取調べの意義及びその限界

検察官の取調べの違法を認めた判決が出た。

同判決では、国(訟務検事)が取調べの限界について一般論を主張し、これを踏まえて裁判所が同じく一般論(判断枠組み)を提示している。

国(訟務検事)の主張

 検察官による取調べが国家賠償法上違法かどうかは、①取調べの対象となった事案の内容・性質、②被疑者に対する嫌疑の程度、③被疑者の供述内容を始めとする取調べ時点における証拠関係の下での取調べの必要性・目的等の諸般の事情を勘案して、当該取調べが社会通念上相当と認められる範囲を超えていないかどうかを個別的、具体的に検討すべきである。
 そして、被疑者に対する取調べは、事案の真相解明を目的とするものであり、その過程で、被疑者に対して自白の説得等を行うこと自体は非難されるべきことではなく、その中で、捜査官が被疑者に対し、人格を損なわない限度において、たとえ 厳しい口調で迫ることがあったとしても、事案の重大性や嫌疑の程度によっては、やむを得ないと評価される場合もある。また、その判断に当たっては、ある特定時点における個別の発言や一部のやり取りを切り取って、断片的にその趣旨を評価するのではなく、前後又は別日の発言内容等を含めて、一連のものの一環として、全体的に判断される必要がある。

裁判所の判断

 検察官の取調べが国家賠償法1条1項の適用上違法であるか否かは、①取調べの対象となった事案の内容・性質、②被疑者に対する嫌疑の程度、③取調ベ時点における証拠関係の下での取調べの必要性、④取調べの具体的態様等諸般の事情を勘案して、当該取調べが社会通念上相当と認められる範囲を超えるものであるか否かにより判断するのが相当であり、その判断に際しては、被疑者の人格権はもとより、被疑者に保障されている黙秘権、弁護人依頼権等の権利の内容及びその保障の趣旨を考慮すべきものと解される。

判決では、これらが唐突に出ているので、なぜこの規範になるのかがよく分からないが、キーワードをピックアップして判例を検索してみると、幾つかの裁判例が引っかかる。

備忘のため、整理してみる。本判決も、(少なくとも起案者である左陪席レベルでは)これらの裁判例を検討した上でキーワードを用いているものと思われる。

1.大阪高判H22.5.27

事案としては、①検察官が原告Aに対し、威嚇、侮辱及び脅迫を伴う取調べをしたこと、②検察官が取調べの場において原告Aに対し、原告Aと弁護人との信頼関係を破壊する言動をしたこと、③検察官が、原告Aについて、客観的には嫌疑がないのに、報復を目的として重い罪名で家裁送致したことを理由とする国家賠償請求がなされたものである。

本件の主たる争点は、①10月9日取調べにおけるC検事の言動、②10月17日取調べにおけるD検事の原告Aに対する発言、③本件家裁送致の各違法性であり、録音録画がないため(たぶん)、言動や発言内容を被告が全面的に争っている。また、「黙秘」というキーワードはない。

(1)原判決;京都地判H21.9.29

まず、10月9日取調べにおけるC検事の言動として、以下の事実が認定された。

10月9日取調べにおいて,原告Aが,本件店舗の店員を殴ったり,蹴ったりはしていない旨,また,Eが万引きしたことは,本件店舗から出た後に気付いた旨,それぞれ供述したのに対し,C検事は,「そんなん嘘や。誰がお前らのことを信じる。」と大声で言い,脚を組んで椅子に深々と腰掛けていた体勢から,上側の脚で机の天板の裏側を蹴り上げ,「ドン」という大きな音を立てたこと,更に,C検事は,原告Aに対し,「Mだけか,まともなのは。」「お前もNもくずや,腐っている。」「誰がお前らのことなんて信じるんや。」「お前らが何て言おうと,強盗致傷で持っていく。」「とことんやったるからな。」等と言い,挙げ句に,「お前としゃべっていても話にならんから帰れ。」と言って,取調べを打ち切ったこと,以上の事実が認められる。

判例秘書
L06450727

そして、裁判所(井戸謙一裁判長)は、「(上記)C検事の言動は,職務上の法的義務に違反するか」という問題について、次のとおり判示した上で、C検事の言動は「違法の評価を免れない」とした。以下、区切って見ていく(出典はいずれも判例秘書)。

 我が国の刑事訴訟法は,検察官,司法警察職員等が被疑者を取り調べることを認めている(刑事訴訟法198条1項)。取調べは,単なる弁解録取ではなく,真実の発見を目標として行われるものであると解される(犯罪捜査規範166条参照)から,取調官が,虚偽の供述をしていると思われる被疑者に対して真実を述べるように説得することは許されると解される。
しかしながら,捜査手続といえども,個人の尊厳を基本原理とする日本国憲法の保障下にある刑事手続の一環であること,刑事訴訟法が事案の真相を明らかにするについて,公共の福祉の維持と基本的人権の保障を全うすることを基本原則としていること(同法1条),我が国が批准している市民的及び政治的権利に関する国際条約7条が,何人も品位を傷つける取扱いを受けないことを定めていること,警察官が犯罪の捜査を行うに当たって守るべき心構え,捜査の方法,手続その他の捜査に関し必要な事項を定めることを目的として定められた犯罪捜査規範(昭和32年7月11日国家公安委員会規則第2号)167条2項は,取調べに当たっては,冷静を保ち,感情に走ることなく,被疑者の利益となるべき事情をも明らかにするよう務めなければならない旨,同条3項は,取調べに当たっては,言動に注意し,相手方の年齢,性別,境遇,性格等に応じ,その者にふさわしい取扱いをする等,その心情を理解して行わなければならない旨それぞれ定めているところ,これらの準則の趣旨は,検察官が行う取調べにおいても参照されるべきであると解されること等に鑑みると,取調官が取調べの場で被疑者に対し,その尊厳や品位を傷つける言動をすることは許されず,取調官には,取調べをするに当たって,被疑者の尊厳や品位を傷つける言動をしない職務上の法的義務があるというべきである。

まず大前提として、「虚偽の供述をしていると思われる被疑者に対して」という場面についてのものであり、黙秘権を行使している被疑者に対してのものでないことがポイント。

一方、「しかしながら」以下の判示は、「虚偽の供述をしていると思われる被疑者に対して」に限るものではないと思われる。結論として、「取調官には,取調べをするに当たって,被疑者の尊厳や品位を傷つける言動をしない職務上の法的義務がある」と認めた。まあ、さすがに「被疑者の尊厳や品位を傷つけることがあってもいいが、限度がある」という論の立て方をする人はいないでしょう(たぶん)。


次。

 次に,国家が無辜の民を罰することがあってはならず,そのために,取調官たる者は,虚偽の自白を誘発する危険のある取調べを巌に慎むべきものである。また,取調官が取調べにおいて,被疑者の人権を侵すことがあってはならない。刑事訴訟法は,虚偽の自白を排除し,被疑者の人権を擁護するために,任意性に疑いのある自白の証拠能力を否定する厳格な自白法則を採用している(刑事訴訟法319条)。
そうすると,供述の任意性に疑念を抱かれるような取調べ方法を採用してはならないのは,取調官としての職務上の法的義務というべきである。なお,犯罪捜査規範は,その趣旨を,「取調べを行うに当たっては,強制,拷問,脅迫その他供述の任意性について疑念をいだかれるような方法を用いてはならない。」と定めているところである(168条1項)。

刑事訴訟法からの要請による制限。切り違え尋問とかは、こちらの要請からアウトになり得るということか。

 ところで,10月9日取調べがなされた当時,原告Aは少年であったところ,少年は,成人に比べて,社会経験が乏しく,傷つきやすく,自己を防御する能力も低いのが一般であると考えられる。犯罪捜査規範も,少年事件捜査については,「少年の健全な育成を期する精神をもってこれに当た」るべきこと(203条),「少年の特性にかんがみ」「取調べの言動に注意する等温情と理解をもって当たり,その心情を傷つけないないように務めなければならない」こと(204条)を定めている。
これらに鑑みると,少年を被疑者として取り調べるに当たっては,取調官は,上記の,被疑者の尊厳や品位を傷つける言動をしない,供述の任意性に疑念を抱かれるような取調べ方法を採用しないという職務上の各法的義務を,成人被疑者を取り調べる場合以上に厳格に守るべきものである。

