国会の立法裁量(その1)

先日思い付きで書いたのが、こちらの一連のツイ。


憲法43条2項、47条を根拠として、「選挙に関する事項の決定は原則として立法府である国会の裁量的権限に委せている」というのは、長らく最高裁が是認してきた考え方であった。

例えば、最大判S39.2.5。

 憲法四三条二項は「両議院の議員の定数は、法律でこれを定める。」とし、同四七条は「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」と規定する。すなわち、憲法が両議院の議員の定数、選挙区その他選挙に関する事項については特に自ら何ら規定せず、法律で定める旨規定した所以のものは、選挙に関する事項の決定は原則として立法府である国会の裁量的権限に委せているものと解せられる。従つて、国会は法律を以つて、参議院の選挙区を全国区と地方区とに区別すること、また、これらの区別を廃止することも、更には地方区の議員を各選挙区に如何なる割合で配分するかということ等を適当に決定する権限を有する。


最大判S51.4.14も。

 代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国において、その国の事情に即して具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけのものではない。わが憲法もまた、右の理由から、国会両議院の議員の選挙については、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条二項、四七条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのである


そして、在外日本人に国会議員の選挙権の行使を認めていないことの違憲性が問題となった事案において、第1審の東京地判H11.10.28は、まさに上記立法裁量を前提として、違憲の主張を排斥した(なお、原告らの主張にも、「改正に至るまでの経過を考えれば、国会は、改正前の公職選挙法が憲法及びB規約に違反することを知りながら、あえてその改正を実施してこなかったというべきであり、このような立法の不作為は、明らかに国会の立法裁量を逸脱し、憲法の一義的文言に違反する。」と、「国会の立法裁量」を前提とするものがみられる。)。

 代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし、その国の事情に即して具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけのものではない。憲法もまた、右の理由から、国会両議員の議員の選挙については、両議院の定数、両議院の議員及びその選挙人の資格、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定めるとし(憲法四三条二項、四四条、四七条)、憲法上、これ以上に、選挙に関する細則にわたる規定を置いていないことからすれば、右規定は、選挙に関する事項の具体的決定を、憲法上正当な理由となり得ないことが明らかな前記の人種、信条、性別等による差別を除き、原則として立法府である国会の裁量に委ねる趣旨であると解される(最高裁昭和三九年二月五日大法廷判決・民集一八巻二号二七〇頁、最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁)。
 そして、憲法の授権に基づく国会の右の裁量の中には、短期間に極めて多数の選挙人によって行われる右の選挙を、混乱なく、公正かつ能率的に執行するために、国民の選挙権行使に必要な制約を加えることも、当然に含まれているというべきである。


控訴審である東京高判H12.11.8も、基本的には同様に立法裁量を前提として、やはり違憲の主張を排斥した(第1審原告らは、控訴審において、「憲法及びB規約は、日本国籍を有する者に投票させるべきことについて、これを一義的に命じていることは明らかであり、どのような方法で在外日本人の選挙権の行使を確保するかは、国会の裁量が認められるところであろうが、投票自体を認めないことは、選挙権それ自体を否定することと変わらず、これについては、憲法及びB規約は国会に裁量の余地を与えていない。」として、国会の裁量を限定的に解する主張をしている。)。

 原判決の判示するように、憲法は、選挙を公正かつ能率的に執行するために国民の選挙権行使に必要な制約を加えることも含め、選挙に関する事項の具体的決定を、憲法上正当な理由となり得ないことが明らかな人種、信条、性別等による差別を除き、原則として立法府である国会の裁量にゆだねており、選挙権の具体的な行使の態様、条件等は公職選挙法の定めるところである。


一方、最大判H17.9.14は、14名の最高裁裁判官中、12名の賛成により違憲性を認めた(うち泉徳治裁判官は、国家賠償請求の認容に係る部分についてのみ反対意見を述べている。)。

非常に興味深いのは、多数意見には「(立法)裁量」という言葉が登場しないこと。

この点については、補足意見と反対意見で言及されている。

まず、横尾和子裁判官、上田豊三裁判官の共同反対意見から。

 国会が衆議院及び参議院の両議院から構成されること(憲法42条),両議院は全国民を代表する選挙された議員で組織されること(憲法43条1項)を規定するとともに,両議院の議員の定数,議員及びその選挙人の資格,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は,これを法律で定めるべきものとし(憲法43条2項,44条,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みについての具体的な決定を原則として国会の裁量にゆだねているのである。もっとも,議員及び選挙人の資格を法律で定めるに当たっては,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならないことを明らかにしている(憲法44条ただし書)。
 そして,国会が両議院の議員の各選挙制度の仕組みを具体的に決定するに当たっては,選挙人である国民の自由に表明する意思により選挙が混乱なく,公明かつ適正に行われるよう,すなわち公正,公平な選挙が混乱なく実現されるために必要とされる事項を考慮しなければならないのである。我が国の主権の及ばない国や地域(そこには様々な国や地域が存在する。)に居住していて,我が国内の市町村の区域内に住所を有していない国民(在外国民。在外国民にも二重国籍者や海外永住者などいろいろな種類の人たちがいる。)も,国民である限り選挙権を有していることはいうまでもないが,そのような在外国民が選挙権を行使する,すなわち投票をするに当たっては,国内に居住する国民の場合に比べて,様々な社会的,技術的な制約が伴うので,在外国民にどのような投票制度を用意すれば選挙の公正さ,公平さを確保し,混乱のない選挙を実現することができるのかということも国会において正当に考慮しなければならない事項であり,国会の裁量判断にゆだねられていると解すべきである


