時~10月9日(水)23時59分

ピリカさんの応募要項より


ピリカさんとその素敵な仲間たちが心を込めて読んで評価してくれます。ぜひ、この貴重すぎる機会を楽しみましょう!


さらに詳しい概要はピリカさんの上の記事から。締め切りはまだ明日もありますから、応募してみましょう。


ps
とにかくたくさんの渾身のフィクションたちが読めるのがこの企画の醍醐味だと思っています。こんなにも参加してみたいって思う企画はほかにありません。ピリカさんとその仲間の方々、ほんとうによい機会をありがとうございます。そして、頑張ってくださいね!


どうぞ🥤←レッドブル


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