モバゲー利用規約差止請求事件

民事判例22(2020年後期)90頁からの判例評釈に疑問に思っていたことがズバッと載っていて、さすが山本豊さん(以下「山本豊教授」)。

本件、当初は以下のような条項があった。

第7条
 1.モバゲー会員が以下の各号に該当した場合,当社は,当社の定める
   期間,本サービスの利用を認めないこと,又は,モバゲー会員の会員
   資格を取り消すことができるものとします。
   a(略)
   b(略)
   c 他のモバゲー会員に不当な迷惑をかけたと当社が判断した場合
   d(略)
   e その他,モバゲー会員として不適切であると当社が判断した場合
 2.(略)
 3.当社の措置によりモバゲー会員に損害が生じても,当社は,一切損害
   を賠償しません。


適格消費者団体は、上記条項の7条3項を、消費者契約法8条に違反して無効であるとして差止請求をした。

もっとも、適格消費者団体がやり玉に挙げたのは、7条3項そのものではなく、7条3項と条文上何ら関係が明らかではない7条1項c号とe号。この「当社が判断」とあるのはあまりにも広すぎる、そうすると債務不履行(又は不法行為)による損害賠償責任が発生し得るところ、7条3項でその損害賠償の全部を免責しているから不当、とのこと。


私の頭は疑問だらけ。


そもそも、7条3項は、ど真ん中の8条1項1号前段によりアウトな条項であって、なぜ7条1項が問題になるのだろうか。仮に7条1項c号やe号を原告がいうとおり修正すれば、7条3項は消費者契約法8条違反ではなくなるのだろうか。

現に、本件では7条1項c号やe号について、控訴審において「当社が合理的に判断」と修正されたが、これではダメと控訴審でダメ出しされ、現在は「判断」を削除し、それぞれ「他のモバゲー会員に不当に迷惑をかけた場合」「その他,モバゲー会員として不適切である場合」と修正されている。これで原告(適格消費者団体)の溜飲は下がったと思われるのだが、果たして訴え提起前にそのような修正をしていたら、7条3項は全く問題ないとされたのだろうか。

そもそも、7条3項は、7条1項の場合のみを念頭においた規定には見えない。「第1項の措置によって」、あるいは「第1項の場合において」とあれば、1項の措置が違法でなければそもそも債務不履行責任等が生じ得ないというのはわかる。でも、そんなこと一言も書いていない。第1項の要件に該当しないにもかかわらず取り消した場合(=契約違反・債務不履行)も当然に7条3項により免責される(そういう趣旨の条項)とみるのが自然だろう。そんな条項、当然に8条1項1号前段により無効でしょう。それは、7条1項をどう修正しようが変わらないはず。


7条1項を絡め、7条3項を削除させるのみならず、7条1項をも修正させたという意味では、適格消費者団体の作戦勝ちなのかもしれないが、法的にはしっくりこないところ。何なら、7条1項が問題ないとされていれば(特に控訴審)、7条3項の差止請求すら棄却されていた可能性がある。控訴審は、それはよくない(ど真ん中の8条違反なわけだし)と考えて、多少強引に7条1項c号、e号の不当性を肯定したのかもしれないが、よくそんなリスキーなことをしたなぁと思ってしまうところ(わかっていてあえて挑戦したのかは不明)。

なお、判決により差止請求が認められたのは、あくまでも7条3項のみ。したがって、DeNAとしては、7条3項さえ修正(or削除)すれば、本来7条1項までいじる必要はないはず(判決だけを見れば)。結果として、7条1項c号、e号も判決の趣旨に沿って修正されているようだが、これはレピュテーションリスクを踏まえたものかもしれない(さすがに四大の弁護士が判決の意味を理解しないということはあり得ない)。


さて、以上の疑問に(概ね)答えてくれる、というか同じ疑問を呈してくれているのが、山本豊先生。以下、引用。

「本件は、免責条項を対象に使用差止請求がされる通常のケースとは、明らかに異なっている。それは、実質的に見て、本件での真の争点が、規約7条1項c号およびe号の有効性であるからである。判決の説示内容も、本稿での検討も、そのほとんどが、規約7条3項についてではなく、規約7条1項c号およびe号を対象として行われるのは、このゆえである。これらは、会員資格取消(契約解除)等の措置に関する条項であって、免責条項ではない。法8条ではなく、法10条の適用が問題とされるべき条項である。」

本当におっしゃるとおり。


「しかし、本件では、Xは、Yに対する事前の問い合わせや事前請求の段階から、規約7条3項の法8条違反を問題としており、このような問題の設定の仕方は、Xの一貫した方針ないし訴訟戦術であることが窺われる。」

誰も指摘しなかったからそのまま行ってしまった、という可能性も、なくはないでしょうね。被告からすれば、7条1項を切り離して7条3項だけ問題にする方がリスキー(勝つ見込みゼロ)なわけだし。


