1150円で簡単に変わる人生

そんな人生を送っているな、と、そのバーガーにかぶりつきながら思ったのだった。


土曜日。何の変哲もない週末。特に用事もない私と夫は、二人して下町にぶらぶらと出かけていった。図書館に着いた。夫は哲学書を探すらしい。二階へ上がっていった。雑誌コーナーで知らないおじさんと争奪戦をしていると夫が下りてきた。


手に持っていたのは『意味がない無意味』という本。ようやく見つけた、と嬉々として借りていた。


雑誌おじさんに別れを告げ、図書館を出る。


私と夫は本を買わない。よっぽど欲しいものがあれば買うけれど、かなり選ぶ。夫はドイツ人でいずれはドイツにも住む予定だから、大切なものを増やしておきたくない、という。


私は、いざ買うと読まないから。本棚に入れておくだけで安心してしまい、埃をかぶせて数年、なんでこれ買ったんだっけ、という本が沢山ある。


それでも、家にあって、すぐに開けるのは魅力と感じるときもある。本を買いたい、そばに置いておきたい、という気持ちと、借りるだけでいい、身軽に生活したいという気持ちと言ったり来たりしている。


下町を通って帰ろうとすると、小さな祭りをやっていた。子供のために大人ができることを全力でやろう、というコンセプトらしかった。子供が10円とかそんなお金で射的や、投げ輪や、ミニバスやゴーカートなんかができる。

でも、お酒やおつまみはしっかりある、というのがなんだかおかしくなってしまう。フードトラックがびっしり停まっているのだ。


ひとつ、ふたつ覗いてみた。こんな事を言うのはあれだけど、なかなかどれも値段がすごい。手のひらにのるような小さなピザが一枚1600円。ジュースが600円。これを平気な顔で買うのが正しいのか、我慢するのが正しいのかわからなくなる。祭りの売り物っていうのはそういう値段である。子供がいれば買ってやるのがいいのだろうが、大人ふたりでは我慢も簡単にできてしまう。


まあ、見るだけ見てみよう、と1周する。どうやら、全体像が見えてきた。店は、県外から来た人と、地元の人とブースが別れている。県外から来た人のほうが圧倒的に、おしゃれなものを派手に高く売り出している。店員さんも元気で愛想がいい。


地元の人たちのフードトラックは、見ると、良心的な値段。子供は半額、とか書いてあったり、地元の人はこの町の好きなスポットを言うと、オレンジジュースがもらえる、とかサービスを考えているようである。


地元の人達がやっているなら、と買うことにした。ふとみると、地鶏バーガーというのがある。長野県産のハーブ鳥をかりかりに揚げて、特製ソースでキメている。850円。これはお手頃だと思う。それにフライドポテト300円もつけた。


なにかドリンクを、と頼もうとすると店のおじさんが目の前に手をかざした。「これ、見て」と言うので、見てみる。手が震えている。「去年からこんなふうになっちゃったの。バーガー作るのめちゃくちゃ遅いから、そのへんうろうろしててくれる?」という。寒いから、といってホットコーヒーをくれた。


言われた通り、コーヒーを飲みながらうろうろする。いろいろな店がある。ケバブとか、チョコバナナとか、クレープとか、ピザとかもつ煮とか、串焼きとかいろいろ。でも、この店を選んでよかったな、となんとなく思った。少しすると「できたよ、こっちへおいで」と声がした。受け取り、公園に向かう。


受け取るときに「いただきます」と言って受け取ったけれど、「ありがとう」のほうが良かったかな、と考えながら歩いた。


ベンチを見つけて座って食べる。このバーガーが、それはそれは美味しいものだった。地鶏がうまく揚げられていてさくさく。そこに、醤油ベースのタレが絡んでいた。さらにたっぷりの特製マスタードソース。新鮮なレタスにトマト。そして、すごく大きい。


ポテトのはいった箱は触れないほど熱い。開けてみると、小さなじゃがいもを切って揚げたポテトが入っていた。あら塩がかかっている。指でつまんで一口。削りたてのブラックペッパーがかかっていて、食欲をそそる。おいしいおいしい、と言ってすっかり食べた。


その公園からは日本アルプスがよく見えて、こんなに素晴らしい景色の中で、こんなにおいしい物が食べられるなんて、ラッキーだ。陽の光を存分に浴びながら、なんだか人生が簡単に変わったような気がした。


そのことを夫にいったら、1150円で人生が変わるなんて、私達はほんとうにラッキーな人生を歩んでいる、という。そのとおりだと思った。


帰りみち。坂を登りながらお互いが見つけた本について話した。家に着いたらコーヒーをのんで、少し昼寝をした。

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