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第275回、夢とAI技術に辛辣な意見を述べてみた


第一章 -夢-
今月中にAI画像の販売を行う為に、後400枚の画像修正を行いたいのですが連日知人の遺品整理と新番組の対応に追われてなかなか出来ないでいます。

純粋に目的だけに向けて行動を行っていれば、あるいは実現出来る可能性はあるのかもしれませんが、残念ながら様々な欲望、煩悩、事情に阻まられて事が上手く進みません。

夢の事を偉そうに云々語っていた自分ですが、実際の所この有様です。

言うまでもありませんが、夢とは自分の願いに突き進む強い信念と、他の様々な欲求を抑え込む、自分を律する気持ちの両輪が必要なのです。

ジョブズの様に、純粋に夢に向かって生きられる人間は、発想力もさる事ながら、その信念、精神性が尋常ではないのだと、改めて感服させられます。

自分はどうやら、ジョブズの様には生きられない様です。
夢を諦められなければ、社会に適応しながら夢を追う事も、夢だけに向けて一途に突き進む事も出来ない半端者です。

自分に夢の事をどうこう言う資格等、何もないのです。

それでも自分は、欲求と煩悩を引きずりながら、無様に夢を追いかけたいと思います。
あいにく自分は、効率的で合理的な思考とは無縁の人間です。
非効率的で不条理な思考のまま、しかしながらそんな自分だからこそ抱ける志向性を信じて、これからもやっていきたいと思っています。


第二章 -AI技術-
自分は今、リアル系の少女グラビア画像に、人生の命運をかけていますが、リアル系画像において、AI画像が現実を凌駕しているとは正直思えません。やればやる程、実写の表現性には到底叶わない事を実感させられています。
AI生成技術がなければ、こんな自分に表現を出来る可能性はなかったので、AI技術には心底感謝をしていますし、将来への可能性も感じています。
しかし同時に、人間の表現力や感性に及ばない事も感じてしまうのです。

それでも自分は今の所、AI技術の力をなしに表現をする事は出来ないので、積極的にAIを使っていこうと思います。

しかしAIを使う人は、AIをあまり過信しすぎない方がいいのではないかとも思っています。AIが出力した物が、本当に自分の表現したかった物なのかを見極める必要もあるのではないかと思います。

極端な事を言えば、AIはどんな人間が呪文を唱えても、一定水準以上の物を出力はしてくれます。
問題は出力された物が、自分の表現したい物であるかという事なのです。
「呪文を唱えたらこんな結果が出たから、それが自分の作品」なのではなく「自分の表現したい事を具現化する為に、AIで生成をする」のです。

核となる部分に人間の思いがなければ、それはただAIが生成をした物でしかありません。AI技術とはいえ、結局の所はそれを使う人間の心が作品の質を左右するのではないかと自分は思っています。

又余計な発言をして、多くの人達にいらぬケンカを売ってしまっていないか心配ではありますが、自責の念を込めて、今回あえて夢とAI技術に対しての
辛辣な意見を述べてみました。

(夢について全然、辛辣でないという声も聞こえて来そうですが‥)

生成初期の頃の、アジアンサイバーパンク作品です。途中でやめてしまいましたが、
自分の割と好きな世界観です。出来ればこの系統は、もう一度挑戦してみたいです。

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