最一判R5.7.20について

去るR5.7.20、最高裁第一小法廷において、「無期契約労働者と有期契約労働者との間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違の一部が労働契約法(平成30年法律第71号による改正前のもの)20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断に違法がある」という事例判決がなされた。

この判決の解説自体は、労働法に造詣の深い先生方にお任せとして、分野に拘泥しない、より横断的な検討をしてみる。

同判決は、要するに、以下のとおり結論づけた上で、「被上告人らが主張する基本給及び賞与に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否か等について、更に審理を尽くさせるため」、原審に差し戻している。

 以上によれば、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について、①各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、②労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある。

このような「考慮すべき事項についての考慮不尽」は、行政裁量の判断過程審査において登場する概念であるが、最高裁の判例にもしばしば登場する。

以下、幾つか、同様の判示をする最高裁判例を参照した上、今回の最高裁判決についてみてみる。


1.行政裁量について

(1) 最三判R5.7.11

「生物学的な性別が男性であり性同一性障害である旨の医師の診断を受けている一般職の国家公務員がした職場の女性トイレの使用に係る国家公務員法86条の規定による行政措置の要求を認められないとした人事院の判定が違法とされた事例」である。

判示部分は、以下のとおり。

 ~以上によれば、遅くとも本件判定時においては、上告人が本件庁舎内の女性トイレを自由に使用することについて、トラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかったのであり、上告人に対し、本件処遇による上記のような不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったというべきである。
そうすると、本件判定部分に係る人事院の判断は、本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びに上告人を含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。
 したがって、本件判定部分は、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるというべきである。

(2) 最一判R4.9.8

判示部分は、以下のとおり。

 本件決定は、前記2ウのとおり、本件各土地の取得価額につき山林比準方式を用いて評定する以上、整合性の観点から、丘陵コースの平均的造成費(840円/㎡)を用いて造成費を評定することが合理的である旨の理由によったものであり、本件各土地につき必要な土工事の程度を考慮することなく上記の額を用いて造成費を評定し得るとの見解に立脚した点において、評価基準の解釈適用を誤ったものということができる。

(3) 最一判H18.10.26

「村の発注する公共工事の指名競争入札に長年指名を受けて継続的に参加していた建設業者を特定年度以降全く指名せず入札に参加させなかった村の措置につき上記業者が村外業者に当たることを理由に違法とはいえないとした原審の判断に違法があるとされた事例」である。

結論部分は、以下のとおり。

 このような上告人につき,上記のような法令の趣旨に反する運用基準の下で,主たる営業所が村内にないなどの事情から形式的に村外業者に当たると判断し,そのことのみを理由として他の条件いかんにかかわらず,およそ一切の工事につき平成12年度以降全く上告人を指名せず指名競争入札に参加させない措置を採ったとすれば,それは,【考慮すべき事項を十分考慮することなく】,一つの考慮要素にとどまる村外業者であることのみを重視している点において,極めて不合理であり,社会通念上著しく妥当性を欠くものといわざるを得ず,そのような措置に裁量権の逸脱又は濫用があったとまではいえないと判断することはできない。

ここでいう「考慮すべき事項」としては、以下の判示部分が該当するものと思われる。

 上告人は,昭和60年ころから木屋平村が発注する公共工事の指名競争入札に継続的に参加し,工事を受注してきており,木屋平村内の住所ないし事務所所在地を登記簿上の本店所在地としていた。平成6年3月に,上告人の実質的経営者と代表者の夫婦が脇町内に住居を構え,同敷地内に上告人の事務所を設けるなどした後も,上告人の登記簿上の本店所在地は木屋平村のままであり,同所には上告人代表者の母でもある監査役が住み,「有限会社X」の看板を掲げ,そこにある電話の番号を「X」の名義で電話帳に掲載している。そして,平成10年度までは,木屋平村の指名競争入札において指名を受けていたというのである。また,平成12年度以降指名をされないでいることについて,木屋平村から上告人にその理由が明らかにされていたという事情もうかがわれない。
 そうすると,上告人は,平成6年の代表者等の転居後も含めて長年にわたり村内業者として指名及び受注の実績があり,同年以降も,木屋平村から受注した工事において施工上の支障を生じさせたこともうかがわれず,地元企業としての性格を引き続き有していたともいえる。また,村内業者と村外業者の客観的で具体的な判断基準も明らかではない状況の下では,上告人について,村内業者か村外業者かの判定もなお微妙であったということができるし,仮に形式的には村外業者に当たるとしても,工事内容その他の条件いかんによっては,なお村内業者と同様に扱って指名をすることが合理的であった工事もあり得たものと考えられる。


原審判断についての評価は、以下のとおり(結論として、「被上告人が上告人を指名しなかった理由として主張する他の事情の存否,それを含めて考えた場合に指名をしなかった措置に違法(職務義務違反)があるかどうかなどの点について更に審理を尽くさせるため」、原審に差し戻した。)。

 以上によれば,木屋平村における指名についての前記運用と上告人が村外業者に当たるという判断が合理的であるとし,そのことのみを理由として,平成12年度以降上告人を公共工事の指名競争入札において指名しなかった木屋平村の措置が違法であるとはいえないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

なお、蛇足であるが、以下の判示部分、憲法答案に使えそうな気配がものすごくする。

 前記事実関係等によれば,木屋平村においては,従前から,公共工事の指名競争入札につき,村内業者では対応できない工事についてのみ村外業者を指名し,それ以外は村内業者のみを指名するという運用が行われていたというのである。確かに,地方公共団体が,指名競争入札に参加させようとする者を指名するに当たり,①工事現場等への距離が近く現場に関する知識等を有していることから契約の確実な履行が期待できることや,②地元の経済の活性化にも寄与することなどを考慮し,地元企業を優先する指名を行うことについては,その合理性を肯定することができるものの,①又は②の観点からは村内業者と同様の条件を満たす村外業者もあり得るのであり,価格の有利性確保(競争性の低下防止)の観点を考慮すれば,考慮すべき他の諸事情にかかわらず,およそ村内業者では対応できない工事以外の工事は村内業者のみを指名するという運用について,常に合理性があり裁量権の範囲内であるということはできない




2.原審判断について

(1) 最三判H31.4.9

「固定資産課税台帳に登録された土地の価格について,当該土地が調整池の用に供されその機能を保持することが商業施設に係る開発行為の許可条件になっていることを理由に地目を宅地と認定するなどして算出された上記価格が固定資産評価基準によって決定される価格を上回るものではないとした原審の判断に違法があるとされた事例」である。

判示部分は、以下のとおり。

 (2) 評価基準は,土地の地目の別に評価の方法を定め,これに従って土地の評価をすべきこととし,上記地目は,当該土地の現況及び利用目的に重点を置き,土地全体としての状況を観察して認定することとしている。そして,上記地目のうち宅地とは,建物の敷地のほか,これを維持し,又はその効用を果たすために必要な土地をも含むものと解される。
 (3) 本件各土地は,本件商業施設に係る開発行為に伴い調整池の用に供することとされ,排水調整の必要がなくなるまでその機能を保持することが上記開発行為の許可条件となっているというのであるが,開発許可に上記条件が付されていることは,本件各土地の用途が制限を受けることを意味するにとどまり,また,開発行為に伴う洪水調整の方法として設けられた調整池の機能は,一般的には,開発の対象となる地区への降水を一時的に貯留して下流域の洪水を防止することにあると考えられる。そうすると,上記条件に従って調整池の用に供されていることから直ちに,本件各土地が本件商業施設の敷地を維持し,又はその効用を果たすために必要な土地であると評価することはできないというべきである。
 したがって,本件商業施設に係る開発行為に伴い本件各土地が調整池の用に供されており,その調整機能を保持することが上記開発行為の許可条件になっていることを理由に,本件土地1の面積の80%以上に常時水がたまっていることなど,本件各土地の現況等について十分に考慮することなく,本件各土地は宅地である本件商業施設の敷地を維持するために必要な土地であるとして,前記2(3)アのとおり算出された本件各登録価格が評価基準によって決定される本件各土地の価格を上回るものではないとした原審の判断には,固定資産の評価に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。

また、原審の確定した事実関係等の概要において、「本件各土地は,本件商業施設の開業以降,調整池の用に供されており,本件土地1は,その面積の80%以上に常時水がたまっている。また,本件土地2は,少なくともその面積の大半は調整池としての機能を有する平地であるが,平時は本件商業施設の従業員の駐車場として使用されている。 」と判示するほか、「上告人は,平成27年1月1日当時,本件各土地の所有者であり,これらに係る固定資産税の納税義務者であったところ,本件各土地の現況及び利用目的に照らせば,その地目はいずれも池沼と認定されるべきであると主張して~」と判示している。

(2) 最三判H26.10.28(民集68-8-1325)

「公序良俗に反する無効な出資と配当に関する契約により給付を受けた金銭の返還につき,当該給付が不法原因給付に当たることを理由として拒むことは信義則上許されないとされた事例」である。

