幸福論

こんにちは、うずらです

幸せとはどういうことだろう
それもまた人それぞれで
全部の形が違う
これはただの私の幸せについての一部📓

私の人生の幸せに関しては
笑顔の時間を多く生きること
これがメインテーマです

前にテラスハウスを見てて感じました
夢を持ってないと、何かを目指してないと
ダメなような感覚
何かを手に入れないとかっこ悪いような感覚

今の世の中の基準がそれならば
私はとってもかっこ悪いじゃないか。という。

"ただおもしろく楽しく生きて死ぬ"
そこに目標はないし、それが夢。
そう思っている私はだめなのか
何かを成し遂げないとだめなのか
今までそう思った時期が何度もあった

その時のテラスハウスで、私の尊敬するパーフェクト男の半さんが、適当ハッピー男のアーマンにかけた言葉に心を打たれたんですよね

"俺思うんだよ。アーマンの夢って消防士じゃないなって。アーマンずっとハッピーでいることが夢なんだから。ずっとそれを継続していける人生を目指せばとってもステキだと思うけど。肩書じゃないじゃん"

あー半さんパーフェクト。って思うのと同時に
心がスっと軽くなったのを覚えています

自分の手に入れたいものも
しあわせも
人それぞれだからって思っていても

たまに学歴も肩書きもない自分が恥ずかしくなることがあります

でも自分という人間にはそれに劣らないおもしろさ、魅力があると思う時もあります(だいたいこっち)

だけど見た目や印象、肩書きで判断されることが沢山あって
深く知ってもらうチャンスすらないと悲しい気持ちになります

嘘です
惜しいことしたな!
逃した魚はでかいからな!と思います。

人は全角度から見れるから
私は私に見せてくれるその人の角度で
その人と向き合いたい
それは正面じゃなくていい

すべての人を深く知ることは不可能だから
せめて大切にしたい人と
大切な時間をすごしていけたら
きっと泣いてる日も根はハッピーなので

それでいいでしょう☺️

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