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最初は怖い人に見えたらしい件


先の投稿で述べた、年上のENFJの友人から先日このようなことを言われた。

「ALVAって帰りの電車が一緒だからよく見かけたけど、最初めちゃ怖かった。実際に話したらそんなことなかったけど、とにかくマジメで融通が効かなそうな感じ。なんか殺気だってたし」


え?マジで?って感じだ。
私はそんな強面の顔ではないし、背も高くないから威圧感もない。
実際に気は長くないが、温厚だし、マジメなタイプでもない。

「大人しそうでいい人そう」の間違いではないのか??(それは少々思い上がりすぎか苦笑)


ただ、こういうことを言われたのは今回が初めてではない。

頻繁にあるわけでもないが、私は自分の想像以上にマジメで堅苦しい印象を与えているらしい。場合によっては怖い人に見えることも。

確かに陽気なタイプではないし、面白くもないのにニコニコとしているタイプでもない。

「内向型だから」という理由もあるだろうが、なんとなく話しかけやすい内向型の人も多いため、それでは説明にならない。


ではなぜ、私からそのような殺伐としたオーラが漂っているのだろうか?


これはおそらく、他人に対する強い警戒心からきている防衛体制なのではないかと考えられる。

私は強烈なコミュ障ではないと思われるものの、人の好き嫌いが激しく、また万人ウケするような人間では決してないため、「どうせ自分のことなど理解してくれないだろう」と言った、やさぐれというか諦めのような思考を持っているからだと思われる。(本当にめんどくさい人間である)


ではどうして他人は自分のことを理解してくれないと思っているのだろうか?


一言で言うと実際に話が合わないからだ。


まず他人と趣味が大きく異なっている。

例えば、下記が普段聴いているプレイリストだ。

これがALVAのプレイリスト。



どれか知っているアーティストはいただろうか?
たぶんどれも知らないと思われる。


また、音楽以外にしても、私の関心分野は少々人に言いづらいものが多い。

読書に関しては選書の基準がズレているのか、定番どころの作家をあまり知らないし、ファッションに関しても「これは本当に自分らしいものなのか?」と言った終わりなき自己問答が始まるため、この思考を他人にぶつけても「そんな考えないで好きなもの着りゃいーじゃん」と一掃されてしまうだろう。

その他、節約やNISA、仏像や神話、MBTIの興味や昔メンタル系のオンラインサロンに入っていて年齢や地域が異なる人たちとの謎の繋がりが大量にあること、このnoteの存在などなど、全くの無キャではないのだが、わざわざ説明するには面倒だったり、意識が高くて恥ずかしかったりするものが多い。

(メンタル系の謎の繋がりに関しては、説明すると身バレしかねないので、これ以上述べないが、今でも定期的にzoomで飲み会をやったり、リアルで会って近況を報告し合っていたりするようなゆるやかな関係がある)


ただこのように自分の趣味が変わっているだけならまだいいのだが、世間の興味にあまり関心がないこともある。

今であったらオリンピックがトレンドだが、個人的にはそこまで熱くなれない。

日本人として、もちろん日本がメダルをとることは喜ばしいことだ。

特に日本に対して好意的でない隣国などに勝利したというニュースはなんとなく気分がいい。

ただ、世間の標準ほど熱狂はできていないのが本音だ。

そもそも、スポーツ全体に言えるが、オリンピックの競技を普段から観ているわけでもなければ、推しの選手がいるわけでもない。

平常時は全く関心もなく、選手の名前もほとんど知らず、当然ルールも知らない競技ばかりなのに、オリンピックだからと言って、突然熱狂することはできないのだ。

今のトレンドなのだから、素直に応援すればいいものを、「普段興味ないくせに、ここぞとばかりに騒いだり、選手に対してあれこれと言ったりするのも違うやろ」などと思ってしまう。


このように詳しい分野に対しては無駄に詳しい割に、世間の流行りや万人ウケするような一般的な話題に興味がないので、会話の幅が狭いというのも周囲の人と話が合わない原因の一つだろう。




また、最近気づいたことだが、私は会話の中で相手にする質問の回数がかなり少ない。
(もちろんゼロではないが)

これはいつかのnoteでも述べたが、コミュニケーションのスタイルが、マシンガントークとマシンガントークとのぶつけ合いだからだろう。
(実際、親しくなった人とはこのスタイルで問題なくコミュニケーションが成立しているし、会話の中身も毎度充実している自覚はある)

だから、自己開示と傾聴、ある程度のリアクションをとることはできるのだが、相手への質問が壊滅的に下手なので、会話のラリーが大半の人とうまくいかないのだと思われる。


なぜ質問が苦手なのかというと、シンプルにコミュニケーションスキルが足りないというのはもちろんだが、「こんな質問しちゃっていいのかな?」などと思ってしまうからだ。

ここで先ほどの話と繋がるが、趣味を含めた日常動作全般に対して、周囲とズレていることが多く、安易に本音を漏らすと軽蔑されたり、空気が悪くなる可能性が高い。

そのため、よく知らない相手からの突っ込んだ質問には、なんて言おうかイチイチ考えたり、無難なテンプレートを言って場を濁したりするなど何かと気を遣うことが多いので、勘弁してもらいたいというのが本音なのだ。

自分がズケズケと質問されることを嫌うため、相手に対して質問をするのが躊躇われるというのは、当然と言えば当然だろう。(その点自己開示は、自分で言う内容を調整できるので、大丈夫)

だからこそ、個人的には相手の方からたくさん自己開示してくれる人の方が、こちらも「ここまでは言っても大丈夫そうだな」と感じ、会話が弾む。


一方自分の話を初めからベラベラと喋る人も少ないので、実際に話をしても、相手からは「あまり質問してこない人だな」と思われたり、逆に私からは「こっちが自己開示したんだからあなたももっと自己開示してくれよ」と思うなど、会話が噛み合わず、他人と話が合わないという事態が起こるのだと思う。


話が合わない→自分は人に理解されない人間なんだ→じゃあもういいよ!簡単に本心など見せてたまるものか→人を寄せ付けない怖いオーラが無意識に出てしまう
の流れである。改めてテキストに書きおこすと中々にキツいな、、。未熟すぎて草。


私もそろそろ25歳。

年齢だからどうとかいうのはないが、「どうせ自分なんか、、」などと突っ張って他人を遠ざけるのは、あまり褒められた振る舞いではないだろう。

第一印象は、特に大切で、真面目な堅物に見えるよりかは、穏やかそうな人に見えた方がいいのは間違いないので、意識的にオーラを変えていきたいものである。

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