判示部分は、以下のとおりである。

 本件配当金は,関与することが禁止された無限連鎖講に該当する本件事業によって被上告人に給付されたものであって,その仕組み上,他の会員が出えんした金銭を原資とするものである。そして,本件事業の会員の相当部分の者は,出えんした金銭の額に相当する金銭を受領することができないまま破産会社の破綻により損失を受け,被害の救済を受けることもできずに破産債権者の多数を占めるに至っているというのである。
このような事実関係の下で,破産会社の破産管財人である上告人が,被上告人に対して本件配当金の返還を求め,これにつき破産手続の中で損失を受けた上記会員らを含む破産債権者への配当を行うなど適正かつ公平な清算を図ろうとすることは,衡平にかなうというべきである。仮に,被上告人が破産管財人に対して本件配当金の返還を拒むことができるとするならば,被害者である他の会員の損失の下に被上告人が不当な利益を保持し続けることを是認することになって,およそ相当であるとはいい難い。
 したがって,上記の事情の下においては,被上告人が,上告人に対し,本件配当金の給付が不法原因給付に当たることを理由としてその返還を拒むことは,信義則上許されないと解するのが相当である。

その上で、以下のとおり判断して原審判断を否定している。

 以上によれば,上記のような点を考慮することなく,上告人の請求を棄却した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

なお、「上記のような点を考慮」していないとされた原判決(東京高判H24.6.6)及び原々審(東京地判H24.1.27)の判断は、次のとおり。

◆第1審判決

 破産開始決定時に破産者が有していた財産権の管理及び処分する権利は破産管財人に専属している(破産法七八条)ところ、本件で、原告は、本件契約が無効であることを前提に、破産会社が破産開始決定時に有していた被告に対する不当利得返還請求権を、破産者に代わって上記管理処分権に基づき行使していると認められる。そうすると、不法原因給付によって返還請求権が否定される第三債務者に対する債権について、債務者ではなく債権者が債務者に代わって当該債務を管理するために債権者代位権に基づいてこれを代位行使した場合にも、不法原因給付に基づき返還請求権が否定されるべきであること(大審院大正五年一一月二一日判決・民録二二輯二二五〇頁参照)と同様に、総債権者のために破産財団に属する財産を管理する破産管財人が破産財団に属する債権を行使する場合であっても、破産者が破産開始決定前に当該債権を取得した時から不法原因給付により返還請求権が否定される場合には、破産管財人による不当利得返還請求は、民法七〇八条により許されないと解するのが相当である。
 なお、破産管財人が否認権を行使する場合には、破産管財人が、その独自の権能により、破産債権者のために、契約の相手方の悪意などその他の要件を満たした上で、破産者にもなしえない権限を行使するものであり、否認権の行使によって取得する請求権が、破産管財人が法律に基づき特別に取得する債権としての性質が強いことに鑑みれば、例え破産者による行為が不法原因給付に当たるとしても、返還請求権は否定されないと解すべきである(大審院昭和六年五月一五日判決・民集一〇巻六号三二七頁参照)が、本件は、破産者が元々有していた債権を破産管財人がその管理処分権に基づいて行使するものであり、事案を異にするものである。
 また、原告は、本件に係る事情として、本件事業では、被告を含む一部の会員が大きな利益を得る一方で、多くの会員が損害を被っていることなどを指摘する。しかしながら、破産管財人は、総債権者のために財産権を行使しており、破産債権者のうち、その一部の者のためにのみ職務を行うものではなく、破産法では犯罪被害者等に優先的に配当する手続が定められているわけでもない。したがって、被害者救済の観点をことさらに重視することは相当ではない(かえって、例えば、破産会社が利息制限法を大幅に上回る利息で貸し付けるいわゆるヤミ金融業者であり、ヤミ金融業者からの貸金等の返還請求権が不法原因給付により否定される場合(最高裁平成二〇年六月一〇日第三小法廷判決・民集六二巻六号一四八八頁参照)に、ヤミ金融業者が破産した場合には、その管財人による借主に対する返還請求権であれば、これが許容されることになるとすれば、これが不当な結論になることは明らかである。)。
 そうすると、前記説示のとおり、本訴において原告が行使する不当利得返還請求権は、本件契約が公序良俗に反して無効であることにより、遅くとも破産会社から被告に最後の配当金等の交付が行われた平成二二年一二月二〇日には生じていた債権であり、破産開始決定前から破産者に帰属し、不法原因給付により返還請求できない性質を有していたものであるから、破産管財人である原告がこれを破産財団の管理処分権に基づきこれを行使したからといって、被告に返還を請求することが許容されるものではない。
 また、この結論は、仮に本件事業が出資法に違反すると認められ、本件契約が公序良俗に違反して無効であったとしても、左右されるものではない。

◆控訴審判決(追加部分)

 そして、被控訴人は、上位会員として本件事業において利益を得ているものの、控訴人は、被控訴人に対し、否認権を行使しているものではなく(なお、被控訴人が本件事業を主導する立場にあったなどと認めるべき証拠はない。)、出資をして本件事業に参加した者であるという点において、本件事業において損失を被った破産債権者の多くを占める下位会員と本件における被控訴人は、異なるところはなく、ただ、加入の時期や本件事業の破綻の時期等によって、偶々一方は利益を得、他方は損失を被るという結果になったというにすぎない
 しかるに、破産管財人が不当利得返還請求権を行使する場合には民法708条の適用がなく、上位会員に対する不当利得返還請求権の行使により下位会員に生じた損害を補填することができるとすれば、本件事業を主導した破産会社ないしその代表者等の負担する債務を減額させることになるなど、結局において、破産会社の公序良俗に反する本件事業について法律上の保護を与えることとなり、民法708条の趣旨に反し相当ではない。

考慮していないのかどうかについては、争いがあり得るかもしれない。。。

(3) 最一判H23.7.14

「金銭消費貸借に係る基本契約が順次締結され,これらに基づく金銭の借入れと弁済が繰り返された場合において,各基本契約に当初の契約期間の経過後も当事者からの申出がない限り当該契約を2年間継続し,その後も同様とする旨の定めが置かれていることから,先に締結された基本契約に基づく取引により発生した各過払金をその後に締結された基本契約に基づく取引に係る各借入金債務に充当する旨の合意が存在するとした原審の判断に違法があるとされた事例」である。

判示部分は、以下のとおり。

 同一の貸主と借主との間で継続的に貸付けとその弁済が繰り返されることを予定した基本契約(以下「第1の基本契約」という。)が締結され,この基本契約に基づく取引に係る債務の各弁済金のうち制限超過部分を元本に充当すると過払金が発生するに至ったが,過払金が発生することとなった弁済がされた時点においては両者の間に他の債務が存在せず,その後に,両者の間で改めて金銭消費貸借に係る基本契約(以下「第2の基本契約」という。)が締結され,第2の基本契約に基づく取引に係る債務が発生した場合には,第1の基本契約に基づく取引により発生した過払金を新たな借入金債務に充当する旨の合意が存在するなど特段の事情がない限り,第1の基本契約に基づく取引に係る過払金は,第2の基本契約に基づく取引に係る債務には充当されないと解するのが相当である(最高裁平成18年(受)第2268号同20年1月18日第二小法廷判決・民集62巻1号28頁)。
そして,①【第1の基本契約に基づく貸付け及び弁済が反復継続して行われた期間】の長さや【これに基づく最終の弁済から第2の基本契約に基づく最初の貸付けまでの期間】,②第1の基本契約についての契約書の返還の有無,③借入れ等に際し使用されるカードが発行されている場合にはその失効手続の有無,④第1の基本契約に基づく最終の弁済から第2の基本契約が締結されるまでの間における貸主と借主との接触の状況,⑤第2の基本契約が締結されるに至る経緯,⑥第1と第2の基本契約における利率等の契約条件の異同等の事情を考慮して,≪第1の基本契約に基づく債務が完済されてもこれが終了せず,第1の基本契約に基づく取引と第2の基本契約とが事実上1個の連続した貸付取引であると評価することができる場合≫には,上記合意が存在するものと解するのが相当である(前記第二小法廷判決)。
 しかるに,原審は,前記事実関係によれば,【基本契約1に基づく最終の弁済から基本契約2に基づく最初の貸付け】,【基本契約2に基づく最終の弁済から基本契約3に基づく最初の貸付け】及び【基本契約3に基づく最終の弁済から基本契約4に基づく最初の貸付け】まで,それぞれ約1年6か月,約2年2か月及び約2年4か月の期間があるにもかかわらず,基本契約1ないし3に本件自動継続条項が置かれていることから,これらの期間を考慮することなく,基本契約1ないし4に基づく取引は事実上1個の連続した取引であり,本件過払金充当合意が存在するとしているのであるから,この原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。
そして,前記特段の事情の有無等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

(4) 最一判H21.4.23(民集63-4-703)

