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私道トラブル とかくに人の世は住みにくい

市役所からの帰り道、たぬきちの心はガサガサしていた。
「一体どうしたらいいのか」と苦々しく思う。噛んだ唇が痛い。

1年ほど前に、共有する私道に面して、一軒の家が建ち、程なくして夫婦が引っ越して来たようだった。

その家に接道する私道は砂利が剥き出しで、晴れた日は土埃が舞い、雨の日は側溝に土が流れ込んでいたそうだ。

近隣の人がその施主に、家を建てた工事業者に道路舗装をしてもらわないのかとずいぶん前に尋ねたらしい。すると家人がこう言ったとか。

「たぬきちという人が承諾してくれないから私道の舗装ができないと聞いている」と。

全く身に覚えがなかった。

施主であるその家の奥方が乳児を連れて、近所の保育園へ行く姿を何度も見かけていた。

旦那さんに至っては、どの人がその家の住人かわからない。

施主は、工事業者から聞いたままを、なんとはなしに隣人に言ったことだろう。悪意はないと信じたい。

しかし、それを近所の人に事実確認もせず言っていいのだろうか?
悪意がなければ、挨拶もしたことのない隣人のデマを流してもいいのか?

1年もこの件を放置していたのは、その工事業者と施主で、たぬきちには全くの寝耳に水だった。

先週、工事業者が私道に水道管を埋設する為という趣旨の私道の使用許可書を持って来た。

署名する必要がないはずとこちらから事業者に伝えたが、まだ別の家にその紙を渡してまわっている。

相談窓口や関係先に問い合わせ、改めて市役所にも確認に行ったが、そもそも、私道の舗装工事に、共有者から同意を得て、市役所に届け出るなどという必要性がない。

不要な書類を出さないことで工事ができない世界線?

たぬきちのせい。
たぬきちのせい?

ちょっと何言ってるかわからない。
いやちょっとじゃない!!何もわからない。

工事業者に問いただすと「たぬきちさんのせいなんて言っていない」という。

言ったとか、言わないとか。
あの子のせいだとか、あの子じゃないとか。
あれがいるとか、いらないとか。

そう言う少女達の真っ直ぐ過ぎる故に、時に大きく歪んだ「言った」「言わない」論争が大っ嫌いだった。

全く身に覚えのないことにまで巻き込まれて、お前は誰の味方かと詰め寄られる。うんざりだった。

そういう少女達の諍いに辟易し、元は正義感の強く、お節介だったたぬきち少女は徐々に「人」が嫌いになった。

広く浅く、人と交わることを避け、孤独を選んで来た学生時代だった。

唇を噛み締めながら少女時代に思いが重なる。

まだやんのかい。この論争。

とかくに人の世は住みにくいからとて、人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。だ。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

夏目漱石 草枕

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