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6356を救うには80億円越えの薬の投与ガ必要デス(仮題)

細菌やウイルスは投薬によって消滅するほろびる
それが人類の編み出した概念。抗い。事実。
ならばその摂理に非を訴えるのは筋違い。

 世界は今たくさんの問題を抱えている。
長年問われた環境汚染、温暖化、海面上昇。ゴミ問題、エネルギー問題。
人類はなぜ生まれたのか、それは自身の体内を例に考えてみよう。

『私の体の中には欲しくなくても何億兆もの細菌やウイルスがいる。それれらは組織を形成し今の肉体を作っている』
人類もそれと同じなのではないだろうか。
少女の姿をしたそれは言う。

時々思う私たち人間は、人類は。
地球とはいったい誰のものなのだろう?
大半の者はきっと「地球は自分たちのものだ」そう思っているだろう。
――だから人間同士で殺し合う。奪い合う。
愚かしい。

視線が交わる。少女の姿をしたそれは微笑みながら問う。
『あなたは地球って誰のものだと思う?』

 気分が悪そうな少女を心配する姉のような表情をする女性が声を掛ける。
「ティエラ大丈夫? 熱っぽいし咳も出て……」
一面が真っ白な光に溢れた空間。そこにはベッドのようなものの上に横たわる少女の顔をしたティエラの額に手を添えるリアンに
「大丈夫よ、リアン。ちょっとフラフラする時はあるけど。それに最近はよく濁流もしてるし、慣れてきてるわ」
心配させまいと笑う。
「濁流は慣れてはだめよ」
もうっといったように溜息を吐くリアン。目の前の彼女は明らかに顔色が悪い。それはリアンでなくても気付く変化であった。
彼女ティエラは長年病に侵されている。緑の不足ももっともだがもっと厄介なのが内出血や空気汚染による咳。彼女の体内は血煙と硝煙で各器官がボロボロの状態なのだ。
長年対策はあったりなかったりだが、ここまで生きて来れたのが奇跡のようなものだ。
細菌の潜伏期間や活動期間にもよるのだろう。
どれだけ忠告しても応じない、肌荒れや震えは酷くなる一方だ。
彼女は薬の投与を否定している。

 「もうその身体はもたないんじゃないか?」
「なんていう事を言うんです、ウノス」
急に入って来た声に答えるリアンを置いてウノスは続ける。
「リアンが一番分かってるんじゃないか? ティエラはもうダメだ。早く薬を投与しないと手遅れになる」
もの言いたそうな表情かおをするティエラ。だが言葉はない。
二人の間に不穏な空気が流れ始めているのにおろおろしているティエラをよそに、更に声が空気を裂く。
「寧ろ手遅れなのですよ、ティエラ。あなたは理解かっていますね?」
傍らで睨みいがみ合いつつある二人に目を向ける。ゆっくりとティエラへと向き直る。その表情は彼女を諭すようなものであった。
陰からゆっくりと歩み寄り、彼女の瞳を見つめるシェメ。
「綺麗な水ノ色の瞳が濁って来ている。お前を失うのは嫌だ」
わたくしだって!ティエラを失いたくはないわ!」


 世界は季節を巡る。
仮想をする人々。残される、生まれたゴミ。
幸せに暮らす人の生活。生活に苦しみ死を考える人。
雨による被害に頭を悩ませる者。ミサイルを打ち続ける者。
恐怖に叫ぶ人々。救いを求めて神に祈る者達……。
地形を削り発展を求め彷徨う。

 「お疲れ様ー、帰りコンビニ寄ろう」
「ピザまんとコロコロ唐揚げ食べたい」
平和な学生の日常。
日々流れ続けるニュース。善しも悪しも淡々と時に切羽詰まらせながら、深刻に楽観的に……。
 とある庭先。
「洗濯が干せないわね、雨いつ止むのかしら?」
「なぁ、ちょっと出かけて来るけど必要なもんある?」
「じゃあ牛乳お願い。傘は差して行くんだよ」
母親の言葉に返事を返し出て行く息子。