「地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの)242条の2第7項にいう「相当と認められる額」についての原審の認定判断に違法があるとされた事例」である。

判示部分は、以下のとおり。

 法242条の2第7項の以上のような立法趣旨に照らすと,同項にいう「相当と認められる額」とは,旧4号住民訴訟において住民から訴訟委任を受けた弁護士が当該訴訟のために行った活動の対価として必要かつ十分な程度として社会通念上適正妥当と認められる額をいい,その具体的な額は,当該訴訟における事案の難易弁護士が要した労力の程度及び時間認容された額判決の結果普通地方公共団体が回収した額住民訴訟の性格その他諸般の事情を総合的に勘案して定められるべきものと解するのが相当である。
 前記事実関係によれば,別件訴訟の判決認容額は1億3000万円を超え,判決の結果被上告人は約9500万円を既に回収しているというのであるから,被上告人は現実にこれだけの経済的利益を受けているのであり,別件訴訟に関する「相当と認められる額」を定めるに当たっては,これら認容額及び回収額は重要な考慮要素となる。住民訴訟の目的,性質を考慮したとしても,上記の考慮要素をもって,原審のように,一般的に,従たる要素として他の要素に加味する程度にとどめるのが相当であるということはできない。
一方,原審は,別件訴訟の事案が特に易しいものであったとか,別件受任弁護士らが訴訟追行に当たり要した労力の程度及び時間がかなり小さなものであったなど,「相当と認められる額」を大きく減ずべき事情については何ら認定説示しておらず,むしろ,別件受任弁護士らは訴訟追行に当たり相当の労力を要したことが推認されるなどと説示しているのである。
そうすると,原審は,一つの重要な考慮要素と認められる前記認容額及び回収額についてほとんど考慮することなく別件訴訟に関する「相当と認められる額」を認定したものであり,他に原審の認定した額を「相当と認められる額」とすべき合理的根拠を示していないから,その判断は,法242条の2第7項の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。

◆原審判決(大阪高判H19.9.28)

 旧地方自治法242条の2第1項4号に基づく訴訟における勝訴(一部勝訴を含む。)の結果得られた上記「経済的利益」が、当該訴訟における認容額(又は当該地方公共団体への入金額)と解すべきか、それともこれを算定不能と解すべきかが問題となる。
 この点については、前記(1)で検討したところである、旧地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟の目的が、住民全体の利益のために地方公共団体の財務会計上の行為を正すことにあって、訴えを提起した者又は地方公共団体の個人的な権利利益の保護救済をはかるためにあるのではない等の制度趣旨に鑑みるとき、同法242条の2第7項により、当該住民訴訟において勝訴(一部勝訴を含む。)した住民が弁護士費用として請求しうべき相当額を算定するに際しては、勝訴(一部勝訴を含む。)に係る判決の認容額や現実の入金額などをもって算定するべきではなく、算定不能として、算出すべきである。したがって、同法242条の2第7項の「その報酬額の範囲内で相当と認められる額」を算定するにあたっては、算定不能として、弁護士報酬規程15条1項によりこれを800万円とみなして、算定すべきである。
 これに対し、被控訴人らは、本件住民訴訟における経済的利益を算定不能として扱うと、内容が複雑困難な事件で、かつ、地方公共団体に支払われる金額が高額な事件であっても、弁護士は低額の報酬で訴訟を追行せざるを得なくなり、住民訴訟の提起が困難となって、住民訴訟制度設置の目的に反する旨を主張する。
 確かに、事件等の対象の金額や委任事務処理により確保した金額の多寡を考慮することなく、経済的利益を一律に算定不能と解することにより、一見、衡平の理念に反するように見える場合があり得ることは否定できないところである。しかし、既に述べたように、旧地方自治法242条の2第1項4号に基づく訴訟の目的が、地方公共団体の財務会計上の行為を正すことにあって、住民又は地方公共団体の個人的な経済的利益の回復をはかること自体にあるのではない(その利益として観念すべきは、住民全体の受ける公共的利益というべきものである。)ことを踏まえた上で、同法242条の2第7項が、訴訟に要した弁護士費用の全部を常に原告である住民に負担させるのは適当でないとの立法政策上の判断から、住民が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合に限って、弁護士費用のうち相当額のみを地方公共団体に負担させるよう請求することを認めたにすぎないことに鑑みれば、本件住民訴訟により確保される経済的利益を一律に算定不能と解することは、上記立法趣旨等から、おのずから導かれる帰結というべきである。そして、勝訴(一部勝訴を含む。)に係る判決の認容額や現実の入金額は、実際に地方公共団体に支払を命ずべき「相当額」の認定の際に、増額要素の一つとして考慮すれば足りるというべきである。

3.労働契約法20条について

一方、労働契約法20条(労働契約法の一部を改正する法律(平成24年法律第56号)2条による改正後のものであり、かつ、平成30年法律第71号による改正前のもの)についての最高裁判所の判例は、以下のとおりである。

(1) 最二判H30.6.1(民集72-2-88)〔ハマキョウレックス事件〕


まず一般論。

 労働契約法20条は,有期労働契約を締結している労働者(以下「有期契約労働者」という。)の労働条件が,期間の定めがあることにより同一の使用者と無期労働契約を締結している労働者の労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。
同条は,有期契約労働者については,無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)と比較して合理的な労働条件の決定が行われにくく,両者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ,有期契約労働者の公正な処遇を図るため,その労働条件につき,期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものである。
 そして,同条は,有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に,職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して,その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり,職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。

 ア  労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件が期間の定めがあることにより相違していることを前提としているから,両者の労働条件が相違しているというだけで同条を適用することはできない。一方,期間の定めがあることと労働条件が相違していることとの関連性の程度は,労働条件の相違が不合理と認められるものに当たるか否かの判断に当たって考慮すれば足りるものということができる。
 そうすると,同条にいう「期間の定めがあることにより」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると,本件諸手当に係る労働条件の相違は,契約社員と正社員とでそれぞれ異なる就業規則が適用されることにより生じているものであることに鑑みれば,当該相違は期間の定めの有無に関連して生じたものであるということができる。したがって,契約社員と正社員の本件諸手当に係る労働条件は,同条にいう期間の定めがあることにより相違している場合に当たるということができる。


ほとんどの事案において問題となることがなさそうである。
次が本題。

 イ 次に,労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が,職務の内容等を考慮して不合理と認められるものであってはならないとしているところ,所論は,同条にいう「不合理と認められるもの」とは合理的でないものと同義であると解すべき旨をいう。
しかしながら,同条が「不合理と認められるものであってはならない」と規定していることに照らせば,同条は飽くまでも労働条件の相違が不合理と評価されるか否かを問題とするものと解することが文理に沿うものといえる。また,同条は,職務の内容等が異なる場合であっても,その違いを考慮して両者の労働条件が均衡のとれたものであることを求める規定であるところ,両者の労働条件が均衡のとれたものであるか否かの判断に当たっては,労使間の交渉や使用者の経営判断を尊重すべき面があることも否定し難い。
 したがって,同条にいう「不合理と認められるもの」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である。
 そして,両者の労働条件の相違が不合理であるか否かの判断は規範的評価を伴うものであるから,当該相違が不合理であるとの評価を基礎付ける事実については当該相違が同条に違反することを主張する者が,当該相違が不合理であるとの評価を妨げる事実については当該相違が同条に違反することを争う者が,それぞれ主張立証責任を負うものと解される。

具体的な当てはめ。「上記イで述べたところを踏まえて,本件諸手当のうち住宅手当及び皆勤手当に係る相違が職務の内容等を考慮して不合理と認められるものに当たるか否かについて検討する。」

 (ア) 本件では,契約社員である被上告人の労働条件と,被上告人と同じく上告人の彦根支店においてトラック運転手(乗務員)として勤務している正社員の労働条件との相違が労働契約法20条に違反するか否かが争われているところ,前記第1の2(6)の事実関係等に照らせば,【両者の職務の内容】に違いはないが,【職務の内容及び配置の変更の範囲】に関しては,正社員は,出向を含む全国規模の広域異動の可能性があるほか,等級役職制度が設けられており,職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて,将来,上告人の中核を担う人材として登用される可能性があるのに対し,契約社員は,就業場所の変更や出向は予定されておらず,将来,そのような人材として登用されることも予定されていないという違いがあるということができる。

「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」=「職務の内容」については、違いはない。

他方で、「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」に関しては、就業場所の変更や出向(による全国規模の広域異動)の「可能性」、上告人の中核を担う人材として登用される「可能性」の有無において違いがあるとのこと。

以上を踏まえて、当てはめ。

 (イ) 上告人においては,正社員に対してのみ所定の住宅手当を支給することとされている。
この住宅手当は,従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨で支給されるものと解されるところ,契約社員については就業場所の変更が予定されていないのに対し,正社員については,転居を伴う配転が予定されているため,契約社員と比較して住宅に要する費用が多額となり得る。
 したがって,正社員に対して上記の住宅手当を支給する一方で,契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

