取調べ拒否を理由とする逮捕状請求・発付の違法性

事例はこちら。

事例報告:取調べへの弁護人立会国賠

事例報告:取調べへの弁護人立会国賠(控訴審)


この点について、第1審で弁護人(相原告)の代理人を務められた金岡弁護士のコラムはこちら。

(在宅)被疑者が取り調べに弁護人を同席させる権利

(在宅)被疑者が取り調べに弁護人を同席させる権利~特別編・第2弾

弁護人の取調べ立会を巡る再逮捕事例の顛末(そして国賠へ)

名古屋高裁、在宅被疑者に取調べ受忍義務を認める!!

(関連)

在宅被疑者が取り調べに弁護人を同席させる権利~第3弾


第1審(名古屋地判R3.1.28)は請求棄却。判例秘書、Westlaw、D1-Lawのいずれにも掲載されている。

控訴審(名古屋高判R4.1.19)でも控訴棄却がされた模様だが、そこでの判示が注目を集めているようだ。


残念ながら控訴審判決はまだ見れないので、今回は、一般的な検討と第1審判決の検討にとどめる。追って控訴審判決の内容が明らかになれば検討したい。


1 文献・裁判例

逮捕をめぐる国家賠償事件について検討した文献は、かなり少ない(たぶん)。

まず、村重慶一「逮捕・勾留・起訴をめぐる国家賠償事件の検討」(判タ1277-40)がある。非常に整理された文献で、国賠を検討する場合には必読になると思われるが、これは公訴提起の違法性の検討が中心になっている。(なお、村重先生は、他に『刑事事件をめぐる国家賠償の研究』や、「検察官の起訴と国家賠償」司法研修所論集 創立20周年記念論文集1 民事編1、「国家賠償訴訟」実務民事訴訟講座10、「検察に関する国家賠償」現代裁判法体系27などの著作もある。)

なお、村重慶一氏(11期)の経歴は、こちら

次に、宇賀克也「国家賠償の課題—違法性論を中心として」ジュリ1000-60)は、国家賠償法の解釈について網羅的に整理・解説した、これも必読の文献と思われるが、ここでも、「検察官による公訴の提起、警察官による逮捕」について言及されている。その中で、「検察関係国賠訴訟に関する文献は枚挙に暇がない」とされており、「問題を全般的にとり扱った最近の文献として、さしさたり」として、①村重慶一「公訴の提起・追行」ジュリ993-79、②稲葉馨「検察関係国賠訴訟の動向」ジュリ907-50、③寳金敏明「逮捕・勾留・起訴・有罪判決」裁判実務大系18・337頁が挙げられている。


裁判例としては、以下の4つが参考になりそう。

まず、著名な国賠事件である最判S53.10.20(芦別最判)は、逮捕、勾留の違法についても問題になっている(ただし、調査官解説での言及はほとんどない。)。

有名な判示部分は、以下のとおり。

 所論は、無罪判決が確定した場合には、判決時と捜査、公訴の提起・追行時で特に事情を異にする特別の場合を除き、捜査、訴追は違法であつたと判定されるべきである、というのである。
 しかし、刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで直ちに起訴前の逮捕・勾留、公訴の提起・追行、起訴後の勾留が違法となるということはない。けだし、逮捕・勾留はその時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められるかぎりは適法であり、公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示にほかならないのであるから、起訴時あるいは公訴追行時における検察官の心証は、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、起訴時あるいは公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが相当であるからである。

この判決では、捜査の違法性の判断基準について、以下のとおり判示されている。

 所論は、捜査当時の実務の実情に応じ官憲の法遵守義務の水準の緩和を図るべきでなく、本件捜査・訴追における官憲の行為の違法性を否定した原判決は法令の解釈を誤つたものである、というのである。
 しかし、参考人については逮捕・勾留の理由及び必要性はあつたものと推認され本件鉄道爆破事件に関する供述を得る目的のみで逮捕・勾留したものと認めるに足りる資料はない旨の原審の判断を正当として是認することができることは前記(一)で説示したとおりであるから、昭和二八年当時の実務の慣行に照らし、捜査官らの逮捕状請求、検察官の勾留請求をあながち不当とはいえない旨の原審の判示は、判決の結論に影響のない説示である。論旨は、判決に影響のない点を非難するものにすぎず、採用することができない。

その後、ほぼ同旨を判示した例として最判H1.6.29があるが、同判決では、特に「検察官が現に収集しなかった証拠資料」も判断資料となることを明言している。


次に、司法警察員による(現行犯逮捕後の)被疑者の留置の違法性が問題となった最判H8.3.8(3人の裁判官による多数意見)は、44時間10分にわたる留置について違法性を認めた原判決を破棄するについて、以下のとおり判示した。

