南樺太地名集 〈地名篇広地村〉


本内

本內 ほんない
帝:ー
現:ー
N:46.8459  E:141.9440
アイヌ語由来;pon-nay:小さな川。知根平の北北東1.6kmの処に位置する。リ,ル,ヲ,ワ,ヨ,ソ,ツに見える。旧名ポンナイ。
[参考]本内は広地村の最南端に位置するが、本斗郡本斗町の知根平のアイヌ語の別名ポロナイ/ポロナイポと対地名の関係にあることに注目されたい(poro-nay/poro-nay-po:大きな川/大きな小川⇔pon-nay:小さな川)。
|ほ:ホンナイ


多蘭泊

多蘭󠄁泊 たらんとまり(たらんどまり)
帝:ー
現:Калинино   カリーニナ
N:46.8620   E:141.9629
アイヌ語由来。知根平の北北東3.8kmの処、多蘭泊川の河口部に位置する。旧名タラントマリ。
|⑥:ТАРАНДОМАРИ   タランドマリ ⑨:多蘭󠄁泊(タラントマリ) イ,ロ,ハ,オ,エ',ヱ:タラントマリ ホ:タラントマリ/多蘭泊 セ:Таранъ томари(タラン トマリ) い,ろ,る,わ,た:タナントマリ は,ほ,へ,ち,ぬ,を,か:タラントマリ


多蘭泊沢

多蘭󠄁泊澤 たらんとまりさわ ーさは
帝:ー
現:Калинино   カリーニナ
多蘭泊川の中流部
メに見える。多蘭泊中流部の孵化場付近を指したものだろう。
|メ:(俗稱)多蘭󠄁泊澤


姉苗

あねなえ(あねない) あねなへ(ー)
帝:ー
現:Бережное   ビェーリジュナイェ
N:46.8986   E:141.9784
アイヌ語由来。大穂泊川河口の西傍に位置する。旧名アナンナイ。
[類]栄浜村亜南(旧名アナヌナイ)
|⑥:Анэна  アネナ キ-p.50,キ'-p.76,メ:姉内 ほ:アヌ子ナイ た:アヌンツナナイボ


大穂泊

大穗泊 おほとまり(おはとまり)
帝:Охотомари   オホトマリ
現:Зырянское   ズィリャーンスカイェ
N:46.9041   E:141.9895
アイヌ語由来。大穂泊川河口の北傍に位置する。旧名オハトマリ。
[参考]「おはとまり」は①での読み。
|⑨,ハ,エ',ヱ:オハトマリ ロ,オ:オホトマリ ホ:オホトマリ/大穂泊 ホ':ヲボトマリ ネ:ヲホドマリ エ-p.457:小母泊(ヲバトマリ)     セ:Хоттомари(ホットマリ) い,に,ほ,へ,ぬ,を,か,た:ヲホトマリ は:ヲハトマリ る:ヲトマリ つ:ヲポトマリ


大穂泊沢

大穗泊澤 おほとまりさわ(おはとまりさは) ーさは(ーさは)
帝:ー
現:ー
N:46.8927   E:142.0095
大穂泊川の中流部の大穂泊殖民区画地を指す。キ-p.50に見える。


泊帆岸

泊帆󠄁岸 とまりほきし(とまりほっきし)
帝:Томарипокеси   トマリポケシ
現:ー
南泊帆岸と北泊帆岸の総称
アイヌ語由来;tomari-po-kes:小さな港のはずれ。南泊帆岸と北泊帆岸の総称。当初南泊帆岸と北泊帆岸は泊帆岸として一つになっていたが、後に南北に分かれた。旧名トマリポケシ。
[参考]「とまりほっきし」は①での読み。
|ホ':トマリポケシ ネ,オ:トマリボケシ ほ:トマリホケシ た:トマリボケセ


南泊帆岸

南泊帆󠄁岸 みなみとまりほきし(みなみとまりほっきし)
帝:ー
現:Люблино   リュブリノー
N:46.9149   E:141.9955
南泊帆岸川河口の南傍に位置する。本来の泊帆岸は此処か。
|⑨:トマリボッケシ リ,ル,ヲ,ワ,ソ:南泊幌岸


北泊帆岸

北泊帆󠄁岸 きたとまりほきし(きたとまりほっきし)
帝:ー
現:ー
N:46.9206   E:141.9965
南泊帆岸の北傍に位置する。
|⑨:トマリボケシ リ,ル,ヲ,ワ,ソ:北泊幌岸