 (ウ) 上告人においては,正社員である乗務員に対してのみ,所定の皆勤手当を支給することとされている。
この皆勤手当は,上告人が運送業務を円滑に進めるには実際に出勤するトラック運転手を一定数確保する必要があることから,皆勤を奨励する趣旨で支給されるものであると解されるところ,上告人の乗務員については,契約社員と正社員の職務の内容は異ならないから,出勤する者を確保することの必要性については,職務の内容によって両者の間に差異が生ずるものではない。
また,上記の必要性は,当該労働者が将来転勤や出向をする可能性や,上告人の中核を担う人材として登用される可能性の有無といった事情により異なるとはいえない。
そして,本件労働契約及び本件契約社員就業規則によれば,契約社員については,上告人の業績と本人の勤務成績を考慮して昇給することがあるとされているが,昇給しないことが原則である上,皆勤の事実を考慮して昇給が行われたとの事情もうかがわれない。
 したがって,上告人の乗務員のうち正社員に対して上記の皆勤手当を支給する一方で,契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものであるから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

(2) 最二判H30.6.1(民集72-2-202)〔長澤運輸事件〕

 被上告人における嘱託乗務員及び正社員は,その業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなく,業務の都合により配置転換等を命じられることがある点でも違いはないから,両者は,職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(以下,併せて「職務内容及び変更範囲」という。)において相違はないということができる。

まず、上記(1)とは異なり、「職務内容及び変更範囲」において相違がないという点がポイント。これでも、直ちに「不合理」ではないとする。

 しかしながら,労働者の賃金に関する労働条件は,労働者の職務内容及び変更範囲により一義的に定まるものではなく,使用者は,雇用及び人事に関する経営判断の観点から,労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して,労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができる。
また,労働者の賃金に関する労働条件の在り方については,基本的には,団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる。
そして,労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として,「その他の事情」を挙げているところ,その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。
 したがって,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は,労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである。

 被上告人における嘱託乗務員は,被上告人を定年退職した後に,有期労働契約により再雇用された者である。
 定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ,定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。
これに対し,使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。
そして,このような事情は,定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって,その基礎になるものであるということができる。
 そうすると,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。

 本件においては,被上告人における嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違が問題となるところ,労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合,個々の賃金項目に係る賃金は,通常,賃金項目ごとに,その趣旨を異にするものであるということができる。そして,有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,当該賃金項目の趣旨により,その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべきである。
 そうすると,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。
 なお,ある賃金項目の有無及び内容が,他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ,そのような事情も,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される。

以上を踏まえて、当てはめ。「上記(1)から(4)までで述べたところを踏まえて,被上告人における嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違が,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かについて検討する。」

 ア 嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等について
 被上告人は,正社員に対し,基本給能率給及び職務給を支給しているが,嘱託乗務員に対しては,基本賃金及び歩合給を支給し,能率給及び職務給を支給していない。
基本給及び基本賃金は,労務の成果である乗務員の稼働額にかかわらず,従業員に対して固定的に支給される賃金であるところ,上告人らの基本賃金の額は,いずれも定年退職時における基本給の額を上回っている。
また,能率給及び歩合給は,労務の成果に対する賃金であるところ,その額は,いずれも職種に応じた係数を乗務員の月稼働額に乗ずる方法によって計算するものとされ,嘱託乗務員の歩合給に係る係数は,正社員の能率給に係る係数の約2倍から約3倍に設定されている。
そして,被上告人は,本件組合との団体交渉を経て,嘱託乗務員の基本賃金を増額し,歩合給に係る係数の一部を嘱託乗務員に有利に変更している
このような賃金体系の定め方に鑑みれば,被上告人は,嘱託乗務員について,正社員と異なる賃金体系を採用するに当たり,職種に応じて額が定められる職務給を支給しない代わりに,基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の安定に配慮するとともに,歩合給に係る係数を能率給よりも高く設定することによって労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫しているということができる。
そうである以上,嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等による労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たっては,嘱託乗務員の基本賃金及び歩合給が,正社員の基本給,能率給及び職務給に対応するものであることを考慮する必要があるというべきである。
そして,第1審判決別紙5及び6に基づいて,本件賃金につき基本賃金及び歩合給を合計した金額並びに本件試算賃金につき基本給,能率給及び職務給を合計した金額を上告人ごとに計算すると,前者の金額は後者の金額より少ないが,その差は上告人X1につき約10%,上告人X2につき約12%,上告人X3につき約2%にとどまっている。
 さらに,嘱託乗務員は定年退職後に再雇用された者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができる上,被上告人は,本件組合との団体交渉を経て,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,嘱託乗務員に対して2万円の調整給を支給することとしている。
 これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても,正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で,嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

 イ 嘱託乗務員に対して精勤手当が支給されないことについて
 被上告人における精勤手当は,その支給要件及び内容に照らせば,従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨で支給されるものであるということができる。
そして,被上告人の嘱託乗務員と正社員との職務の内容が同一である以上,両者の間で,その皆勤を奨励する必要性に相違はないというべきである。
なお,嘱託乗務員の歩合給に係る係数が正社員の能率給に係る係数よりも有利に設定されていることには,被上告人が嘱託乗務員に対して労務の成果である稼働額を増やすことを奨励する趣旨が含まれているとみることもできるが,精勤手当は,従業員の皆勤という事実に基づいて支給されるものであるから,歩合給及び 能率給に係る係数が異なることをもって,嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことが不合理でないということはできない。
 したがって,正社員に対して精勤手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものであるから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

 ウ 嘱託乗務員に対して住宅手当及び家族手当が支給されないことについて
 被上告人における住宅手当及び家族手当は,その支給要件及び内容に照らせば,前者は従業員の住宅費の負担に対する補助として,後者は従業員の家族を扶養するための生活費に対する補助として,それぞれ支給されるものであるということができる。上記各手当は,いずれも労働者の提供する労務を金銭的に評価して支給されるものではなく,従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるから,使用者がそのような賃金項目の要否や内容を検討するに当たっては,上記の趣旨に照らして,労働者の生活に関する諸事情を考慮することになるものと解される。
被上告人における正社員には,嘱託乗務員と異なり,幅広い世代の労働者が存在し得るところ,そのような正社員について住宅費及び家族を扶養するための生活費を補助することには相応の理由があるということができる。他方において,嘱託乗務員は,正社員として勤続した後に定年退職した者であり,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまでは被上告人から調整給を支給されることとなっているものである。
 これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても,正社員に対して住宅手当及び家族手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれらを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

 エ 嘱託乗務員に対して役付手当が支給されないことについて
 上告人らは,嘱託乗務員に対して役付手当が支給されないことが不合理である理由として,役付手当が年功給,勤続給的性格のものである旨主張しているところ,被上告人における役付手当は,その支給要件及び内容に照らせば,正社員の中から指定された役付者であることに対して支給されるものであるということができ,上告人らの主張するような性格のものということはできない。
したがって,正社員に対して役付手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるということはできない。

 オ 嘱託乗務員の時間外手当と正社員の超勤手当の相違について
 正社員の超勤手当及び嘱託乗務員の時間外手当は,いずれも従業員の時間外労働等に対して労働基準法所定の割増賃金を支払う趣旨で支給されるものであるといえる。
被上告人は,正社員と嘱託乗務員の賃金体系を区別して定めているところ,割増賃金の算定に当たり,割増率その他の計算方法を両者で区別していることはうかがわれない。
しかしながら,前記イで述べたとおり,嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことは,不合理であると評価することができるものに当たり,正社員の超勤手当の計算の基礎に精勤手当が含まれるにもかかわらず,嘱託乗務員の時間外手当の計算の基礎には精勤手当が含まれないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものであるから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

 カ 嘱託乗務員に対して賞与が支給されないことについて
 賞与は,月例賃金とは別に支給される一時金であり,労務の対価の後払い,功労報償,生活費の補助,労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものである。
嘱託乗務員は,定年退職後に再雇用された者であり,定年退職に当たり退職金の支給を受けるほか,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されている。また,本件再雇用者採用条件によれば,嘱託乗務員の賃金(年収)は定年退職前の79%程度となることが想定されるものであり,嘱託乗務員の賃金体系は,前記アで述べたとおり,嘱託乗務員の収入の安定に配慮しながら,労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっている。
 これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であり,正社員に対する賞与が基本給の5か月分とされているとの事情を踏まえても,正社員に対して賞与を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

(3) 最三判R2.10.13(集民264-63)〔大阪医科薬科大学事件〕

「私立大学の教室事務を担当する無期契約労働者」に対して賞与を支給する一方で、「同事務を担当する時給制のアルバイト職員である有期契約労働者」に対してこれを支給しないという労働条件の相違につき、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないとされた事例である。