 1 司法警察員による被疑者の留置については、司法警察員が、留置時において、捜査により収集した証拠資料を総合勘案して刑訴法203条1項所定の留置の必要性を判断する上において、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず、あえて留置したと認め得るような事情がある場合に限り、右の留置について国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものと解するのが相当である。
 2 そして、司法警察員が現行犯逮捕された被疑者を受け取ったときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から48時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならないが(刑訴法216条、203条1項)、ここにいう「留置の必要性」は、犯罪の嫌疑のほか、「逃亡のおそれ」又は「罪証隠滅のおそれ」等から成るものである。
 3 以上によって本件をみるに、前記の事実関係によれば、
(一) Dは、E巡査及びF巡査部長の職務質問に対し、罪を犯したことを認めず、非協力的態度に終始し、警察官のもとから立ち去ろうとする態度を示し、人定事項も十分には明らかにしようとしなかった、
(二) Dは、F巡査部長の職務質問に対し、「わしは、Dや。b町のDや。電話は共産党の東地区委員会に聞けや。電話は○○○の○○○○や。」と答えたが、身分証明書など本人と確認できるものを所持しておらず、自宅の住所及び電話番号の詳細については答えなかった、
(三) Dは、逮捕後の取調べに対しては、本件貼付行為及び住所、氏名を含めた一切の事項について一貫して完全に黙秘していた、
(四) Dと接見した弁護士も、Dの住所や氏名を明らかにしなかった、
(五) Dは、現行犯逮捕の時点で、本件ポスターと同様のポスターを約30枚所持しており、日本共産党京都東地区委員会から周辺地域の同党掲示板にポスターを貼付することを依頼された旨を述べていた、
というのである。これによれば、昭和62年7月23日の昼ころ以降の時点においても、捜査機関が、依然として、本件貼付行為の規模、動機、組織性などを解明する必要性があると考えていたとしても、さらには釈放されたDが右の諸点について罪証隠滅を図るおそれが疑いの余地のないほどに消滅していると断定するに至らなかったとしても、それらが直ちには合理的根拠に欠けていたということはできない
  してみれば、本件貼付行為が本件掲示板に本件ポスタ11枚を貼付したという単純かつ比較的軽微な犯罪であることをしんしゃくしても、昭和62年7月22日午後2時50分ころの山科署への引致の時点から同月24日午前11時ころの検察官送致の時点までの間に、Dの留置の必要性が消滅していたことが客観的に明らかであったとまでいうことはできない。したがって、山科署の司法警察員が、捜査により収集した証拠資料を総合勘案して刑訴法203条1項所定の留置の必要性があるものと思料し、昭和62年7月24日午前11時ころまでDの留置を継続した措置については、国家賠償法1条1項の違法性を肯定するために必要とされる事情、すなわち合理的根拠が客観的に欠如していたことが明らかであるにもかかわらず、あえて留置を継続したと認め得るような事情はなかったものというべきである。

一方、上記判決には、河合伸一裁判官(弁護士出身)の反対意見がある(西埜章・判例評論455-203には同様の事例が多く紹介されているが、結論として反対意見に賛同の意を示している。)。

 留置は基本的人権たる身体の自由を直接かつ現実に侵害するものであるから、留置を担当する捜査機関は不必要にこれを継続することのないよう常に注意すべきことが求められる。したがって、留置の必要性が消滅し、かつ、逮捕後の留置についての前示の事情を考慮してもなお、捜査機関においてその消滅を認識し得たし、認識すべきであったと認められる場合は、国家賠償法1条1項に該当すると解するのが相当である。そして、本件の事実関係においては、捜査機関は、原審が猶予した右時間内にはDの留置の必要性が消滅していることを認識し得たし、認識すべきであったと認められるから、右猶予時間を超えて捜査機関がDを釈放しなかったことを国家賠償法1条1項における違法と評価するか、あるいは故意・過失の問題として処理するかはともかく、いずれにしても、右午後5時ころ以降のDの留置につき上告人の国家賠償責任を認めた原審の判断は、正当として是認することができる。
 多数意見がその三項1で判示する基準は、裁判所に対して審判を求める意思表示たる検察官の公訴提起については妥当するとしても、そのような特質を有しない逮捕後の留置には妥当しないと考える

完全に同意ですね。


また、逮捕状の請求及び発付における違法性が問われた例として最判H5.1.25があるが、これは、「逮捕状は発付されたが、被疑者が逃亡中のため、逮捕状の執行ができず、逮捕状の更新が繰り返されていたにすぎない時点」で、被疑者の近親者が逮捕状の請求・発付の違法性を理由とする国家賠償を請求することは許されないとしたものであり、逮捕状の請求・発付それ自体の違法性の判断に立ち入っていない。もっとも、調査官解説では、逮捕状の請求・発付の違法性の判断基準についても言及されている。


一方、芦別最判以前のものではあるが、最判S37.7.3は、検察官による勾留延長請求・裁判官による同認容の各判断の違法性が問題となった事案において、以下のとおり判示している。