本件が少年である特性を加味した修正。


次に、10月17日取調べにおけるD検事の発言として、以下の事実が認定された。

 ア 10月17日取調べにおいて,D検事が原告Aに対し,被害者Iに対して殴打,足蹴りをしたのではないかと尋ねたのに対し,原告Aは,これを否定した。そこで,D検事は,原告Aに対し,「このままいったら重い罪になるぞ。」「鑑別所に送られ,逆送にされて,刑事裁判になって,判決が7回目くらいになるぞ。それを望んでるのか。」「成人式にも出られないぞ。」と言い,「自分が覚えなくても,やったかもしれないって言ったら丸く終わるやん。」と自白を勧めた。更に,原告Bについて,「君の弁護人は弁護士になって何年目か知ってるか。少年の君になめられるのが嫌やから言ってないけれど,あの弁護士は1年経ってないぞ。刑事のこと全然分かってない。あんな弁護士がついて君もかわいそうやな。」「あんな人のことをよく信じるね。君は本当にかわいそうだよ。」と言った。取調中に,原告Bが原告Aとの接見を求めている旨の連絡が入り,原告Aが原告Bとしゃべりたいと言うと,D検事は,原告Aに対し,「弁護士と話すなら,私はもう帰る。私を信じるのか,弁護士を信じるのか。」と言って,取調べを終了した。
 イ その直後,原告Bが待つ五条警察署の接見室に原告Aが入室したが,原告Bは,原告Aの様子がいつもと違って訝しげであると感じた。原告Bが「どうしたん。」と尋ねたところ,原告Aは,原告Bに対し,直前の10月17日取調べでD検事から言われたアの内容を伝えた。原告Bは,強い屈辱を感じたが,まず原告Aの信頼を取り戻さなければならないと考え,原告Aに対し,確かに自分は弁護士になって1年しか経っていないけど,弁護士である以上全力を尽くす等と話すとともに,自分が原告Aのために頑張って弁護活動をしていることを理解してもらうため,原告Aの両親に作成してもらい,原告Aに里心がつくことを避ける目的から原告Aが家裁送致になってから見せようと考えていた嘆願書をその場で原告Aに示した。
 ウ 原告Aは,10月17日取調べにおけるD検事の発言を聞いて,原告Bに対する不安感を抱いたが,原告Bとの接見で,原告Bが自分のために弁護活動をしてくれていることを知り,原告Bを信じようと思った。

録音録画がない時代(世界)では、こういうことを普通にやっていて、しかも当の検察官は「そんな発言はしていない」と嘯くことが普通に行われている(本件でも、D検事は発言の存在を否定している)ことは、広く知られていい。

それはさて措き、裁判所は、「(上記)D検事の発言は,職務上の法的義務に違反するか」という問題について、次のとおり判示した上で、D検事の発言は「違法であるというべきである」とした。以下、区切って見ていく(出典はいずれも判例秘書)。

 ア 憲法34条前段は,「何人も,理由を直ちに告げられ,且つ,直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ,抑留又は拘禁されない。」と弁護人依頼権を定めている。この権利は,身体の拘束を受けている被疑者が,拘束の原因となっている嫌疑を晴らしたり,人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものである。
したがって,右規定は,単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく,被疑者に対し,弁護人を選任した上で,弁護人に相談し,その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである(最高裁平成11年3月24日大法廷判決・民集第53巻3号514頁参照)。

最大判H11.3.24のほぼコピペ。

次。

 イ 被疑者・被告人には,憲法及び刑事訴訟法によって,自己を防御するために様々な権利が与えられている。とはいっても,被疑者・被告人と捜査機関では圧倒的な力の差がある。被疑者・被告人が法律の専門家である弁護士の援助を受ける機会を持つことが実質的に保障されて,被疑者・被告人の防御権は始めて実効的なものになり,憲法31条の適正手続の保障が全うされる条件が整うということができる。
 ウ 弁護人に選任された弁護士は,被疑者及び被告人の防御権が保障されていることにかんがみ,その権利及び利益を擁護するため,最善の弁護活動に務めなければならない(日本弁護士連合会「弁護士職務基本規程」46条)。弁護人が被疑者・被告人のために行う弁護活動は,被疑者・被告人の憲法上の権利である弁護人依頼権を保障するために行われるのであるから,正当な弁護活動を行う利益は,法的保護に値し,これを「弁護権」と呼ぶかどうかは別として,この利益を侵害された弁護人は,裁判所に対し,不法行為法上の救済を求めることができるというべきである。
 エ 弁護人は,被疑者・被告人の弁護人依頼権を実質的に保障するために誠実に努力すべき責務を負っているのであるが,これを実現するためには,被疑者・被告人との間で信頼関係を築き,これを維持することが不可欠である。信頼関係がなければ,被疑者・被告人は弁護人に対し,弁護人が適切な助言をするために必須の情報である本当の事実や自分の本音を話すことがないし,弁護人が適切な助言をしても,これに耳を傾ける気持になれないからである。そして,被疑者・被告人が弁護人から援助を受ける機会を持つことが実質的に保障されることが,憲法31条の保障下の刑事手続きを全うするための条件なのであるから,警察官,検察官,裁判官その他刑事司法に携わる者は,弁護人が被疑者・被告人と信頼関係を築くことをみだりに妨害してはならず,築かれた信頼関係をみだりに毀損,破壊してはならない職務上の法的義務があるというべきであって,このような妨害,毀損,破壊行為は,被疑者・被告人の弁護人依頼権を侵害して違法であるばかりでなく,弁護人が弁護活動を行う利益を侵害して違法であるというべきである。

結論として、「警察官,検察官,裁判官その他刑事司法に携わる者は,弁護人が被疑者・被告人と信頼関係を築くことをみだりに妨害してはならず,築かれた信頼関係をみだりに毀損,破壊してはならない職務上の法的義務がある」と認めたものであるが、この手の法的義務を認めたものは、唯一かもしれない。。。


続き。

 オ ところで,被疑者の取調べの際の検察官等の取調官の発言は,その性質上,被疑者の弁護人に対する信頼感に対して,一定の影響を与え得ることは避けられない。
したがって,取調官の発言が被疑者と弁護人との信頼関係を「みだりに」毀損,破壊する行為であるか否かは,その発言をした動機,目的,取調べにおける局面,被疑者の属性(年齢,前科等)等を総合勘案して判断されるべきである。

「信頼感」は「信頼関係」の誤記かな。


結論は、
①10月9日取調べにおけるC検事の言動→違法、
②10月17日取調べにおけるD検事の原告Aに対する発言→違法、
③本件家裁送致の各違法性→非・違法
として、原告A(被疑者)につき40万円、原告B(弁護人)につき20万円の精神的損害の発生を認めた。

(2)控訴審;大阪高判H22.5.27

控訴審において、国(訟務検事)は、次の主張を補充した。

 仮に1審原告ら主張の事実を前提としても,次のとおり,○○検事〔C検事〕の言動は国家賠償法上違法とは認められない。
 検察官の被疑者に対する取調べが国家賠償法上違法とされるのは,①取調べ対象事件の内容・性質,②取調べ時点における証拠関係の下での取調べの必要性等の諸事情を勘案し,取調べの方法が取調べの目的に照らして社会通念上不相当といえる程度に達している場合に限られると解される。