【賞与について】

まず、規範。

 労働契約法20条は,有期労働契約を締結した労働者と無期労働契約を締結した労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ,有期労働契約を締結した労働者の公正な処遇を図るため,その労働条件につき,期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり,両者の間の労働条件の相違が賞与の支給に係るものであったとしても,それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。
もっとも,その判断に当たっては,他の労働条件の相違と同様に,当該使用者における賞与の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより,当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。

当てはめ。(長い。。。)

 (ア)  第1審被告の正職員に対する賞与は,正職員給与規則において必要と認めたときに支給すると定められているのみであり,基本給とは別に支給される一時金として,その算定期間における財務状況等を踏まえつつ,その都度,第1審被告により支給の有無や支給基準が決定されるものである。
また,上記賞与は,通年で基本給の4.6か月分が一応の支給基準となっており,その支給実績に照らすと,第1審被告の業績に連動するものではなく,算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償,将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められる。
そして,正職員の基本給については,勤務成績を踏まえ勤務年数に応じて昇給するものとされており,勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給の性格を有するものといえる上,おおむね,業務の内容の難度や責任の程度が高く,人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたものである。
このような【正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等】に照らせば,第1審被告は,正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,正職員に対して賞与を支給することとしたものといえる。

 (イ) そして,第1審原告により比較の対象とされた教室事務員である正職員とアルバイト職員である第1審原告の労働契約法20条所定の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)をみると,両者の業務の内容は共通する部分はあるものの,第1審原告の業務は,その具体的な内容や,第1審原告が欠勤した後の人員の配置に関する事情からすると,相当に軽易であることがうかがわれるのに対し,教室事務員である正職員は,これに加えて,学内の英文学術誌の編集事務等,病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があったのであり,【両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない
また,教室事務員である正職員については,正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し,アルバイト職員については,原則として業務命令によって配置転換されることはなく,人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていたものであり,【両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)に一定の相違があったことも否定できない
さらに,第1審被告においては,全ての正職員が同一の雇用管理の区分に属するものとして同一の就業規則等の適用を受けており,その労働条件はこれらの正職員の職務の内容や変更の範囲等を踏まえて設定されたものといえるところ,第1審被告は,教室事務員の業務の内容の過半が定型的で簡便な作業等であったため,平成13年頃から,一定の業務等が存在する教室を除いてアルバイト職員に置き換えてきたものである。その結果,第1審原告が勤務していた当時,教室事務員である正職員は,僅か4名にまで減少することとなり,業務の内容の難度や責任の程度が高く,人事異動も行われていた他の大多数の正職員と比較して極めて少数となっていたものである。このように,教室事務員である正職員が他の大多数の正職員と職務の内容及び変更の範囲を異にするに至ったことについては,教室事務員の業務の内容や第1審被告が行ってきた人員配置の見直し等に起因する事情が存在したものといえる。また,アルバイト職員については,契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていたものである。これらの事情については,教室事務員である正職員と第1審原告との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり,労働契約法20条所定の「その他の事情」(以下,職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という。)として考慮するのが相当である。

 (ウ) そうすると,第1審被告の正職員に対する賞与の性質やこれを支給する目的を踏まえて,【教室事務員である正職員】と【アルバイト職員】の職務の内容等を考慮すれば,
①【正職員】に対する賞与の支給額がおおむね通年で基本給の4.6か月分であり,そこに労務の対価の後払いや一律の功労報償の趣旨が含まれることや,
②【正職員に準ずるものとされる契約職員】に対して正職員の約80%に相当する賞与が支給されていたこと,
③【アルバイト職員である第1審原告】に対する年間の支給額が【(平成25年4月に新規採用された)正職員】の基本給及び賞与の合計額と比較して55%程度の水準にとどまることをしんしゃくしても,
【教室事務員である正職員】と【第1審原告】との間に賞与に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。

【私傷病による欠勤中の賃金について】

 第1審被告が,正職員休職規程において,私傷病により労務を提供することができない状態にある正職員に対し給料(6か月間)及び休職給(休職期間中において標準給与の2割)を支給することとしたのは,正職員が長期にわたり継続して就労し,又は将来にわたって継続して就労することが期待されることに照らし,正職員の生活保障を図るとともに,その雇用を維持し確保するという目的によるものと解される。
このような第1審被告における私傷病による欠勤中の賃金の性質及びこれを支給する目的に照らすと,同賃金は,このような職員の雇用を維持し確保することを前提とした制度であるといえる。
 そして,第1審原告により比較の対象とされた教室事務員である正職員とアルバイト職員である第1審原告の職務の内容等をみると,前記(1)のとおり,正職員が配置されていた教室では病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務等が存在し,正職員は正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があるなど,教室事務員である正職員とアルバイト職員との間には職務の内容及び変更の範囲に一定の相違があったことは否定できない。さらに,教室事務員である正職員が,極めて少数にとどまり,他の大多数の正職員と職務の内容及び変更の範囲を異にするに至っていたことについては,教室事務員の業務の内容や人員配置の見直し等に起因する事情が存在したほか,職種を変更するための試験による登用制度が設けられていたという事情が存在するものである。
 そうすると,このような職務の内容等に係る事情に加えて,アルバイト職員は,契約期間を1年以内とし,更新される場合はあるものの,長期雇用を前提とした勤務を予定しているものとはいい難いことにも照らせば,教室事務員であるアルバイト職員は,上記のように雇用を維持し確保することを前提とする制度の趣旨が直ちに妥当するものとはいえない
また,第1審原告は,勤務開始後2年余りで欠勤扱いとなり,欠勤期間を含む在籍期間も3年余りにとどまり,その勤続期間が相当の長期間に及んでいたとはいい難く,第1審原告の有期労働契約が当然に更新され契約期間が継続する状況にあったことをうかがわせる事情も見当たらない。
したがって,教室事務員である正職員と第1審原告との間に私傷病による欠勤中の賃金に係る労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものとはいえない。
 以上によれば,本件大学の教室事務員である正職員に対して私傷病による欠勤中の賃金を支給する一方で,アルバイト職員である第1審原告に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

(4) 最三判R2.10.13(民集74-7-1901)〔メトロコマース事件〕


【退職金について】

まず、規範。

 労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ,有期契約労働者の公正な処遇を図るため,その労働条件につき,期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり,両者の間の労働条件の相違が退職金の支給に係るものであったとしても,それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。
もっとも,その判断に当たっては,他の労働条件の相違と同様に,当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより,当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。

上記(3)とほぼ同様である。

そして、当てはめ。(長い。。。)

 ア 第1審被告は,退職する正社員に対し,一時金として退職金を支給する制度を設けており,退職金規程により,その支給対象者の範囲や支給基準,方法等を定めていたものである。そして,上記退職金は,本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものとされているところ,その支給対象となる正社員は,第1審被告の本社の各部署や事業本部が所管する事業所等に配置され,業務の必要により配置転換等を命ぜられることもあり,また,退職金の算定基礎となる本給は,年齢によって定められる部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分から成るものとされていたものである。
このような【第1審被告における退職金の支給要件や支給内容等】に照らせば,上記退職金は,上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり,第1審被告は,正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる。

 イ そして,第1審原告らにより比較の対象とされた【売店業務に従事する正社員】と【契約社員Bである第1審原告ら】の労働契約法20条所定の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)をみると,両者の業務の内容はおおむね共通するものの,正社員は,販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか,複数の売店を統括し,売上向上のための指導,改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理,商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し,契約社員Bは,売店業務に専従していたものであり,【両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない
また,売店業務に従事する正社員については,業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり,正当な理由なく,これを拒否することはできなかったのに対し,契約社員Bは,業務の場所の変更を命ぜられることはあっても,業務の内容に変更はなく,配置転換等を命ぜられることはなかったものであり,【両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)にも一定の相違があったことが否定できない
さらに,第1審被告においては,全ての正社員が同一の雇用管理の区分に属するものとして同じ就業規則等により同一の労働条件の適用を受けていたが,売店業務に従事する正社員と,第1審被告の本社の各部署や事業所等に配置され配置転換等を命ぜられることがあった他の多数の正社員とは,職務の内容及び変更の範囲につき相違があったものである。そして,平成27年1月当時に売店業務に従事する正社員は,同12年の関連会社等の再編成により第1審被告に雇用されることとなった互助会の出身者と契約社員Bから正社員に登用された者が約半数ずつほぼ全体を占め,売店業務に従事する従業員の2割に満たないものとなっていたものであり,上記再編成の経緯やその職務経験等に照らし,賃金水準を変更したり,他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があったことがうかがわれる。このように,売店業務に従事する正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしていたことについては,第1審被告の組織再編等に起因する事情が存在したものといえる。また,第1審被告は,契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け,相当数の契約社員Bや契約社員Aをそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していたものである。これらの事情については,第1審原告らと売店業務に従事する正社員との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり,労働契約法20条所定の「その他の事情」(以下,職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という。)として考慮するのが相当である。