一方、福田博裁判官の補足意見では、上記反対意見を念頭において、次のように述べられている。

 在外国民の選挙権の剥奪又は制限は憲法に違反せず,国会の裁量の範囲に収まっているという考えには全く賛同できない。
 現代の民主主義国家は,そのほとんどが代表民主制を国家の統治システムの基本とするもので,一定年齢に達した国民が平等かつ自由かつ定時に(解散により行われる選挙を含む。以下同じ。)選挙権を行使できることを前提とし,そのような選挙によって選ばれた議員で構成される議会が国権の最高機関となり,行政,司法とあいまって,三権分立の下に国の統治システムを形成する。我が国も憲法の規定によれば,そのような代表民主制国家の一つであるはずであり,代表民主制の中核である立法府は,平等,自由,定時の選挙によって初めて正当性を持つ組織となる。民主主義国家が目指す基本的人権の尊重にあっても,このような三権分立の下で,国会は,国権の最高機関として重要な役割を果たすことになる。
 国会は,平等,自由,定時のいずれの側面においても,国民の選挙権を剥奪し制限する裁量をほとんど有していない。国民の選挙権の剥奪又は制限は,国権の最高機関性はもとより,国会及び国会議員の存在自体の正当性の根拠を失わしめるのである。国民主権は,我が国憲法の基本理念であり,我が国が代表民主主義体制の国であることを忘れてはならない。
 在外国民が本国の政治や国の在り方によってその安寧に大きく影響を受けることは,経験的にも随所で証明されている。
 代表民主主義体制の国であるはずの我が国が,住所が国外にあるという理由で,一般的な形で国民の選挙権を制限できるという考えは,もう止めにした方が良いというのが私の感想である。


肝心の多数意見の判示は以下のとおり。

 憲法は,前文及び1条において,主権が国民に存することを宣言し,国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動すると定めるとともに,43条1項において,国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定め,15条1項において,公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利であると定めて,国民に対し,主権者として,両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を保障している。そして,憲法は,同条3項において,公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障すると定め,さらに,44条ただし書において,両議院の議員の選挙人の資格については,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならないと定めている。以上によれば,憲法は,国民主権の原理に基づき,両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており,その趣旨を確たるものとするため,国民に対して投票をする機会を平等に保障しているものと解するのが相当である
 憲法の以上の趣旨にかんがみれば,自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として,国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記のやむを得ない事由があるとはいえず,このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない。また,このことは,国が国民の選挙権の行使を可能にするための所要の措置を執らないという不作為によって国民が選挙権を行使することができない場合についても,同様である。
 在外国民は,選挙人名簿の登録について国内に居住する国民と同様の被登録資格を有しないために,そのままでは選挙権を行使することができないが,憲法によって選挙権を保障されていることに変わりはなく,国には,選挙の公正の確保に留意しつつ,その行使を現実的に可能にするために所要の措置を執るべき責務があるのであって,選挙の公正を確保しつつそのような措置を執ることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合に限り,当該措置を執らないことについて上記のやむを得ない事由があるというべきである。


ここからが本題であるが、以上のように「立法裁量」と考えられていたものにつき、果たしてそうなのか、それほど広範な裁量があるものか、という疑問を差し挟み、妥当な結論を導くプロセスは、憲法25条2項にも応用できないだろうか、というところであるが、この点は別稿で論じることとしたい。


なお、蛇足になるが、この最大判の判例解説は非常によくできている。というか、司法試験の憲法の答案にそのまま使えそうな書き方になっている。

具体的には、以下の体裁である。

3 選挙権行使の制限の憲法適合性について
⑴ 問題の所在
 ア 選挙権行使の憲法上の位置付け
 イ 在外国民の選挙権行使に関する公選法の定めと憲法上の問題
⑵ 違憲審査基準
 ア 基本的な考え方
 イ 裁判例
 ウ 学説
 エ 本判決の基本的な考え方
4 本件改正前(本権選挙当時)の公選法の憲法適合性について(当てはめ)
5 本件改正後の公選法の合憲性について(当てはめ)

それぞれ、どういうことを書いているかということを参考にして憲法答案のパターンを作ってみるのは、結構有用かもしれない。

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