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カオスな東急電車――規模と利益の不思議な関係:その2

 直前の記事に阪神武庫川線の話を主に、小田急多摩線の話を加えて企業が「全体は大きく、部分は小さく」することが理想だということを語りました。
 儲かる所と儲からない所、即ち本線と支線を見究め、それらを共々生かすことが大切です。全体は儲からなくてはなりませんが、部分毎では儲からない業務も大切で、それらが互いに支え合って儲かるのです。

 しかしそのような見方では傍目にはなかなか捉えにくい鉄道業者があります。
 それは東急電鉄です。

 「本線と支線」といっても、支線らしい支線は田園都市線の長津田駅とつながるこどもの国線だけで、その所有者はみなとみらい線が有名な横浜高速鉄道で東急は運用だけを行います。単線で横浜市緑区内の長津田、恩田とこどもの国の3駅だけ。
 春や秋の遠足の季節にはこどもの国の訪問者が多くなり、昨年には上皇・上皇后陛下が東急電車ではなくトヨタ車で――ここでもちゃっかりとトヨタの宣伝。――行幸しました。通常の利用客は少なくても一定の書入時があるということでは京王競馬場線と似ており、いわば子供競馬場線といえます汗。

 東急こどもの国線はさように儲からない路線ですが田園都市線などの収益に支えられて重要な路線とされて存続している訳です。
 沿線を車で通って見ると、何もありません。「京に田舎あり。」ならぬ、首都圏に野山あり。

 それ以外の路線は儲かっているのか?

 多分そう思うでしょう。

 聊か驚くばかりですが、東横線と田園都市線以外は全て赤字――勿論路線別損益の正確な計算は不可能なので一定の概算のし方に基づく。――。
 東横線と田園都市線以外とは:池上線;多摩川線;目黒線;大井町線;世田谷線。
 こどもの国線は100円の運賃収入を得るために329円もの費用が掛かっています――東武鉄道の栃木県や群馬県の支線と同じ水準で全国最大。――が、池上線は164円で大井町線は112円。
 しかし東急全線で見ると88円で、京王全線と同じ位。

 東急というとどの路線も利用客が多くて儲かっていそうに想えますが、そうではない。

 目黒線、多摩川線、大井町線と田園都市線は元は東急ではない目黒蒲田電鉄という業者でしたが、昔は儲かっていたが今は儲かっていないのかというとそうではなく、初めから儲からなかった業者が東急と合併して田園都市線を造ることにより儲かるようになったようです。

 池上線も元は東急ではない池上電鉄という業者でしたが、昔も今も儲かっていない。なので強いていえばその池上線と、目黒線との分離で出来た多摩川線が東急の支線であるといえそうです。目黒線は今は東横線との、大井町線は今は田園都市線との直通がありますが池上線と多摩川線は他の路線との直通をしたことが一度もありません。

 目黒線の列車が東横線にがんがん乗り入れている様や大井町線のQシートという特別車を見るといかにも儲かっていそうに見えますが、それらは実は儲けを度外視して行われているお仕事なのです。逆に、それらを支えるだけの収益性が東横線と田園都市線にはあるということでもあります。特に東横線は100円の運賃収入ために掛かる費用が72円と全国最高の効率の水準です。

 そのような儲からない所を大切にすることが全体の儲けを支えているという点では他の多くの儲かっている企業と同じですが、東急には他に色々と分かりにくい、即ち参考にし難い点があります。

 その最も分かり易い、分かりにくいということが分かり易い点は車輛に掛かる費用を「ずるをして」抑えていることです。

 その「ずるい」のはかつては田園都市線には自前の車輛をほとんど使わなかったことで、今は田園都市線と大井町線にのみ運用されている8500系車輌がかつてと比べると増えています。しかしそれも近年中に廃車の予定で、それに代り5000系や最新の2020系に置換わります。
 自前の車輛を使わずにどうしていたかというと、田園都市線と乗入れる地下鉄半蔵門線の8000系車両がそのほとんどを占めていました。東急電車なのに東急車がほとんど来ないのです。
 それは車輛の負担を営団地下鉄、現在の東京メトロにさせていたということで、自分達は費用を負担せずに今も根強い田園都市線の人気を高めていたということで、図太い、見る人によっては図々しい。

