違法だけど過失はないよ判決について

近時目につく、「(客観的には)違法といわざるを得ないが、対象公務員において職務上の注意義務を怠った(過失がある)とまではいえないから、国賠請求は棄却する」という判断について。

こちらの事件について、判決が公開されました(→こちら)。


違法性を認めた点については果断な判断といえるものの、注意義務違反を否定した部分についてはあまりにもお粗末といわざるを得ないと思います。

まず、裁判所が立てた規範は以下のとおり。

①国家賠償法1条1項にいう違法とは、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個々の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反することをいうのであり(最高裁平成27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁等参照)、
②捜査機関がその職務を遂行するに当たり、法令の解釈を誤ったとしても、そのことから直ちに同項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、
③法令の調査において職務上通常尽くすべき注意義務を怠った場合に限り、同項の適用上違法の評価を受けるものと解するのが相当である。

1.①について


同様のフレーズが出てくる最高裁判例は、こちらをご参照ください。
「個々の国民」「個別の国民」と「国家賠償法」というキーワードで検索すると、この10件(ただし、うち1件は、「同様のフレーズ」は出てこないので、ここでは割愛します。)がヒットします。


最初にこのフレーズが出てきたのは、立法不作為(厳密には、「在宅投票制度を廃止し、その後在宅投票制度を設けるための立法を行わなかったという「廃止行為」及び「不作為」)の違法性が問題となった、言わずと知れた在宅投票制度廃止事件で、以下のとおり判示しています。

 国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。したがつて、国会議員の立法行為(立法不作為を含む。以下同じ。)が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であつて、当該立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反する廉があるとしても、その故に国会議員の立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない。

その上で、次のとおり続けています。

 そこで、国会議員が立法に関し個別の国民に対する関係においていかなる法的義務を負うかをみるに、~。このように、国会議員の立法行為は、本質的に政治的なものであつて、その性質上法的規制の対象になじまず、特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点から、あるべき立法行為を措定して具体的立法行為の適否を法的に評価するということは、原則的には許されないものといわざるを得ない。〔後略〕
 以上のとおりであるから、国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであつて、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない。

つまり、最高裁は、この事件において、「・・・の公権力の行使に当たる公務員」である国会議員は、そもそも「個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではない」(→「個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背」するという事態自体が、そもそも観念し得ない)とした上で、その立法行為につき、「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けない」としているわけです。

ポイントは、「国会議員が立法に関し個別の国民に対する関係においていかなる法的義務を負うか」を検討した上で、上記規範を導いているところですね。


その他の最高裁判例は、8件中6件が、立法行為(立法不作為を含む。)の違法性について判示するものです。

一方、その他2件の最高裁判例は、以下の3つです。

(1) 最判H9.9.9(国会議員が国会の質疑等の中でした発言の違法性)
(2) 最判H22.6.3(市長が固定資産の価格を過大に決定したことの違法性)

(1) 最判H9.9.9について

 国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずることを規定するものである。そして、国会でした国会議員の発言が同項の適用上違法となるかどうかは、その発言が国会議員として個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背してされたかどうかの問題である。

 国会議員が、立法、条約締結の承認、財政の監督等の審議や国政に関する調査の過程で行う質疑、演説、討論等(以下「質疑等」という。)は、多数決原理により国家意思を形成する行為そのものではなく、国家意思の形成に向けられた行為である。もとより、国家意思の形成の過程には国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益が反映されるべきであるから、右のような質疑等においても、現実社会に生起する広範な問題が取り上げられることになり、中には具体的事例に関する、あるいは、具体的事例を交えた質疑等であるがゆえに、質疑等の内容が個別の国民の権利等に直接かかわることも起こり得る。したがって、質疑等の場面においては、国会議員が個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うこともあり得ないではない
 しかしながら、質疑等は、多数決原理による統一的な国家意思の形成に密接に関連し、これに影響を及ぼすべきものであり、国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を反映させるべく、あらゆる面から質疑等を尽くすことも国会議員の職務ないし使命に属するものであるから、質疑等においてどのような問題を取り上げ、どのような形でこれを行うかは、国会議員の政治的判断を含む広範な裁量にゆだねられている事柄とみるべきであって、たとえ質疑等によって結果的に個別の国民の権利等が侵害されることになったとしても、直ちに当該国会議員がその職務上の法的義務に違背したとはいえないと解すべきである。〔中略〕もっとも、国会議員に右のような広範な裁量が認められるのは、その職権の行使を十全ならしめるという要請に基づくものであるから、職務とは無関係に個別の国民の権利を侵害することを目的とするような行為が許されないことはもちろんであり、また、あえて虚偽の事実を摘示して個別の国民の名誉を毀損するような行為は、国会議員の裁量に属する正当な職務行為とはいえないというべきである。
 以上によれば、国会議員が国会で行った質疑等において、個別の国民の名誉や信用を低下させる発言があったとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が生ずるものではなく、右責任が肯定されるためには、当該国会議員が、その職務とはかかわりなく違法又は不当な目的をもって事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。