 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものであるところ,国家賠償法上の違法が認められるためには,その前提として,当該個人の法律上保護されるべき利益・権利(以下「法的利益」という。)が侵害されたことが必要である(最高裁判所昭和63年6月1日大法廷判決・民集42巻5号277頁等)。
 一般に弁護人の固有権は特別の規定を必要とし,その性質が代理に親しまないものをいうと解されており,およそ明文規定のない固有権は認められる余地はない。
これを本件についてみると,本件において,法的保護の直接の対象となるのは,憲法39条の保障する被疑者ないし弁護人の接見交通権であり,明文規定のない被疑者と弁護人との信頼関係や弁護人が弁護活動を行う利益は接見交通権を離れて独自に保護されるものではない。したがって,本件において,被疑者と弁護人との信頼関係を破壊し,あるいは動揺させようとする行為があったことをもって,直ちに権利侵害行為があったと認めることは相当ではない。信頼関係の破壊された結果,弁護人が被疑者から解任されるなどして接見交通権の行使自体ができなくなったり,信頼関係が損なわれた結果接見の際の弁護人と被疑者の意思疎通が困難となるなど,実質的に接見交通権行使が阻害される状況に陥った場合に,被疑者又は弁護人の接見交通権が侵害され,信頼関係を破壊させる当該行為が国家賠償法上違法となるというべきである。

そして、裁判所(岩田好二裁判長)は、結論として、
①10月9日取調べにおける○○検事〔C検事〕の言動→違法、
②10月17日取調べにおける□□検事〔D検事〕の原告Aに対する発言→非・違法、
③本件家裁送致の各違法性→非・違法
として、原告A(被疑者)につき20万円の精神的損害の発生を認めた。


まず、10月9日取調べの違法性判断については、まるっと規範を取り換えて、次のとおり判示した。以下、区切って見ていく(出典はいずれも判例秘書)。

 刑事訴訟法は,検察官,司法警察職員等が被疑者を取り調べることを認めている(同法198条1項)。取調べは,単なる弁解録取ではなく,真実の発見を目標として行われるものである(犯罪捜査規範166条参照)から,取調官が,虚偽の供述をしていると思われる被疑者に対して真実を述べるように説得することや場合によっては追及をすることも許されると解される。
もっとも,拷問(憲法36条),暴行陵虐(刑法195条1項)により,黙秘権(憲法38条1項)を侵害して自白を得る態様で行われる被疑者の取調べが許されないことは当然であり,犯罪捜査規範も「取調べを行うに当たっては,強制,拷問,脅迫その他供述の任意性について疑念をいだかれるような方法を用いてはならない。」と定めているところである(168条1項)。
さらに,捜査手続といえども,個人の尊厳を基本原理とする日本国憲法の保障下にある刑事手続の一環であり,刑事訴訟法も公共の福祉の維持と基本的人権の保障を全うしつつ事案の真相を明らかにすることを目的としているものである(刑事訴訟法1条)から,暴行,脅迫等に至らない場合であっても,こうした人権を不相当に侵害するような態様での取調べは許されない

原判決よりも、かなりトーンダウンした印象を受ける。

 本件では被疑者に対する取調べが国家賠償法1条1項の適用上違法かどうかが問題になっているところ,取調べは本来客観的には被疑者の権利利益を侵害する要素を必然的に含んでいるにもかかわらず,犯罪の適正な処罰という重要な法益の確保の観点から法が許容する限度では適法有効であるとする構造をとるものである。
したがって,この場合の国家賠償法上の違法性の問題は,どのような場合にそのような被疑者の権利利益の侵害が適法として許容されるかという問題,すなわち,被疑者を取り調べる捜査官が負うべき被疑者の権利利益との関係での行為義務違反ないし行為規範違反の問題として捉えるのが相当である。

「取調べは本来客観的には被疑者の権利利益を侵害する要素を必然的に含んでいる」が、「犯罪の適正な処罰という重要な法益の確保の観点から法が許容する限度では適法有効である」というのは、刑事事件から離れた場所に身を置く民事裁判官から見た偽らざる「常識」なのだろうと思う。

原審は、取調官の行為規範を論じたが、控訴審では、取調べの性質上、被疑者の権利利益を一定程度侵害すること(そのように被疑者が感じること)は当然であるとの前提に立ち、「犯罪の適正な処罰という重要な法益の確保の観点」から法が許容する限度を逸脱した場合に違法としたものである。


その上で導き出した規範。

 このような観点から考えると,当該取調べが違法なものかどうかは,暴行や脅迫等違法であることが明白なものとは異なり,①取調べの対象となった事案の内容・性質,②被疑者に対する嫌疑の程度,③被疑者の供述内容を始めとする取調べ時点における証拠関係の下での取調べの必要性・目的等の諸般の事情を勘案して,当該取調べが社会通念上相当と認められる範囲を超えていないかどうかを個別的,具体的に検討し,その範囲を超えていると認められるときには,当該取調べは国家賠償法上違法と解するのが相当である。

ここでは、原判決が認めた「被疑者の尊厳や品位を傷つける言動をしない職務上の法的義務」は全く表には出てきていない。
すなわち、「✕✕はダメ」というのではなく、「刑事手続上一応の説明がつけば足りる」という規範に修正されているのである。


そして、本件が少年である特性を加味した修正については、以下のとおり判示。

 ところで,本件においては,○○検事の10月9日取調べが行われた当時,1審原告Aは19歳9か月の少年であったところ,犯罪捜査規範は,少年事件捜査については,「少年の健全な育成を期する精神をもってこれに当た」るべきこと(203条),「少年の特性にかんがみ」「取調べの言動に注意する等温情と理解をもって当たり,その心情を傷つけないないように務めなければならない」ことを定めている(204条)。このような定めは,少年が,成人に比べて社会経験が乏しく,傷つきやすく,自己を防御する能力も低いのが一般であることを理由とするもので,少年の取調べに当たる捜査官の基本姿勢として相当なものと考えられる。そして,こうした少年に対しては,強く自白を説得することが,時として虚偽の自白に導く危険性を伴っていることにも留意すべきである。
○○検事の10月9日取調べが社会通念上相当と認められる程度を超えていたかどうかを判断するに当たっては,上記のような1審原告Aの年齢等の事情も勘案しなければならない

少年の特性については原判決と同様であるが、懸念しているのは人格権侵害ではなく、「時として虚偽の自白に導く危険性を伴っている」点のみであることが気になるところである。


当てはめについては、以下のとおり。

 (ア) 被疑者に対する取調べは,事案の真相解明を目的とするものであり,捜査官としては,この目的に沿ってあらゆる角度から取調べに当たらなければならず,その過程で,例えば被害者や共犯者らの供述,被疑者自身の供述やその他の証拠関係に照らして矛盾や食い違いを追及したり,被疑者の良心に訴えて反省を促すなどの方法により,被疑者に対して自白の説得等を行うこと自体は非難すべきことではない
また,こうした取調べの中で,捜査官が被疑者に対して厳しい口調で迫ることがあったとしても,事案の重大性や嫌疑の程度によっては,やむを得ないと評価される場合もあるということができる。