人々は考えなくてはならない。
この世界の環境を、破壊を。支配を。

  ベッドのようなものの上で横になっているティエラ。
相変わらず顔色は悪いままだ。
「ティエラ、調子は?」
「ウノス、来てくれたの? 私は平気よ。ちょっと胸が痛くなる時もあるのだけれど」
じっとティエラを見つめるウノス。そんな彼を不思議そうに見つめ返すティエラ。
そんな純粋無垢な表情に苛立ちを覚えるウノス。
(これ以上は危険だって、ティエラは優しすぎるんだよ、クソッ!クソ細菌共め)
一瞬彼の表情が歪んだように見えたティエラだったがどう声をかけたらいいのか分からず困っていると、無言で踵を返してしまった。
「……ウノス?」
不安が胸を燻る。
(どうしたのかしら、深刻そうな顔をして……)
ふっと顔を天へ向け祈る。
――どうかこれ以上私の中で悪さをしないで。
私は大丈夫だから、このまま私の中に居てほしいの。私は誰も失いたくないのよ。
病室に一人声にしないコエを乗せて。

 何処か分からない暗い空間。
使われていない病室の一室。ウノスがシェメと話しをしている。
ウノスがシェメの言葉に対して首を縦にゆっくりと振って、その場を立ち去った。
 ウノスが去った後、暗闇を背に向け暫く立ち尽くしているとどこからともなく新たな人影が現れた。
「お呼びか、シェメ」
「ああ、来てくれてありがとう」
「届け物だからな」
言葉は短いが冷たい感じのしないもの言い。
「この薬はプリュタオンにしか頼めないから。助かったよ」
振り向き薬を受け取るシェメ。その手には注射器型の薬が握られている。
「私はもう誰も失いたくないんだ。彼女が望まぬとも私は彼女に生きてほしい。
不幸な事にお前は私の同盟から外されてしまったが……今でもお前は私の同胞。かけがえのない存在だ」
申し訳ないと表情を落とすシェメに元気づけるかのように口を開く
「条件から外れてしまっただけでオレは恨んでなんかもないし、今でもオレはシェメを友だと思っている」
二人は仲違いをしたわけではない。声に、勝手な秩序に引き裂かれただけだ。
誰が何と言おうと敵になった訳でもない。
それが出来ないのは知能が身についてしまった生き物だ。離れてしまえば敵だ憎いだ……愚かなり。
私たちは違うと言い続ける。まるで――のようだと嘲笑ってしまう。

――ティエラの事は残念でならない。

 大雨降る外を見つめる犬猫と飼い主たち。
 干ばつに意見を述べる人、街が水没しかけている状況を伝えているテレビのアナウンサー。
自分が一番であると訴えている者。
演説、抗議デモの様子。

 雑音と共に世界は変わらず動き、健康な人も病気の人も変わらず時間は流れていく。

 病室。
(今日は誰も来ないのかな?)
窓辺に飾られたキラキラとした花が揺れる。
ティエラの心は穏やかだ。
「……」
ふいに振り返るとそこには無言で立ち尽くしているシェメの姿が。ティエラの表情は強張った。
「シェ……メ?何だか今日のあなたは怖いわ」
恐る恐る口を開いた。
「そんなことはない。私はいつもと変わらないよ。今日はね、ティエラに贈り物を持ってきたんだ。受け取ってくれるね?」
そんなシェメの言葉に彼女は物にもよるわと表情を返す。
 すっとシェメがティエラの横へ立ったことに身をすくませた。
そんな彼女のことなどお構いなしに華奢な手を取る。反射的にその手を振り払ったティエラに何の疑いもない表情のままのシェメ。
悲鳴を上げるティエラ。抗議の言葉が吐き出された。悲痛なその言葉。