(2) 最判H22.6.3について

 国家賠償法1条1項は,「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは,国又は公共団体が,これを賠償する責に任ずる。」と定めており,地方公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときは,当該地方公共団体がこれを賠償する責任を負う。前記のとおり,地方税法は,固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項について不服がある固定資産税等の納税者は,同委員会に対する審査の申出及びその決定に対する取消しの訴えによってのみ争うことができる旨を規定するが,同規定は,固定資産課税台帳に登録された価格自体の修正を求める手続に関するものであって(435条1項参照),当該価格の決定が公務員の職務上の法的義務に違背してされた場合における国家賠償責任を否定する根拠となるものではない。

 たとい固定資産の価格の決定及びこれに基づく固定資産税等の賦課決定に無効事由が認められない場合であっても,公務員が納税者に対する職務上の法的義務に違背して当該固定資産の価格ないし固定資産税等の税額を過大に決定したときは,これによって損害を被った当該納税者は,地方税法432条1項本文に基づく審査の申出及び同法434条1項に基づく取消訴訟等の手続を経るまでもなく,国家賠償請求を行い得るものと解すべきである。

なお、税金に関しては、次の2つの最高裁判例があります。

(2)-2 最判H5.3.11について

 税務署長のする所得税の更正は、所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法一条一項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、税務署長が資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り、右の評価を受けるものと解するのが相当である。

(2)-3 最判R4.9.8について

 土地の基準年度に係る賦課期日における登録価格が評価基準によって決定される価格を上回る場合には、その登録価格の決定は違法となるところ(最高裁平成24年(行ヒ)第79号同25年7月12日第二小法廷判決・民集67巻6号1255頁参照)、当該登録価格について審査の申出を受けた固定資産評価審査委員会が、評価基準の解釈適用を誤り、過大な登録価格を是認する審査の決定をしたとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、上記委員会が上記審査の決定をする上において、これを構成する委員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と判断したと認め得るような事情がある場合に限り、上記評価を受けるものと解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第930号、第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)。

以上の2つの判決においては、「個別の国民に対して負担する職務上の法的義務(に違背して当該国民に損害を加えたとき)」というフレーズは出てきません。

また、次の判決は、職務上の法的義務を負う対象について、「当該行為によって損害を被ったと主張する者」としていますが、参照判例として、上記立法行為についての判例を挙げています(㋐、㋒)。

(3) 最判H20.4.15について

弁護士会の設置する人権擁護委員会が受刑者から人権救済の申立てを受け,同委員会所属の弁護士が調査の一環として他の受刑者との接見を申し入れた場合において,これを許さなかった刑務所長の措置に国家賠償法1条1項にいう違法がないとされた事例です。

 公務員による公権力の行使に国家賠償法1条1項にいう違法があるというためには,公務員が,当該行為によって損害を被ったと主張する者に対して負う職務上の法的義務に違反したと認められることが必要である(㋐最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,㋑最高裁昭和61年(オ)第1152号平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,㋒最高裁平成13年(行ツ)第82号,第83号,同年(行ヒ)第76号,第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁等参照)。

 ~したがって,旧監獄法45条2項は,親族以外の者から受刑者との接見の申入れを受けた刑務所長に対し,接見の許否を判断するに当たり接見を求める者の固有の利益に配慮すべき法的義務を課するものではないというべきである。
 また,弁護士及び弁護士会が行う基本的人権の擁護活動が弁護士法1条1項ないし弁護士法全体に根拠を有するものであり,その意味で人権擁護委員会の調査活動が法的正当性を保障されたものであるとしても,法律上人権擁護委員会に強制的な調査権限が付与されているわけではなく,この意味においても広島刑務所長には人権擁護委員会の調査活動の一環として行われる受刑者との接見の申入れに応ずべき法的義務は存在しない。〔後略〕
 以上によれば,広島刑務所長の本件各措置について,国家賠償法1条1項にいう違法があったということはできない。

なお、調査官解説では、以下のとおり整理している。

 国家賠償法1条1項の法意について、判例(最大判平成17・9・14民集59巻7号2087頁)は、「国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。」と判示して、同項の適用上違法といえるためには、①公務員の職務上の法的義務に対する違反であること、②当該被害者個人に対して負う義務の違反であることという二つの要件を満たす必要があるとしている。本件で主に問題となるのは、このうち②の要件(刑務所長がX(弁護士会)に対して負う法的義務に違反したか否か。)である。

(3)-2 ㋑最判H1.11.24〔宅建業者事件〕について

上記最判H20.4.15が参照判例として挙げている残り1つ(㋑)は、これです。

~【知事等による免許の付与ないし更新】それ自体は、法所定の免許基準に適合しない場合であっても、当該業者との個々の取引関係者に対する関係において直ちに国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たるものではないというべきである。
また、【業務の停止ないし免許の取消】は、当該宅建業者に対する不利益処分であり、その営業継続を不能にする事態を招き、既存の取引関係者の利害にも影響するところが大きく、そのゆえに前記のような聴聞、公告の手続が定められているところ、業務の停止に関する知事等の権限がその裁量により行使されるべきことは法六五条二項の規定上明らかであり、免許の取消については法六六条各号の一に該当する場合に知事等がこれをしなければならないと規定しているが、業務の停止事由に該当し情状が特に重いときを免許の取消事由と定めている同条九号にあっては、その要件の認定に裁量の余地があるのであって、これらの処分の選択、その権限行使の時期等は、知事等の専門的判断に基づく合理的裁量に委ねられているというべきである。
したがって、当該業者の不正な行為により個々の取引関係者が損害を被った場合であっても、具体的事情の下において、知事等に監督処分権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理と認められるときでない限り、右権限の不行使は、当該取引関係者に対する関係で国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものではないといわなければならない。

