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で、結局は何が違うのか?:東急・小田急・京王の各沿線について。

 この9月から転居の準備を始めて今日10月の第二週で3度目の(内覧)現地視察になる。
 今までに何かと失敗が多く、今度ばかりは失敗したくないという悲壮な決意で臨む今度の引越。
 その候補地は今住む所と程近い神奈川県の南多摩地方。
 南多摩地方とは概ね横浜市青葉区、緑区、川崎市高津区、多摩区、宮前区、麻生区、町田市、相模原市、多摩市、日野市と稲城市を指します。多摩川の南側の内、横浜元町中華街の匂いや川崎臨港地域の匂いのほぼ届かない辺のことです。
 相模原が多摩というのは異論もあるでしょうが、電話番号の0427(現在は042-7)や橋本駅を端点とする京王相模原線などから、相模でもあるが多摩でもあるという無敵(?)さを評価して南多摩地方の一部と認識しています。
 よくあるような色眼鏡というか、その通りでも何の役にも立たない世間話の類とは異なるため、また、ヘイトの類と勘違いされないように、南多摩地方における東急・小田急・京王の各沿線の違いをここに語ることには比較論ではなく絶対的(端的)特徴を挙げることでします。そこからそれらがどう違うのかを悟っていただければと思います。
 まずは、何の役にも立たない世間話にありがちな観点である経済力に関していうと、少なくとも住宅を主要な関心とする不動産価格についていえば、東急・小田急・京王の各沿線の相場はほぼほぼ同じ水準です。
 ほぼ同じで高いか安いかというと、不動産価格のみを見れば相対して安い。昨今の所得水準などの他の観点を含めると当地だけではなくどこも高いといえるでしょうが、今までに高そうだと云われてきた当地の不動産相場はおしなべて安い。
 少なくとも物そのものを見る限りではそれら三沿線の違いはありません。
 例えば今日に滑り止め候補の物件を見た横浜市青葉区のあざみ野(東急)と多摩市の多摩中央(小田急・京王)を比べると、町の造りにはほとんど違いがない。面白いほどにともつまらないほどにともいえるように、ほぼ同じともいえる。
 但しよく見ると、細かい違いがある。
 まず、意味があるのかないのか分からないような自動車の通行量があざみ野は多くて多摩中央は少ない。尤もそれはあざみ野が国道246号線厚木大山街道(東京は青山通と玉川通)に沿う地域でどうしても自動車の通行が多くなることも理由でしょうが、一概にいえば自動車が少ないと安心感が高くなるものです、特にお子様連れの方はそう思うでしょう。しかし私の出身校の先輩が自動車の通行の少ない東京白金の自宅の近くの一方通行路で車に轢かれて亡くなられているし、交通量と安全とには有意な関係はないだろうと考えられます。
 ただ、クルマはうざい。車ではなくクルマ。
 それら三沿線のいずれも同じなのは不動産相場の他にバスの多いことがあります。