 ウ そうすると,第1審被告の正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて,売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば,
契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ,定年が65歳と定められるなど,必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず,第1審原告らがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても,
両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。

 なお,契約社員Aは平成28年4月に職種限定社員に改められ,その契約が無期労働契約に変更されて退職金制度が設けられたものの,このことがその前に退職した契約社員Bである第1審原告らと正社員との間の退職金に関する労働条件の相違が不合理であるとの評価を基礎付けるものとはいい難い。
また,契約社員Bと職種限定社員との間には職務の内容及び変更の範囲に一定の相違があることや,契約社員Bから契約社員Aに職種を変更することができる前記の登用制度が存在したこと等からすれば,無期契約労働者である職種限定社員に退職金制度が設けられたからといって,上記の判断を左右するものでもない。

なお、このメトロコマース事件については、高裁段階で、基本給・賞与については「不合理ではない」、各種手当(早出残業手当の賃金割増率、住宅手当)・褒賞については「不合理」とする判断がなされており、上告不受理により高裁判決が確定している。

このうち、基本給(「本給」)についての高裁判決(東京高判H31.2.20)の判断は、以下のとおりである。

 【第1審被告の正社員一般】と【契約社員B】との間には,原判決(第4の2)の指摘するように職務内容及び変更範囲に相違がある上,一般論として,第1審被告において,高卒・大卒新入社員を採用することがある正社員には長期雇用を前提とした年功的な賃金制度を設け,本来的に短期雇用を前提とする有期契約労働者にはこれと異なる賃金体系を設けるという制度設計をすることには,企業の人事施策上の判断として一定の合理性が認められるところである。
そして,本件で比較対象とされる【売店業務に従事している正社員】と【契約社員B】についてみても,前記認定事実ア(前記1において原判決を訂正した後のもの)並びにイ及びエによれば,比較対象とされる売店業務に従事している正社員については,【職務の内容】に関しては代務業務やエリアマネージャー業務に従事することがあり得る一方,休憩交代要員にはならないし,職務内容及び変更範囲に関しては売店業務以外の業務への配置転換の可能性がある(乙17の4,乙18の4)のに対し,契約社員Bは,職務の内容に関しては原則として代務業務に従事することはないし,エリアマネージャー業務に従事することは予定されていない一方,休憩交代要員になり得るし,【職務内容及び変更範囲】に関しては売店業務以外の業務への配置転換の可能性はないという相違があるということができる。
 また,前記前提事実イ及び認定事実(前記1において原判決を訂正した後のもの)によれば,売店業務に従事している互助会出身者は,業務経験年数が互助会から通算すると第1審原告らよりも長いから,単純に比較することはできないものの,年齢給が全員7万2000円の支給を受けている可能性が高く,職務給の平均が18万2541円であったから,本給だけで25万4541円になるところ,第1審原告らが過去に支給された最も高い本給は第1審原告X1が19万0080円,控訴人X2が18万4800円,控訴人X3が18万7460円であり,それぞれ74.7%,72.6%,73.6%(いずれも小数点以下第2位四捨五入)と一概に低いとはいえない割合となっているし,契約社員Bには,正社員とは異なり,皆勤手当及び早番手当が支給されている。
そして,このような賃金の相違については,決して固定的・絶対的なものではなく,契約社員Bから契約社員A(現在は職種限定社員)へ及び契約社員Aから正社員への各登用制度を利用することによって解消することができる機会も与えられている(なお,第1審原告らは,登用制度について前記2の4のとおり主張するが,実際に行われた登用試験の内容が不適切であったとか,制度の運用が恣意的であるなどといったことを認めるに足りる的確な証拠はないから,上記主張は採用することができない。)。
 加えて,前記のとおり,労働契約法20条は労働条件の相違が不合理であるか否かの判断についての考慮要素として「その他の事情」を挙げているところ,本件で比較対象とされる売店業務に従事している正社員は,平成12年10月の関連会社再編によって互助会から転籍してきた者が一定程度の割合を占めており,その勤務実績や関連会社再編という経緯からして,互助会在籍時に正社員として勤務していた者を契約社員に切り替えたり,正社員として支給されてきた賃金の水準を第1審被告が一方的に切り下げたりすることはできなかったものと考えられ,勤務条件についての労使交渉が行われたことも認められる(乙15)から,そのような正社員がそのような労働条件のまま実際上は売店業務以外の業務への配置転換がされることなく定年まで売店業務のみに従事して退職することになっているとしても,それは上記事情に照らしてやむを得ないものというべきである。
また,上記の登用制度を利用して正社員となった者を契約社員B及び契約社員A(現在は職種限定社員)よりも厚遇することも,当然というべきである。

(5) 最一判R2.10.15(集民264-95)〔日本郵便(佐賀)事件〕


賃金以外の労働条件の相違が問題となった(おそらく初めての)事例である。

 有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である(最高裁平成29年(受)第442号同30年6月1日第二小法廷判決・民集72巻2号202頁)ところ,賃金以外の労働条件の相違についても,同様に,個々の労働条件の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。

 上告人において,郵便の業務を担当する正社員に対して夏期冬期休暇が与えられているのは,年次有給休暇や病気休暇等とは別に,労働から離れる機会を与えることにより,心身の回復を図るという目的によるものであると解され,夏期冬期休暇の取得の可否取得し得る日数は上記正社員の勤続期間の長さに応じて定まるものとはされていない。
そして,郵便の業務を担当する時給制契約社員は,契約期間が6か月以内とされるなど,繁忙期に限定された短期間の勤務ではなく,業務の繁閑に関わらない勤務が見込まれているのであって,夏期冬期休暇を与える趣旨は,上記時給制契約社員にも妥当するというべきである。
 そうすると,前記2(2)のとおり,郵便の業務を担当する正社員と同業務を担当する時給制契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても,両者の間に夏期冬期休暇に係る労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものといえる。
 したがって,郵便の業務を担当する正社員に対して夏期冬期休暇を与える一方で,郵便の業務を担当する時給制契約社員に対して夏期冬期休暇を与えないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

(6) 最一判R2.10.15(集民264-125)〔日本郵便(東京)事件〕


【年末年始勤務手当について】

 第1審被告における年末年始勤務手当は,郵便の業務を担当する正社員の給与を構成する特殊勤務手当の一つであり,12月29日から翌年1月3日までの間において実際に勤務したときに支給されるものであることからすると,同業務についての最繁忙期であり,多くの労働者が休日として過ごしている上記の期間において,同業務に従事したことに対し,その勤務の特殊性から基本給に加えて支給される対価としての性質を有するものであるといえる。また,年末年始勤務手当は,正社員が従事した業務の内容やその難度等に関わらず,所定の期間において実際に勤務したこと自体を支給要件とするものであり,その支給金額も,実際に勤務した時期と時間に応じて一律である。
 上記のような年末年始勤務手当の性質支給要件及び支給金額に照らせば,【これを支給することとした趣旨】は,郵便の業務を担当する時給制契約社員にも妥当するものである。
そうすると,前記第1の2(5)~(7)のとおり,郵便の業務を担当する正社員と上記時給制契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても,両者の間に年末年始勤務手当に係る労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものといえる。
 したがって,郵便の業務を担当する正社員に対して年末年始勤務手当を支給する一方で,同業務を担当する時給制契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

【病気休暇について】

 ア 有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当であるところ,賃金以外の労働条件の相違についても,同様に,個々の労働条件が定められた趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である(最高裁平成30年(受)第1519号令和2年10月15日第一小法廷判決・公刊物未登載)。

 イ 第1審被告において,私傷病により勤務することができなくなった郵便の業務を担当する正社員に対して有給の病気休暇が与えられているのは,上記正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから,その生活保障を図り,私傷病の療養に専念させることを通じて,その継続的な雇用を確保するという目的によるものと考えられる。このように,継続的な勤務が見込まれる労働者に私傷病による有給の病気休暇を与えるものとすることは,使用者の経営判断として尊重し得るものと解される。
もっとも,上記目的に照らせば,郵便の業務を担当する時給制契約社員についても,相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば,私傷病による有給の病気休暇を与えることとした趣旨は妥当するというべきである。
そして,第1審被告においては,上記時給制契約社員は,契約期間が6か月以内とされており,第1審原告らのように有期労働契約の更新を繰り返して勤務する者が存するなど,相応に継続的な勤務が見込まれているといえる。
そうすると,前記第1の2(5)~(7)のとおり,上記正社員と上記時給制契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても,私傷病による病気休暇の日数につき相違を設けることはともかく,これを有給とするか無給とするかにつき労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものといえる。
 したがって,私傷病による病気休暇として,郵便の業務を担当する正社員に対して有給休暇を与えるものとする一方で,同業務を担当する時給制契約社員に対して無給の休暇のみを与えるものとするという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