等辺

等邊 とうへん 
帝:ー
現:ー
N:46.9253   E:141.9990
アイヌ語由来。チ,ヌ,サに見える。泊帆岸と広地の間に位置していた。この地名は公称地名であったが、泊帆岸が南北に分かれた際に北泊帆岸の一部となり後世には忘れ去られた。旧名トウヘンナイ。
|ほ:トウヘンナイ た:トベンナ井


広地

廣地 ひろち
帝:Пироце ピロツェ
現:Правда   プラーヴダ
N:46.9420   E:142.0047
アイヌ語由来。広地川の河口部に位置する。広地村役場所在地。旧名ピロチ。
|⑨:ベロツ イ:ピロツエ ハ,オ:ピロチ ホ:ピロツ/廣地 ホ':ヒロツイ セ:Пирохъ(ピロフ) い,ろ,り,る:ヒロウ は:ビロチ に,つ:ビロツ ほ,を:ヘロチナイ ち,ぬ:ヒロチ わ:ヒロヲウ た:ピロツ


広地沢

廣地澤 ひろちさわ ーさは
帝:ー
現:ー
N:46.9444   E:142.0624
広地川中流部の広地殖民区画地を指す。


天茂泊

てもとまり
帝:Темотомари   テモトマリ
現:ー
N:46.9576   E:142.0087
アイヌ語由来。広地の北1.6kmの処に位置する。旧名テモトマリ。
|⑨:天茂泊(テモトマリ) イ,ホ',ネ,オ:テモトマリ エ-p.457:天毛/天毛泊 ほ:テモウトマリ た:ヘモトマリ


知古内

知古內 ちこない
帝:ー
現:Прибой   プリボーイ
N:46.9712   E:142.0101
アイヌ語由来。天茂泊の北1.5kmの処に位置する。旧名チシコマナイボ。
|ほ:チシココマナイホ


明牛

あけうし
帝:Акибуси アキブシ
現:ー
南明牛と北明牛の総称
アイヌ語由来。南明牛と北明牛の総称。当初南明牛と北明牛は明牛として一つになっていたが、後に南北に分かれた。旧名アケブシ(アツケウシ)。
|⑨,イ,ネ:アキブシ ロ,ホ:アツケホシ ホ':アキフシ オ:アッケブシ エ':アツケプシ ヱ:アツケブシ セ:Окибуси(オキブシ) い:アツケヘシ は:アツケウシナイ ほ:アツケフウシナイ た:アツケフシ つ:アツケブシ


南明牛

みなみあけうし
帝:ー
現:Серные Источники   スェールヌィイェ イストーチニキ
N:46.9763   E:142.0170
知古内の北東傍、南明牛川河口部に位置する。本来の明牛は此処か。


北明牛

きたあけうし
帝:ー
現:Серные Источники   スェールヌィイェ イストーチニキ
N:46.9924   E:142.0226
南明牛の北2kmの処、湯ノ沢河口部に位置する。この辺りはアイヌ語でキトウシナイ、キトウシナイポと呼ばれていたらしい(乙運の項の個人的見解を見よ)。


乙運

乙運󠄁 おとうん
帝:ー
現:ー
北明牛付近
アイヌ語由来。チ,ヌ,サに見える。明牛と苫舞の間に位置していた。この地名は公称地名であったが、明牛が南北に分かれた際に北明牛の一部となり後世には忘れ去られた。旧名オトウンナイ。
[個人的見解]この地名の旧名はオトウンナイであるとされているが、オトウンナイに類する地名は江戸期-日露戦争終結直後の地図には一切見えない。しかし、代わりにキトウシナイ、キトウシナイホという地名は見えるのである。此処からは自論であるが、樺太の地名選定の際に片仮名で書かれた「キトウシナイ」が「オトウンナイ」と誤読或は誤筆写され、その誤った地名に漢字を当てたことで乙運という地名が誕生したのではなかろうか。
|オ:キトシナイボ い:キトウシナイホ ほ:キトウシナイ ぬ,わ:キトウシナイホ る:キト牛ナイホ を,か:キトウシ た:キトウシナ井


湯ノ沢

湯ノ澤 ゆのさわ ーさは
帝:ー
現:Серные Источники   スェールヌィイェ イストーチニキ
N:46.9910   E:142.0223
日本語地名:付近に温泉があることに因む。駅地名。ツ,メに見える。北明牛川の左岸に位置する。
[関連]湯ノ沢


苫舞

とままい とままひ
帝:Томамай トママイ
現:ー
N:47.0006   E:142.0261
アイヌ語由来。北明牛の北北東傍に位置する。旧名トマオナイ。
|⑨:トマオマナイ イ:トムマイ ホ'ネ:トママイ オ:トマオマイ ほ,へ,を:トマヲマイ た:トモマ井


広地村終り


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?