 刑訴208条2項は、裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、通算10日を超えない範囲内で被疑者の勾留期間を延長することができる旨規定する。右の「やむを得ない事由があると認めるとき」とは、事件の複雑困難(被疑者もしくは被疑事実多数のほか、計算複雑、被疑者関係人らの供述又はその他の証拠のくいちがいが少からず、あるいは取調を必要と見込まれる関係人、証拠物等多数の場合等)、あるいは証拠蒐集の遅延若しくは困難(重要と思料される参考人の病気、旅行、所在不明もしくは鑑定等に多くの日時を要すること)等により勾留期間を延長して更に取調をするのでなければ起訴もしくは不起訴の決定をすることが困難な場合をいうものと解するのが相当である(なお、この「やむを得ない事由」の存否の判断には当該事件と牽連ある他の事件との関係も相当な限度で考慮にいれることを妨げるものではない)。そして勾留期間延長の請求をする検察官又は請求を受けた裁判官が勾留期間の延長を相当とするには、すでに得られた諸資料のほかに更に検察官において証拠の蒐集取調をするのでなければみだりに起訴もしくは不起訴の決定をなしえないとの判断に立脚しなければならないところ、この判断は一の法律上の価値判断に帰するかかる価値判断の過誤については、その過誤であることが明白である場合、換言すれば、通常の検察官又は裁判官であれば当時の状況下において当該被疑事件又は勾留期間延長請求事件の取調ないし決定判断に当つては何人も当時の勾留延長請求の資料に基づいては勾留延長の請求又はこれを認容する裁判をしなかつたであろうと考えられる場合に限り国家賠償法1条1項にいう過失を認めることができるものと解するのを相当とする。
 本件についてこれをみるに、この点に関する原判決の判示は、要するに次のとおりである。〔略〕
 しかしながら、
(一)被上告人は、昭和28年5月13日巡査部長J及び巡査Kの取調に対し被疑事実を否認したが、同月15日に至り巡査Iに対し、Fに交付した買収費は衆議院議員Lのためのものであるという点を除き被疑事実一切につき詳細な自白をし、翌16日検事及川直年に対し右同様の自白をしたことは、原審の確
定した事実であるが、原審に現われた甲3ないし6号証、同8、10号証、乙8、10、11、13号証(いずれも本件勾留延長請求の資料)によれば、被上告人は、捜査官に対し或は自白し、或は衆議院議員候補者Lのためその選挙運動の参謀であるGから前記2万円を受けとつてこれをFに交付したと述べ、或は被疑事実を全面的に否認したりして、その供述は変転を重ねにわかに真相を把握し難いことが窺えなくない。
(二)また、鳥取地区警察署司法警察員が同月13日午后5時頃同署捜査室において被上告人の容貌をFに見せ(いわゆる面通し、面割り)たところ、同
人は十中八、九被上告人が前記被疑事件のO某に相違ない旨供述したこと、及川検事は鳥取地方裁判所裁判官に対し被上告人の勾留延長請求書を提出するにあたり原判示の一件捜査記録を資料として添付したことは、いずれも原審の確定した事実である。
(三)そして、原審に現われた乙5号証(Mの供述調書)及び証人Nの証言
によれば、本件被疑行為当時被上告人の住居地である鳥取県気高郡a村大字bには、被上告人と同姓のM、O、P、Qの四名が居住し、そのうち本件の真犯人であることがその後判明したOは被上告人の勾留中所在不明であつたことが窺えないことはない。
 以上の事実関係からすれば、被上告人の供述は変転してその真相を把握し難いため、取調に当つた判示検察官としては、重要参考人の一人と目される前記Oの所在を確かめた上、被上告人の勾留中にこれを取調べることが起訴、不起訴の決定上必要であると考える余地があつたということができ、右検察官においてかく考えたとすればたとえ勾留期間延長後において取調が右判示の程度にしか行われなかつたとしても、勾留期間延長請求そのものは失当ということはできない。右裁判官についても、同様の理由によつて、本件勾留延長請求を認容したことに過失があつたとはいい難い。

この「法律上の価値判断についての過誤」について、東京地判S61.9.30(判時1218-93/村重慶一裁判長)は、次のとおり判示している。

 客観的事実認識についての過誤の場合と異なり、法律上の価値判断についての過誤の場合にあつては、その過誤であることが明白であるとき、換言すれば、通常の公務員であれば当時の状況下においてかかる判断をしなかつたであろうと考えられるときは格別、公務員がその識見・信念に基づいて行つたものである以上、たとえ、その判断の結果が後に公的機関により否定されたりして客観的に誤りであることが判明したとしても、当該公務員に故意はもとより過失もなかつたものというべきこと、すでに確立された判例である(最高裁判所昭和28年11月10日第二小法廷判決・民集7巻11号1177頁、同昭和37年7月3日第三小法廷判決・民集16巻7号1408頁、同昭和44年2月18日第三小法廷判決・判時552号47頁参照)。 

一方、検察官等が接見指定権を行使するかどうか、行使する場合にいかなる接見指定をするのかの判断は「法律上の価値判断」であるとして、個々の検察官等の判断は、「当該判断がその許容範囲を逸脱した場合、すなわち合理性を欠くことが明らかである場合に初めて違法として評価されるべきもの」であり、「右の違法判断においては、裁判所は、捜査官と同一の立場から右の要件の有無を判断すべきではなく、検察官等の判断が著しく合理性を欠いていることが明らかであるか否かを審理して判断するべきものである」という主張を採用しなかった例として、札幌高判H5.5.19(判時1462-107)があり、上記「法律上の価値判断」についての過誤についての基準が果たして確立された判例であるかについては、極めて疑問である(少なくとも、最近の裁判例にそのような基準を採用した例は容易に見当たらない。)。

なお、上記札幌高判は、「正しい解釈」を示した上で、「違法とされた接見指定権の行使については、検察官Aが刑訴法39条3項にいう『捜査のため必要があるとき』の判断を誤ったことによるものであるから、同人に過失があることは明らかである。」とした上で、以下のとおり判示している(国が控訴人)。

