見出し画像

遠くに行きたかったあの頃

ずっと、どこか遠くへ行きたかった。

*****

私の実家と地元は東海の片田舎にある。
辺りは田んぼと、時々田んぼを埋め立ててできた団地しかない。車で10分ほどの所にスーパーが、20分ほど走らせればイオンがある、ありふれた普通の田舎だ。

元々隣県に住んでいたが幼稚園の頃に母方の祖父母と同居することになり、この田舎に引っ越してきた。
はっきり言って、引っ越してからは最悪の一言に尽きる。
よそ者だからなのか、その年では珍しい眼鏡をしていたからなのか、からかわれ、いじめられたこともあり、周りに馴染めなかった。今思うと私ももう少し馴染もうとすればよかったかもしれないが、よくよく考えれば先に友好を放り出したのはあちらなので馴染むも何もない。
そんな感じで私は幼稚園から中学まで、実に十年近くの歳月をそういった時間に苛まれた。(基本幼稚園から中学までは持ち上がりなので面子が変わらない。)
だから、高校は遠くの所にした。私以外の中学の同級生が一人しか行かない、行きだけで一時間半もかかる学校である。(途中不登校になったけど)かつてないほど平和だったし、楽しかった。
大学は一人暮らしがしたくて京都の大学を選んだ。親には猛反対された。でも、断固として引かなかった。

遠くに行きたかったーーいや、地元と家から自由になりたかったから。

*****

小学生の頃には既に、遠くに行きたい、遠くへ行かなきゃとそればかり自分の心で唱えていた。
多分この言葉は私のお守りで、現実逃避で、生きる希望だったのだと思う。

*****

両親は私にはそこそこ厳しいかと思えば変なところで放任主義、反対に甘え上手な妹は甘やかしつつ過保護に育てていた。
反対こそされたものの大学を卒業させてくれた上、一人暮らしもさせてくれた両親にありがたく思っている。
だけどモヤモヤが収まらない。
同じ両親から生まれたとはいえ、私と妹は違う人間だ。接し方も当然変わるに決まっている。だけど、それでは納得できない小さな出来事がいくつも自分の中に積み重なっている。
例えば、妹のある年には自分がしていたことを妹にはさせないだとか、妹が真似するから辞めなさいとか、本当によくあるそういうことが自分の中で楔になっていった。
一番決定的だったのは、高校生の時に電車で気持ちが悪くなってホームで吐いてしまった時だった。同じ電車に乗っていた妹は吐いた私に駆け寄ることもなく横目に通り過ぎた。腸が煮えくり返ると同時にショックだった。更にショックだったのは、その妹を肯定した両親だった。
曰く「授業に遅れてしまうから仕方ない」だそうだ。
多分、これが逆の立場だったら私は両親にこっぴどく責められただろう。「どうして妹のそばに行かなかったのか」と。両親がそう言うだろうことは容易に想像できた。
はっきり言って、妹と若干(だと思いたい)差があるなと思った。

私と妹の扱いに差があるのは、私が長子で長女だからなのだろう。実際そんな感じのことを言われたことがある。(ちなみに我が家は格式高いとかは断じてない。田舎特有の跡継ぎが〜とか言うヤツから来てるのだと思う。)
だからって、はいそうですかと納得できるはずもない。
そもそも両親は次男次女だ。両親が私に求めてきた長子長女像は机上の空論、要は妄想の産物なわけで。自分達の理想の長子長女に私を仕立てようとしてた訳である。

親に「お姉ちゃん」と呼ばれると、ものすごくもやもやする。
妹から見たら確かに私は姉だが、その前に妹と同じあなた達の娘なんですけど!?って感じになるのだ。
両親に他意が無いのは分かっている。でも、思うのだ。私を娘としてではなく、基本姉として扱うって我が家は妹ファーストだよって言ってるようなものじゃないか?と。
めちゃくちゃ極論な事は理解している。
ファーストは言い過ぎだが、妹の目線に準拠しているというのだろうか。妹が基準になっている事がやたら多い。おそらく妹が幼い頃の頃の名残なのだろうが、それでもいい気がしない私が狭量なのか、過敏なのか。
今でも腹に据えかねているのは、妹の高校見学には一緒に全部参加したくせに、私の時は一回も来なかったことだ。どちらも三回も機会があった上である。私の進路は興味ねーってか、ハンッ。
もしかしたら妹がいる家庭なんて、どこもこんなものかもしれない。
でも許せなかった。
私もあなた達の娘で庇護されるべきはずなのに、勝手に私を妹を庇護する立場に据えるなんて。
妹よりたった2年先に生まれただけで、なんであなた達の中で「娘」より「姉」が先にくるの? おかしくない??

このまま、ここにいたいとはどうしても思えなかった。
だから、私は遠くへ行くのに躍起になった。

*****

今年で家を出て十年経った。
一人暮らしを始めてからほどなく遠くへ行きたいという気持ちは顔を出さなくなった。それまでが嘘みたいにぱったりと止んだ。

妹は働き出した今も両親と一緒に住んでいる。
それが一つの答えのような気がした。
そんな選択肢を持てた妹がとてつもなく羨ましかった。

でも、私はもう大人で、自由だ。
遠くに行きたいと心を遠くに追いやっていた子供の私では、もうない。
自分次第でなんでもできるし、どこにでも行ける。
随分前から自分の中に存在していた選択肢に気付くのが遅くなってしまった。

きっとこれからも、いっぱいもやもやするだろう。
それでもこの先の自分と時間がいい感じに自分の中の落としどころを見つけてくれるに違いない。そう信じている。

追伸
ちなみに学生時代の文量が少なかったのは、地元を出たことと時間が解決してくれてもうあまり気にしなくなったから。
とはいえ、地元でばったり会ったら話しかけられてもフル無視する自信がある。
それくらいは許してほしいと思ってしまうのは身勝手だろうか。