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夥しい孤独 11
3月23日
私はパソコンを持っていない。
特に必要な職業ではないし、何よりもデジタルが苦手だから。
ただ諸事情で、もしかしたら今後パソコンが必要になるかもしれず、お金もないしどうしようと思っていたら、昔一瞬だけタブレットを使っていたことを思い出した。
もう契約は終わったので通信はできないけれど、デザリングしたら使えるかもと、久しぶりに充電して、起動してみた。
……のだけれど。
忘れていた。
ホーム画面が、あの人といつか行った、海の写真だったことを。
電源がつき、画像が現れた瞬間、鳥肌が立って、息が止まりそうになった。
青空の下、腰まで海につかって、両手を広げているあの人の、後ろ姿。
とたんに、その時の色んな記憶が蘇る。
ものすごい勢いで、押し寄せてきた。
海に行くと決めてから、必死にダイエットをして、5キロ痩せたこと。
水着を二人で買いに行ったこと。
ものすごくよく晴れた日で、水もすごく奇麗で、遠浅で。
太陽の光がきらきらと水面に反射して、水のなかで目を開けると、白い砂底もおなじようにきらきらしていた。
前日の夜から車で向かって、明らかに古いヤバそうなラブホテルがビーチの付近に一軒だけあり、仕方なくそこに泊まった。
割と霊感体質の彼は、私が怖がるので言わなかったけど、本当にヤバかったと後日言っていた。
手を繋いで、肩くらいまでの深さのところまで一緒に歩いた。
人も少なめのビーチで、波も穏やかで、こっそりキスをした。
あの夏の日。
日差しのまぶしさと、暖かさまで思い出すことができる。
震える手で、今度はフォトアルバムを開いた。
付き合ってからの、ほとんどの、これまでの記憶たちが、しずかに、整然と並んでいた。
はじめての旅行。
喧嘩もなくて、ずっと楽しかった。
歴代の彼女と旅行に行くと、いつももめてしまうから行くことが怖いと怖気づいていた彼が、行って良かったと終わった後にしみじみ呟いていたのを覚えている。
お花見。
お弁当を手作りした。
あの人は基本、こちらが聞かない限りあまり褒めてくれない。
唯一、卵焼きが甘くないことだけは褒めてくれた。
その後も何度か手料理を振る舞ったが、あんまりいい反応をしてくれないので、馬鹿馬鹿しくなって、そのうちにほとんど作らなくなった。
夏祭り。
花火大会。
浴衣を着て笑っている、幸せそうな私。
夜景のディナー。
店員さんが写真を撮ってくれたけど、お互い撮られるのが苦手なので、笑顔がぎこちない。
和歌山の白浜。
城崎に、伊勢。
ルミナリエ。
このすぐ後に初めて振られた。
一回目の失恋。
ディズニーシー。
レストランで食事をした直後に、大喧嘩をした。
3回目の破局の直前。
マグリットの美術展。
後半に行けば行くほど、衝突は増えていった。
二度と行きたくない場所、思い出したくない思い出たちも、増えていった。
たくさんの食べものたち。
クリスマスに食べた河豚。
軍鶏のお鍋と、親子丼のコース。
ホワイトデーに食べに行ったタルト屋さん。
屋台寿司。
昼間から食べ飲み歩いた、居酒屋だらけの街。
数え切れないほど行った、行きつけの焼き鶏屋さん。
もう、食べれないんだ。
ほんの二月前に行ったのが最後だなんて、思いもしなかった。
ごちそうさまでした、また来ます。
お見送りしてくれる店員さんに、毎回そう言って店を出た。
必ず、その後には手を繋いだ。
手を繋いで、酔ったテンションも相まって、くだらないことで笑い合いながら駅までを歩いた。
もう、取り戻せない、たくさんのものたち。
写真の羅列の途中途中に、破局してはぼろ雑巾になっていた、私の記憶も残っている。
近くの川の河川敷で、日が落ちるまでずっと、対岸のビル群を眺めていた。
夕暮れと、夜の訪れと、街の光。
この写真を見るたび、胸が軋む。
この時の、圧倒的な虚無感。
夥しいほどの孤独を、まざまざと思いだす。
私、ずっと、おんなじところにいるんだね。
何年経っても、ずっとおんなじところで吹き溜まっている。
何度も何度も、おんなじ暗闇に堕ちて、絶望にたゆたっている。
毎日、生きるのか死ぬのか、その日に決めるような日々。
そのうちに、なんとなく元に戻って、なんとなく、表面上は幸せみたいに、見える日々を重ねて。
もう、疲れたね。
たくさんの思い出たちが次々と浮かんできて、呼吸は苦しいけれど。
不思議と涙は出なかった。
今はもう、虚しさしか感じない。
もう疲れた。
もう、繰り返すことに。
あなたに会いたい。
死ぬほど会いたい。
だけど二度と、会いたくない。
これ以上、死にたくない。
こんなに苦しいのは、もう嫌だ。
私の心は、もう、限界なのかもしれない。
あなたを愛し続けること。
あなたを赦し続けること。
あなたを縛り続けること。
だけどあなたを縛りきれやしないと自分に言い聞かせることも。
あなたがいないと、生きていけなくなることも。
自分を見失い続けることも。
幸せを見誤ることも。
もう、つかれた。
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