いかにも取調官側の事情を忖度した民事裁判官らしき評価であるように思う。

 (イ) そして,○○検事の取調べに先立って,被害者Hが警察官に対し,1審原告Aに殴られた旨供述し(乙57),被害者Jもこれに沿う供述をし(乙59),○○検事はそれを知っていたことが認められ(乙23),また,10月9日取調べ以前の同月5日に,○○検事は共犯者であるCを取り調べ,Cは暴力を振るった事実を認めていたことが認められる(乙133)。これらの諸点に写真撮影報告書(乙8)等を併せると,Bが万引きをしたのに気付いたのは本件店舗を出てからであり被害者Hを殴っていないとする1審原告Aの供述が虚偽ではないかと○○検事が疑ったこと,そして同検事が1審原告Aに対して真実を述べるように説得したことには,相応の合理性があったものと認めることができる。
 また,本件事件は,1審原告Aら4名がコンビニエンスストアに入店した際,Bが調理麺,おにぎり等7点(被害時価額合計1887円。乙43)を万引きし,これに気付いた店員である被害者ら3名が,店から出て行った1審原告Aら4名を追いかけて声を掛けたところ,C,Dらから暴行を受け,それぞれ加療約1週間の頭部あるいは顔面打撲の傷害を負ったというものであり,何ら落ち度のない被害者らに対して集団で及んだ犯行であって軽微な事案であったとはいえない
 しかし反面では,上記被害品は本件事件直後にすべて返却されており(乙83ないし88,103ないし105,107ないし109),被害者らの傷害も比較的軽傷にとどまるなど,被害の程度は重大なものではなかったということができる。
 (ウ) 上記(イ)にみたような本件事案の内容・性質,1審原告Aに対する嫌疑の程度,1審原告Aの供述内容を始めとする取調べ時点における証拠関係の下での取調べの必要性や目的,1審原告Aが少年であったこと等諸般の事情を前提に検討すれば,○○検事の10月9日取調べにおける1審原告Aに対する言動のうち,「Eだけか,まともなのは。」「お前もFもくずや,腐っている。」「誰がお前らのことなんて信じるんや。」などの発言は,説得や追及の域を超えて,被疑者である1審原告Aの尊厳を傷つけるものというべきである。
また,脚で机の天板の裏側を蹴り上げ,「ドン」という大きな音を立てたことは,威嚇の効果を持つものと認められる。
さらに,「お前らが何て言おうと,強盗致傷で持っていく。」「とことんやったるからな。」という発言は,不相当な威嚇であり,また報復の意味合いを感じさせるものといわざるを得ない。
 そうすると,これら一連の○○検事の言動は,被疑者の取調べとして社会通念上相当と認められる範囲を超えているものと認めるのが相当であるから,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を免れないというべきである。

原審と問題意識の根底は共通するものであり、○○検事〔C検事〕の言動は相当な取調べの域を逸脱するものであるという心証は同じであるが、原判決は、そのような不相当な言動を許容する特段の事情はないとしたのに対し、控訴審判決は、取調べ(目的を含む)自体は許容されるものとした上で、個々の言動についてはその域を逸脱したものと指摘したものといえ、説示としては穏当なものといえるのかもしれない。

問題は、これらの「尊厳を傷つける」「(不相当な)威嚇」「報復の意味合いを感じさせる」などの当てはめの表現が、上記規範からは全く出てこず、原判決の問題意識がなければそのような評価を導くことも容易ではないという点である。

いずれにせよ、当判決の評価は、規範だけで語れるものではなく、当てはめも含めて一体でみることが必要であるように思う。


次に、10月17日取調べの違法性判断についても、まるっと規範を取り換えて、次のとおり判示した。以下、区切って見ていく(出典はいずれも判例秘書)。

 ア 検察官が被疑者の取調べにおいて被疑者に対し自白をするよう説得をする場合には,被疑者と弁護人との間の信頼関係に対して,一定の影響を与えることがあることは避けられないところである。
しかし,既に説示したとおり,検察官が事案の解明を目指して被疑者に対し自白の説得等をすること自体は許されるというべきであるから,弁護人の弁護活動との関係において検察官のこのような行為が国家賠償法上違法となるのは,①取調べの対象となった事案の内容,性質,②被疑者に対する嫌疑の程度,③被疑者の供述内容を始めとする取調べ時点における証拠関係の下での取調べの必要性や目的等諸般の事情を勘案して,そのような検察官の言動が社会通念上相当と認められる範囲を超える場合というべきである。

要するに、前述の規範と全く同じであり、自白の説得等をするに当たり、被疑者と弁護人との間の信頼関係に対して一定の影響を与えることがあり得るとしても、それは取調べの適否の問題として論じれば足りる、ということのようである。

 イ ところで,憲法34条前段は,「何人も,理由を直ちに告げられ,且つ,直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ,抑留又は拘禁されない。」と弁護人依頼権を定めている。この権利は,身体の拘束を受けている被疑者が,拘束の原因となっている嫌疑を晴らしたり,人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものである。したがって,上記規定は,単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく,被疑者に対し,弁護人を選任した上で,弁護人に相談し,その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである(最高裁平成11年3月24日大法廷判決・民集53巻3号514頁参照)。これを受けて,被疑者・被告人には,憲法及び刑事訴訟法によって,自己を防御するために様々な権利が与えられている。これらは,被疑者・被告人と捜査機関では,情報収集においても,裁判における防御においても,圧倒的な力の差があることから,被疑者・被告人の権利が侵害されないよう明示的に認められているものである。
 もっとも,刑事訴訟法における本来の当事者は被疑者・被告人であり,弁護人の刑事訴訟法上の権利や権限も被疑者・被告人の権利や権限に由来するものと解され,刑事訴訟法41条も「弁護人は,この法律に特別の定めがある場合に限り,独立して訴訟行為をすることができる。」と規定してその旨を明示している。この観点からすると,刑事訴訟法39条1項の規定する被疑者・被告人と弁護人との接見交通権は,弁護人の固有の権利ということができる。1審原告らは,本件の□□検事の発言によって被疑者である1審原告Aと弁護人である1審原告Gとの間の信頼関係が破壊され,もって被疑者の弁護人選任権及び弁護人の弁護権を侵害されたと主張している。しかるところ,上記両者間の信頼関係は弁護人が被疑者の弁護を適正に遂行するための重要な前提であると解されるが,適正な被疑者弁護の手段として弁護人固有の権利である接見交通権が法律上認められているのであるから,被疑者と弁護人との信頼関係の構築維持の法的利益は,1審原告らの主張するような抽象的な弁護権ではなく,弁護人の固有の法的権利である接見交通権の前提事項として捉えるのが相当である。

これだけではちょっと意味が分かりにくいが、当てはめをみると、①取調べの違法性、②弁護人の接見交通権に対する侵害の有無、という形で分けて検討しているようである。

(ア) 既に認定した10月17日取調べにおける1審原告Aに対する□□検事の発言のうち,原判決22頁13行目の冒頭から19行目の「自白を勧めた。」までの部分は,1審原告Aに対し自白を促す趣旨のものであったと解される。
しかし,当時の証拠関係,すなわち,○○検事の10月9日取調べ時の状況に加え,検察官の取調べにおいて,被害者らはいずれも被害者Hが1審原告Aに殴られた旨供述していたこと(乙11ないし13),10月17日取調べに先立つ□□検事の取調べにおいて,Bが万引きの事実及び仲間が被害者らに暴行を加えた事実を認め(乙134),共犯者Cが1審原告Aとともに暴行に及んだ旨供述し(乙137),共犯者Dもこれに沿う供述をしていたこと(乙139)なども考慮すれば,□□検事が,Bとの窃盗の共謀及び被害者Hに対する殴打行為を否認する1審原告Aの供述を虚偽であると疑って上記のような説得行為に及んだことは,社会通念上相当な範囲を逸脱したものであったとまでは直ちにいい難い。
 次に,□□検事の発言のうち,弁護人であった1審原告Gに言及した部分,すなわち,原判決22頁19行目の「更に」から23頁1行目末尾までの部分は,大要,1審原告Gは弁護士になって1年も経っておらず,刑事のことが分かっていないから,そのような弁護人の弁護を受ける1審原告Aがかわいそうだなどというものであった。このような□□検事の発言は,1審原告Aが被害者を殴ったことは証拠上明らかと思われたのに頑としてそれを認めず,取調べ中に1審原告Gが接見を求めている旨の電話が何度かかかってきたこと(乙24,原審証人□□)などを背景とするものと解され,同検事が多少腹立ち紛れに述べた悪口の要素を否定できないものであったと認めることができる。しかも,1審原告Gの弁護士経験の点は事実であった(原審における1審原告G)。
 このように,この□□検事の発言は,単純な悪口的な意味合いを持つものであり,そのことは取調べの状況や経過から1審原告Aにとっても容易に認識可能なものであったと認められる。
しかし他方では,その発言は感受性の強い少年である1審原告Aに対し不安の念を与え,もって弁護人である1審原告Gに対する信頼を傷つけるおそれのあることは全くは否定できないものであったと解されるから,それは全体として不適切な発言であったというべきである。
しかし,それが述べられた状況や内容を前提とするならば,1審原告ら間の信頼関係を前提とする接見交通権を侵害する危険性は高くなかったというべきであり,それが社会通念上相当な範囲を逸脱した国家賠償法上違法なものであったと断定するのはなお躊躇されるというべきである。