 「早くティエラが良くなるといいのだけど」
「それはオレも同じだ」
見舞いにやって来たウノスとリアンが目にした光景にその場から動けなくなる。
ベッドの上で抵抗を見せるティエラを押さえ込もうとしているシェメの様子。その光景は異様に見えた。
「ウノス!リアン!助けて!」
「手伝いなさい!アナタ達!」
二人に気づいたティエラ、シェメが声を上げる。
同時に放たれた言葉に戸惑う。
(助けて……?どうしてシェメさんがティエラを酷く扱っているの!?)
手にしていた花束をぎゅっと抱く。不安が彼女を巡る。
(何だ……この状況。シェメは何を――)
状況が呑み込めたウノスはシェメの方に加勢する。それを見たリアンは戸惑いを見せ。このままではティエラが危ないと……花束が地を跳ねる。
「リアン、アナタはこちらを手伝うべきですよ!」
「シェメさんが何をしようとしているかは分かりませんが、ティエラが怖がっているじゃありませんか。わたくしはティエラを守りますわ!」
そんな彼女の言葉にウノスが吠えるように口を開いた。
「ティエラの為なんだよ!お前はティエラが好きなんだろう!」
「好きよ!大好きよ!だから嫌がることから守ってあげるのよ」
キラっと光ったシェメの手に握られた透水ガラス色の注射器。リアンはそれに激しく動揺した。
突如にう反芻する彼の言葉。
『ティエラの為なんだよ!』
ティエラを庇う手に迷いが生じた。
「……リアン?いや……嫌よ。やめて」
「だって私……、ティエラには元気に、なって欲しいもの……」
「私は元気よ。変わりないわ。シェメが持っている薬なんか打てば私、それこそ死んでしまうわ!お願いよ、リアン!私を見捨てないで!」
懇願するティエラに想いが混ざる。
「リアン、お退きなさい」
「ティエラを救うには必要な薬だ!
お前ら姉妹みたいに仲が良いんだろ、姉を救いたいと思わないのか?」
「でも、嫌がって……。――そうよ、ティエラが苦しんでいるの見ていたくない……。
でもティエラの気持ちは……」
そのまま自問自答を繰り返し始める彼女にもう、ティエラを守る様子はない。
「錯乱してしまいましたね。少しおやすみなさい、リアン」
カッと光が差したように辺りを照らす。
自問自答していた彼女がとっとその場に崩れた。床に倒れた彼女に不安の空気だけがティエラに絡みつく。
「嫌っ、リアン!リアンッ!」
障害が無くなったのを良い事に抵抗する彼女をウノスが抑え、嫌がるティエラの華奢な腕に躊躇いなくそれは投与された。
「嫌っ!いやぁあああっ!!」
体内に入ったそれは水の如く身体に広がっていく。視界が歪んだ。
「次に目が覚めたら良くなっているよ、それまで……おやすみ」
「……」
そんなシェメを黙ったまま見ていたウノス。ティエラはこれで助かる、そう言い聞かせていた。


 《本日未明、包丁を持った不審な女が――》
《今日も一日荒れたお天気になるでしょう》
「今日はお散歩無理かな」
「外楽しいよねー。雨嫌いだから行かないけど。それに人間の方は忙しそうだしね。ミライも今日は一緒に寝ようよ」
『ミライもザイものんびりでいいなぁ』
『今日は雨だニャ、ミライ今日はお散歩やめとこう!
えー!?僕はお散歩行きたいよー とか話してるのかな?』
飼い主の人間たちが好きなように会話をイメージする。そんな様子に少し違うんだよなと声を上げるのだった。
どんなに鳴いても人間には僕らの声は届かない。
『何、ザイもお散歩行く? そっか、じゃあ後でミライと行こうね。ザイ』
尻尾をぶんぶんと振る犬と猫を愛おしく撫でる少女。

 少しずつ不可思議な事が、異常が起きている事に気づかない。平穏で恐慌な日常が変わり始めた。
謎の現象、行方不明者増加、減っていく人間。
紛争地域や戦争地域では相手国に撃った兵器が自分の元へ、国へ、地域へ戻って来るという磁場の狂いか原因不明の事態が起こっているという。殺人が劇的に減り、自殺者が増加したのだ。
 その他で言えば目の前で徐々に赤く染まる体。そして消えるのだ。実際にはごく微細で微量な種が残されているが気づくものはない。

 しんと静まり返った部屋。どこの建物も灯りは灯らない。
「みんないなくなっちゃったね」
「寂しい……。でもどうして僕らだけ?」
「人間が馬鹿だからさ」
鼠が言う。
「お腹空いたから食べてやる!」
「ダメだよザイ!鼠さんも仲間!」
「……」
いじける猫に一安心の鼠。
「まぁ、これは梟の旦那から聞いた話だけどな」
鼠は我がもの顔で皆に話し出した。

――人間は好き勝手をし過ぎたから流行病に抗体ワクチンを打つように、地球が人類へ抗体ワクチンを打ったのさと話した。

 彼女は目を覚ます。ぽっかりナニカが抜け落ちた状態で。
 「おはよう」
「おはようございます、ティエラ」
「気分はどう?ティエラ」
窓辺に飾られたキラキラとした花がたくさん生けてあるのが水ノ色に映る。
「……」
「まだ気分悪いの?」
心配で彼女の瞳を覗き込むリアン。そんな彼女にただ微笑む。

――何故だろう、身体は軽いのに凄くオモイ。
私の中からナニカが無くなったようだ。

「私、これから何をしたらいいのかしら? ねえ?―――」


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