 これに対し、控訴人は、公務員の職務の執行にあたって、その根拠となるべき関係法律の解釈について異なる見解が対立し、実務上も取扱いが分かれ、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解しこれに従って公務を執行したときは、後にその執行が違法であると判断されたとしても、直ちに公務員に過失があったものとは認められないと主張する(なお、控訴人は、右の場合に、当該行為が違法性を欠くものとも主張するが、事後的にもせよ行為が法に違反するものとされた以上、違法性に欠けるところはないものと解される。)。
 確かに、刑訴法39条3項の「捜査のため必要があるとき」の解釈については、従前から、いわゆる限定説(被疑者が現に取調べ中の場合や、実況見分、検証等の立会いのため捜査官が被疑者の身柄を必要とする場合に限定されるとする。)と非限定説(限定説が挙げる場合に限らず、罪証隠滅の防止を含む捜査全般の観点から捜査に支障がある場合とする。)とが対立し(右事実は当裁判所に顕著である。)、原審証人Aの証言によると、同人は、そのうち非限定説に従い、本件における接見指定権を行使したものであることが認められる。
 しかしながら、右については、既に、最高裁判所昭和53年7月10日第一小法廷判決が「捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申出があったときは、原則として何時でも接見の機会を与えなければならないのであり、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防禦のため弁護人等と打ち合わせることのできるような措置をとるべきである。」とし、限定説に近い判示により被疑者と弁護人等との間における接見交通権を尊重すべきものとしているのであって、その趣旨に鑑みるならば、右判示の解釈を巡りなお両説の間に争いがあった(右事実も当裁判所に顕著である。)ものの、以後、検察官等による実際の指定権の行使にあたっては、右の接見交通権に対する十分な配慮を心掛けるべき義務があったものというべきである。そして、その点から本件をみるならば、前記のとおり違法とされた検察官Aの指定権の行使については、いずれも右の配慮に欠けるところがあったものといわざるをえないから、法律解釈並びに両説の立場からする前記最高裁判所判決の解釈如何にかかわらず、同検察官に過失があったものと認めるのが相当である。


以上を前提に、検察官による逮捕状の請求・裁判官による逮捕状の発付の違法性について検討した第1審判決について検討する。


2 名古屋地判R3.1.28の検討

基本的事実関係は、以下のとおり。

担当検察官による逮捕状請求及びその後の逮捕の執行の違法性の有無についての国(訟務検事)の主張(ただし、第1審判決により整理されたもの)は、以下のとおり。

 (ア) 検察官の職務行為が国家賠償法上違法とされるのは、当該行為が検察官の個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背するかによって決せられるべきであり、検察官による逮捕状の請求及び逮捕の執行が違法とされるのは、検察官の証拠の評価についての判断が、個人差を考慮に入れても、なおかつ行きすぎで、経験則・論理則からして到底その合理性を肯定することができないという程度に達している必要がある
 また、その違法性の判断に当たっては、当該検察官の当時の具体的な認識を基礎とするのではなく、事後的に審査し、当時の既に収集されていた捜査資料に基づいて、当該検察官の判断に合理性が認められるかどうかを客観的に判断するべきである
 (イ) 本件被疑事実は、いわゆる痴漢事案であり、法定刑が6月以下の懲役又は50万円以下の罰金と定められ、刑事訴訟法199条1項ただし書の軽微な罪に当たらないこと、鞄を利用して隠匿しながら犯行を行うという態様悪質な事案であること、わいせつ事犯の性質上、その後起訴ないし有罪になれば、妻から離婚を切り出されたり、勤務先からの処分を受けたりする等の可能性も高く、原告X1が捜査の進展や処罰を恐れて、新たな弁解や虚偽の目撃者を作出する等の可能性もあり、罪証隠滅のおそれがないとはいえなかった。また、原告X1が捜査の進展や処罰を恐れて、逃亡するおそれがないともいえなかった。
 (ウ) 憲法及び刑事訴訟法上、被疑者に認められているのは弁護人選任権であり、取調べへの弁護人立会権は認められていない。在宅の被疑者は、出頭後いつでも退去することができ、弁護人に相談することも可能であり、弁護人の取調べへの立会いを認めずとも被疑者の重要な権利利益は侵害されていない。弁護人の取調べへの立会いを求めること自体は不当でないとしても、捜査機関がこれを許可しない場合に、弁護人の立会いのない取調べを受けることを拒否し、捜査機関の説得にも一切応じない態度は、正当な理由のない取調べの拒否に当たり、このことは逮捕の必要性の基礎となり得る。
 本件でも、原告X1は、前件勾留却下による釈放後、捜査機関への不出頭や弁護人である原告X2の立会いのない取調べの拒否を繰り返している。原告X1は、本件現行犯逮捕後の勾留請求の際、本件被疑事実について否認又は黙秘をしており、その主張が明らかでなかった上、弁護人の立会いのない取調べを拒否するとの留保を付することなく、出頭要請があれば弁護人の指導監督に従い出頭して捜査に協力する旨の誓約書を提出したにもかかわらず、釈放後は一転して原告X2の立会いのない取調べの拒否を繰り返したり、E警察署の警察官から求められても腕を前に出した状態での写真撮影を拒否したり、担当検察官から呼出状の受領後に予定が入った出張を理由に出頭を拒否したりしており、捜査に非協力的であった。誓約書を提出した親族が原告X1に対して取調べに応じるよう尽力した形跡もない。
 このような原告X1の不誠実で、任意捜査に非協力的な態度に鑑みれば、本件逮捕状請求の当時、罪証隠滅及び逃亡のおそれが飛躍的に高まっていたというべきである。
 (エ) 捜査機関には、いつ、いかなる捜査を行うか合理的な裁量が認められ、原告X1の指摘する本件逮捕状請求までの期間の経過や本件逮捕状の執行時期については、その裁量の範囲内の事柄である。また、本件逮捕状による逮捕当日に起訴されたのは、被疑者が具体的な供述を拒んで補充捜査を行うことができなかったからにすぎないし、在宅求令状の方法を執るかどうかも、検察官の手続選択の裁量内であって、本件逮捕状請求は、原告X1に対する報復又は弁護人である原告X2の排除という濫用目的でされたものではない。
 (オ) したがって、担当検察官による本件逮捕状請求及び本件逮捕状に基づく逮捕の執行は、その証拠の評価についての判断が、個人差を考慮に入れても、なおかつ行きすぎで、経験則・論理則からして到底その合理性を肯定することができないとは認められず、国家賠償法上違法とはいえない。