なお、刑事施設の長の措置の違法性に関しては、次の2つの最高裁判例があります。

(3)-3 最判H3.7.9について

 ~規則一二〇条(及び一二四条)は、結局、被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において、法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものと断ぜざるを得ない。
 以上によって本件をみるのに、原審の確定した事実関係によれば、被上告人とFとが接見したとしても、(ア) 被上告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれが生ずるとも、(イ) 監獄内の規律又は秩序が乱されるおそれが生ずるとも認められないというのであるから、所長は、法四五条の趣旨に従い、被上告人とFとの接見を許可すべきであったといわなければならない。ところが、所長は、本件処分をし、これを許可しなかったのであるから、本件処分は法四五条に反する違法なものといわなければならない。

 そこで、進んで、国家賠償法一条一頃にいう「過失」の有無につき検討を加える。
 思うに、規則一二〇条(及び一二四条)が被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものであるということ自体は、重大な点で法律に違反するものといわざるを得ない。
しかし、規則一二〇条(及び一二四条)は明治四一年に公布されて以来長きにわたって施行されてきたものであって(もっとも、規則一二四条は、昭和六年司法省令第九号及び昭和四一年法務省令第四七号によって若干の改正が行われた。)、本件処分当時までの間、これらの規定の有効性につき、実務上特に疑いを差し挟む解釈をされたことも裁判上とりたてて問題とされたこともなく、裁判上これが特に論議された本件においても第一、二審がその有効性を肯定していることはさきにみたとおりである。
そうだとすると、規則一二〇条(及び一二四条)が右の限度において法五〇条の委任の範囲を超えることが当該法令の執行者にとって容易に理解可能であったということはできないのであって、このことは国家公務員として法令に従ってその職務を遂行すべき義務を負う監獄の長にとっても同様であり、監獄の長が本件処分当時右のようなことを予見し、又は予見すべきであったということはできない。
 本件の場合、原審の確定した事実関係によれば、所長は、規則一二〇条に従い本件処分をし、被上告人とFとの接見を許可しなかったというのであるが、右に説示したところによれば、所長が右の接見を許可しなかったことにつき国家賠償法一条一項にいう「過失」があったということはできない。

以上のとおり、措置を端的に違法としつつ、「過失」の有無について論じている。

(3)-4 最判H18.3.23について

 監獄法46条2項の解釈上,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受は,その必要性が広く認められ,前記第1の要件及び範囲でのみその制限が許されると解されるところ,前記事実関係によれば,熊本刑務所長は,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受は特に必要があると認められる場合に限って許されるべきものであると解した上で,本件信書の発信については,権利救済又は不服申立て等のためのものであるとは認められず,その必要性も認められないと判断して,これを不許可としたというのであるから,同刑務所長が,上告人の性向,行状,熊本刑務所内の管理,保安の状況,本件信書の内容その他の具体的事情の下で,上告人の本件信書の発信を許すことにより,同刑務所内の規律及び秩序の維持,上告人を含めた受刑者の身柄の確保,上告人を含めた受刑者の改善,更生の点において放置することのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があるかどうかについて考慮しないで,本件信書の発信を不許可としたことは明らかというべきである。
しかも,前記事実関係によれば,本件信書は,国会議員に対して送付済みの本件請願書等の取材,調査及び報道を求める旨の内容を記載したC新聞社あてのものであったというのであるから,本件信書の発信を許すことによって熊本刑務所内に上記の障害が生ずる相当のがい然性があるということができないことも明らかというべきである。
そうすると,熊本刑務所長の本件信書の発信の不許可は,裁量権の範囲を逸脱し,又は裁量権を濫用したものとして監獄法46条2項の規定の適用上違法であるのみならず,国家賠償法1条1項の規定の適用上も違法というべきである。これと異なる原審の判断には,監獄法46条2項及び国家賠償法1条1項の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。これと同旨をいう論旨は理由がある。
 そして,熊本刑務所長は,前記のとおり,本件信書の発信によって生ずる障害の有無を何ら考慮することなく本件信書の発信を不許可としたのであるから,熊本刑務所長に過失があることも明らかというべきである。

裁量権の逸脱・濫用を認めて違法→過失も認めている。

(3)-5 最判H25.12.10について

 死刑確定者又は再審請求弁護人が再審請求に向けた打合せをするために秘密面会の申出をした場合に,これを許さない刑事施設の長の措置は,秘密面会により刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあると認められ,又は死刑確定者の面会についての意向を踏まえその心情の安定を把握する必要性が高いと認められるなど特段の事情がない限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用して死刑確定者の秘密面会をする利益を侵害するだけではなく,再審請求弁護人の固有の秘密面会をする利益も侵害するものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法となると解するのが相当である。