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 ただ、その営団地下鉄車の維持管理は東急の鷺沼検車区が引受けており、それだけ技術の面での高い信用があったということでもあります。新車を買う費用は出さないが他所の車輛を大切に預かって保つ費用は出す。
 そもそも東急は今はありませんが、系列に東急車輛製造という会社があり、東急電鉄が東急車輛の新車を買っても系列内での資金の移動にしかならないので、国の経済に及ぼす好影響が少ないのです。営団地下鉄車の製造元は近畿車輛製造で、そちらの儲けになることが日本経済の観点からはより良い。
 因みに直前の記事の話の肴となった阪神電鉄の車輛の多くは東急車輛製です。

 私はクリーニング業に勤めていますが、そのような「他所の品物を大切に預かって保つ。」ということに関しては相通じるものがあると思います。東急には東急リネンサプライという業務用貸衣料の製造と貸出の業者があり、その所有及び在庫する衣類を預かって洗濯をして管理します。所有と在庫は自社のものではないので在庫が経営に及ぼす影響ということを考える必要余地はあまりありません。ただ、金額には出なくても物理的に無理な「在庫」が多いと物理的に拙いということはいえます。
 因みに直前の記事の「本線と支線」ということでいうと、他の品物より作業工程の少ないその東急リネンサプライの品物をがんがん流すことが「本線」で、収益の主体なのではないかと見ています。もっと作業工程が多くて手の掛かる品物は「支線」で――輝く目を持つ子供達の乗る東急こどもの国線か汚らしいおっさんも乗る京王競馬場線か、どちらでもない普通の大人の乗る阪神武庫川線かは分かりませんが、――、より高い技術を要しますが利益はどうしても低いのです。東急リネンサプライの品物についてはまさに「下手の考え休むに似たり。」を排除して低リスク高リターンの設定になっています。かつてはそれももっと多い作業工程で行っていたのですが、数年前から工程が改正されて格段に効率的になりました。工程を少なくして手を掛けなくなっても従来より格段に良い品質になったのです。
 尤も、在庫が自社持ならば「がんがん流す」やり方は通用しません、念のため。

 東急の車輛はかつては全線が全て三扉車でしたが、8000系や8500系の出た昭和50年頃から東横線と田園都市線は四扉車が主になりました。しかし東急は他者が皆推し進める車輛の規格の共通化には賛同せず、四扉車を導入した東横線にも三扉車の使用が度々見られました。乗場扉の導入されている今はそうもゆかなくなって来ましたが、東急は規格の統一や共通化という思想がなく、いわば何でもOKという多品種少量生産的発想が根強くあるのです。

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 東横線が何で三扉車の使用を続けたかというと、廃車が出来ない程に持ちの良い車輛を造っていたからでもあるのでしょうが、三扉車のみの池上線や目蒲線――今の目黒線――の車輛を「多能工として」東横線の四扉車の検査休車中などの救援として使うということもあったのだろうと思われます。因みに池上線は自前の雪が谷大塚検車区を持ちますが、目黒線の車輛は東横線の元住吉検車区の所属――奥沢に留置のための車庫だけがある。――で、東横線との共用を今の乗入の始まる前から元々前提としていたのです。

 規格を無暗に統一したり共通化したりしない、一つの部門や一人の担当者がなるべく多くの規格に対応することができるようにする、それも重要な経営と労働の観点です。
 そのような点は首都圏の人気の鉄道である東急電車や東急沿線の目立つ特色だけを追って見ていてもなかなか分からない、故に参考になることのない点です。

 田園都市線にも三扉車が運用された例は僅かにありますが、東横線と比べると少なく、田園都市線は四扉車という共通規格を守ろうとする傾向が比較的強いようです。

 東急の各線のように存在感の強いものであっても、それぞれ単独では利益を確保することがなかなか難しい、というか永久に不可能かもしれない。
 そのような条件にあって利益を確保するためには儲かる部分と儲からない部分をいかにつなげて全体の利益にするか、それを考えて実現することが必要なのだと思います。

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 政治に置換えると、そのような意味での「――ビートルズも来たキャピトル東急ホテルのある――永田町の数合わせ」は大いに必要でしょう。 

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