(7) 最一判R2.10.15(集民264-191)〔日本郵便(大阪)事件〕

【年末年始勤務手当について】
→上記(6)と同じ。

【年始期間の勤務に対する祝日給について】

 第1審被告における祝日給は,祝日のほか,年始期間の勤務に対しても支給されるものである。年始期間については,郵便の業務を担当する正社員に対して特別休暇が与えられており,これは,多くの労働者にとって年始期間が休日とされているという慣行に沿った休暇を設けるという目的によるものであると解される。
これに対し,本件契約社員に対しては,年始期間についての特別休暇は与えられず,年始期間の勤務に対しても,正社員に支給される祝日給に対応する祝日割増賃金は支給されない。
そうすると,年始期間の勤務に対する祝日給は,特別休暇が与えられることとされているにもかかわらず最繁忙期であるために年始期間に勤務したことについて,その代償として,通常の勤務に対する賃金に所定の割増しをしたものを支給することとされたものと解され,郵便の業務を担当する正社員と本件契約社員との間の祝日給及びこれに対応する祝日割増賃金に係る上記の労働条件の相違は,上記特別休暇に係る労働条件の相違を反映したものと考えられる。
 しかしながら,本件契約社員は,契約期間が6か月以内又は1年以内とされており,第1審原告らのように有期労働契約の更新を繰り返して勤務する者も存するなど,繁忙期に限定された短期間の勤務ではなく,業務の繁閑に関わらない勤務が見込まれている。
そうすると,最繁忙期における労働力の確保の観点から,本件契約社員に対して上記特別休暇を付与しないこと自体には理由があるということはできるものの,年始期間における勤務の代償として祝日給を支給する趣旨は,本件契約社員にも妥当するというべきである。
そうすると,前記第1の2(5)~(7)のとおり,郵便の業務を担当する正社員と本件契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても,上記祝日給を正社員に支給する一方で本件契約社員にはこれに対応する祝日割増賃金を支給しないという労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものといえる。
 したがって,郵便の業務を担当する正社員に対して年始期間の勤務に対する祝日給を支給する一方で,本件契約社員に対してこれに対応する祝日割増賃金を支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

【扶養手当について】

 第1審被告において,郵便の業務を担当する正社員に対して扶養手当が支給されているのは,上記正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから,その生活保障や福利厚生を図り,扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じて,その継続的な雇用を確保するという目的によるものと考えられる。このように,継続的な勤務が見込まれる労働者に扶養手当を支給するものとすることは,使用者の経営判断として尊重し得るものと解される。
もっとも,上記目的に照らせば,本件契約社員についても,扶養親族があり,かつ,相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば,扶養手当を支給することとした趣旨は妥当するというべきである。
そして,第1審被告においては,本件契約社員は,契約期間が6か月以内又は1年以内とされており,第1審原告らのように有期労働契約の更新を繰り返して勤務する者が存するなど,相応に継続的な勤務が見込まれているといえる。
そうすると,前記第1の2(5)~(7)のとおり,上記正社員と本件契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても,両者の間に扶養手当に係る労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものというべきである。
 したがって,郵便の業務を担当する正社員に対して扶養手当を支給する一方で,本件契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。


なお、上記(3)以下の判決については、厚労省のHPで整理されている。

同一労働同一賃金に関する最高裁判決がありました!!


4.本判決について

翻って本判決。

要するに、各基本給の「性質」やこれを支給することとされた「目的」を十分に踏まえることなく、また、「労使交渉に関する事情」を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法があるというものだが、上記最高裁判決と比べると、相当悩ましい判示になっている。

(1) 規範について

第一小法廷の判示は、以下のとおり。

 労働契約法20条は、有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期労働契約を締結している労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が基本給賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。
もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである(最高裁令和元年(受)第1190号、第1191号同2年10月13日第三小法廷判決・民集74巻7号1901頁参照)。

まず、上記(4)のメトロコマース事件を参照する。

その上で、当てはめ。「以上を前提に、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について検討する。」(上記各判決と平仄を揃えるとすれば、「上告人における嘱託職員である被上告人らと正職員との基本給に係る労働条件の相違が、職務の内容等を考慮して不合理と認められるものに当たるか否かについて検討する。」ということになりそう。)

(2) 各基本給の「性質」やこれを支給することとされた「目的」について

第一小法廷の判示は、以下のとおり。

 前記事実関係によれば、管理職以外の正職員のうち所定の資格の取得から1年以上勤務した者の基本給の額について、勤続年数による差異が大きいとまではいえないことからすると、正職員の基本給は、【勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質】のみを有するということはできず、【職務の内容に応じて額が定められる職務給としての性質】をも有するものとみる余地がある。他方で、正職員については、長期雇用を前提として、役職に就き、昇進することが想定されていたところ、一部の正職員には役付手当が別途支給されていたものの、その支給額は明らかでないこと、正職員の基本給には功績給も含まれていることなどに照らすと、その基本給は、【職務遂行能力に応じて額が定められる職能給としての性質】を有するものとみる余地もある。
そして、前記事実関係からは、正職員に対して、上記のように様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的を確定することもできない。

つまり、正職員の基本給について、
①「勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質」のみを有するとはいえず、「職務の内容に応じて額が定められる職務給としての性質」をも有するものとみる余地があり、他方で、
②「職務遂行能力に応じて額が定められる職能給としての性質」を有するものとみる余地もあり、
③「様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的」を確定することもできない
とする。

一方、嘱託職員の基本給については、次のとおり判示する。

 また、前記事実関係によれば、嘱託職員は定年退職後再雇用された者であって、役職に就くことが想定されていないことに加え、その基本給が正職員の基本給とは異なる基準の下で支給され、被上告人らの嘱託職員としての基本給が勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべきである

正直、よく分からない。
基準が違う(「勤続年数に応じて増額されることもなかった」もその一つ)ことは、果たして「異なる性質や支給の目的を有する」ことになるのだろうか。

しかも、正職員の基本給については、「勤続年数による差異が大きいとまではいえない」として、「勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質のみを有するということはでき〔ない〕」としているのであるが、「増額されることもなかった」とすれば、それは、「勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質」がないという以上のものではないように思えるのだが。。。

しかも、正職員の基本給については、「様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的」を確定することもできないとしつつ、嘱託職員の基本給について、正職員の基本給における支給の目的とは違うと断じることができるのだろうか。

続き。

 しかるに、原審は、【正職員の基本給】につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、【嘱託職員の基本給】についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない

メトロコマース事件(上記(4))の高裁判決(上告不受理により確定)も、基本給(「本給」)の性質や支給目的についてはガン無視しつつ、不合理性を否定したが、(少なくとも不合理性を肯定するに当たっては)それではいけないということのようである。

なお、上記(6)において、病気休暇について、「私傷病による病気休暇の日数につき相違を設けることはともかく,これを有給とするか無給とするかにつき労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものといえる。」としていることからすると、「基本給の額につき相違を設けること自体はともかく、少なくとも正社員の基本給の○割以下とすることは、不合理であると評価することができる」という判断はあり得る気がする。


当該事件に関する原判決及び原々審における当事者(一審被告)の基本給部分についての主張は、以下のとおりである。

◆第1審(名古屋地判R2.10.28

 以下のとおり,原告らの嘱託職員時の基本給と正職員定年退職時の基本15 給に相違があったとしても,これは労働契約法20条に違反する相違とはいえない。
 a 基本給は,社会の好不況,会社の業績,労働者の勤務実績等の諸要素を総合した総合決定給であり,各種手当のように,その趣旨が明らかなものとは異なる。嘱託職員としての基本給が正職員時の基本給と比較して何割を下回れば不合理であるなどと判断することは,私的自治の原則に反する行為である。
 b 被告は,定年退職が予定されている正職員に対し,事前に定年後再雇用の意向の有無を確認し,再雇用を求める者に対し労働条件を提示しており,これに同意した者が嘱託職員となるのである。原告らはいずれも,このような経過を経て,基本給を含む労働条件についても合意の上,嘱託職員となっており,決して被告が一方的に定めた労働条件に従っているわけではない。以上の経過は,翌年以降も同様であり,原告らは,労働条件に同意の上,嘱託職員としての勤務を継続していた。また,原告らは,労働組合の構成員として,被告との間で様々な事項について何度も団体交渉を行っていた。そのような原告らが,嘱託職員としての賃金に納得していなかったのであれば,被告に団体交渉を求めないはずがないところ,そのような事実はない
 c 企業は,定年後再雇用の労働者に対し労働条件を提案するに当たり,
①当該労働者が,本来,60歳で定年退職するはずであったこと,
②それにもかかわらず,国の政策ミスにより企業が65歳まで雇用せざるを得なくなったこと,
③企業の資金には限りがあること,
④当該労働者が退職金を受領していること,
⑤当該労働者が高年齢雇用継続基本給付金を受給していること,
⑥定年退職した労働者より,将来,企業の中心となってその発展に尽力する者を育成したいこと
等を考慮するものであり,これ自体は,不合理と判断されるようなものではない。
 d 被告は,半期に一度,嘱託職員に嘱託職員一時金を支給しているところ,これは,正職員の賞与とはその趣旨を異にし,飽くまで毎月の賃金(基本給)の調整のために支給するいわゆる調整給である。よって,嘱託職員と正職員の基本給を比較するに当たり,嘱託職員の基本給については,毎月の支給分だけでなく,①毎月分の高年齢雇用継続基本給付金及び②嘱託職員一時金の年間合計を12等分した額を加算した結果を用いるべきである。
 e 原告らの嘱託職員としての毎月の基本給に当月分の高年齢雇用継続基本給付金を加算すると,原告らは,いずれも,正職員定年退職時の毎月の基本給の60%前後を確保している。また,原告らの嘱託職員としての毎月の基本給に前記dを加算した結果は,原告らいずれについても,教習指導員の有資格者のうち勤続年数5年未満の者の基本給の平均額とほとんど変わらず,むしろ高額な月も存在する。
 f 雇用保険法による高年齢雇用継続基本給付金制度は,再雇用時の賃金が60歳時点の賃金の75%以下にならなければ給付金が支給されないこととしている。加えて,上記制度は,再雇用時の賃金が60歳時点の賃金の61%以下になり得ることまで予定している。

