国賠法上の違法について

国会議員の立法行為については、国賠法上の違法のハードルが極めて高い。

先例となるのが、最判S60.11.21。

 国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであつて、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない。

そして、結論として、「在宅投票制度を廃止しその後前記八回の選挙までにこれを復活しなかつた本件立法行為」について、「これが前示の例外的場合に当たると解すべき余地はなく、結局、本件立法行為は国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものではないといわざるを得ない。」としている。


その後、上記先例(規範)を前提とする最高裁の判例は、以下のとおり。

1.最判S62.6.26

一般民間人戦災者を対象とする援護立法をしない国会ないし国会議員の行為(不作為)につき、「これが前示の例外的場合に当たると解すべき余地はないものというべきであるから、結局、右立法不作為は、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものではないというべきである。」としている。

なお、この事案では、立法不作為が問題となっているにもかかわらず、「国会ないし国会議員の立法行為(立法不作為を含む。)は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというがごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものではないと解すべきものであることは、当裁判所の判例とするところである(昭和五三年(オ)第一二四〇号同六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁参照)」としており、相当にやっつけ感が強い。(立法不作為の場合について、「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらずあえて当該立法を行う」に匹敵する「容易に想定し難いような例外的な場合」についての具体的な検討は全く行っていない。)


2.最判H2.2.6(訟務月報36-12-2242)

いわゆる生糸の一元輸入措置の実施等について規定する立法行為につき、「営業の自由に対し制限を加えるものではあるが、以上の判例の趣旨に照らしてみれば、右各法条の立法行為が国家賠償法一条一項の適用上例外的に違法の評価を受けるものではないとした原審の判断は、正当として是認することができる。」としている。


3.最判H7.12.5

再婚禁止期間について男女間に差異を設ける民法733条を改廃しない国会ないし国会議員の行為(不作為)につき、「直ちに前示の例外的な場合に当たると解する余地のないことが明らかである。したがって、同条についての国会議員の立法行為は、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものではないというべきである。」としている。


一方、在外国民の投票制限規定の合憲性が問題となった最大判H17.9.14は、上記規範に事実上修正を加える。

 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。したがって,国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしながら,〔①〕立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,〔②〕国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものというべきである。最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁は,以上と異なる趣旨をいうものではない。

そして、以上の当てはめ(本件では②)をして国賠法上の違法性を肯定している。

・在外国民であった上告人らも国政選挙において投票をする機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり,
・この権利行使の機会を確保するためには,在外選挙制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず,
・前記事実関係によれば,昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が閣議決定されて国会に提出されたものの,同法律案が廃案となった後本件選挙の実施に至るまで10年以上の長きにわたって何らの立法措置も執られなかったのであるから,
→このような著しい不作為は上記の例外的な場合に当たり,このような場合においては,過失の存在を否定することはできない。このような立法不作為の結果,上告人らは本件選挙において投票をすることができず,これによる精神的苦痛を被ったものというべきである。したがって,本件においては,上記の違法な立法不作為を理由とする国家賠償請求はこれを認容すべきである。


前記昭和60年判決と比較すると、「例外的な場合でない限り」、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないという部分については同じであるが、その具体例が全く異なる。

昭和60年判決の具体例は、「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらずあえて当該立法を行う」という場合であり、それはまさに、「容易に想定し難い(ような例外的な場合)」であろう。

一方、平成17年判決の具体例は、「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合」は、普通にありそうである。また、「国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合」も、なくはなさそうである。すなわち、これらは、「容易に想定し難い」とまではいえないと思われるが、なお「例外的な場合」として国賠法上の違法性が認められるというのである。

判例解説では、上記判決につき、「昭和60年判決を維持しつつも、その射程を実質的に限定し、国会の立法又は立法不作為について国家賠償責任を肯定する余地を拡大したものであ〔る〕」としている。


その後、国会ないし国会議員の立法行為(立法不作為を含む。)の違法性が問題となった事案には、次の2つがある。

4.最判H18.7.13

精神的原因によって投票所に行くことが困難な者の選挙権行使の機会を確保するための立法措置を執らなかったこと(立法不作為)につき、平成17年判決の規範を踏襲(昭和60年判決は引用せず)した上で、「本件立法不作為について,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などに当たるということはできないから,本件立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けるものではないというべきである。」としている。


5.最大判H27.12.16

前記3と同様、再婚禁止期間について男女間に差異を設ける民法733条を改廃しない国会ないし国会議員の行為(不作為)の違法性が問題となった事案において、以下のとおり判示した。

 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個々の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるところ,国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題であり,立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきものである。そして,上記行動についての評価は原則として国民の政治的判断に委ねられるべき事柄であって,仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない。
 もっとも,法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては,国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして,例外的に,その立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けることがあるというべきである(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,最高裁平成13年(行ツ)第82号,第83号,同年(行ヒ)第76号,第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁参照)。

こちらでもまた、「例外的」な場合の具体例が、若干修正されている。

すなわち、
①昭和60年判決(こちらも引用されている!)は、
「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらずあえて当該立法を行う」場合を具体例として挙げ、
②平成17年判決は、
「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合」と、
「国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合」を具体例として挙げているが、
③上記平成27年判決では、
「法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合」が新たに具体例として挙げられている。

平成27年判決は、平成17年判決の前段の場合を敷衍(修正)したものである(なお、平成17年判決において問題となったのは、後段の場合である。)。重要なのは2つ。①前段にも「国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る」ことが必要となる場合があり得ることを明らかにしたことと、②「国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白」という規範を、「(憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして)憲法の規定に違反するものであることが明白」と改めた点にあろう(判例解説では、この要素を「違憲の明白性」としている。)。