東急沿線は主に東急バス、小田急沿線は主に小田急バスと神奈中バス、京王沿線は主に京王バスと西東京バスが路線の網をなします。東急と小田急は横浜・川崎市内の均一運賃で神奈中、京王と西東京は変動運賃です。
 しかしなんとなく異なるものを感じるのは一つは建物の色合い。
 あざみ野は白ぽい色合いと黒ぽい色合いの両極があまりなく、故に白による光熱の反射や黒による光熱の吸収の著しさがなく、全体がいわば適照適温、即ちエコに感じます。
 それが多摩中央に来ると、白黒両極な色合の建物が多く、そうでなくても光沢(艶)の強い彩色も多く、見た目に愉しいけれど体の負担が大きいかと感じる。エコよりもエロ。
 また、あざみ野は築年数が長くて状態の良い建物が多く、少し古くさいけれど物持ちが良いという感じですが、多摩中央は新しい建物への建替がどんどん勧められている反面に旧い建物があまり良くない状態で粘っているのがよく見受けられる。すると平均相場は同じ位でもあざみ野は築年数などによる格差が小さく多摩中央は格差が大きいということになります。私が今日に見たあざみ野の物件は築40年の美品が六万円ですが、多摩中央には築30年以内の劣品が三万円や四万円で転がっています。
 古いけれど大事に使って住んでいるなということが端々に伝わって来るようで、例えば本来は構内の共同空間には私物を置いてはならないものですが、入口に誰が置いたか仏像と賽銭箱がある。私も私物の放置などの整理整頓清潔清掃躾のなさは心底から嫌いますがそういうのは何か良いと思う。逆に公共的だと感じる。
 冒頭の写真はあざみ野駅前のブックオフ。珍しい座り読みのできる店ですが、書架の空間は他の多くの店とは違いのないやや狭め。
 新百合ヶ丘駅前にはOPAの中に小さな店があり、多摩市の永山の駅と遠い所には服や家電なども揃う大きな店があります。
 それらの3店舗を見ると、明確に違うのは客の動き。
 多摩永山店はそれら3店舗で最も空間と通路が広いのに通路を塞ぐ人が多くて辟易します。それはブックオフだけではなく道路を歩いていても多摩中央駅でも同じで、とにかく周りの見えない、見ようともしなげな人が跡を立たない。中でも最悪なのは多摩中央駅前のスーパーマーケット千歳屋です。あざみ野のブックオフやOKストアにはそのようなことがなくてノーストレスで買物ができました。
 多摩中央は京王と小田急の駅で、さてどちらの土地柄なのかというと、多摩市以外のそれらの沿線を見るとどちらかといえば小田急沿線の土地柄だと分かります。同じ多摩中央も、京王ストアにはそのようなことがありません。それについては過去の記事にも幾度か触れているのでここには詳説しません。
 新百合ヶ丘も小田急沿線で、そういう小田急的な人がいるかといえばいますが極めて少数です。新百合ヶ丘(及び同じ川崎市麻生区の百合ヶ丘、柿生と五月台〜はるひ野)は小田急電車が通っていても小田急沿線ではないのです。
 では新百合ヶ丘は東急バスも通っているし東急沿線かというと少し違う。少なくともバスで直結のあざみ野とは明確な違いがある。
 今年の3月に鷺沼と新百合ヶ丘(、中央林間、多摩中央)の感染症の抑制を目的とするマスクの着用率の違いについて語りました。多摩中央が最高率でほぼ百%、新百合ヶ丘が九割、中央林間が八割で鷺沼が六割という。
 それからの半年に鷺沼には行っていないので今がどうなっているかは分かりませんが、今日にあざみ野の街を往く人々を見るとやはりマスクの着用率が低めでした。また、あまりに目立たないほどに自然に着けているという例も多いかもしれません。
 その点などから見ても、新百合ヶ丘はややお堅い風土であざみ野は軟派ではないが柔らかい風土といえるかと思います。私はどちらも好きです。
 新百合ヶ丘はWHOやマスコミがマスクをしろと云ったら皆がそうするようなややお堅い土地柄ですが、いわゆる意識高い系ではありません。
 ただ、意識高い系が一度は転居先の候補地の一つとして検討に入れるのです。しかし結局は彼らの多くは新百合ヶ丘及びその周辺を選ぶことがありません。何故でしょう?
 新百合ヶ丘の単身向の不動産物件はあざみ野や多摩中央もそうであるように、比較的に安くて若い意識高い系にとっては充分に手の届くものが多い。
 そこで私のような人々に遠慮をするのかは分かりませんが汗笑、彼らにとってはもう一歩か二歩物足りなく思われるのでしょう。その一つは新百合ヶ丘のほとんどの地区はバスがないと移動が難しいこと。それもあざみ野や多摩中央も同じ。彼らにとっては駅近はほぼ絶対に譲れない条件。
 駅前をイオンやイトーヨーカドーのような田舎のスーパーマーケットがどかんと鎮座しているのも彼らの選択肢が結局は遠のく好条件。新百合ヶ丘はいわば地方都市の最高峰。
 そして街を往く人々の程良いお堅さやどのファッション情報誌にも載らないような独自の洗練も、付け焼刃の知性と心性を以て鳴らす意識高い系の価値観や世界観とは相容れなさそうだということに気づく。
 あざみ野は幾らかそういう面もあって多摩中央はそれがかなり強いらしいけれど、新百合ヶ丘はマスコミを主とするいわゆる東京的価値観とは何となく異なる土地柄。意識高い系からすればいきなり仙台にでも投げ込まれて明日から東北楽天金鷲のファンになれとでも云われているかのような環境。
 建物の色合についていえば、百合というだけあり白ぽい建物が多いですが、反射や光沢が少なくて体に良い感じがします。
 それらのような特徴が何で出て来るのでしょう?語れたら次以降の記事に語ります。

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