うーむ。これを許容するのか。。。

なお、全く検事の発言は、原判決の認定のままである。
原判決の判断は、以下のとおり。

 (ア) (1)で認定した10月17日取調べにおけるD検事の発言(以下「本件D検事発言」という。)は,原告Aに対し,原告Bの弁護士としての経験が浅いことを教えることにより,原告Aに対し,原告Bの能力に対する不安を与えるものであって,原告Aと原告Bとの信頼関係を毀損,破壊しようとする行為であることは明らかである。
 (イ) そして,弁論の全趣旨によれば,10月17日取調べが原告Aに対してなされた最後の取調べであることが認められるところ,本件D検事発言の全体をみると,D検事は,原告Aに対して最終処分をするに当たり,原告Aが被疑事実の一部について否認を続けているのは原告Bの影響があるものと考え,原告Aの原告Bに対する信頼を毀損し,併せて,このままの状況では,身体拘束が長くなる結果,成人式にも出席できなくなるとの不安を与え,経験の浅い弁護士よりも検察官の勧めに従って否認している部分について自白をすれば,身柄拘束の長期化を回避できることを暗に告げ,原告Aに対し,自白を迫ったものと推認することができる。そうすると,D検事が,原告Aと原告Bの信頼関係を毀損する行為に及んだ動機,目的に全く正当性を見出すことができず,これに,原告Aが少年であって,捜査機関に身柄を拘束されるのは初めての経験であったから,五条警察署留置施設で不安な日々を送っていたと推認され,原告Aが自らを適切に防御するためには,成人や累犯者の場合以上に,弁護人の適切な援助の果たす役割が肝要であることを考え合わせると,本件D検事発言は,被疑者と弁護人との信頼関係を「みだりに」毀損しようとしたといわざるを得ない。

「みだりに」の規範自体を採用せずとも、この評価自体に異論はないところと思われるのだけれども、控訴審がこの点を全くスルーして「1審原告ら間の信頼関係を前提とする接見交通権を侵害する危険性は高くなかった」という一点をもって「社会通念上相当な範囲を逸脱した国家賠償法上違法なもの」ではないとしたのは、全く首肯しかねる。


次に、弁護人の接見交通権に対する侵害の有無について判示した部分。

 既に述べたように,□□検事の上記発言は,1審原告Aに不安を与え,もって弁護人である1審原告Gに対する信頼を傷つけるおそれのあることは全くは否定できないものであったといえる。
 しかし,既に認定したとおり,1審原告Aは,□□検事のこの発言によって不安な気持ちを抱いたものの,取調べ終了後直ちに京都府五条警察署において1審原告Gと会い□□検事の上記発言を説明したところ,1審原告Gは□□検事の発言を腹立たしく感じると同時に,1審原告Aとの信頼関係を維持するため,もっと後に提示する予定であった1審原告Aの両親に作成してもらった嘆願書を1審原告Aに示し,また,確かに経験は少ないが一生懸命弁護をする旨を述べるなどしたものと認められる。その結果,1審原告Aの不安もその場で解消され,1審原告Aは,従来からの1審原告Gに対する信頼を喪失することなく従来の供述内容を維持し,家裁送致後も,1審原告Aは1審原告Gを付添人に選任し(乙167),最終的に家裁の保護観察決定を受けるまで1審原告Gの弁護を受けたものであったと認められる。
 以上の事情に照らすと,□□検事の発言によって1審原告Aに不安の念が生じたものの,両者間の信頼関係は損なわれることはなく,したがって接見の際の意思疎通が困難になるなど接見交通に現実の支障が生じたこともなかったと認めることができる。そして,そのことは,反面では□□検事の発言が単純な悪口的な意味合いのものであったことにも関係しているものと認めるのが相当である。
したがって,同検事の発言が,1審原告ら間の信頼関係を傷つけ1審原告Gの接見交通権を侵害したり,あるいは1審原告Aの弁護人選任権を侵害したものであったとは認めることができない。

直ちに論評しかねるところであり、コメントは割愛。

なお、本件は上告棄却、上告不受理により大阪高裁の判断が確定している。

2.富山地判H27.3.9(氷見事件)

いわゆる氷見事件国賠であり、①被告Y1ら富山県警察所属の警察官による捜査及び取調べ、②検察官である被告Y2による取調べ、供述調書の作成、公訴提起及び公訴維持に違法があるとして国家賠償請求がなされたものである。

本件は、警察官の取調べにより(結果として事実に反する)「自白」に至った事案であり、その過程において違法な取調べがあったのかが問題となっている。

(1)当事者の主張

まず、被告県の主張において、次の一般論が主張されている。

 国賠法一条一項の「違法」とは、公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいう(前記最高裁昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決、前記最高裁平成一七年九月一四日大法廷判決)。刑事事件において無罪が確定としたというだけで直ちに起訴前の逮捕・勾留、公訴の提起・追行、起訴後の勾留が違法になるということはない。逮捕・勾留はその時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められる限りは適法である(前記最高裁平成元年六月二九日第一小法廷判決)。
 警察官による取調べにおける国賠法上の「違法」の有無は、①取調べの対象となった事案の内容・性質、②被疑者に対する嫌疑の程度、③被疑者の供述内容等取調べ時点における証拠関係の下での取調べの必要性・目的等の諸般の事情を勘案して、当該取調べが社会通念上相当と認められる範囲を超えていないかどうかを個別的・具体的に検討して判断されるべきであり、その範囲を超えていると認められるときに当該取調べは国賠法上違法となるというべきである。
そして、警察官の職務上の行為に係る違法性の主張立証責任は、当該行為の違法性に基づく損害賠償請求権の存在を主張する原告にあると解すべきである。

一方、被告国は、次のとおり主張している。

 検察官は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、その職務行為として、被疑者の出頭を求めて取り調べることができ、逮捕・勾留されている被疑者には、取調べのために出頭し、滞留する義務がある(刑事訴訟法一九八条一項)。したがって、被疑者に捜査の対象となっている犯罪の嫌疑があり当該犯罪の捜査をするについて必要性が認められる限り、【検察官の当該被疑者に対する取調べ行為】は、法律上認められた職務行為として適法なものというべきである。
 また、【被疑者の取調べの方法】については、刑事訴訟法一九八条二項が供述拒否権の告知について規定する以外に、特に制限が設けられていないことに照らすと、具体的な取調べ方法は、検察官の合理的裁量に委ねられていると解すべきであり、これを違法と評価し得るか否かについては、その方法が、検察官に認められている裁量の範囲を逸脱し、取調べの目的に照らして社会通念上不相当といえる程度に達しているか否かによって判断するのが相当である。
 そして、上記判断は、①取調べ対象事件の内容・性質、②取調べ時点における証拠関係の下で取調べの必要性等の諸事情を勘案し、法の予定する一般的な検察官を前提として通常考えられる検察官の個人差による判断の幅を考慮してもなお、取調べの方法が取調べの目的に照らして社会通念上不相当といえる程度に達しているか否かという観点から検討されるべきである。

すなわち、被告県は、大阪高判H22.5.27の裁判所の判断を前提とする規範を主張していたのに対し、被告国(訟務検事)は、大阪高判H22.5.27における被告国(訟務検事)の主張との平仄を合わせつつ、起訴の違法に関する国の従来の主張を前提とする超幅広の判断枠組みを主張していた。

