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精神世界物語 前編






等価交換


魂は、生命としてその世界に生まれ、代償の賛美を上げる事で産声を上げる。

始まる世界。

始まる時代。

始まる時間。

始まる私の人生。



そして今‥‥



風が吹くビルの屋上。
物々しい騒音が、工事現場に響き渡る。

クレーンに資材、作業員。
関係者以外立ち入り禁止な場所に私は立っている。
本来なら場違いなこの場所に、私は呼ばれたのでやって来たのです。
仕事?
いいえ。

私はエノラ。
アルビノ種として誕生し、現在小学5年生。

私を呼んだ相手を探す。
屋上のフロアは、見渡す限りの工事現場。
そりゃそうよね。
見つかっちゃ大騒ぎ。

「呼ばれた気がしてここまで来たのに」
私の側で声がする。
「それは、気のせいではないぞ、エノラ」
「誰?前にも話しかけてきたよね?」

見つからないように、物陰にしゃがみ込み隠れる私。
来るんじゃなかった。
もちろん悪戯っ子だからここまで来た訳じゃないですよ?

阿婆擦れ?

心外な。
声は更に続けて私に聞こえる。
もちろん私以外には聞こえません。
声は語る。
「時に寄り添い、絡まる事もある」
「‥‥それって下心でって事?」
「正当な理由、任があってな」

間を置いて声は聞いた。

「迷惑か?」
「生活に支障は無かったし、もしかして、私の事守ってくれてる?」
「そうさな」

急な話し相手に、私はワクワクする。
工事関係者が私と目が合った。
あ‥‥。
まずい。
駆け寄って来た。
すみません、失礼します。
私は猛ダッシュでビルから飛び降りた。

後ろから叫ぶ声が響く。
「やめろ!」
「早まるな!」
「うわぁー!」

私は心で呼び出す。
「聖釘!」

落下する私の足元に、2メートルの飛行物体が召喚され、私はそこに着地した。
ゆっくり立ち上がり、ビルを滑空する。

「ごめん、見つかっちゃった」
「仕方あるまい」

関わらなくて良い声もある。
そう割り切り、遊歩道まで降下した私は、聖釘から飛び降りた。
「聖釘は、使いこなしたか?」
「どうだろう‥ね、どんな姿してるの?私に教えて?」
「知らない方が良い事もあるぞ」
「怖がったりしないわよ。私」

最近、私のスキルが目覚め始めている。

知らない匂いがして

知らない声が聞こえて

そして、見え始めている‥

声も少し嬉しそうに答える。
「第六、七感を駆使出来ると申すか‥これは守り甲斐がある!」
「ね、名前なんて言うの?」
「親分先生と呼んでくれ!」
「お、親分?」

意外なお名前。

「あと、プルもおるぞ」
「プル?」

どうやら、私には、2体の霊体が憑いているらしいです。
どんな姿してるのだろう?
その時だった。

私から10メートル離れた歩道に黒いモヤが立ち込めて来た。
臭い。
嫌な匂いだ。
親分先生が警戒して言った。
「近いぞ‥目をつけとったか。やり過ごせ」
「う、‥ん」

このままじゃ、家に帰れない‥‥
気付かないフリをしてその場を立ち去る。
黒い気配を感じる。

ジリジリと近づいて来た。

やっぱり臭い。

死んで枯れ果てた魂の匂いは、共通して臭い。

生死問わず、その匂いは、枯れ果てた魂程、同じ嫌な匂いがする。
そして。

黒い霊体は、私の背中をデカい頭でど突く。
見逃してくれなかった。
もう嫌だ!

たまらず私は猛ダッシュで逃げた。
「もうやだ!何でど突くの?」
「慌てるでない。ワシもプルも付いとるぞ」
ビルの裏通りに駆け入る。
そこで迎え撃つ。
「っつ‥!」
立ち塞がる巨漢の霊体が目の前にいる。
中途半端なスキルでなんとか網膜に捉えてやっと見えた。
迎え撃つ筈が逆に追い込まれてしまった。
退路を確保したい。
「親分先生はどっち側なの?」
「エノラ、ワシは違う。わからんか?」
「証明して!私を無事家に帰して!」

後退りする私の背後から、巨大な腕が退路を塞いだ。

声が上から聞こえる。
ビルの屋上に誘った、あの声の主だろう。
私が見上げると、黒い獣の霊体がビルの壁面に垂直に張り付いていた。
顔の無い頭部にせり出す巨大な顎。
尖った凹凸の体の後部から長く伸びる骨の様な尻尾が揺れる姿で、私に霊視線を浴びせてくる。
感情のない低い声で黒幕は話す。

「餓鬼のくせに、似合わん力持ちやがって」
「あなたね。私を追い込む様に霊体に指示した黒幕は!」

目的は何?
黒幕は答える。

「お前に憑いてるそいつらも何だ?」
「あなた、親分先生達が見えるの?」
「お前の霊視線は、世界線を切り替えないと見れないのか?」
「別に切り替えている訳じゃ‥」
「お前の頭上に3メートルの巨体が居ても見れないのか?」