これを受けての裁判所の判断は、以下のとおり。

まず、規範。

 刑事事件における検察官の職務行為について国家賠償法上の違法が認められるかどうかは、後に無罪判決が確定したというだけで直ちに当該刑事事件についてされた逮捕、勾留及び公訴の提起・追行が違法となるものではなく、公訴の提起については、提起時において、検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば、公訴の提起は違法性を欠くものと解される(最高裁昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁、最高裁平成元年6月29日第一小法廷判決・民集43巻6号664頁参照)。
 検察官による逮捕状の請求行為の違法の有無についても、以上と異なる解釈を採るべき理由はない。逮捕状の請求を受けた裁判官は、逮捕の理由があると認める場合においても、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡するおそれがなく、かつ、罪証を隠滅するおそれがない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならないとされている(刑事訴訟法199条2項ただし書、刑事訴訟規則143条の3)ことからして、検察官が、逮捕状請求時において現に収集し、又は通常であれば収集し得た証拠資料を総合勘案して、合理的な判断過程により明らかに逮捕の必要性がないと認められるにもかかわらず逮捕状の請求をした場合には、国家賠償法上も違法と認められるものと解すべきである。

まず、「検察官が逮捕状請求時において現に収集し、又は通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料」がベースになることは、芦別最判とその後の最判H1.6.29を前提にすれば、まあそうだろう、という印象。

問題は、芦別最判と上記最判H1.6.29にいう「合理的な判断過程により」「有罪と認められる嫌疑」があれば足りるとする公訴提起の基準と比較して、「合理的な判断過程により」逮捕状の請求を却下しなければならない場合には該当しないのであれば足りる、逆にいえば、「明らかに逮捕の必要性がない」と認められ、裁判官が逮捕状の請求を却下しなければならない事態である(刑訴法199条2項ただし書、刑訴規則143条の3)にもかかわらず逮捕状の請求をした場合に限り、国家賠償法上違法と認められる、という判断基準の当否である。

これは、逮捕の意義にかかわる問題である。公訴の提起は有罪獲得を目的とするものであり、有罪獲得の嫌疑がないのに公訴を提起することは許されないし、その場合は公訴の提起は違法となる。

では、逮捕状の請求は、逮捕状の発付のみを目的とするものなのであろうか。捜査官は、何のために逮捕状を請求するのであろうか。

第1審判決には、この点についての意識はまるでないといわざるを得ない。有罪獲得の嫌疑がないのに公訴を提起したらダメだよね、というのは、公訴の提起から判決までの間、相当の負担が被告人にかかることを理由とするものである。逮捕状の請求から発付までの間、被疑者にどのような負担がかかるというのであろうか。上記刑訴法、刑訴規則の規定は、裁判官を名宛人とするものであり、被疑者に負担がかからないのに、裁判官が請求を却下しなければならない場合に請求してはダメというのは、請求したら間違って裁判官が逮捕状を発付してしまうかもしれないという感覚があるのであろうか(間違ってはいないと思うが)。

そもそも、逮捕という制度が認められたのは何故か?

現行犯逮捕(すなわち、捜査機関の主導・都合によらない逮捕)が認められていること(ただし、留置の必要がないと思料するときは直ちに釈放することが義務付けられている。)、逮捕中求令状起訴があり得ること(すなわち、勾留を必ずしも前提としない逮捕もあり得る。)をも統一的に説明できる逮捕の意義とは何だろうか?

基本的には、身柄の確保+捜査の必要性が根底にあると考えるべきでしょう。そして、その判断を第一次的にするのは、公訴提起の権限が委ねられた検察官である。そうすると、逮捕の必要性(広義)を判断するのは、第一次的には検察官で、裁判官は、「明らかに逮捕の必要性がない」と認められる場合に限って、逮捕状の請求を却下する義務を負うという建付も理解できるはず。検察官は、「明らかに逮捕の必要性がないと認められる」のでなければ、完全にフリーハンドで逮捕状を請求してよいのではなく、「合理的な判断過程により」「逮捕の必要性がある」といえる場合に、逮捕状を請求すべきなのである。(その判断に一定の裁量があることは別論であるが、「明らかに逮捕の必要性がないと認められる」のでなければよい、ということになるわけではない。)

なお、検察官の逮捕状請求の要件(違法性)と、裁判官の逮捕状発付の要件(違法性)が必ずしも同じではないというのは、先ほどの西埜・判例評論455-203でも、以下のとおり示唆されている。

 本判決〔※最判H8.3.8〕の評釈の中には、河合裁判官の反対意見に対して、「反対意見は、・・・逮捕要件としての逮捕状の発付の必要性が不存在の明白性となっていることとの均衡を失し、事後の勾留との関係でも留置の必要性に過大な要件を課しているもので不当である」と批評するものがある(今村隆「本判決評釈」警察学論49-7-187)が、刑訴法199条2項は裁判官の逮捕状発付についての規定であり、逮捕それ自体及びそれに続く留置の違法性は、この規定とは別個に判断されるべきであろう


次に、あてはめ。ここが本当に問題。

まず、大前提(ここは、どうせ控訴審で修正されている可能性が高いが)。

 上記検討からすれば、原告X1が弁護人である原告X2の取調べへの立会いを求め、取調べに応じていない点を除けば、罪証隠滅のおそれについても、逃亡のおそれについても、客観的にみれば、その可能性が全くないというわけではないが、その現実的な可能性は乏しかったと認められる。