(2)裁判所の判断~総論

裁判所(阿多麻子裁判長)は、結論として、
①被告Y1による取調べ→非・違法
②被告Y2による取調べ→非・違法
として、いずれも取調べの違法性については否定した。


まず、警察官及び検察官の捜査行為一般についての国賠法上の違法性判断基準について、次のとおり判示した。

 警察官及び検察官(以下併せて「捜査官」という。)による捜査は、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現するために(刑事訴訟法1条)、多様な証拠を収集した上で総合的に考慮し、犯行状況等によっては専門的知見を用いることにより、個人の基本的人権に配慮しつつ事案の真相を解明するために適正かつ迅速に行われなければならない。
他方、事実及び証拠関係並びに被疑者の嫌疑の程度は、捜査の進展により流動的に変化していくものであり、捜査行為が、多岐にわたる事情を総合的に考慮した上で、個人の基本的人権に配慮しつつ事案の真相を解明するために適正、迅速に行われなければならないという、流動的かつ専門的な職務行為であることに鑑みると、捜査官には、当該事実及び証拠関係の下において、いかなる捜査をどのような手段・方法で行うかについては、一定程度の裁量が認められているというべきである。
当該捜査時における事実及び証拠関係並びに被疑者の嫌疑等諸般の事情を総合的に考慮し、捜査官による捜査が、当該捜査の目的・必要性の範囲を超えた対象、手段、態様等にわたり、不当に個人の権利及び自由を侵害するなど、捜査官がその裁量を逸脱し、又は濫用したと判断される場合に、捜査官による当該捜査はその職務上の義務に違反したものとして違法となると解するのが相当である。
 そして、捜査官の行為が国賠法上違法とされる場合とは、当該行為時に収集した証拠資料を総合勘案して判断するにおいて、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず、あえてその行為を行ったと認められるような事情がある場合に限られると解するのが相当である(最高裁平成4年(オ)第77号同8年3月8日第二小法廷判決・民集50巻3号408頁参照)。

最二判H8.3.8は、司法警察員による被疑者の留置についての国家賠償法一条一項所定の違法性の判断基準について判示したものであるが、特に理由もなく、いきなり、「司法警察員による被疑者の留置については、司法警察員が、留置時において、捜査により収集した証拠資料を総合勘案して刑訴法二〇三条一項所定の留置の必要性を判断する上において、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず、あえて留置したと認め得るような事情がある場合に限り、右の留置について国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものと解するのが相当である。」としている。

井上繁規判事の調査官解説には、「職務行為基準説に立つ場合には、司法警察員のした被疑者の留置についての国家賠償法1条1項の違法性の判断基準は、司法警察員が、留置時において、捜査により修習した証拠資料を総合勘案して刑訴法203条1項所定の留置の必要性を判断する上において、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず、あえて留置したと認め得るような事情があるか否かによるべきであり、右の事情が認められない限り、国家賠償法上の違法性はないものと解するのが相当である。」としているが、こちらにも理由や文献や裁判例の摘示は一切ない。

なお、「合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず」というフレーズは、この最二判H8.3.8を除いて最高裁の判例には見当たらない。

これを警察官及び検察官の捜査行為一般に拡張するのは、無思慮というほかないように思う(下級審裁判例についてみても、捜査の開始・継続や逮捕・勾留・公訴提起の違法性について上記基準を用いているものが大半であり、個々の捜査についての違法性の判断基準として用いているものはないように思われる。)。

(3)警察官による取調べの違法性判断基準

その上で、警察官による取調べの違法性判断基準について、次のとおり判示した。

 警察官の捜査行為については、前記一(1)のとおり、当該捜査時における事実及び証拠関係並びに被疑者の嫌疑等諸般の事情を総合的に考慮し、当該捜査が、当該捜査の目的・必要性の範囲を超えた対象・手段・態様等にわたり、不当に個人の権利及び自由を侵害するなど、警察官に認められた裁量を逸脱し、又は濫用したと判断される場合には、その職務上の義務に違反したものとして国賠法上違法となると解するのが相当である。
 前記法理は、被疑者の取調べにおいてもあてはまり、被疑者の供述に変遷や不明瞭な点が認められる場合に、警察官がいかなる取調べ方法を選択するかについては、当該警察官に一定程度の裁量が認められるものと解される。
被疑者に対する取調べは、裁判官の行う勾留質問とは異なり、単に被疑者の弁解を聞くだけでなく、取調べによって任意の供述を得、事案の真相を解明する目的で行われる。
このため、当該被疑者に対し、①取調べを実施するに足る嫌疑があり、②その供述に不自然な変遷や不明瞭な点がある場合には、警察官が、事案の真相を明らかにするために、被疑者に対し、警察官がある程度強い口調で説明を求めたり、客観証拠や被害者等の供述との矛盾点を指摘して論理的に追及したりすることも、それが暴行、脅迫、偽計、利益誘導等の違法な方法にわたらない限り、警察官に認められた裁量を逸脱、濫用し、国賠法上違法になるとはいえない。
同様に、犯行状況等の詳細について被疑者の記憶が薄れている場合に、被疑者の記憶を喚起する目的で、警察官が取調べ当時有していた客観証拠や被害者等の供述を示して質問することも、直ちに警察官に認められた裁量を逸脱、濫用するものとして国賠法上違法になるとはいえない。

上記規範から察することができるとおり、当てはめにおいても、取調官の取調べを擁護する認定判断が並び、見るに堪えない。おそらく今の裁判所だと、さすがにここまでの認定判断はないと思われる。

(4)検察官による取調べの違法性判断基準

一方、検察官による取調べの違法性判断基準については、次のとおり判示した。

 検察官の捜査行為については、前記一(2)のとおり、当該捜査時点における証拠関係の下で、当該事実並びに被疑者の嫌疑等、諸般の事情を総合的に考慮し、当該捜査が、その目的・必要性の範囲を超えた対象・手段・態様等にわたり、不当に個人の権利及び自由を侵害するなど、検察官に認められた裁量を逸脱し、又は濫用したと判断される場合に、検察官がその職務上の義務に違反したものとして国賠法上違法となると解するのが相当である。
上記判断は、取調べ対象事件の内容・性質、取調べ時点における証拠関係の下で取調べの必要性等の諸事情を勘案し、法の予定する一般的な検察官を前提として通常考えられる検察官の個人差による判断の幅を考慮してもなお、取調べの方法がその目的に照らして社会通念上不相当といえる程度にまで達しているかという観点から検討されるべきである。
 その際、【検察官の取調べ方法】についての国賠法一条一項の違法の有無は、あくまでも当該検察官の取調べ方法自体が社会通念上不相当といえる程度に達しているかによって判断されるべきであるから、警察官による取調べの際に生じた事情は、検察官の取調べが国賠法上違法か否かという問題に直接影響を与えるものではない。

被告国(訟務検事)の主張の全面採用である。

当てはめの結果も推して知るべしであり、「被告Y2が行った取調べが、取調べ対象事件の内容・性質、取調べ時点における証拠関係の下で取調べの必要性等の諸事情を勘案し、法の予定する一般的な検察官を前提として通常考えられる検察官の個人差による判断の幅を考慮してもなお、取調べの方法がその目的に照らして社会通念上不相当といえる程度にまで達しているとは認められない。」としている。

なお、被告Y2の取調べの態様自体について、違法と主張されていたものでないことについては留意が必要と思われる。

3.鹿児島地判H27.5.15(志布志事件)

