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メタバースとの融合・AIの構築に向けた実空間データの集約に必要な二重の政策視点

メタバースとの融合・AIの構築に向けた実空間データの集約に必要な二重の政策視点
K2オープンセミナー「融合化するスマートシティとメタバースのための基盤技術」レポート

注 この記事は、調査研究事業のレポートとして掲載するものであり、参加した講演会等の内容や開催団体等の見解の紹介を主目的とするものではありません。川崎市(経済労働局)及び慶應義塾大学新川崎先端研究教育連携スクエアが主催するK2オープンセミナーの内容に関しては、下記を参照の上、直接御照会ください。

https://www.k2.keio.ac.jp/sangakukan/seminar.html
https://www.k2.keio.ac.jp/press/20230302-k2seminar.html

2023年3月2日(木)午後、K2オープンセミナー「融合化するスマートシティとメタバースのための基盤技術」がオンラインで開催された。K2オープンセミナーは、慶應義塾大学が川崎市と共催で実施しているもので、市民、企業等を対象としているものである。慶應義塾大学は川崎市と協定の下で、産学官地域連携を目指した多方面にわたる先端的研究を推進しており、同日のセミナーは、実空間であるスマートシティとメタバース空間を行き来できるような融合空間の将来の実現を見据え、その基盤技術について考察するものである。
現在の実空間とメタバース空間を支える様々な制度・政策は、併存しつつ、異なるものとなっている。それぞれの空間の将来の融合の可能性は、空間相互の連動性・連続性や隔離性をどのように確保するかといった観点から、改めて政策的な考察の必要性を伺わせる。その際には、基盤技術自体に関する考察とは別に、どのような前提事情(情報)を踏まえて融合していくかという社会制度設計に関わる課題があると考えられる。

セミナーは、3人の研究者の方々による講義の後、座談を行うとの四部構成で、以下のメンバー(敬称略)により、進められた。
栗原聡(慶應義塾大学理工学部教授)
三宅陽一郎(東京大学生産技術研究所特任教授)
中澤仁(慶應義塾大学環境情報学部教授)

まず、第一部「スマートシティとメタバースの融合化に求められるAIとは?」では、将来の空間の融合に向けた情報に関する社会的課題の整理とAIの必要性との関係について、第二部「ゲームAI技術を応用したスマートシティとメタバースの設計」では、空間融合に向けたゲームAI技術から発展してきたAI技術に基づく空間設計の在り方について、第三部「街の極細粒度センシング技術と時空間スコープ」では、実空間(スマートシティ)におけるデータ収集の在り方とその集約結果を反映する空間としてメタバースの関係を実践的観点から、講義された。最後の座談も含め、技術面の知識が必ずしも十分ではない者にもわかりやすい、極めて興味深いものであった。

現在のメタバース空間における活動は、必ずしも実空間における活動と連続するものではない。現実と切り離した(別の種類の)空間として受容することが今現在のメタバース空間が融合に向けた立ち位置と考えている。一方、複数階層によって構成されるAI相互の連携が実現するような、より精緻なメタバース空間における活動では、実空間の活動をトレースすることが可能となる。そこでは、より実空間に近い空間(相似した空間)が実現することになるが、それだけではなく、例えば、AIの学習などに必要となるような「実空間での確認が困難なシミュレーション」が可能な空間も実現できるそうである。
そうだとすると、将来の「リアルな」メタバース空間は、実空間を補完したり、拡張したりするような空間として構成されるだけではなく、実際上は実現不可能な事態が生じる「フェイクな」空間として構成されることもあることを意味している。したがって、実空間とメタバース空間の融合の在り方については、二種類(あるいは二段階)を想定する必要が出てくる。
将来の「リアルな」メタバースについては、VR(Virtual Reality仮想現実)、AR(Augmented Reality拡張現実)、MR(Mixed Reality複合現実)、XR(X Reality/Extended RealityあるいはCross Reality)などと表現されるReality:現実とは異なる「X部分」が実空間と連続する関係性を示しているが、X部分の現実性・リアルさには、これらの表現が捉え切れていない、さらに言えば、SR(Substitutional Reality代替現実)とも異なる、仮想性が含まれている。実際上は実現不可能な事態が生じる「フェイクな」空間としてリアルな空間を構成する場合の仮想性を仮に「現実克服性」と呼ぶとすれば、「リアルさ」とは別に「現実克服性」をも考慮して、メタバース空間の設計や設計の技術的基礎となるAI技術の設計を考えるべきではないかと思われる。なお、「リアルな」メタバース空間であっても、例えば、メタバース空間内における「自然現象」や「事故(物理的なもののみならず、取引上のものも含まれよう)」による変化が起きるかどうかといったX部分の設計については、ここで指摘している「現実克服性」が関連するかもしれない。

