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お金がないから全部欲しいです、と言われたとき

実は、北海道に行くまえにすこしだけ入院をしていた。そこで引っ越しを1週間遅らせた。その時の話を書いてみようと思う。



入院は自主的なものだったので2泊で終わり。がっつり点滴、がっつり薬飲んで寝て、じゃらんじゃらんの錠剤を持たされて出た。母さんが迎えに来た。


どうだった。ごはんがきつい。まずいってこと。少ないし、味がないし。まあ、そういう約束だから。1日の塩分量が決まってるんだよね。砂糖は?かぼちゃは甘かった。誰かと話した?話したよ。知り合いができたね。すごい人がいたよ。なに。シューフィッターなんだって。なにそれ。


そんなかんじ。


鞄のなかにきれいに整頓された薬。細々と、でも心を込めて減らしてきた薬はこうして思いっきりリバウンドする。

でもそれも小さなことだ。そう思えるようになった自分がいいなって思える。


家に帰り、荷造りの続きをする。家を片付ける。
私は、決めたことは必ず最後までやりたいと思う。こういうことをぎっちり自分に課すせいで薬は増えるが、少なくとも「言ったのに途中でやめたよね」っていう頭の中の声は小さくなる。


というわけで、粛々と片付けていく。


家のものを、ジモティーに出すといろいろな人から「あれがほしい」「今日受け取りにいってもいいか」「子供を送ってから」とか、もううんざりするほど各々の都合で連絡が来る。目が回る。


その中に、一通だけこんなメッセージが来た。


「お金がないからすべて欲しいと思っています。いつでも取りに行けます。」


前半の事情はどうしようもなくとも、後半に惹かれた。すべて、いつでも。


「じゃあ、今から来れますか」「準備して30分後に着きます」

短いやり取りで来てくれた。そして本当に全部、車に積んでくれた。


「全部欲しい」といいつつも、受け取りの段になって選ぶ人がいる。これはいいや、これはもう持ってるんです、といって置いていくので、ばらばらにしないでほしいとは思いながらも断ることはできない。


でも、その人は違った。腹が減った動物みたいになんでもかんでも小さな車に積んでいった。黙って作業をし、箱の中も見なかった。


最後にA4のコピー用紙を折りたたんだものをくれた。その場ではなんとなく、開かないほうがいいって思った。



どうも。こちらこそ。そういって私の目を見ないまま軽を走らせていった。後部座席にガムテープで補強したベビーシートが乗っていた。


それは手紙だった。最初に、乱雑な字で書いてあるのは信号が赤の時に急いで書いたから、そしてこんなことを書くのは私がこれから引っ越していく人だから、誰かに聞いてほしいから、と断りがあった。

そのあとにその方の事情が書かれていた。


子供が2人、父親が違う娘たちが生まれたこと、1人目は突然帰ってこなくなり行方がわからず、2人目は事故で死んでしまったこと。私が渡した調理道具、食器類は家で使わせてもらいたいこと。


特に、画材(クレヨンや厚画用紙をたくさん渡した)は下の子が絵を描くのが好きだからうれしい、と書かれていた。そういえば、紙粘土と陶土、ビーズや手芸道具も入れた。子供が遊びに使えそうなものは何でも欲しいと言われていたので張り切って入れた。

喜んでくれているといいな。


そして、私が大学時代から買いためてきた製菓道具は「特別にうれしい」そうだ。その方はパティシエになるため名古屋の専門学校に行きたかったが経済的にむずかしいために進学できず、就職しすぐに子供を産んだらしかった。


「本当は、地元のつまらない仕事がしたくなかっただけなんです。自信がなくて」「出産して寿退社なら、だれも咎めないと思った」そう書かれていた。なんだかわかる気がした。私も若くて相手がいたら、そう考えたはずだから。


持病のために会社勤めはできず、リモートワークのパートで食いついないでいること。上の子がそろそろ、うちは貧乏だ、と気づき始めているのであらためて物をそろえたいこと。


「雑談をすみませんでした。お礼がなにもできずにごめんなさい」


そう締めくくってあり、名前はなかった。私はすぐに、アプリを起動してその人にメッセージをしようとした。思った通り、アカウントはなかった。消されたか、ブロックしたか。そりゃあ、ここまで個人的なことを伝えたら、もう連絡は取りたくないだろうな。


私がメッセージとして送りたかったのは、こうだ。

もし今後、誰かに何かを聞いてほしくなったら、noteというのを始めてみるといいですよ。無料で好きなことを書けます。自分がちっぽけな存在におもえても、だれかが必ず見ていてくれます。いい場所ですよ。


その手紙を見て思ったのだ。この人は誰でもいいから話を聞いてほしいようだった。物をとりにきたのか、これを伝えたかったのか、わからないくらいの熱量で書かれていたそれに圧倒された。きっと、noteの人たちも、彼女の日記が読みたいかもしれない。


でも、もうその人には届かない。
あなたには価値がありますよ。金があってもなくても。父親がいてもいなくても。その子供たちも同じように価値がありますよ。


そう呟いてみても、やはり届かないのだった。
そして私は、なにがなんでもこの人にこの想いを伝えたいというのに、自分にだけはそれが言えないのだった。


微熱、あなたには価値がありますよ、と。

自分として生きているだけで、価値がありますよ、と。




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