いわゆる志布志事件国賠である。

(1)当事者の主張

まず、被告県の主張において、取調べにおける捜査官の注意義務について、次の一般論が主張されている(当事者の主張については、判例秘書では省略されているため、D1-Lawから引用)。

 a 禁止事項
 警察官が、犯罪を捜査するについて必要があるときに被疑者の取調べを行うに当たっては、強制、拷問、脅迫その他供述の任意性について疑いを抱かれるような方法を用いてはならないほか、みだりに供述を誘導したり、利益供与を約束したりするなどしてはならないことは当然である。
 b 許容範囲等
 (a) 総論
 他方、被疑者その他関係者の供述、弁解等の内容のみにとらわれることなく、飽くまで真実の発見を目標として行わなければならないのであるから、捜査の目的を達成するために必要な範囲内で、かつ、任意性を損なうことのない限りにおいてであれば、追及的な取調べや理詰めの尋問を行うことや、一定期間取調べを継続したり、比較的長時間にわたる取調べを行ったりすることも常に否定されるものではないというべきであり、いかなる任意同行及び取調べが許容されるかについては、①犯罪の軽重、②犯罪の嫌疑の強弱、③捜査目的を達成する上での必要性又は緊急性の程度及び相当性の有無、④侵害される法益と確保される法益との権衡等を総合考慮して判断すべきものと考えられ、裁判例においても、任意取調べに関し、「強制手段によることができないというだけでなく、さらに、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されるものと解すべきである。」とされている(最高裁判所昭和59年2月29日第二小法廷決定・刑集38巻3号479頁(いわゆるicマンション・ホステス殺人事件最高裁決定))。

なお、いわゆる高輪グリーンマンション・ホステス殺人事件といわれる最二決S59.2.29は、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べにつき、「①事案の性質、②被疑者に対する容疑の程度、③被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし様態及び限度において、許容されるものと解すべきである。」と判示している。また、同旨の一般論は、最二決H1.7.4においても判示されている。

 (b) 追及的取調べや理詰めの尋問の適法性
 一般的に、取調べにおいて、被疑者は必ずしも常に真実を供述するものではなく、罪を逃れたり誰かをかばうなどの理由から虚偽の供述をすることもあれば、記憶が曖昧で結果的に事実と異なる供述をすることも少なくないところであり、そのような状況の中で、取調官は、供述の内容を吟味しながら、客観的事実や他の関係者の供述との矛盾点等を取り調べるなどして、被疑者に真実を供述させることが求められる。
 したがって、関係者の供述が客観的事実と矛盾し、他の関係者の供述と食い違いがあれば、これを追及して問いただす必要性があることは明白であり、何ら違法性は認められないばかりか、むしろ必要な捜査といえる。
 追及的取調べに関し述べている文献には、「被疑者には供述拒否権があるが、捜査官にも事件の真相を明らかにし刑事司法の目的実現に寄与すべき義務がある。したがって、被疑者から真実の供述を得るため、捜査官が、理づめの質問・頑張り合い・誘導的質問をしたり、「真相を話せば、そのことが酌量されて刑が軽くなるであろう。」という程度の示唆をしたり、証拠がそろっていないのに「証拠は全部そろっている。」という程度の発言をすることも、程度を超さない限り許される(同旨id「刑事訴訟法通論」238)。
 追及的取調べについては、〈1〉強制にわたらない限り、よく理非曲直を説き、是非善悪を諭して自白をすすめても差し支えない、〈2〉説得、違法にわたらない誘導、その他自由意思を失わせるに至らない程度の威圧を加えることがあっても、適法、無過失の場合がある、〈3〉犯罪の嫌疑がある者に対して、その供述の矛盾を追及し、証拠を突き付け、又はその良心に訴える等の方法で自白の説得勧誘を行うことは、それが強制にわたらない限り、非難すべきではない、〈4〉供述の任意性とは自発的ということではなく、犯行を否認する被疑者に対し、不審と思われる点をあれこれ問いただすことは、それが法の規定を逸脱しないかぎり、捜査官としては、むしろ当然なすべきことである、〈5〉捜査官としては、供述をそのままうのみにすれば足りるというものではなく、経験則に照らして納得し難い供述については、質問を重ねてその供述内容に多角的な検証を加えることは、捜査官にまさに期待されるところであるとした裁判例がある。」(ie著「実例中心捜査法解説」352頁ないし353頁)と記載されているとおり、追及的取調べを行ったからといって直ちに任意性が否定されるものではない。

一方、被告国は、次のとおり主張している。

 a 職務行為基準説
 検察官の公訴提起等の職務行為に係る国家賠償法上の違法性の判断基準については、当該行為が行われた時点における資料を総合勘案して、それが法の許容するところであるか否か、換言すれば、当該行為が検察官の個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背するか否かによって決せられるべきである(職務行為基準説。if国賠最高裁判決、沖縄ゼネスト国賠最高裁判決等参照)。
 ところで、検察官は、「犯罪の捜査をするについて必要があるとき」は、その職務行為として、被疑者の出頭を求めて取り調べることが認められているから、被疑者に捜査の対象となっている犯罪の嫌疑があり、当該犯罪の捜査をするについて必要性が認められる限り、【検察官の当該被疑者に対する取調べ行為】は、法律上認められた職務行為として適法なものというべきである。

氷見事件における主張と全く同様である。

 また、【被疑者の取調べの方法】については、刑事訴訟法198条2項が黙秘権の告知について規定する以外に、特に制限を設けていないことに照らすと、その具体的な取調べ方法は検察官の合理的な裁量に委ねられていると解すべきであり、これが違法と評価し得るか否かについては、その方法が、検察官に認められている裁量の範囲を逸脱し、取調べの目的に照らして社会通念上およそ不相当といえる程度に達しているか否かによって判断するのが相当である(最高裁判所平成5年3月16日第三小法廷判決・民集47巻5号3483頁、最高裁判所平成9年8月29日第三小法廷判決・民集51巻7号2921頁参照)。
 そして、上記判断は、法の予定する一般的な検察官を前提として通常考えられる検察官の個人差による判断の幅を考慮に入れても、なお検察官に認められている裁量の範囲を逸脱し、取調べの目的に照らして社会通念上およそ不相当といえる程度に達しているか否かという観点から検討されるべきである。

氷見事件と若干変えてきているのが目を惹く。

氷見事件「取調べの目的に照らして社会通念上不相当といえる程度に達しているか否か」
本件「取調べの目的に照らして社会通念上およそ不相当といえる程度に達しているか否か」(「およそ」を加筆)

なお、最三判H5.3.16最三判H9.8.29は、いずれも、いわゆる教科書検定における文部大臣の審査、判断の違法について判示したものであり、なぜこの2判決を引用したのか全く不明である。

(2)警察官による取調べの違法性判断基準

裁判所(吉村真幸裁判長)は、警察官による被疑者取調べの違法性判断基準について、次のとおり判示した。以下、区切って見ていく(出典はいずれも判例秘書)。

 一般的に,警察官が,犯罪を捜査するについて必要があるときに被疑者の取調べを行うに当たっては,強制,拷問,暴行,脅迫,偽計等の被疑者を威圧又は欺罔するような方法を用いるなどして,その自由な意思決定を阻害してはならない一方で,捜査の目的を達成するために必要な範囲内で,かつ,任意性を損なうことのない限りにおいてであれば,追及的な取調べ,理詰めの尋問,比較的長時間にわたる取調べを行うことが常に否定されるというものではないのであって,任意取調べは,強制手段によることができないというだけでなく,さらに,①事案の性質,②被疑者に対する容疑の程度,③被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において,許容されるものと解すべきである(最高裁判所昭和57年(あ)第301号昭和59年2月29日第二小法廷決定・刑集38巻3号479頁参照)。

 そこで,取調べの方法ないし態様の違法性の判断は,強制,拷問,暴行,脅迫,偽計等の被疑者を威圧又は斯罔するような方法を用いていたならばもちろんのこと,取調官による被疑者に対する直接の有形力の行使や切り違い尋問などについては,被疑者の自由な意思決定を阻害するものとして原則として違法になるというべきである。
 次に,①そこまでに至らない大声,威圧,否認による不利益な見通しの告知,間接の有形力の行使等については,これが被疑者に恐怖心を与え,次に,②自白による有利な見通しの告知,自白の誘導・勧誘等については,これが被疑者を錯誤に陥らせ,さらに,③長時間取調べや一定期間の取調べの継続等については,これが被疑者の自由意思を制圧する程度に達し,また,④暴言,強要等については,これが被疑者に屈辱や著しい不安等を与えて,これらの結果,被疑者の自由な意思決定を阻害し,社会通念上許されないといえるかを,事案の性質,それらの行為態様,その行為前後の被疑者の態度や応答等,被疑者の属性,嫌疑の程度等から総合的に違法性を判断すべきである。