以上が、実空間とメタバースの融合化に向けた政策構想の起点として、セミナーから受容した「仮想性」と「現実性」との私的な整理であるが、さらに、その政策展開に関しては、セミナーにおいて紹介されていた、ゴミ収集車を利活用したリモートセンシング技術(廃棄物に関するもののほか大気汚染や道路舗装に関するものなど様々な情報の数値化収集)の例が参考となった。こうした多様な情報の取集は、(道路の補修などの)実空間の改善に資するとともに、実空間をトレースしたメタバース空間の構築に向けた情報としても利用が可能となる。
「ゴミ収集車」は廃棄物の適正な処理という政策目的の手段であるが、こうしたリモートセンシングに「ゴミ収集車」を活用することは、「ある政策」の実現手段を「別の政策」の実現に向け活用するという側面を指摘でき、「メタバース空間やXR技術の実現」(という政策)に必要となる政策資源(手段)の活用の在り方の一つの典型を示していると思われる。
一般的に、こうした別の「新しい」政策目的に向けてある「既存の政策」に関する手段を転用する場合には、政策的思考(目的・手段の関係に基づく思考)を改めて精査して、二重性を検討する必要がある。「メタバース空間やXR技術の実現」(という政策)に関する政策的思考には、新しい目的・手段の関係(政策枠組み)を従来の政策枠組みに付加するという「単純な二重の政策思考」以上の意味があり得る。
AIやメタバース・XRに象徴される新しい技術は、新しい目的のための手段と同時に、これまでの現実(既存の政策枠組み)自体にX部分を付加する面がある。そこでは既存の政策枠組みを構成している実空間にX部分が付加されることによって実空間で生じている課題も超える(解消される)可能性が含まれている。例えば、リモートセンシングの目的には「廃棄物の適正な処理という既存の政策枠組み」を見直すための情報収集も含めることができる。

ここでは、ゴミ収集車の活用とは異なる実際例として、宅配などの配送事業において、宅配運送などの際の配送ルート設定に関するAIを活用した結果、かえって、配送業務に従事する者について、運送荷量や運送拘束時間、それに伴う報酬や経費負担の適正さの面で問題が生じているといった実情が指摘されている点(例えば、2022.12.21日経新聞朝刊「荷量増大、多重下請け生む」)を考えてみる。
こうした例は、AI設計に当たって基礎とされるべき必要な情報の内容が十分に精査されていないことに由来すると考えられる。この例では、メタバース空間を構成するとまでは呼べないAIの活用事例に過ぎないかもしれないが、より精緻な情報に基づいたAIの設計が可能であれば、そこでは様々な制約により現実には実現できない「適切な」配送ルートを提示するという「現実克服性をもつAI」の実現も可能ではないかと推測される。
そこで問題となる現実の制約を考えると、それは、下請けの多層化という言葉で示される配送(業務従事)者と全体としての配送管理を行っている配送事業者との法的立場の違いに由来し、そのことが「適切な」配送ルートの設定という目的の意味を不明確としている面があると考えられる。現実のAIによる「適切な」配送ルートを実際に設定する際に供される情報的基礎は、配送者と配送事業者との法的立場の違いの制約を受けることから、「適切さ」の判断(どの程度の水準かといった程度関係やどれを重視するかといった位置関係の判断)に関して評価に相違が生じさせる。個別の配送者の就労環境やコストの適正化と全体の配送事業者からみた配送管理とコストの適正化とをいかに両立させるかという現実社会における課題が、課題として現実のAIの設計に反映されてしまったのである。こうした現実社会における課題は、法的規制の見直しを含む政策的な対応が必要となる課題である。仮にAIによる「適切な」配送ルートの設定が両者の観点を踏まえたものとできるのであれば、政策対応もより円滑に進む(ことが少なくとも期待できる)。
「法的規制の見直しを含む政策対応」の「適切さ」に関する判断は、様々な事情を勘案して評価する複雑なものと思われるが、リモートセンシング技術などを活用して、より「適切な」配送ルートがAIにより設定されるのであれば、それは、社会的課題の解決の手段になる。
また、より「適切な」配送ルートをAIが設定するのに必要な情報的基礎として、どのようなデータが必要かといった分析自体が、現実の社会的課題に実際上資するものとなるように思われる。