判例解説では、平成27年判決との比較において、「平成17年判決の前段・後段は、国会の立法行為又は立法不作為が例外的に違法となる場合の一部の例示にとどまり、これらの場合に限定する趣旨ではなく、前段は、違憲の法律を制定する立法行為やこれと同視し得る立法不作為により本来自由に行使し得る憲法上の権利が侵害され、期間の経過を要せずに直ちに違法となる極端な場合を想定した説示として述べたものにとどまると理解することができる。」としている。

結論として、平成27年判決は、「本件規定のうち100日超過部分が憲法24条2項にいう両性の本質的平等に立脚したものでなくなっていたことも明らかであり,上記〔平成20年〕当時において,同部分は,憲法14条1項に違反するとともに,憲法24条2項にも違反するに至っていたというべきである。」としつつ、「平成20年当時において,本件規定のうち100日超過部分が憲法14条1項及び24条2項に違反するものとなっていたことが,国会にとって明白であったということは困難である。」とした上で、「憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反することが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠っていた」と評価することはできないとして、「本件立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないというべきである。」としている。


なお、上記平成27年判決の第1審(岡山地判H24.10.18)は、平成17年判決の規範を引用した上で、以下のとおり判示して、結論として「本件立法不作為について,国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合などに当たるということはできない」としている。

 これを本件についてみると,原告は,民法733条1項の規定が本件区別を生じさせていることが憲法14条1項及び24条2項に違反し,本件立法不作為は,国民に憲法上保障されている婚姻をする権利を違法に侵害するものであることが明白な場合に当たると主張するが,合理的な根拠に基づいて各人の法的取扱いに区別を設けることは憲法14条1項及び24条2項に違反するものではないところ,民法733条1項の規定の趣旨は父性の推定の重複を回避し,父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解される以上(最高裁平成7年判決参照),その立法目的には合理性が認められるところであるし(なお,原告は,同項の立法趣旨は道徳的な理由に基づいて寡婦に対し一定の服喪を強制するものであると主張するが,同条2項において,「女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には,その出産の日から,前項の規定を適用しない。」と規定されていることに照らせば,原告の上記主張を採用する余地はない。),上記のとおり,同条1項の規定の趣旨が父性の推定の重複を回避することのみならず父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにもあることからすると,その立法目的から再婚禁止期間を嫡出推定の重複を回避するのに最低限必要な100日とすべきことが一義的に明らかであるともいい難いところ,本件区別についてどのような違憲審査基準を用いるべきかについて種々の考え方があり得ることをも踏まえると(原告は,本件区別についてはいわゆる厳格な審査基準を用いるべきことが明白であったと主張するが,原告が離婚した時点までの最高裁判所の判決の内容を概観しても,上記時点において本件区別についていわゆる厳格な審査基準を用いるべきことが明白であったなどということはできない。),同項の規定が本件区別を生じさせていることが憲法14条1項及び24条2項に違反するものでないと解する余地も十分にあるというべきである。そして,このことは,前記争いのない事実等で認定した我が国の内外における社会的環境の変化等を考慮したとしても,直ちに異なるところはない。


一方、控訴審(広島高裁岡山支判H25.4.26)も、以下のとおり、基本的には第1審判決と同様の判断をしている。

 本件において,控訴人は,民法733条1項の規定が本件区別を生じさせていることが憲法14条1項及び24条2項に違反し,本件立法不作為は,国民に憲法上保障されている婚姻をする権利を違法に侵害するものであることが明白な場合に当たると主張する。しかしながら,合理的な理由に基づいて各人の法的取扱いに区別を設けることは憲法14条1項及び24条2項に違反するものではないと解されるところ,民法733条1項の規定の趣旨は,父性の推定の重複を回避し,父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解され(最高裁平成7年判決参照),その立法目的には合理性があると認められる上,上記立法目的を達成するために再婚禁止期間を具体的にどの程度の期間とするかは,上記立法目的と女性の再婚の自由との調整を図りつつ,内外における社会的環境の変化等をも踏まえて立法府において議論して決定されるべき問題であり,これを6か月とした民法733条1項の規定が直ちに合理的関連性を欠いた過剰な制約であるということもできない。してみれば,本件区別を解消しなかったという本件立法不作為が,国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合に当たるとはいえず,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものではない。


以上のように、本件の第1審、原審は、本件規定の憲法適合性につき正面から判断をするまでもなく、本件立法不作為の国家賠償法上の違法性を否定しているが、これに対し、最高裁は、国家賠償請求については棄却すべきものとしつつ、あえて本件規定の憲法適合性について判断をしている。この点について、判例解説では、「国家賠償責任が否定される場合に前提問題として憲法判断を行うか回避するかについて、常に憲法適合性に関する判断が違法性の有無の判断に先行するものであるところ、合憲又は違憲の判断を明示的に示す必要性が当該憲法問題の重要性・社会的影響等を考慮した個々の事案ごとの裁判所の裁量に委ねられているという立場に立ったものと解されよう。」「本件のように憲法判断が明示的に示された場合においては、その判断部分は、国家賠償請求の当否の判断の論理的前提になっているものである以上、判例として理解されるべきものであることは当然である。」としている。

同性婚を認めない民法等の規定の違憲をいう訴訟において、札幌地裁判決は、憲法適合性について判断した上で、国家賠償請求を棄却しているが、これも上記平成27年判決と同じ考え方によるものであろう。国家賠償請求が棄却されている以上、憲法適合性についての判断部分は傍論に過ぎないとか言っている人もいたように記憶しているが、判例解説の上記記述からすれば、明白に誤りといってよいものと思われる。

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