つまり、弁護人の取調べへの立会いを求め、取調べに応じていない点を除けば、「罪証隠滅のおそれについても、逃亡のおそれについても、客観的にみれば、その可能性が全くないというわけではないが、その現実的な可能性は乏しかった」と認定した上で、「原告X1が、弁護人である原告X2の取調べへの立会いを求め、立会いのない取調べには応じなかったことによって、罪証隠滅及び逃亡のおそれが高まったといえるか」について、検討しているのである!!!!!(ここは、控訴審で修正されている可能性大だが)

その上で、以下。

 イ 被疑者が弁護人の取調べへの立会いを求めて取調べに応じないことによって罪証隠滅及び逃亡のおそれが高まったといえるかについては、勾留に関する決定であるが、被疑者が弁護人を同席することを条件として出頭に応じる意向を示していることを一つの考慮要素として、被疑者が逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとは認められないとして、任意捜査である以上、弁護人の同席を求めることは不当ではないとの判断をした決定例があり(甲25の2)、また、本件被告事件の起訴時における釈放命令に対する準抗告についての決定においても、担当検察官による原告X1が弁護人の立会いなしでの取調べに応じなかったことから罪証隠滅及び逃亡のおそれが高まった旨の主張に対し、「被告人が勾留請求却下後に罪証隠滅を企てたような形跡はなく、罪証隠滅のおそれが高まったといえないことはもとより、被告人は弁護人とともに複数回にわたり捜査機関に現実に出頭していること、被告人が公判期日に出頭する意思を明確にしていること等を考慮すると、このような事情をもって、逃亡のおそれ」が高まったということはできないと判断している(甲30)。
 しかし、取調べにおける弁護人立会権が認められるかについては、憲法上の解釈も含めて見解の対立があり、刑事捜査実務上は、従前から現時点においても、弁護人立会権を認めない運用が継続されており(甲33、34、弁論の全趣旨)、最高裁判所による明確な判断も示されていないことからすれば、現時点においては、身柄拘束を受けていない被疑者が、取調べについて弁護人の同席を求めることは当然の権利であり、捜査機関はこれに応じる必要があるとの解釈が確立しているとまではいえない
 ウ そして、原告X2は、前件勾留却下に際して、裁判所に対して身柄拘束から解放されれば取調べに応じる旨記載した本件意見書を提出し、併せて原告X1も、弁護人の指導の下で取調べに応じる旨記載した本件誓約書を提出したが、原告X1は、前件勾留却下後、担当検察官らから繰り返し取調べに応じるよう要請を受けたことに対し、出頭拒否はしていないものの、原告X2と同一の方針の下で、一貫して弁護人である原告X2の取調べへの立会いを求めており、これを拒否する捜査機関側との間で主張が平行線をたどり、結局取調べが一度も実施されず至っている(認定事実(4)ないし(12))。加えて、原告X1は、E警察署での容姿等の写真撮影には応じたが、原告X2の助言に従い、原告X2の立会いの下でも、動作を伴う写真撮影についても拒否している状況にあった(認定事実(5))。
 エ このような弁護人立会権に関する解釈が確立していない状況や本件逮捕状請求時における事情を総合勘案すれば担当検察官において、取調べにおける弁護人の立会いの可否を巡って原告らと捜査機関が対立する状況が継続する中で、原告X1が有罪判決を恐れて罪証を隠滅し、又は逃亡するおそれが高まってきており、明らかに逮捕の必要性がないという状況ではないと判断することが、検察官として根拠の欠如した不合理な判断であるとまではいえない

まず、いつから担当検察官の主観的な判断が基準になったのかと。「合理的な判断過程」の検討はどこへ消えてしまったのかと。

そもそも、本件で問題になっているのは、弁護人立会権の有無ではないし、弁護人立会権がないと判断した検察官の判断の当否(違法性の有無)でもない。「逮捕の必要性」についての担当検察官の判断が、果たして「合理的な判断過程」によるものであるか、という点である。

弁護人立会権に関する解釈が確立していない状況(当該弁護人が弁護人立会権は憲法上の権利であると信じ、その信念に基づいて弁護活動を行っていることは公知の事実であろう。)において、弁護人の取調べへの立会いを求め、立会いのない取調べには応じなかったとして、いかなる経験則・論理則により罪証隠滅・逃亡のおそれが(飛躍的に)高まるというのか、誰か教えてほしい。(訟務検事の主張を見ても、私には前提とする経験則・論理則が全く理解不能である。)


また、本件においては、現行犯逮捕がなされた後の再逮捕であることは、一切無視ないし看過されている。

第1審判決では、「本件逮捕状請求は、本件現行犯逮捕がされ、前件勾留却下された後の再度の請求である。再度の逮捕状請求については、手続上再度の請求も予定されており(刑事訴訟規則142条1項8号参照)、法的に許容されたものではあるものの、逮捕の不要な蒸し返しを防ぐため、再逮捕を必要とする特段の事情が発生したことを要すると解されているところである。」としている。

第1審判決には、上記特段の事情が発生したとも、担当検察官が上記特段の事情が発生したと判断したとも書かれていない。「明らかに逮捕の必要性がないという状況ではない」という担当検察官の判断について、「検察官として根拠の欠如した不合理な判断であるとまではいえない」としたのである。

「特段の事情」は?????


