<SS>愚者と隠者(空閑 遊輝,月影 紫音)

人と話したり交流するのが昔から好きだ。
その人を通して今まで知らなかった世界を知れたり、仲良くなれるから。
ただ、自分の事は決して話せないけれど…
「…今日もいい天気だなぁ」
そんな僕、空閑遊輝は今日もこの国立シャルル聖徒学院の校内をぶらぶらと散歩していた。元々散歩が好きっていうのもあるのだが、こうして歩いていると良い景色を見られる場所や近道を発見出来て楽しい。新たな出会いもあるかもしれないしね。
「…ん?」
そんな中、ベンチに座っている女子を見つけた。さらさらとした黒髪に胸辺りまで伸びているおさげ…月影紫音だ。彼女は何かに真剣に取り組んでいる様子。「話しかけてみたい」僕はそう思った。それに、ときどき見かけるけどなんでいつも1人でいたのか気になるしね。
「ねぇねぇ、何してるの?」
ベンチの背に少し前屈みになって彼女に話しかけてみた。その瞬間彼女はビクッと肩が跳ね上がり、振り返って僕を見ている。そんなにびっくりしなくてもいいのに…。
「あっ…びっくりさせちゃったかな。大丈夫だよ!ボクは君を取って食ったりする程悪い奴じゃないし!」
なんとかフォローをするが、彼女は固まったまま。小刻みに震えながら涙を浮かべている。どうしようか…と悩んでいたら彼女の手に持っているスケッチブックが目に入った。
「ねぇ、もしかして絵描いてるの?実はボクもたまにだけど描くんだ〜」
話を合わせる為の嘘かと思われるかもしれないが、僕は絵を描くのも好きだ。紙や画材、絵柄を変えるだけでも色々な世界観を生み出せるし、自分を表現出来る方法の1つでもあるから。…まぁ、割と上手く描けるし絵に対してこう思うのは過去に教育係から無理にでも教えられていたっていうのもあるが。
「ほ…本当に…?」
その事を聞いた彼女は、頑張って口を動かして答えた。さっきよりは落ち着いた様子。
「よかったら絵見せてくれない?」
僕は聞きながら彼女の隣に座った。
「い…いいよ。…趣味程度だから、全然下手だけど…」
そう言いながらも、スケッチブックを開いて見せてくれた。女の子らしい可愛らしい絵が描いてある。ボクには出せない味があって凄く良い。
「えっ上手じゃん!!ボクこれとか凄い好きだな!」
それを聞いて彼女は少し嬉しそうな表情を見せていた。

✨️

その後、僕達は絵以外にも天気とか在り来りな話をしながら過ごしていた。彼女も最初よりはぎこちなさはあるが話せるようになっていた。
「話聞いてたらボクも絵描きたくなってきちゃったなぁ」
「本当?…遊輝君、どんな絵描くのか気になるし楽しみだな…。えっと、良ければこのスケッチブックの後ろに描いてもいいよ。ペンも貸してあげる…」
「えっいいの?ありがと〜!」
そう言いながら彼女が持っているスケッチブックに手を運んだ。その瞬間、彼女と手が触れた。触れたまでは良かったのだが、それを見た彼女は青ざめ、自分の手を引っ込めた。さっきまで楽しそうだったのに。突然の豹変っぷりに僕は驚いた。
「ど、どうしたの!?ボクなんか変な事しちゃったかな?」
返答もせず、彼女は自分の手を握りながらうずくまってしまった。本当にどうしたんだろうか。「僕のせいで彼女が怯えている」と色々悩んでいた所、ある事を思い出した。
彼女の能力は「本心を感じ取る」。
相手の手に触れると彼女の脳裏に相手の本心が流れ込んで来るらしい。
そういえば、さっき触れた瞬間見たくないものを見てしまったような表情をしていた。
推測だが、僕の手に触れて彼女は僕の本心を覗いてしまったのでは…?
ドクン、と突然鼓動が早くなる。今まで自分のことを知られた機会なんか一切無かったから、焦っているのだろうか。「もし、僕の事を知って嫌われてしまったら」と不安な気持ちが脳裏を過ぎる。いや、今はそんな事はいい。彼女を落ち着かせるのが先だ。
「…ごめんね!キミが手を触れられたくない事忘れてて…あと、もしかして見ちゃった?ボクの心の中」
謝ったはいいが、彼女は僕を一瞬見て目線を逸らしてしまった。初対面の時より余計に怖がられている気がする…。それでも彼女は答えようと胸を抑えながらこくりと頷き
「…手に触れた時、黒くてどろどろとしたものが見えたの…」
と恐る恐る伝えてくれた。そんな風に見えてしまうのか…。すると、俯きながらもぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。
「…私の能力、嫌が何でも手を触れた瞬間に相手の本心を感じ取れちゃって…皆には迷惑かけてるって分かってるのに…私はなにも出来なくて…」
今まで1人で居たのは、自分の能力が他人に迷惑をかけるから。そして、能力をコントロール出来ず困っているとの事。語る声が震えているのが今まで悩まされて来た事だということを物語っている。
「…一緒に探さない?能力のコントロールの仕方」
苦しんでいる彼女を放っておけなくなって、気づけばこう声をかけていた。彼女は驚いて僕を見る。綺麗な瞳からはぽろぽろと大粒の涙が零れていた。
「いや、能力の事忘れてて手に触れちゃったボクも悪いし、お詫びというか…」
こんな事を口走るとは思わずしどろもどろになっている僕を見ながら彼女は笑いながらこう言った。
「…ありがとう!」
にかっと笑いながらまた涙を零した。今度は悲しい涙ではなく、嬉しい涙だと分かる。
その様子を見て「紫音ちゃん、本当はこんなに良い笑顔の持ち主だったんだ…」
と僕は心の中で思った。
自分自身の過去と向き合えず現実逃避を繰り返す僕。自分の能力に悩みながらもちゃんと向き合おうとする彼女。そんな愚者と隠者の出会いは不思議なものであった。

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