◆原審(名古屋高判R4.3.25)

 基本給について,
①赤字経営が続く一審被告において,国の政策により高齢者の雇用を継続しなければならないことは負担であること,
②多くの企業が定年後再雇用の労働者の賃金を5割程度減額している中で,基本給を定年退職前の金額の6割以下に下げることが不合理であるとすることは昨今の社会情勢に反すること,
③一審被告には定年退職前の労働者に適用される賃金体系と定年後再雇用の労働者に適用される賃金体系の2つが存在するのであるから,定年後の賃金と定年前の賃金を比較すること自体に根拠がないこと,
④年功序列を基準とする賃金制度を採用する一審被告において,定年退職直前の最も高額な賃金と比較することは根拠がないこと,
⑤一審原告らが高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金(報酬比例部分)を受給していることも考慮した上で,定年前の基本給と定年後の基本給が比較されるべきであること,
⑥一審被告が支払っている調整金(賞与ではない。)を基本給に加算して計算するべきであること,
⑦高年齢雇用継続基本給付金制度が60歳到達後の継続雇用時の賃金が60歳到達時の賃金の61%以下になることを想定しているのに,基本給を定年退職前の金額の60%以下に下げることが違法というのは矛盾であること,
⑧基本給は総合決定給であり,金額に差を設けることが不合理である手当とは異なること,
⑨定年後の基本給は一審原告らとの合意に基づいて決定され,一審被告に大きな裁量のある査定等を考慮して翌年以降の基本給が決定されるのであり,これを否定することは私的自治の否定であって,本来立法事項であること
などからすると,定年退職後の一審原告らの基本給が正職員定年退職時の額の60%を下回る部分を一審被告に支払わせることが相当であるとはいえない。

以上のとおり、少なくとも判決において摘示された限度では、第1審被告は、正社員と(定年後)嘱託社員における基本給の性質や支給目的の異同など、全く主張していないようにみえる。

上告理由において、初めて主張したのであろうか?(もちろん、第1審ないし原審において黙殺された可能性もあるが。)

(3) 「労使交渉に関する事情」について

第一小法廷の判示は、以下のとおり。

 また、労使交渉に関する事情を労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮するに当たっては、労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきものと解される。
前記事実関係によれば、上告人は、被上告人X1及びその所属する労働組合との間で、嘱託職員としての賃金を含む労働条件の見直しについて労使交渉を行っていたところ、原審は、上記労使交渉につき、その結果に着目するにとどまり、上記見直しの要求等に対する上告人の回答これに対する上記労働組合等の反応の有無及び内容といった具体的な経緯を勘案していない。

最高裁の判決において、「労使交渉に関する事情」について言及するのは、上記(1)、(2)である。

上記(1):「両者の労働条件が均衡のとれたものであるか否かの判断に当たっては,労使間の交渉や使用者の経営判断を尊重すべき面があることも否定し難い」

上記(2):「労働者の賃金に関する労働条件の在り方については,基本的には,団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる」
「被上告人は,本件組合との団体交渉を経て嘱託乗務員の基本賃金を増額し,歩合給に係る係数の一部を嘱託乗務員に有利に変更している
「被上告人は,本件組合との団体交渉を経て,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,嘱託乗務員に対して2万円の調整給を支給することとしている

本判決は、上記(2)のような結果のみならず、労使交渉の具体的な経緯をも勘案すべきという。

他方で、当該事件に関する原判決及び原々審における当事者(一審被告)の主張等をみる限り、この労使交渉に関する具体的な経緯は窺い知ることができない。

◆第1審:

第1審被告の主張:「原告らは,労働組合の構成員として,被告との間で様々な事項について何度も団体交渉を行っていた。そのような原告らが,嘱託職員としての賃金に納得していなかったのであれば,被告に団体交渉を求めないはずがないところ,そのような事実はない。」
「労働者は,賃金について納得できないのであれば,経営者との個別の契約締結段階で交渉すべきであるし,労働者には団体交渉権も認められている。」

第1審判決の認定判断:「本件において,原告らが嘱託職員となる以前に,被告とその従業員との間で嘱託職員の賃金に係る労働条件について合意がされたとか,その交渉結果が制度に反映されたという事実は認められない。(甲4,弁論の全趣旨)」
「原告らが嘱託職員となる前後を通じて,被告とその従業員との間で,嘱託職員の賃金に係る労働条件一般について合意がされたとか,その交渉結果が制度に反映されたという事情も見受けられないから,労使自治が反映された結果であるともいえない。」
「被告は,原告らは賃金に係る労働条件に不満があれば,いつでも団体交渉を求めることができた旨主張するが,原告甲が被告代表者に対し個人で要望を行っても,労働組合の構成員として要望を行っても,その内容が労働条件に反映された事実がないことは前記のとおりであるから,このことは,同じく基本給に係る正職員と嘱託職員の相違が不合理であるとの評価を妨げる事実とはいえない。」

以上のとおり、少なくとも判決において摘示された限度では、第1審被告は、労使間の交渉における具体的な経緯、すなわち、上記見直しの要求等に対する上告人の回答これに対する上記労働組合等の反応の有無及び内容について、全く主張していないようにみえる。

上告理由において、初めて主張したのであろうか?(もちろん、第1審ないし原審において黙殺された可能性もあるが。)

(4) 本判決の悩ましい点


◆「一審原告らが定年退職後に再雇用された嘱託職員であること」について

一審原告らは、原審において、主位的には、「一審被告の無期契約労働者の賃金体系は長期雇用を確保するための年功的処遇を行うものになっていないから,一審被告の無期契約労働者と有期契約労働者の労働条件に労働契約法20条にいう不合理な相違があるか否かを判断するに当たって,定年後再雇用であるという事情を『その他の事情』として考慮することは許されない。」と主張していたのに対し、原審は、「一審被告の正職員の基本給は,その勤続年数に応じて増加する年功的性格を有するものであったと認められ,本件において,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たって,一審原告らが定年退職後に再雇用された嘱託職員であることを,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮するのが相当である。」と判断している。

一審原告らの上告受理申立てが却下されたことからすると、この部分については原審の判断が是認されたように思えるが、この点(定年後再雇用である点)は、判文上は全く出てきていない。

もっとも、この点については、上記(2)の当てはめに照らせば、
①嘱託職員の「基本給」(及び「賞与」)の性質や支給目的等
②本件賃金と正職員の賃金との差の程度;○%にとどまっている
③嘱託職員が定年退職後に再雇用された者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができる上、【労使交渉の経緯】
→これらの事情を総合考慮すると、たとえ嘱託嘱託と正職員との職務内容及び変更範囲が同一であったとしても、~という労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である、
という書きぶりが想定されることに照らせば、問題ないのだろう。


◆全く白紙で差し戻している点について

本判決の最も悩ましいのは、おそらく長澤運輸事件の枠組みを念頭においていることは想定されるものの、「当該相違が不合理であるとの評価を妨げる事実については当該相違が同条に違反することを争う者が」主張立証責任を負う(上記(1))にもかかわらず、全くそのような事情が見当たらない中で、原判決につき、基本給の性質や支給目的について「検討せず」「何ら検討していない」とし、労使交渉の具体的な経緯について「勘案していない」としているのであるが、第1審被告は具体的に主張していたのであろうか(少なくとも、原々審及び原審の判文上、そのような主張は見当たらない)。

本判決は、当事者の主張がなくとも「性質」や「支給目的」を検討し、あるいは「労使交渉」の具体的な経緯について(認定した上で)勘案すべきというのであろうか。あるいは、必要な釈明を尽くすべきというのであろうか。あるいは、それらは法的評価にすぎないというのであろうか。

この辺、非常に悩ましいところである。

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