現実の(配送事業の例の)AIは、必要な情報的基礎に基づいて設計されたものではなく、現実に可能な情報に基づき提示した「適切な配送ルート」は、適切さにおいて不十分と指摘できるものであると考えられる。より「適切な」ルート、さらに十分に「適切な」ルートの設定のために必要なデータとして、配送者の実際の配送状況に関連する様々なデータ(休憩や食事、バイタルデータなど)が考えられるが、それらの多くは配送者の個人に係る情報と整理される。そのため、委任や請負、あるいは派遣といった契約形態の下においては、一律に元請け的な管理者に提供されるべきものではない。また、現行制度の下では、情報利用を配送ルートの設定という目的に限定して提供することとしても、ルートの「適切さ」が配送者から見た適切なものとなるかどうかは、保証の限りではない(ように思われる)。
近時取り組まれている情報銀行に関する取組などもIoT機器の普及等を通じ、⼤量の個⼈に係る情報のより効率的な収集が可能となる中で、個人情報の利活用の推進を図るものである。一方で、こうした取組は民間の自主的な取組を基本に位置付けられており、利活用の態様は様々なものであっても、利活用の目的自体を政策面から検討するものにはなっていない。従って、どのような利活用を行うかの「適切さ」に関する判断枠組みは、民間団体の活動の枠組みと既存の政策の枠組みとに基かざるを得ないと考えられる。
一方で、既存の政策の枠組みを見直す場合には、既存の政策によって構成される空間に含まれているものの十分に認識・活用されていない要素に価値を見いだす必要がある。そうした「よりよい」あるいは「適切な」ものを評価する場合には、既存の政策枠組みによる評価自体が評価の水準や選択肢の優先順位に関する位置関係の客観性を十分に捕捉できていない、十分に機能していないと考えられる。
宅配運送にかかるAIの利活用に関連する政策課題は、課題自体の内容とその評価に関する複合的な考慮が必要であり、下請けの多層化による配送事業に関する「法的規制の見直しを含む政策対応」を実現する手段として、IoT、リモートセンシング技術の活用による必要なデータ(AI・XR技術の進化に必要なデータも含む)を把握することを改めて位置付けて、政策構造を再検討する必要があると思われる。現実の政策課題の制約により実現できない適切なルートを提示する「現実克服性を持つAI」の実現には、別の現実の制約(AIやその先にあるメタバースの設計に不可欠な情報の収集に関する制度的な制約)があり、この制約の克服の重要性は、実空間とメタバース空間の融合に当たって、共通する政策課題であると考えられる。例えば、情報銀行に関する取組に関連するような政策制度の見直しを視野に入れる必要があるように思われる。

一方、こうした「現実克服性を持つAI」や「メタバース空間」の構築が、様々な分野における現実の政策課題の解決の手段ともなり得る。それに必要となる情報技術的な基盤の精査が必要と思われるものの、本稿で指摘した配送事業のほか、多重下請け構造と類似の就労構造(事業産業構造)の中にいると思われる芸術家や芸能従事者、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律案(第211回国会閣法第23号)」(フリーランス・事業者間取引適正化等法案)の対象となる物品の製造、情報成果物の作成又は役務の提供の委託といった業務委託の相手方である従業員を使用しない事業者の就労環境に関する政策枠組みについては、「現実克服性を持つAI」の政策的意義は同様となると考えられる。また、新型コロナウイルス感染症対策と関連して、労働者の生活スタイルの変化に対応した経済的支援と企業の事業再構築との組み合わせの模索に当たっても、政策枠組みに関する「現実克服性を持つAI」の情報技術的基盤の精査・分析自体が、現実の社会的課題の解決に実際上資するものとなるように思われる。

本稿が提示する視点は、政策課題に対する一義的な解決策を示すものではない。しかし、「現在」の課題の「将来」における解決を目指すという政策の時系列構造(目的・手段の同時認識と効果・影響の発現の遅効性)を前提にした場合、各主体の合理的な行動を踏まえた(複合的な)経過と結果を包含し得る政策枠組みは、「より適切な政策形成過程」を政策内容に反映できるようにする枠組みと考える。こうした考え方は、例えば、「GOVERNANCE INNOVATION Ver.3:アジャイル・ガバナンスの概要と現状」(経済産業省Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会報告書2022年8月8日)〈https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/governance_model_kento/20220808_report.html〉が提示するガバナンスの在り方に関する考え方などとも共通していると考えている。

参考掲記
この記事で紹介した労働者に対する経済的支援と企業の事業再構築との政策的組み合わせについては、以下の記事も参照されたい。
感染症流行下における行動変化を政策合意に反映するとの視点から https://note.com/v_of_capability/n/n2accce8e3c00

参考掲記(2023/05/19 追記)
一部字句の修正を行った。

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