(3)検察官による取調べの違法性判断基準

一方、検察官による被疑者取調べの違法性判断基準については、次のとおり判示した。以下、区切って見ていく(出典はいずれも判例秘書)。

 検察官の具体的な取調べ方法は検察官の合理的な裁量に委ねられているところであり,検察官の被疑者に対する取調べが「自白を強要するものとして」国家賠償法上違法とされるのは,①取調べの対象となった事案の内容・性質,②被疑者に対する嫌疑の程度,③被疑者の供述内容を始めとする取調べ時点における証拠関係の下での取調べの必要性・目的等の諸般の事情を勘案して,当該取調べが,法の予定する一般的な検察官を前提として通常考えられる検察官の個人差による判断の幅を考慮に入れても,なお当該取調べが社会通念上相当と認められる範囲を超えていないと認められるかどうかを個別的,具体的に検討し,その範囲を超えていると認められる場合と解される。

先の大阪高判H22.5.27の規範を参照しつつ、「法の予定する一般的な検察官を前提として通常考えられる検察官の個人差による判断の幅を考慮に入れてもなお」という基準に修正(緩和)。

すなわち、「およそ」不相当といえる程度に達しているか否かという国(訟務検事)の主張には乗らなかったものの、「法の予定する一般的な検察官を前提として通常考えられる検察官の個人差による判断の幅を考慮に入れてもなお」という基準は採用した。

 したがって,検察官が,被疑者に対し,事実を供述するように説得したからといって,直ちに自白を強要したことにはならないし,被疑者の過去の供述の真否を確かめ,あるいは相反する供述の変遷の経過及びその理由,それまでの捜査により判明した客観的な事実との照合による真否の確認をする場合も,直ちに自白を強要したことにならない。

当たり前のことをわざわざ言うのは、何らかの伏線であることが推察されるが、本件でも結論において検察官の取調べの違法性は否定されている。

4.東京地判R1.5.27(布川事件)

いわゆる布川事件国賠である。

(1)当事者の主張

まず、被告県の主張において、取調べの違法性判断基準について、次の一般論が主張されている。

 取調べが国賠法上違法とされるには,取調べ対象事件の内容,性質,取調べ時点における証拠等の諸事情を勘案し,捜査官による取調べの巧拙についての個人差を考慮に入れても,なお取調べの方法がその目的に照らして社会通念上不相当といえる程度に達している場合,例えば,基本的人権を侵害するような強度な精神的圧迫を加えて供述を強制した場合などに限られるものというべきである。

一方、被告国は、次のとおり主張している。

 検察官の被疑者に対する取調べの方法が国賠法上違法とされるのは,①取調べ対象事件の内容・性質,②取調べ時点における証拠関係の下での取調べの必要性等の諸事情を勘案し,検察官に認められている裁量の範囲を逸脱し,取調べの目的に照らして社会通念上およそ不相当といえる程度に達している場合,例えば,基本的人権を侵害するような強度の精神的圧迫を加えて供述を強制した場合などに限られ,他方,被疑者において,証拠上客観的に認められる事実や事件関係者の供述と相反する供述をした場合,その記憶を喚起する必要がある場合,その供述が不自然あるいは不合理と認められる場合などに,検察官において,その真否をただすために熱心に真相を供述するよう説得したり,客観的証拠や他の供述を示したり,関係証拠から推認し得る事実を示したりすることがあったとしても,そのような取調べの方法が直ちに国賠法上違法となるものではないというべきである。
 この点につき,刑事裁判における自白の任意性又は証拠能力に関する違法性と国賠法上の違法性を混同する原告の主張は失当である。

「およそ」不相当、との基準。

 なお,検察官の取調べは,司法警察員の取調べが先行して存在することを前提とすることが多く,事案の内容,被疑者の性格,供述態度等により,被疑者が司法警察員に対して供述した内容を確認し,あるいは,これら供述の信用性を吟味すべく,被疑者の警察段階における供述内容を示してその真否を確認しつつ,更に補充すべき点について被疑者の供述を得ることは通常予定されているものである。したがって,そのような方法で取調べがされたとしても,それ自体が直ちに取調べの目的に照らして社会通念上およそ不相当なものということはできず,通常の取調べの方法として許容されているというべきである。また,検察官の取調べ行為についての国賠法上の違法の有無は,当該検察官の取調べの方法が社会通念上およそ不相当といえる程度に達しているか否かによって判断されるべきものであるから,警察における取調べの際に生じた事情は,検察官の取調べが国賠法上違法か否かという問題に直接影響を与えるものではない。

警察の取調べの違法性の承継に関する主張。

(2)警察官による取調べの違法性判断基準

裁判所(市原義孝裁判長)は、警察官による被疑者取調べの違法性判断基準について、次のとおり判示した(出典はいずれも判例秘書)。

 任意捜査の一環としての取調べにおいては,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において,許容されるものと解すべきであるところ(最高裁昭和57年(あ)第301号同59年2月29日第二小法廷決定・刑集38巻3号479頁参照),強制,拷問,暴行,脅迫及び偽計を用いて,被疑者の自由な意思決定を阻害することは,供述の任意性を欠くものであり,被疑者に対する容疑の程度等の事情のいかんを問わず許容されないものと考えられる。

結果として、警察官が虚偽の事実を述べたもの(複数)については、偽計を用いたものとして違法であるとし、加えて、「タンス」、「玄関」、「金庫」、「上のロッカー」、「下のロッカー」等と書かれた名札がそれぞれ付されている鍵の束を見せながら、どの鍵でロッカーを開けたのか説明するように指示し、被疑者の供述を誘導し、被疑者が鍵に刻印された番号によってロッカーの鍵を特定したかのような供述録取書を作成した件については、「被疑者の記憶を喚起するという限度を超えたものというほかなく,社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度を超えた取調べがされたものとして,違法である」としたが、逆にいえば、その限度でしか違法を認めなかった。

なお、「本件強盗殺人事件の犯行を認めた方が有利であるとか,犯行を否認していれば死刑もあり得る」旨の発言をしたとの原告の主張については、「仮に,上記発言があったとしても,一般論としては,犯行を自白して悔悟の念を示したことは有利な情状になり得るものであるし,強盗殺人罪の法定刑に死刑があることは事実であることからすれば,上記発言をもって,社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度を超えた取調べがされたものということはできない」としており、「社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度を超えた取調べ」の基準については、一見極めて明白なものに限っているという評価が妥当するように思われる。

(3)検察官による取調べの違法性判断基準

一方、検察官による被疑者取調べの違法性判断基準については、一般論を示していないが、いずれも「社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度を超えた取調べがされたものということはできない」として違法性を否定していることからすれば、上記(2)と同様の判断基準を前提としたものと思われる。

なお、控訴審(東京高判R3.8.27)においては、一転して検察官による被疑者取調べの違法性を認めているが、規範を変えているわけではなく、認定事実を一部異にしているように思われる。結論として、「社会的相当性を逸脱して自白を強要する違法な行為である」と断じている。


5.最後に

極めて不十分な整理であるが、十分な検討がなされた上で、判断基準や当てはめが確立されている分野ではないように思われた。

判断しているのは民事裁判官であることが多く、刑事事件の常識が通用せず、変に刑事事件への影響を与えないよう「配慮」しているのではないかと思われる判示が少なくないように思える。

原告代理人は刑事事件の弁護人又はその関係者であることが少なくなく、刑事事件に通暁している反面、ジャッジする裁判官が必ずしもそうでない点については、その影響が小さくないように思われる(基本的に原告の主張する一般論を採用するものはほとんどない。)。

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