以上のとおり、第1審判決は極めて問題の多いものである。

さすがに控訴審も、このままではまずいと考えたのであろう。全く異なる理屈を出してきたようである。

現在分かっている判示は、以下のとおりである。

 正当な理由のない不出頭は,一般的には逃亡ないし罪証隠滅のおそれの一つの徴表であると考えられ,数回不出頭が重なれば逮捕の必要が推定されることがあると解されている。そうすると,検察官の出頭要求に応じて被疑者が出頭したものの,弁護人を取り調べに立ち会わせることを求め,これを検察官が認めなかったことから,結果として被疑者の取調べを行うことができない事態が繰り返された場合に,検察官が,被疑者が正当な理由なく取調べを拒否しており,正当な理由のない不出頭を繰り返した場合に準じ,逃亡ないし罪証隠滅のおそれがあるとして逮捕の必要性があると評価することに合理的根拠がないとはいえ(ない)

当然ながら、判例ないし学説の射程を論じるには、判例ないし学説を正確に理解した上で、その理屈が本件に妥当するかについて見極める必要がある。担当検察官は、果たしてそれをしたのか。担当裁判官は、果たしてそれをしたのか。

本件については、逮捕状請求を一度は却下した簡裁の裁判官はもとより、求令状起訴にもかかわらず釈放命令を出した裁判官や準抗告審の裁判官は、誰一人、そのような理屈を採用しなかった。その理屈を採用したのは、担当検察官と、担当裁判官のみである。それは果たして「合理的根拠」に基づくものなのであろうか。


本件は、有り体にいえば、明らかに担当裁判官のミスであり、失態である(事実の一部が意図的に隠されていたとすれば、担当裁判官のミスとはいえないだろうが、そのような事情は窺えない)。このような状況で逮捕状を発付することなど、通常の裁判官であれば、まずしないであろう(否、これまでであれば、まず「しなかったであろう」というべきか。)。

問題は、そのようなミスを、後の裁判体が追認してしまうことである。しかも、そのミスを蔽い画すために、新たに射程の広い、およそ愚にも付かない理屈を言い出す。ミスがもはやミスでなくなるのである。

第1審は、検察官の判断が違法ではない→裁判官も然りとしているが、まず、担当裁判官のミス(法令上の要件に合致しているか否かだけの問題であり、検察官の違法性よりも判断基準は明確である。)を認めるべきか否かという問題があり、認めるわけにはいかないとすれば、担当検察官だけの問題に帰せしめるか、という考慮があったのではないかと憶測せざるを得ない。そうでもなければ、こんな杜撰な判断をすることはないだろう。


正直にいえば、上記控訴審の判示が「在宅被疑者に取調べ受忍義務」を認めた!!と評価できるかについては、疑問だと思う。だが、このような判決が令和の時代になされ、確定して後世に残るとすれば、非常に残念に思う。

上告審の毅然とした判断を祈念する次第である。


(追記)

3 最判H10.9.7

この最高裁(なぜか集民)を見落とすという大失態を犯してしまった。

まず、規範

 1 司法警察職員等は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由及び逮捕の必要の有無について裁判官が審査した上で発付した逮捕状によって、被疑者を逮捕することができる(刑訴法199条1項本文、2項)。一定の軽微な犯罪については、被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく刑訴法198条の規定による出頭の求めに応じない場合に限って逮捕することができるとされているから(刑訴法199条1項ただし書)、裁判官は、右の軽微な犯罪については、更にこれらの要件が存するかどうかも審査しなければならない。ところで、逮捕状の請求を受けた裁判官は、提出された資料等を取り調べた結果(刑訴規則143条、143条の2)、逮捕の理由(逮捕の必要を除く逮捕状発付の要件)が存することを認定できないにもかかわらず逮捕状を発付することは許されないし(刑訴法199条2項本文)、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡するおそれがなく、かつ、罪証を隠滅するおそれがない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならないのである(刑訴法199条2項ただし書、刑訴規則143条の3)。なお、右の罪証隠滅のおそれについては、被疑事実そのものに関する証拠に限られず、検察官の公訴を提起するかどうかの判断及び裁判官の刑の量定に際して参酌される事情に関する証拠も含めて審査されるべきものである。
 そして、右の逮捕状を請求された裁判官に求められる審査、判断の義務に対応して考えると、司法警察員等においても、逮捕の理由がないか、又は明らかに逮捕の必要がないと判断しながら逮捕状を請求することは許されないというべきである。


次に、当てはめ。

 2 本件における事実関係によれば、本件逮捕状の請求及びその発付の当時、被上告人が外国人登録法14条1項に定める指紋押なつをしなかったことを疑うに足りる相当な理由があったものということができ、さらに、右の罪については、1年以下の懲役若しくは禁錮又は20万円以下の罰金を科し、あるいは懲役又は禁錮及び罰金を併科することとされていたのであるから(同法18条1項8号、2項)、刑訴法199条1項ただし書、罰金等臨時措置法7条1項(いずれも平成3年法律第31号による改正前のもの)に規定する罪に該当しないことも明らかであって、本件においては被上告人につき逮捕の理由が存したということができる。
 そこで、逮捕の必要について検討するに、本件における事実関係によれば、被上告人の生活は安定したものであったことがうかがわれ、また、桂警察署においては本件逮捕状の請求をした時までに、既に被上告人が指紋押なつをしなかったことに関する証拠を相当程度有しており、被上告人もこの点については自ら認めていたのであるから、被上告人について、逃亡のおそれ及び指紋押なつをしなかったとの事実に関する罪証隠滅のおそれが強いものであったということはできないが、被上告人は、L巡査部長らから5回にわたって任意出頭するように求められながら、正当な理由がなく出頭せず、また、被上告人の行動には組織的な背景が存することがうかがわれたこと等にかんがみると、本件においては、明らかに逮捕の必要がなかったということはできず、逮捕状の請求及びその発付は、刑訴法及び刑訴規則の定める要件を満たす適法なものであったということができる。
 3 右のとおり、本件の逮捕状の請求及びその発付は、刑訴法及び刑訴規則の定める要件を満たし、適法にされたものであるから、国家賠償法1条1項の適用上これが違法であると解する余地はない。