 これを本件についてみると,前記事実関係によれば,被上告人らは,被上告人X1の再審請求に向けた打合せをするために本件各面会につき秘密面会の申出をしているところ,本件各面会に先立ち,被上告人X1は,広島拘置所の職員との面接において,被上告人X3から再審請求の準備をする旨伝えられたが心情面での不安要素はないなどと述べていたというのであり,その他本件に現れた一切の事情を勘案しても,前記特段の事情があることをうかがうことはできない。
 そうすると,本件各措置は,広島拘置所長が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用して被上告人らの前記各利益をいずれも侵害したものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法となるというべきである。

なお、調査官解説では、以下のとおり整理している。

 公務員による公権力の行使に国家賠償法1条1項にいう違法があるというためには、公務員が当該行為によって損害を被ったと主張する者に対して負う職務上の法的義務に違反したと認められることが必要であるとして、実務上一般に、職務行為基準説が採用されている(最二小判昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁、最一小平成5年3月11日民集47巻4号2863頁、最大判平成17年9月14日民集59巻7号2087頁等)。

また、次のようにも述べている。

 再審請求弁護人の秘密面会の利益は、刑事収容施設法121条ただし書にいう「正当な利益」には直ちに該当しないとしても、これに準ずる同価値の利益として、刑事施設の長は、刑事収容施設法第2編第2章第11節第2款の規定の趣旨に基づき、これを十分に尊重する法的義務が生ずると解すべきである。

調査官解説のテイストとして、「法的義務」という観点が極めて薄く、それが判決にも色濃く反映されているように思われ、上記(3)最判H20.4.15との統一的な理解が可能かについてはやや微妙な気はしなくもないものの、一応、再審請求弁護人に向けられた法的義務を措定しているとはいえるように思う。
とはいえ、この意味での「法的義務」を正面から認定しづらかったことから、あえて「再審請求弁護人の固有の秘密面会をする利益(の侵害)」という表現にしたのではないかとの憶測も可能であるように思われる。

なお、上記(3)判決の調査官解説では、弁護人の接見交通権の侵害について、被疑者ないし被告人との関係だけではなく、接見を申し入れた当該弁護士との関係でも国家賠償法上違法と評価される余地がある点について、「これは、接見交通権について定める刑訴法39条が、憲法34条により保障された被疑者ないし被告人の基本的人権の保障を具体化する趣旨の規定であることによるものであって、刑訴法39条と旧監獄法45条2項とでは、その規定の性質を異にするというべきである。」としている。これは極めて正しい指摘だと思われるが、この最高裁調査官が、果たして再審請求弁護人に対し、刑事施設の長の職務上の注意義務が向けられていると判断するかは、やや懐疑的である。

(4) 最判H25.3.26について

上記(3)-2の判例との関係では、こちらも参照すべきでしょう。

 建築確認制度の根拠法律である建築基準法は,建築物の構造等に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的としており(1条),上記(1)のような規制も,この目的に沿って設けられているところである。しかるところ,建築士が設計した計画に基づいて建築される建築物の安全性が第一次的には上記(1)のような建築士法上の規律に従った建築士の業務の遂行によって確保されるべきものであり,建築士の設計に係る建築物の計画についての建築主による建築基準法6条1項に基づく確認の申請が,自ら委託(再委託を含む。以下同じ。)をした建築士の設計した建築物の計画が建築基準関係規定に適合することについての確認を求めてするものであるとはいえ,個別の国民である建築主が同法1条にいう国民に含まれず,その建築する建物に係る建築主の利益が同法における保護の対象とならないとは解し難い。建築確認制度の目的には,建築基準関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを通じて得られる個別の国民の利益の保護が含まれており,建築主の利益の保護もこれに含まれているといえるのであって,建築士の設計に係る建築物の計画について確認をする建築主事は,その申請をする建築主との関係でも,違法な建築物の出現を防止すべく一定の職務上の法的義務を負うものと解するのが相当である。〔後略〕

 そこで,建築主事が負う職務上の法的義務の内容についてみるに,~建築主事による当該計画に係る建築確認は,例えば,当該計画の内容が建築基準関係規定に明示的に定められた要件に適合しないものであるときに,申請書類の記載事項における誤りが明らかで,当該事項の審査を担当する者として他の記載内容や資料と符合するか否かを当然に照合すべきであったにもかかわらずその照合がされなかったなど,建築主事が職務上通常払うべき注意をもって申請書類の記載を確認していればその記載から当該計画の建築基準関係規定への不適合を発見することができたにもかかわらずその注意を怠って漫然とその不適合を看過した結果当該計画につき建築確認を行ったと認められる場合に,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(なお,建築主事がその不適合を認識しながらあえて当該計画につき建築確認を行ったような場合に同項の適用上違法となることがあることは別論である。)。

一方、上記(3)-2の判例と同様、規制権限の不行使が問題となった最高裁判例は、こちら

(5)-1 最判H7.6.23〔クロロキン薬害事件〕について(消極)

 厚生大臣が特定の医薬品を日本薬局方に収載し、又はその製造の承認をした場合において、その時点における医学的、薬学的知見の下で、当該医薬品がその副作用を考慮してもなお有用性を肯定し得るときは、【厚生大臣の薬局方収載等の行為】は、国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けることはないというべきである。右の理は、製造の承認とその目的、性質を同じくする【医薬品の製造の許可(旧薬事法二六条三項)】についても変わるところはないものと解される。

