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無駄をなくすこと と 無駄を大切にすること

無駄をしようと呼び掛けるトヨタ

 トヨタ自動車の豊田章男社長が先日に自動運転車を軸とする新しい町を富士山麓に造ることについて発表しました。
 令和時代と2020年代の始まりにとてもおめでたい話で、反響があったようです。
 トヨタは数年前に'TOYOTOWN'というテレビCMをしており、その時はその意味するものが「何かな?」という不思議な感じがしましたが、そのことなようです。

 出来上がれば無駄のない利口(smart)な町になるかもしれませんが、まだ構想中の今はそれが無駄になるかもしれないとも考えられます。新しいことにはいつも無駄の懸念があるものです。

 章男さんは或る時に理想の車はどんなのかと尋ねられてむちゃ燃料を食う速い車というような答をしたそう。
 トヨタがこれまでに勧めて実現しているハイブリッド車などの環境意識(environmental consciousness)と費用行状(cost performance, CP)の高い車とは全く違う。トヨタだけではなく世界の自動車がこれからは等しく電気自動車を主とする環境性能を厳しく求められるようになる時代に逆行するかのようですが、それは決して現実には意味のない単なる夢ではないと思います。

 環境性能の追求が既定の流れになっている今は章男さんの理想とする車は非現実そうな夢ですが、車に環境性能がなくてプリウスなんてなかった昭和の時代には環境性能の高い車が逆に非現実そうな夢でした。現実と非現実が逆転しているのです。または、今も車はそもそも環境に悪いのだから何が改善されても無駄だという人も少なからずいます。

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 かつては夢のようだった良い流れ、新しい現実も、それが当たり前になると改善が鈍ったりして人間を無駄に縛る変え難い現実に化けたりもします。章男さんはそのような世の常を考えて新しさの更にその先の新しさを提起しているのではないかと思います。国連改革などもその一例でしょう。

むしろ、無駄を大切にすること。

 無駄を取る、取り続ける営みであるトヨタ生産方式はトヨタの心ですが、それは創業の初めからあったものではなく、後の経営危機に瀕する中で大野耐一などのトヨタマンが新しく課題とした、いわば第二の創業理念です。

 第一の創業理念は発明家の創業者豊田佐吉やその後継者豊田英二が唱えた「良い品、良い考」。いわゆる創意工夫です。

 あまり深く考えないとその二つの理念は妙に物分りよく「うん、そうだ。そうしよう。」と合点して邁進するようなものになりますが、そこで頭と体を「止め」てみる必要があります。「止める」ことはトヨタの基本の心得です。

 どんなに良い考えな良い品だと思っても、それが無駄になることがあるものです。しかし無駄の可能性があっても人間は良い品のために考えない訳にはゆきません。それが片手落になって無駄をなくすことだけを考えていても何もならないのです。
 創意工夫と無駄取り、二つの矛盾し得る課題を同時に考えて実行する、それが必要です。それらはいわば同じ車の前輪と後輪です。

 今の時代はトヨタを含み、前輪駆動車、FFが多くを占めており、後輪駆動車、FRは稀少になっています。
 元々自動車はFRから始まりました。原動機の位置が前だとFFではその振動が大き過ぎて車輪が円く回らないからかと思います。動力連結(power train)の機構とその材質が現在よりはるかに脆弱だった草創期の自動車は動力の発生による振動を後輪の向へ逃がして和らげる必要があったのです。そうすると車の全体が無駄のない動作になる。
 後に加わったFFはそのような振動と動力の無駄が生じ易い。そのための機構の開発と普及がうまく行ったので費用の面での無駄は小さい――故に比較的低価格――ですが走りの面での無駄は今も懸案、なので無駄取りということがFRと比べると常に重要になるのです。
 元々無駄が少なくて創意工夫に満ちているFR。
 元々無駄が多くて改善せざるを得ないFF。
 FFがほとんどを占める今の時代は無駄をなくすための改善がどうしても渋々やらざるを得なくてやるという感じのものになりがち。何が無駄でどうすればそれを取り除けるのか、何が改善なのかということが何も考えずに踏襲すべき前例に化けてゆく。
 勿論不動の定石(theory)や常識(common sense)というものは何にせよあるものですが、前例主義に化けた改善はそういうものでもない。

 無駄をなくすことを放棄してはいけませんが、一面では無駄を大切にすることも必要なのです。

 分かり易い例は髪の乾燥機。
 強風を出すと一見は無駄そうに見えますが、風が強ければ乾くのが早いので弱風で長く当てるより時間も消費電力も少なくて高い効果が得られる。力の無駄を大切にすることが最も無駄のないこと。
 ではそれが何にも当てはまるかというとそうではなく、分厚い肉を焼く際には弱火でじっくりと時間を掛けないと表面が焦げるだけで熱が芯まで通りません。時間の無駄を大切にすることが最も無駄のないこと。

 つまり、無駄を取ることにより作業や物事を楽にすることは楽をすることとは違う。楽をすればそれだけ想定外の力や時間を要することになって無駄が多くなる。

 FR車のように初めの構造が確りとしていると最も無駄をなくし易い。

 FRのマークXがなくなってしまい残念ですが、昨年からはFFのカローラが好調でハイブリッド車を上回る売行きだそう。より無駄で遠くない内に全廃が宿命づけられている燃料車を大切にすることから何かが生まれると良いと思います。

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