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文豪と俳句/岸本尚毅(集英社新書)

この本を読んで先ず思ったのが、「こんなにたくさんの小説家が、俳句を詠んでたんだ」ということ。
まあ確かに、瀬戸内寂聴さんとかも句集を出しているし長嶋有さんもNHK俳句の選者やってたしなーーー。あ、そうだ。児童文学作家のおおぎやなぎちかさんも、童子の同人でいらっしゃる。
やはり文芸に携わる人は、俳句への造詣も深いのだろうか。

岸本尚毅先生

岸本尚毅先生には、ふらんす堂句会やあしらの俳句甲子園などで、何回かご指導をいただいたことがある。

ふらんす堂句会では、投句された句全てに句評を入れてくださった。物腰が柔らかく、相手を傷つけることがないよう、言葉を選んで句評してくださっているのが良くわかる。
落語とか漫才などのお笑いが好きで、そんな話になるとつい長くなってしまい、「あ、すみませんでした」と、話を戻すときの照れくさそうなお顔が、実に愛らしい。
そういえば、句会中に奥さまから電話がかかってきて「今、夕飯のおかずに餃子を買ってくるように言われました」とこれまた、照れくさそうに言ってらしたこともあったなーーー。
そんな岸本尚毅先生が、丁寧に且つ冷静に文豪たちの俳句を分析したのが本書なのである。

文豪と俳句

この本で取り上げられている文豪とは、

幸田露伴、尾崎紅葉、泉鏡花、森鴎外、芥川龍之介、内田百閒、横光利一、宮沢賢治、室生犀星、川上弘美、夏目漱石、永井荷風

やばい、ほとんど読んだことがない・・・

この本の帯に組長の推薦文が載っている。

キシモト博士の作品論的、作家論的アプローチが文豪を裸にしてしまった!
夏井いつき推薦文

この本では、とにかく岸本先生の情報収集力に圧倒される。p280からの「主な参照文献」には、実に73冊もの本が並ぶ。
冒頭の〈幸田露伴〉の章だけを見ても・・・

「父ーその死ー/幸田文」
「父・こんなこと/幸田文」
「芭蕉俳句研究 続々/幸田露伴他」
「幸田露伴/塩谷賛」
「小石川の家/青木玉」
「悦楽/幸田露伴」
「蝸牛庵句集/幸田露伴」
「評釈芭蕉七部集/幸田露伴」
「終焉/幸田文」
「炭俵・続猿蓑抄/幸田露伴」
「露団々/幸田露伴」
「邪馬渓俳話 ホトトギス/高浜虚子」
「露伴の俳話/高木卓」 
「蝸牛庵訪問記ー露伴先生の晩年/小林勇」

ざっと15冊もの本から、幸田露伴という文豪の人生を紐解き、彼の俳句について論じているのである。正に、「博士」と呼ぶにふさわしい。
幸田露伴にとって俳句とは何であったのか。キシモト博士曰く

虚子が期待するような「写生」の妙味は、露伴の句には感じられません。露伴の句は、その句の字面だけ睨んでもさほど面白くはないのです。
〈略〉
俳句を精妙に仕上げる才において、露伴は龍之介の足元にも及びません。しかし、その文人としての全人格を以て、作り手としてのみならず、読み手として俳句と向き合ったこと、さらに、俳句が家族との絆になったことなども含めれば、露伴の俳句生活はとても充実し、幸せなものだったと思います。
p35

実に冷静で、客観的な分析であると思う。

文豪句合わせ十番勝負

最終章では、夏目漱石・永井荷風の句合わせ十番勝負が行われている。

句合わせとは宮廷の歌合わせに倣い、左右に分かれたチームから一句ずつ出し合い、判者の判定で勝敗を競うもの。現存する最古の記録は江戸時代初期のもので、この興行は現代も生きています。毎年松山市で行われる「俳句甲子園」(全国高等学校俳句選手権大会)は学校対抗の句合わせです。「子規・漱石句合わせ」(荒川区主催・松山市後援)という催しもあります。
p232


来年1月8日に開催される「あしらの俳句甲子園」も句合わせである。

俳句甲子園に反対する人たちの中には「俳句とディベートは合わない」とか「俳句で優劣を競うのはおかしい」という意見が多いと聞いたことがあるが、なんだ、江戸時代の頃から行われていたんだ。

それにしても、この紙上句合わせ、なかなかのものである。
やり方としては、「自画像」「運命」「悟り」など、十のお題に合わせて、漱石、荷風の句をそれぞれ1句ずつ引く。そして、句の良さを弁ずる「方人かたうど」は先人の「鑑賞文」を参照しているのだ。

先ず、漱石と荷風の句からテーマに沿った句を選び出すこと自体がかなり難しいと思う。岸本先生にとっては、5分の即吟の方が楽勝だろう。(今年のあし俳に審査員としていらっしゃった時には、確か、5分で7句くらいできたとおっしゃっていたような・・・)
そして、数多の鑑賞文の中から、テーマに沿ったものを見つけ出すことも、また容易ではないだろう。
文中では、漱石チームと荷風チームが明記されていないので、「主な参照文献」と文中から私なりに分類してみた。もし、間違いや抜けがあったら、お許しいただきたい。

<荷風チーム>
日夏耿之介、加藤郁乎、持田叙子、多田蔵人、古屋健三、石塚友二、高柳克弘

<漱石チーム>
小室義弘、坪内稔典、神野紗希、寺田寅彦、小宮豊隆、山本健吉、神山睦美、井上泰至、松根東洋城、半藤一利、和田茂樹、内田百閒、あざ容子

漱石チームの方が圧倒的に数が多いが、これは漱石と荷風の文学的背景の違い、漱石と「ホトトギス」との距離などを考えると致し方ないと思う。

第七戦 お題「蠅」
筆たてをよきかくれがや冬の蠅/荷風
えいやつと蠅叩きけり書生部屋/漱石

では、高柳克弘氏と神野紗希氏が方人として真っ向から相対している。いや、させられている(苦笑)。丁寧に言葉を引き剥がしていくような高柳氏の読みと、生き生きと語りかけてくるような神野氏の文体の違いが面白い。

俳句を「読む」ということ

さまざまな方人の鑑賞文を参照しながら、最終的な判定は、岸本先生がしているのだが、そこには、俳句実作者としての考え方も見え隠れして、なかなか興味深いものがある。

本書は、正直言って、一読して「うん、面白い!」と言えるような本ではないかもしれない。特に、私のようなそれほど本に親しんできたわけではない人間にとっては、引用が多く、何回も読み直さなければならない部分も多かった。
しかし、多くの鑑賞文に触れ、さらにそれを分析していく形でのキシモト博士の話の進め方に乗っかっていくことで、その句の背景や作者の考え方により近づこうとする読み方が、少しだけわかってきたような気がする。

最後に俳句を「読む」ということについて、岸本先生の文章を抜粋する。

俳句は十七音しかありません。読者の「読み」に依存する文芸です。俳句を「どう作るか」の入門書は数多あまた出回っていますが、じつは、俳句を「どう読むか」のほうが、もしかすると、もっと深く、もっと面白いテーマかもしれません。〈略〉
この本をきっかけに、読者が、俳句を「どう読むか」に関心を持って下さるならば、望外の幸せです。
p278





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