 医薬品の副作用による被害が発生した場合であっても、厚生大臣が当該医薬品の副作用による被害の発生を防止するために前記の各権限を行使しなかったことが直ちに国家賠償法一条一項の適用上違法と評価されるものではなく、副作用を含めた当該医薬品に関するその時点における医学的、薬学的知見の下において、前記のような薬事法の目的及び厚生大臣に付与された権限の性質等に照らし、右権限の不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使は、副作用による被害を受けた者との関係において同項の適用上違法となるものと解するのが相当である。

 以上の点を考慮すると、厚生大臣が前記一7記載の各措置以外に薬事法上の権限を行使してクロロキン網膜症の発生を防止するための措置を採らなかったことが、薬事法の目的及び厚生大臣に付与された権限の性質等に照らし、その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くとまでは認められず、国家賠償法一条一項の適用上違法ということはできない。

(5)-2 最判H16.4.27〔筑豊じん肺訴訟〕について(積極)

 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年(オ)第1152号平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,最高裁平成元年(オ)第1260号同7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁参照)。

 本件における以上の事情を総合すると,昭和35年4月以降,鉱山保安法に基づく上記の保安規制の権限を直ちに行使しなかったことは,その趣旨,目的に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。

(5)-3 最判H16.10.15〔水俣病関西訴訟事件〕について(積極)

 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年(オ)第1152号平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,最高裁平成元年(オ)第1260号同7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁参照)。

 本件における以上の諸事情を総合すると,【昭和35年1月以降,水質二法に基づく上記規制権限を行使しなかったこと】は,上記規制権限を定めた水質二法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。

(5)-4 最判H26.10.9〔泉南アスベスト訴訟〕について(一部積極)

 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成13年(オ)第1194号,第1196号,同年(受)第1172号,第1174号同16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁参照)。

 本件における以上の事情を総合すると,労働大臣は,昭和33年5月26日には,旧労基法に基づく省令制定権限を行使して,罰則をもって石綿工場に局所排気装置を設置することを義務付けるべきであったのであり,【旧特化則が制定された昭和46年4月28日まで,労働大臣が旧労基法に基づく上記省令制定権限を行使しなかったこと】は,旧労基法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。

 以上の諸点に照らすと,労働大臣が,【昭和49年9月30日以降,石綿の抑制濃度の規制値を昭和50年告示により5㎛以上の石綿繊維が1㎤当たり5本とし,労働省告示の改正により1㎤当たり2本としなかったこと】が,安衛法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くとまでは認められず,国家賠償法1条1項の適用上違法であるということはできない。

 労働大臣が,【石綿工場での作業に関し,昭和47年9月30日以降,安衛法に基づく省令制定権限を行使して事業者に対し労働者に防じんマスクを使用させること及びその使用を徹底させるための石綿関連疾患に対応する特別安全教育の実施を義務付けなかったこと】が,安衛法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くとまでは認められず,国家賠償法1条1項の適用上違法であるということはできない。

(5)-5 最判R3.5.17について(積極)

 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成13年(オ)第1194号,第1196号,同年(受)第1172号,第1174号同16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁,最高裁平成26年(受)第771号同年10月9日第一小法廷判決・民集68巻8号799頁参照)。

 本件における以上の事情を総合すると,労働大臣は,石綿に係る規制を強化する昭和50年の改正後の特化則が一部を除き施行された同年10月1日には,安衛法に基づく規制権限を行使して,通達を発出するなどして,石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として,石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺,肺がん,中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督するとともに,安衛法に基づく省令制定権限を行使して,事業者に対し,屋内建設現場において上記各作業に労働者を従事させる場合に呼吸用保護具を使用させることを義務付けるべきであったのであり,【同日以降,労働大臣が安衛法に基づく上記の各権限を行使しなかったこと】は,屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において,安衛法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。

 ~以上によれば,【昭和50年10月1日以降,労働大臣が上記の規制権限を行使しなかったこと】は,屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した者のうち,安衛法2条2号において定義された労働者に該当しない者との関係においても,安衛法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。

(5)-6 最判R4.6.17最判R4.6.17について

国が、〔経済産業大臣が〕津波による原子力発電所の事故を防ぐために電気事業法40条に基づく規制権限を行使しなかったことを理由として国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うとはいえないとされた事例です。

 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁、最高裁平成30年(受)第1447号、第1448号、第1449号、第1451号、第1452号令和3年5月17日第一小法廷判決・民集75巻5号1359頁等参照)。

