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自分という多面体

お疲れ様です、うずらです

昨日も人と話してスッキリした

私は私の気持ちが分からないことが多くて
それを詰めていくと
相手が望む自分なのか
ありのままの自分なのか
この境目が分からなくなっているんじゃないかということが分かった

家族と過ごす時の自分、友達と過ごす時の自分、恋人と過ごす時の自分…
全部違うけど、私は相手がこういう私を望んでいるという事に無意識に敏感であるのか、勝手に想像力働かせてるのかは分からないけど
そこを察知して

ありのままの自分でいるより
そういう自分をする。という癖がついているんだろう

それは最初我慢だったのかも知れないし
そんなに無理してなかったのかも知れない
でもずっと続けていることはいつしか日常に溶けていってしまって

染み付いていることは確かだけど
今こうやってありのままの自分なのだろうか
という疑問を持つということは
本当の自分の気持ちがあるのかもしれない

それはもしかしたら
ずっと分からないかもしれないけれど
そうなのかもしれないという話を出来る人がいてくれることに感謝

自分が見せたい自分を見せていけばいいんだよね
そしていろんな自分の面が増えていって丸に近付けていけたら
うまく転がれるのかな

私はローリングストーンにはなれない

うまく転がれなくてもいい
曖昧な丸よりも
確かな二面性くらいがいいな

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