さ‥3メートル?!
もしかしてそれが親分先生の事?
ゆっくりと真上を見てイメージする。
胸がドキドキする。

そして‥‥見れた。

「エノラ、ワシを信じろ。守っとるだろう?」
「 」
「心配はいらん。指1本触れさせはせんよ」
「 」

回答出来ない。
ただ声を抑え怯えるしか無かった。

イメージ出来なかった事。
予想とは違った姿であった事。
その親分先生の姿は‥‥

機関車トーマ○の様な、顔つきに、マネキンの様な生物的でない体の色合いは、巨大な百足に近い姿で小さな足とも言えない2、3関節の腕らしき爪が何本も生えている。その姿が3メートルの体長で統一されている。
そして、中央からせり出す4本の長く太い足がへの字になっているであろう、足がビルの壁に向かって、伸びている。
全体が見えない3メートルの親分先生は更に自らをこう証言した。

「ワシの体には顔が2つある。死角を取れると思うな」

顔?顔って何処?
私に覆い被さるかの様に微動だにしない親分先生の、遥か尻尾の先に顔がもう一つあるって事だろうか?

「連れのプルも、どう立ち回るか知れん。エノラを解放してやってはくれまいか」

獣の黒幕を横切る様に、ゆっくり揺れる巨大な尾が、黒幕にわかる目線で圧力を発している。
その先を更に見上げると、10メートルを超える長い胴体で見下ろす龍の様な霊体が、閉じた2つの眼から見開く8つの眼球らしき眼が見開き、睨みつけている。
親分先生が証言した様に、いつ行動を起こすかわからない姿勢でプルが霊体の手の内を探っている。

つまり、これが戦闘態勢なんだと理解した。

「アンタよりも巨体じゃ厄介だ。チッ」

黒幕がビルの壁面に埋もれる様に姿を消した。
続いて私の退路を塞いでいた残りの霊体も、渋々壁面に向かって姿を消した。
匂いもしない。

静寂

私が駆け込んだ裏通りの入り口付近から、盛り塩が無残にひっくり返されている。

‥‥私が蹴っ飛ばした?

プルが首を振っている。
違った様だ。
けど‥

今回の件で、罪悪感が湧き出てしまった。
親分先生を信じてあげられなかった事。
親分先生に怖がったりしないと、無理にスキルの向上を計り、怯えてしまった事。

手の震えが止まらない。
私を守ってくれる大切な存在が寂しそうに呟く。

「見るには、まだ早いよな」

たまらずその場でへたり込み、私は号泣した。


それから先、私は昏倒して、通り掛かりの知らない人に救急隊に連絡してもらっていたらしい。
気がついたら、病院のベッドの上でした。

また、やってしまった‥。
今になって始まった事ではないけど。

スキルが開放される度に、私は何かしら代償を払っている。

その度に昏倒して、何度も病院送りになった。

駆けつけたパパとママに何度も謝った。
3度言わなきゃ気が済まないので。

廃坑トンネルの怪異後、病院でお世話になった担当の先生と、病室でリハビリがてら召喚した聖釘に乗り込む所をバッチリ見られた看護婦さんも一緒だった。
看護婦さんの無言の圧力で睨みつけられて、ニコニコ顔の先生に質問される。

「今回は、どうされましたか?」

耳が痛い。
適当に誤魔化す。

「ビルの路地裏に置いてあった盛り塩を蹴っ飛ばしたら、祟られました」

ピリピリと看護婦さんの眉間にシワがよる。

「阿婆擦れも程々に」

嗚呼‥耳が痛い。
普通お大事にしてくださいです。
反省はしてない。
一礼して、診察室を後にする。

後日、親分先生がその後の調査を自主的に行い、進展があってその話をした。

−今回の怪異の調査報告。

呼ばれたビルの屋上から、三件の飛び降りがあったそうです。

黒幕の獣は、口の上手い哲学者。
最初の自殺者。

二人目は2メートルの巨漢。

三人目は落下中、障害物に激突、体が半分になったとか。

落ち着いた頃、私は大きな器にありったけの盛り塩と注連縄を飾り、祀った。

自殺‥‥

死んだ人にしかわからない事だろうけど‥
もし、知っているとしたら‥‥?

そりゃ、言えないよね。
私は肯定も否定もしない

私は中立。



私達生命は流れています。

人、物、自然‥‥

三つの世界線が二乗され、重なって流れています。

神様も仏も、人も‥‥
光の速さで二乗、流れています。

時計で言ったら‥
秒針が唯物世界
分針が仏
時針は神様


終わらない永遠の旅の流れ‥‥
何処から来て、何処へ行くのか
問題はそこじゃない

その‥光の速さで二乗された世界線から、流れを自ら止め、精神世界から弾き出される事
待つのは永遠の闇の奥の奈落‥‥


それが自殺。



だから壊れてる。
だから、姿を変える。
だから、真っ黒。
代償を餌に精神世界で抗う。



そして、臭い‥
どんなに見えなくたって
匂いは騙せないから。

精神世界は、無情だ。

親分先生が言ってた。
魂の流れは絶対止めるなって‥
修正が効くのは、唯物世界で生きている時だけだって‥
死んだら修正出来ない。

だから私達は此処へ来る。
運命を修正する為の長い長い旅。




そして、私の運命も決まる‥‥





それは、もう少し先の話。



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