(6) 最判H19.11.1について

 原爆二法は,これらの法律による各種の援護措置の対象となる「被爆者」について,原子爆弾が投下された際当時の広島市又は長崎市の区域内に在った者等であって,その居住地(居住地を有しないときはその現在地)の都道府県知事に申請して被爆者健康手帳の交付を受けた者をいうものと定めているものの,原爆二法による各種の援護措置を受けるための要件として,「被爆者」であることに加えて,その居住地が日本国内にあることまでは要求しておらず,また,いったん被爆者健康手帳の交付を受けて「被爆者」たる地位を取得し,更に都道府県知事の支給認定を受けて健康管理手当等の受給権を取得した「被爆者」が,日本国外に居住地を移した場合にその受給権を失う旨の規定も置いていない。そうすると,いったん健康管理手当等の受給権を取得した「被爆者」が日本国外に居住地を移した場合に,受給権が失権するものとした402号通達の失権取扱いの定めは,原爆二法の解釈を誤る違法なものであったといわざるを得ない。したがって,402号通達の失権取扱いの定めは,原爆二法を統合する形で制定された被爆者援護法にも反することは明らかである。
 もっとも,上告人の担当者の発出した通達の定めが法の解釈を誤る違法なものであったとしても,そのことから直ちに同通達を発出し,これに従った取扱いを継続した上告人の担当者の行為に国家賠償法1条1項にいう違法があったと評価されることにはならず,上告人の担当者が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と上記行為をしたと認められるような事情がある場合に限り,上記の評価がされることになるものと解するのが相当である(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,最高裁平成元年(オ)第930号,第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)。
 しかし,402号通達は,被爆者についていったん具体的な法律上の権利として発生した健康管理手当等の受給権について失権の取扱いをするという重大な結果を伴う定めを内容とするものである。このことからすれば,一般に,通達は,行政上の取扱いの統一性を確保するために上級行政機関が下級行政機関に対して発する法解釈の基準であって,国民に対して直接の法的拘束力を有するものではないにしても,原爆三法の統一的な解釈,運用について直接の権限と責任を有する上級行政機関たる上告人の担当者が上記のような重大な結果を伴う通達を発出し,これに従った取扱いを継続するに当たっては,その内容が原爆三法の規定の内容と整合する適法なものといえるか否かについて,相当程度に慎重な検討を行うべき職務上の注意義務が存したものというべきである。

 ~そうすると,上告人の担当者が,【原爆二法の解釈を誤る違法な内容の402号通達を発出したこと】は,国家賠償法上も違法の評価を免れないものといわざるを得ない。
 そして,上告人の担当者が,【このような違法な402号通達に従った失権取扱いを継続したこと】も,同様に,国家賠償法上違法というべきである。
 以上によれば,【402号通達を作成,発出し,また,これに従った失権取扱いを継続した上告人の担当者の行為】は,公務員の職務上の注意義務に違反するものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法なものであり,当該担当者に過失があることも明らかであって,上告人には,上記行為によって原告らが被った損害を賠償すべき責任があるというべきである。

なお、調査官解説においては、
「国家賠償法1条1項所定の違法性及び担当公務員の過失の有無の判断基準について」において、判例として、①最判S60.11.21〔在宅投票制度廃止事件〕、②最判H5.3.11〔上記(2)-2〕、③最判H11.1.21〔住民票記載処分取消事件〕を挙げた上、
「公務員が法令の解釈・適用を誤った場合について国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任が問題となった最高裁判例」について、㋐通知・通達等が問題になったもの、㋑法律の解釈・適用の誤りが問題となったその他の判例等、として整理しています。

また、調査官解説は、判例の判断枠組みとして、次のとおり整理しています。

ⓐ公務員の行為が、法令の解釈・適用を誤ったものであったとしても、直ちに国家賠償法1条1項の違法があると評価されるものではなく、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたと認められる場合に限り、国家賠償法上違法と判断される。
ⓑある事項に関する法律解釈について、複数の解釈が考えられ、そのいずれについても「相当の根拠」が認められる場合において、公務員がそのうちの一つの解釈に基づいて行為をしたときや、ある処分の根拠となる規定の有効性につき、実務上特に疑いを差し挟む解釈をされたことも裁判上問題とされたこともない場合において、従前と同様の処分を行ったときは、後に当該解釈が違法と判断されたとしても、国家賠償法1条1項の過失はない。
ⓒ国の通知・通達等の定めに従って行政事務を処理した下級行政機関は、その通知通達等に従って事務処理をすることを要求されているのであるから、その定めが法律の解釈を明らかに誤っているなど特段の事情がない限り、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったということはできない。

なお、この判決においては、法的義務の向けられた相手については、特段言及されていません。

この点に関し、下山憲治「基準設定権限等の不行使と国家賠償責任一じん肺予防領域を中心として一」には、次のような指摘があります。

 最高裁判決は,憲法上の各種規定等から,通常,国会議員は立法行為の違憲・違法による法的責任を負わないとしても,故意・重大な過失がある例外的な場合には「個別の国民に対して負う職務上の法的義務違反により,国家賠償責任が認められるとするものである。政省令制定は,法律による委任を受けた行政機関としての内閣・各大臣等の権限であり,国会議員による立法行為と「職務」の内容やそれをめぐる法制度が著しく異なり,通常の行政活動で「公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務」を国家賠償法上の違法と理解するのは,基本的に誤りである。このことは,行政権限不行使による国家賠償訴訟の最高裁判決で,同様の判示が見られないことからも明確である。