「法8条は、評価の余地なき条項禁止違反であり、法10条の前段要件・後段要件の主張・立証負担を回避できるため、Xにとって有利と見たものかは、筆者には不明である。」

法8条は絶対禁止(消費者に有用・有益なものであろうが絶対にダメ!)なんですよねφ(..)メモメモ


「理論的に見ると、やはり規約7条1項c号およびe号の差止めを請求するのが筋ではないか(大本の規約7条1項c号およびe号が不当な内容でないならば、規約7条3項自体は問題のない条項なのではないか)とも思われるし、実際上も、少なくとも法的には(事実上の作用はひとまず措く)、規約7条3項の使用差止めが命じられても、本丸であるはずの規約7条1項c号およびe号は、手つかずとなるわけであり、前記のような方針には、違和感がないではない。」

問題意識は全く同じ。ただ、山本豊教授は、7条3項自体は問題のない条項と見るのね。意外。紛うことなき免責条項なわけで、確認条項と解釈できるような特段の事情でもない限り、普通に消費者契約法8条1項1号(+3号)前段違反かと思ったけど。


「とはいえ、請求の特定、なかんずく差止めを求める条項をどう特定するかは、原告が決定すべきことであり、本件においても、裁判所は、Xの請求に応じて、規約7条3項の差止めについての判断という形式をとりつつ、実質的には規約7条1項c号およびe号の不当条項性審査を行うという作業を行っている。」

これがちょっと違和感がある。請求の特定はもとより原告の専権である。けれども、特定された請求及びこれを基礎付ける請求原因に従っていかなる審査を行うかは、それこそ裁判所の専権なのではないか。

例えば、規約7条3項の差止めを求めるのは結構。その請求原因として、規約7条3項が消費者契約法8条1項1号前段に該当するというのも結構。けど、その理由として、規約7条1項c号やe号が不当であるため、(本来は問題がないはずの)規約7条3項が消費者契約法8条1項1号前段に該当するという主張をしたとして、「規約7条1項c号やe号が不当である」ということを考慮して規約7条3項の消費者契約法8条1項1号前段該当性を肯定していいのか、という問題はあろう。これは原告の請求の設定とは全く別の問題。


これ、よくこのモバゲー判決とセットにされる家賃債務保証業者の契約条項差止請求事件でも同じような問題がある(たぶん。第1審の評釈にこの問題に言及したものは皆無だったけど)。


第1審は、「原契約賃借人が賃料等の支払を2箇月以上怠り,被告において合理的な手段を尽くしても原契約賃借人本人と連絡がとれない状況の下,電気・ガス・水道の利用状況や郵便物の状況等から原契約の目的たる賃借物件(以下「賃借物件」という。)を相当期間利用していないものと認められ,かつ,賃借物件を再び占有使用しない原契約賃借人の意思が客観的に看取できる事情が存するときに,原契約賃借人が明示的に異議を述べない限り,賃借物件の明渡しがあったものとみなす権限を被告に付与する条項」の差止請求を認めたが、その理由は、上記条項(18条2項2号)が、「同条3項及び19条1項と相まって」消費者契約法8条1項3号に該当する、というもの。

だが、上記差止めの対象となった条項自体は、いわゆる免責条項ではない。「異議を述べない」と書いてあるのは、上記条項ではなく、「相まって」とされた18条3項や19条1項の方だが、18条3項や19条1項は差止請求の対象となっていない。第1審は、差止請求の対象となっていない条項を考慮して、それ単独では消費者契約法8条1項3号該当性を認める余地がないと思われる条項の差止めを命じたのである。

これはさすがにおかしかろうと思った。だって、問題となる18条3項や19条1項を削除・修正したとしても、差止めの対象となった18条2項2号自体を修正しない限り、普通に考えれば判決の射程は及ぶ(=間接強制される)。これは、明確に「理由に食違い」(民訴法312条2項6号後段)があるといってよいのではなかろうか。要するに、全体として違法といいつつ、その一部のみの差止請求を認めているのだし、これは、よくよく考えると、商標差止請求で、「やまやのひよこどり」としてお菓子の商標が認められた(逆にいえば、「やまや」単体では商標を有していない)原告が、「やまや」の名称それ自体の使用差止めを認めたようなもので、あり得ない話だと思う。


その点が控訴理由として指摘されたのか、あるいは控訴審裁判所から指摘があったのかは不明だが、控訴審では原告から予備的請求が追加されている(結論として、予備的請求も棄却)。そういう問題意識があっての審理だったのではないかと思われる。なぜかこちらの判決には著名な先生のじっくり解説がまだないようであり、山本豊教授の解説が待たれるところである。


ちょっと横道にそれたが、こういう技術的・形式的なところって、基本的には誰に有利とか不利とかあまりなく、共通理解ができるはず。「正しい」判決を書こう(書いてもらおう)と思うと、こういうところを疎かにしてはいけないと思う。モバゲーの利用規約に「(当社が)合理的に(判断した場合)」という文言を控訴審で入れても結論を変えなかったのは、裁判所が、最終的には本件は7条1項c号・e号の問題ではないと考えたからなのかもしれない。

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