おそらく、控訴審は、これをそのまま引っ張ってきたんでしょう。。。


島村典男裁判官(当時は判事)は、判タ1036-145の評釈において、以下のとおり述べる。

正当な理由のない不出頭は、一般的には逃亡ないし罪証隠滅のおそれの徴憑であると考えられるので、それが一、二回にとどまらず数回に及ぶならば、そのこと自体から、又は他の事情と相まって、逮捕の必要性が推定されることもあり得るところ~
確かに、Xは、~逃亡のおそれは少ないものといえ、また、~罪証隠滅のおそれが強いものであったということもできない。しかしながら、Xの行動には組織的な背景が存することがうかがわれるところ、本件犯行が、ある組織と結び付いた計画的なものであるか、組織の活動状況やXがその中で占める地位・役割はどうなっていたのか、共犯者はいないのか等、検察官が公訴を提起するかどうかの判断及び裁判官の刑の量定に影響を及ぼすであろう事情が未解明で、これらの点はXの供述内容を吟味しながら今後の捜査によって明らかにされることが期待される反面、5回にわたって任意出頭するよう求められながら、正当な理由がなく出頭しなかったXには(将来の公判手続において自己の言い分を主張する意思であったとしても)、これら未解明の事情について罪証隠滅のおそれがない、あるいは組織に対する捜査を阻害する目的で逃亡するおそれがないと断ずることまではできず、本件において、明らかに逮捕の必要がなかったということはできない、ということになろうかと思われる。


原審(大阪高判H6.10.28・判時1513-71)は、以下のとおり判示している。

 被控訴人らは、5回にわたる任意出頭の呼出しに対し、控訴人が正当な理由のない不出頭を続けたことが逮捕の必要性を基礎づける事由である旨主張するところ、1の(八)で認定したように、右不出頭は、京都府警察本部が桂署に対し強制捜査に踏み切る旨の指揮をした理由の一つであるし、被控訴人甲野が作成した捜査報告書にも逮捕の必要性として右不出頭の事実が記載されている。そして、1の(六)で認定した事実によれば、控訴人は呼出当日はいずれも概ね通常どおりの生活を送っていたものと認められ、不出頭に正当な理由があったとは認められない。
 ところで、刑事訴訟法199条1項が「30万円以下の罰金、拘留又は過料に当たる罪についての逮捕は、(逮捕の理由及び必要性の外)被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な5理由がなく任意出頭の求めに応じない場合に限る」旨規定しているように、任意出頭の求めに対する正当な理由のない不出頭は、一般的には刑事訴訟手続からの逃避性向を窺わせるから、これが繰り返される場合には、特段の事情のない限り、罪証湮滅のおそれないし逃亡のおそれの存在を推定してよいと解される。
 しかしながら、本件においては、前判示のように、控訴人は、将来の公判手続において、積極的に自己の言い分を主張して指紋押なつ制度の撤廃運動に寄与しようとしていたのであるから、刑事訴訟手続からの逃避性向を窺うことはできず、本件においては、控訴人の正当な理由のない不出頭をもって逃亡のおそれ及び罪証湮滅のおそれの存在を推定することができない特段の事情があるというべきである。
 そうすると、控訴人の正当な理由のない不出頭をもって、控訴人の逮捕の必要性を基礎づけるものと評価することはできない。
 なお、被控訴人京都府は、検察庁は被疑者の取調べをしない限り公訴提起はしない方針であるから、正当な理由のない不出頭を続ける被疑者を逮捕しなければ、任意呼出しに応じた被疑者だけが刑事訴追を受けるという不均衡な結果を招く旨主張するが、被疑者の取調べをしなくとも検察庁が起訴することがありうることは公知の事実である上、被控訴人京都府の右主張は、刑事訴訟法198条が定めた、逮捕、勾留されていない被疑者の検察官、検察事務官、司法警察員からの出頭要求を拒みうる権利をないがしろにするものであり、到底左袒できない


この問題は、突き詰めると、「正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合」に、なぜ軽微犯罪であっても例外的に逮捕が認められている(刑訴法199条1項ただし書)のか、という根本的な理解の問題になる。

最高裁は、ここの問題には立ち入らず、軽微犯罪でも正当な理由なき出頭拒否の場合は逮捕の必要性が認められるんだから、5回も出頭を拒否した本件では当然に逮捕の必要性を認めてもいいんじゃないか、という素朴な見解に立ってるんじゃないかと思わなくもない(あまりにもあっさり過ぎる)。

他方、「正当な理由がなく取調べの求めに応じない場合」については、刑訴法199条1項ただし書のような、逮捕の必要性を肯定する明文規定がない。なので、何らかの理屈を噛ませないと、逮捕の必要性は肯定できない。

仮に、出頭拒否と取調べ拒否に共通点を見出す余地があったとしても、本件では、取調べの要請に応じていないわけではない。弁護人の立会いなき取調べには応じられないと言っているだけである。その場合、果たしてその「共通点」を肯定し得るのであろうか。


本件は、是非とも最高裁において判断が示されるべき事案であり、最高裁(できれば第三小法廷)には、逃げずに司法の健全な常識を示してほしいと切に思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?