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【272日目】:昨日の敵は今日の友

ご隠居からのメール:【昨日の敵は今日の友】

「応仁の乱」が地方に飛火して、出雲では南朝の守護山名氏と北朝の佐々木京極氏が対立関係に入った。という状況になると、出雲や備後の有力国人たちは、どちらかへの加担を表明しなければならなくなった。国人としての存在感を発揮したければ、中立は許されない。

そこで、京極氏か山名氏(後には大内氏か尼子氏、さらには尼子氏か毛利氏)のいずれかと婚姻関係を結ぶことになる。(塩冶氏は臨機応変で、どっちつかずの姿勢を見せている?)。しかし、現実には政略結婚は、情勢の変化によって破綻しやすい。けっきょくは主家存続が最優先される。昨日の敵は今日の友のような離合集散の事例が随所に見られるようになった。

一例をあげると、尼子氏と松田氏との関係。応仁二年六月二十日。安来庄(安来市)の十神山城とかみやまじょうを根拠とする松田備前守まつだびぜんのかみが富田城をめざして、富田庄堺村とだしょうさかいむらに進撃してきた。

松田氏は日御碕ひのみさき小野氏の支族、「承久の乱」に北条氏に味方した功によって、安来庄地頭職に補せられた。この進撃には山名氏の後押しがあったという。かくて広瀬月山ひろせがっさん安来十神山あきとかみやまの合戦がはじまった。尼子勢はよく戦い、松田勢を撃退することができた。

その後、松田氏は尼子氏の陣営に与し、尼子十旗の一、白鹿城しらがじょうを根拠にしたが、毛利氏に攻略され、落城の憂き目にあっている。

このような離合集散の動機は何だろうか。平民宰相へいみんさいしょうと呼ばれた原敬はらたかしは、「人間は、金か利権を与えなければ、そう動くものではない」と言った。しかし、「金だけでは動かぬ」ということも理解していたという。

では、金や利権以外で、人を動かすのは何だろうか。それは、心意気のようなものではないかと思う。人間は、誰かと意気投合し、意気に感じたときは、金という餌でつられなくても動く。ただし、高齢者は老化が進行すると、意気に感じる感性が乏しくなる。これもボケの一種。


返信:【Re_昨日の敵は今日の友】

心意気は大切だね。自分は18歳でフリーターになり、20歳でディズニーで働いた。本格的にパチプロになったのは23歳から25歳の3年間だった。あの頃の自分は、自由でいる事にプライドをもっていたし、常識にとらわれている人たちを哀れみ、憧れていた。そこには、同じ境遇の仲間がいて、ちゃんと信念を持っていた気もするよ。

最初の頃は金がなかった。バイトで稼いだ金もギャンブルにつぎ込むわけだから、貯まるわけがない。友人同士の貸し借りが発生していた。でも、自分は、半年もすると、そのような状況に陥らなくなった。自分が始めたのは「パチスロ手帳」をつけて日々、店や台、機種を分析することと「500円玉貯金」をして貯蓄すること。

最終的に500円玉貯金で金は250万円貯まり、良きタイミングで株を購入した。自分がベンチャー企業で頑張れたのは、明らかに「金」と「利権」だ。会社を辞めそうになった機会は二度ほどあったが、「金」と「利権」を物差しに辞めなかった。一方、心意気は企業でいう、企業理念や企業文化なのかな。

自分たちの時代は、ブラック企業だったから「金」は、身を削れば手に入れることができたが、いまの子どもたちは大変だ。会社に守られる「利権」はあるが、安月給だ。あの頃の自分たちは、稼いだ金をタクシー代や飲食代に全部つかった。貯めることより遣うことに一生懸命だった。いまの子たちは、毎日の生活がギリギリで、節約や貯めることに専念していると思う。

さて、問題は「心意気」だ。自分は、ベンチャー企業のめちゃくちゃだけど、人間味のある心意気に惚れて一番きつい時代を乗り越えた。あの辛く苦しくとも輝かしい時代は、関わった人たちの誇りになっていると思う。いまの人たちには、ない価値観だろうな。


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