(7) 最判H17.7.14について

 ~公立図書館の図書館職員は,公立図書館が上記のような役割を果たせるように,独断的な評価や個人的な好みにとらわれることなく,公正に図書館資料を取り扱うべき職務上の義務を負うものというべきであり,閲覧に供されている図書について,独断的な評価や個人的な好みによってこれを廃棄することは,図書館職員としての基本的な職務上の義務に反するものといわなければならない。
 一方,公立図書館が,上記のとおり,住民に図書館資料を提供するための公的な場であるということは,そこで閲覧に供された図書の著作者にとって,その思想,意見等を公衆に伝達する公的な場でもあるということができる。したがって,公立図書館の図書館職員が閲覧に供されている図書を著作者の思想や信条を理由とするなど不公正な取扱いによって廃棄することは,当該著作者が著作物によってその思想,意見等を公衆に伝達する利益を不当に損なうものといわなければならない。
そして,著作者の思想の自由,表現の自由が憲法により保障された基本的人権であることにもかんがみると,公立図書館において,その著作物が閲覧に供されている著作者が有する上記利益は,法的保護に値する人格的利益であると解するのが相当であり,公立図書館の図書館職員である公務員が,図書の廃棄について,基本的な職務上の義務に反し,著作者又は著作物に対する独断的な評価や個人的な好みによって不公正な取扱いをしたときは,当該図書の著作者の上記人格的利益を侵害するものとして国家賠償法上違法となるというべきである。

 前記事実関係によれば,本件廃棄は,公立図書館である船橋市西図書館の本件司書が,上告人A1会やその賛同者等及びその著書に対する否定的評価と反感から行ったものというのであるから,上告人らは,本件廃棄により,上記人格的利益を違法に侵害されたものというべきである。

調査官解説は、問題の所在につき、「Xらが本件司書のした本件廃棄が違法であるとしてY市に対して国家賠償請求をするためには、Xらが本件廃棄によって法律上保護される利益を侵害されたことが必要であり、Xらの侵害されたとする利益が事実上の利益にすぎない場合には、国家賠償請求をすることはできない」とし、「本件訴訟においては、Xらが本件廃棄によって法律上保護される利益を侵害されたのか否かが主要な争点となった」としています。

そのためか、調査官解説にも、国家賠償法上の違法の有無についての記載は「全く」なく、判決上も、職務行為基準説に立脚したらしき判示は見当たりません。

何より気になるのが、国家賠償法1条1項の違法を認めるためには、①公務員の職務上の法的義務に対する違反であることのほか、②当該被害者個人に対して負う義務の違反であることという二つの要件を満たす必要があるとした場合、原告ら(著作者)に対して負う義務を観念できるのか、という点です。本判決がこの点について答えを示しているようには見えません。

(8) 本判決について

以上を踏まえて、本判決の判示①について意味があるとすれば、それは、捜索・差押えを実施した検察官及び検察事務官が、捜索場所を管理する原告弁護士法人及び当該法人が設置する法律事務所に勤務する原告弁護士らに対する関係において、いかなる法的義務を負うかという点についてであろうと思われます。

もっとも、この点が問題となる事案なのかについては、疑問なしとしません。しかも、本判決は、上記については全く検討していないのです。

判示①については、全く無意味なもの(その位置付けを理解していないことを示すもの)というほかないと思います。


2.②について


さて、本件の問題の肝は、いわずもがな、誤った法令の解釈に基づく客観的には違法な行為について、国家賠償法1条1項の違法があると評価されるかです。

判例は、ⓐ公務員の行為が、法令の解釈・適用を誤ったものであったとしても、直ちに国家賠償法1条1項の違法があると評価するのではなく、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたと認められる場合に限り、国家賠償法上違法と判断されるとします(上記(6)判決参照)。

その意味では、判示②については、直ちに誤りというものではありません。
もっとも、「法令の解釈を誤った」ことが問題となるのではなく、「誤った法令解釈に基づく具体的な行為(侵害行為)」が問題となるのですが、この点についての正しい理解が前提となっているのか、甚だ心許ないところです。


3.③について


いわずもがな、最大の問題は判示③です。

判例は、上記ⓐのとおり、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたと認められる場合に限り、国家賠償法上違法と判断されるとしています。
そして、その下位規範として、ⓑある事項に関する法律解釈について、複数の解釈が考えられ、そのいずれについても「相当の根拠」が認められる場合において、公務員がそのうちの一つの解釈に基づいて行為をしたときや、ある処分の根拠となる規定の有効性につき、実務上特に疑いを差し挟む解釈をされたことも裁判上問題とされたこともない場合において、従前と同様の処分を行ったときは、後に当該解釈が違法と判断されたとしても、国家賠償法1条1項の過失はないとされます。

翻って、判示③です。

「法令の調査において職務上通常尽くすべき注意義務を怠った場合に限り、同項の適用上違法の評価を受けるものと解するのが相当である」

まあ、これが上記ⓐと同旨をいうものとして(実際に、「職務上通常尽くすべき注意義務を怠った過失があった(ということはできない)」という判示もなくはない。)、問題は当てはめです。


