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夥しい孤独 9

3月16日


もうひとつの、最も許せないこと。


それは、私に新しい彼女が出来たと告げても、私と、関係が続けられるだろうと、高をくくっていたこと。


「これが最後の夜」になると、思っていなかったんだと思う。
あの人は。

そうでなければ、あんなにいつもどおり、「一日で飲みきれない量」の、飲み物を買ってくるだろうか。


「どうして、こんなに買ってきたの?」

振られた翌朝。

彼が、部屋中にある「自分の痕跡」を整理するのをぼんやり見つめながら。

私は聞いた。

開けてもいないペットボトルの中身を、流しに捨てていくのを見つめながら。


「…どっちに転ぶか、わからんかったから。」


そう、あの人は言った。


……何それ


力無く、私は笑ったかもしれない。

はっきり覚えていないけど。


「どっちに転ぶ」って…


それって、どういう意味?


彼女ができたと言われても、私がそんなにショックを受けないと思った?


…違うよね

そんなわけないことは、あなたもよく知ってるはずだ。

毎回、私がぼろ雑巾みたいになるのを、見てきたでしょう?

そうじゃなくて。

ショックは受けるだろうけど、ひどく泣くだろうけど。

でもどうせ、いつものようにその事実をどうにか受け止めて、

それでもいいから、会いたいって

私が言うと思ったんでしょう?

あるいは

そうあなたが提案して

私がそれを受け入れると。


……馬鹿にしないでよ。

私の気持ちを、なんだと思ってるの?


私はもう、あんな思いは、二度と嫌だって、以前にも伝えたはずなのに。


2回目に振られた時。

私が諦められるようにと、彼はわざと、私に宣言もして、お見合いパーティーに行った。

そこで、カップリングをした人と、彼は付き合い始めた。

その経過を、すべて教えられながら、それでも私は、彼に会った。

あの頃の私には、本当に、「死ぬ」か、「地獄のように苦しいけれど、それでも会ってもらう」の、二択しかなかったから。

誰も、喜んで、そんな女に成り下がりたかったわけじゃない。

昼間に新しい彼女と会って、そういう行為もしたと言う彼と、その日の夜、会ったこともあった。

悔しくて惨めで、涙が止まらない私を、彼は慰め、抱きしめてくる。

夜。

添い寝をするだけにする?と聞かれて。

私に、そんなふうに聞くのは卑怯だ。

隣に寝ているのに、何もしてもらえないなんて。

とても耐えられない。

結局、私は抱かれた。

「抱いてもらった」、と言ったほうが正しいのか。

行為の間、ずっと泣いていたのを覚えている。

「彼女がいる彼」と、その後も、「お願いして」、会ってもらっていた。

そのうちに、いつの間にか、彼のほうから、私を呼び出すようになって。

2日連続で、呼び出されたこともある。

「ごめんな」と

言いながら、彼は私を抱く。

そのたびに、私はずたずたに引き裂かれた。

どんどん、どんどん、ぼろ雑巾になっていく。

真夜中。

ホテルのベッドでいびきをかいて眠る彼をぼんやり見つめながら。

自分が、ゴミみたいに、くだらない存在になったと感じた。

なんの価値もない。

何者にもなれない。

まるでがらくただと。

ぽろぽろと泣きながら、いっそ殺してやろうかと、本気で思ったこともある。

その首に手をかけて、締め上げてしまおうか。

非道い人。

なんて、非道い人だろう。

絶望しながら、一晩中泣いていた。


そんなことを繰り返すうちに、もう本当に、これ以上は壊れてしまう、と心が悲鳴をあげたので。


こんな状態は苦しすぎる。
もう耐えられない。
私を選べないなら、もう私に、指一本触れないで。
私に触れたいなら、もう一度、ちゃんと、私を選んで。


そう、メールを送った。

「指一本触れないで」
という言葉は、なかなか彼にとっても、堪える言葉だったらしい。

結果、私達は、やり直すことにした。

お見合いパーティの彼女とは、いつの間にか別れていた。



あの、地獄の日々の記憶は、ひどくまばらで、私もよく覚えていない。

会うたび、抱かれながら殺されているような感覚だった。

それだけは覚えている。


彼にも、もうそれだけは嫌だと、伝えたはずなのに。


…なんにも、伝わっていなかったの?

そうは言っても、「会いたい」が勝るだろうと。

私が…差し伸べられる妥協案を、突っぱねることなんてできないと、見くびっていたの?


これが「最後」というわけじゃない。

今までみたいに頻繁には会えなくなるけど。

変わらず「友達」として、

「友達」ならしないようなことも、

時々はしたりしながら、

俺達は続いていける。

だから大丈夫だと。

私を宥められると思っていたの?

宥めて、抱きしめれば、受け入れると。


息子と初飲みをした、最高の思い出の出来た日に。

私とその話を共有して。

さらに、多少もめるだろうけど、別れ話をして。

最高の日が台無しになるくらいのことだと、あなたは思ってもいなくて。

形はすこし変わるけど、続けていける、という提案で、私が落ち着くだろうと、高をくくって。

あとは、心置きなく、新しい彼女に向き合える。

とっとと、かたをつけて。

次に行きたかったんだね。



また、「都合のいい女」に成り下がることを、

私に受け入れて欲しかったんでしょう?


馬鹿にしないでよ。

巫山戯ないで。

舐めんなよ。


どごまで私を、ずたずたにすれば気が済むの。


10年間の、思いを

台無しにしないで。


これ以上、私を

優しい顔をして

優しい声で


殺し続けないで。



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