最高裁の判例を幾つか見てみます。

(1) 最判H7.4.17について

 以上に検討したところによれば、被上告人は、本件条例六条に基づき、市長の裁量的判断により、昼休み窓口業務に従事した者に対して本件手当を支給することができるという誤った条例の解釈に基づき、本件支出を行ったものといわざるを得ないが、前記の地方自治法及び地方公務員法の規定があることに加え、本件条例六条が同二条及び別表を補充するものとして置かれていることや同六条が臨時的、応急的な措置を定めるものであることは同条の文理から十分に読み取れることを考慮するならば、被上告人の右の解釈に相当な根拠があるものとみることはできない。しかも、前記事実関係によれば、熊本市が前記調査の対象とした地方公共団体のうち、昼休み窓口業務に従事した職員に対して特殊勤務手当を支給していた地方公共団体には、昼休み窓口業務を特殊勤務手当の支給の対象とする旨の条例の定めがあったというのであるから、その点についての調査を行っていたならば、本件条例六条に基づいて本件手当の支給を続けることに疑義のあることは容易に知り得たものというべきである。
そうすると、被上告人は、市長として尽くすべき注意義務を怠り、誤った条例の解釈に基づいて漫然と本件手当の支給を継続したものであり、被上告人は、その過失により、違法な本件支出をしたものと評価せざるを得ない。

住民訴訟ではあるが、ほぼ同じ判断基準に基づいて過失を認めています。
調査官解説においても、次のとおり整理されています。

 本判決は、法令の解釈を誤って公権力を行使した公務員の過失の有無に関する国家賠償法の議論が住民訴訟における当該職員の過失の有無を判断するに当たっても妥当するとの見解の下に、本件条例6条に基づいて本件手当の支給をすることができるというYの解釈に相当の根拠があるとみることができるかどうかについて検討し、〔後略〕


また、「学説、判例等において見解が分かれ、解釈に疑義が生じている場合には、そのうち一つの見解を採って公権力の行使に当たったときは、公務員の過失を認めるべきではない」とする先例についてみてみます。

(2) 最判S46.6.24について

 原判決の確定するところによれば、未登記立木に対する強制執行の方法については、有体動産の執行手続によるとする説、立木伐採権を執行の対象として民訴法六二五条の特別換価手続によるとする説ならびに不動産の執行手続によるとする説の三様の見解が存し、全国の裁判所の実務上の取扱いとしても、立木伐採権に対する執行手続による例が多数ではあるが、有体動産の執行手続による例も少なくないことが認められ、A執行吏は、本件強制執行の委任を受けた際、参考書等に基づき一応の調査をしたうえ、有体動産の執行手続によるのを正当と判断してその執行をしたというのである。
そして、右の有体動産の執行手続によるべきものとする見解についてみるに、その論拠とするところには、一応首肯するに足りるものが認められる
このように、㋐ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、㋑実務上の取扱いも分かれていて、㋒そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは、のちにその執行が違法と判断されたからといつて、ただちに右公務員に過失があつたものとすることは相当でない。

(3) 最判S49.12.12について

 原判決の適法に確定するところによると、競売裁判所が異議ある債権の配当額を供託する義務があるか否かについて、先例的な判例及び通説的な学説はなく、これをいかに解すべきかについて疑義があり、積極・消極の両説が考えられ、また、裁判所の競売実務上の取扱いも二様に分かれており、本件における競売裁判所である浦和地方裁判所は、民訴法の右規定の準用がないとの解釈のもとに、配当額を供託することなく、そのままこれを保管する措置をとつたというのである。
 このように、㋐ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立して疑義を生じ、拠るべき明確な判例、学説がなく、㋑実務上の取扱いも分かれていて、㋒そのいずれについても一応の論拠が認められる場合に、公務員がその一方の解釈に立脚して公務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといつて、ただちに右公務員に過失があつたものとすることは相当でなく、これと同趣旨の原審の判断は正当である。

(4) 本判決について

以上を踏まえて、本判決について見てみます。

 このような見地から本件をみると、前記説示のとおり、法律事務所への来訪者が同事務所に残置した物については、同事務所又は同事務所の所属弁護士が、当該来訪者との間の委託関係に類似した関係に基づいて、保管し、又は所持する物として、刑訴法105条(同法222条1項において準用する場合を含む。)の押収拒絶権の保障が及ぶものと解するのが相当であるが、そのことが同条の文理上明白であるとまではいうことができない上、本件捜索等が行われた令和2年1月29日当時、上記の法令解釈が相当であることを明確に指摘した文献や裁判例が存したものと認めることもできない

一連の最高裁判例は全く参考にはしていないようです。

検察官が採用した(結果として違法な)解釈に「相当の根拠」があったか否かを検証するのではなく、あろうことか、裁判所が採用した正しい解釈について、「(条文の)文理上明白である」とまではいえないし、「相当であることを明確に指摘した文献や裁判例が存した」とも認められないとして、検察官が採用した解釈の相当性については一切不問としたのです。


あえて最高裁とは異なる独自の解釈をしてまで検察官の違法な行為を結果として不問とした理由が知りたいところです。


なお、当事者の主張の整理では、
①本件各行為をしたことが国家賠償法1条1項の適用上違法であるか
②本件各行為をしたことにつき検察官らに故意又は過失が認められるか
という争点を立てて、②についての被告側の主張については「争う」とのみしているわけですが、職務行為基準説を前提とした場合に、この2つを区別できるのか、その意味があるのか、検察官らには、結局自らの見解の相当性について全く主張させてないのか、など、消化不良の感もしなくはないところです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?