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労働者芸人に自由を教わる 『どうも、労働者です』ダーヨシ著

労働者芸人ダーヨシ

ニッカポッカを履いた、建築現場漫談家(どんなジャンル!?)

10年以上、正統派漫才にこだわってきた頑固者は、紆余曲折を経てピン芸人に。
誰もが辞めると(本人でさえ)思っていた矢先、労働現場での体験ルポを語り始めると15年のキャリアで初のTVが決まった。


彼とは15年来の付き合いだ。
昔一緒だった事務所で若手部門が立ち上がり、お互い20代だった俺たちは王道漫才まっしぐら、自他共に認める多少はワーキャー芸人だった。(多少ワーキャー芸人)


当時の僕は、どこにでもある漫才をどこにでもないものに見せるため、金髪にオカッパ、誰とも話さない、という鉄壁の防御(鉄のカーテン)を身にまとい、結果会話の仕方を覚えるのが大幅に遅れた。


この度、電子書籍デビューしたダーヨシ。
その時のものと思われる心境を引用します。

『ライブでは徐々にウケるようになっていったものの、テレビのオーディションや賞レースでは、まるで結果が出なかったです。

なんかめちゃくちゃ勉強してるのに、めちゃくちゃバカなヤツみたいで、とっても恥ずかしいな。

でも、めちゃくちゃ勉強しているのに、めちゃくちゃバカなヤツはまさにそうで、努力はしてたけど、努力の仕方を全力で間違えていたと思います。

凝り固まった思考でひたすら漫才コントを作り、機械のようにやるだけ。

今なら絶対に間違っているってわかるのに、当時は全く気づきませんでした。』


自分のやりたいことやりたくて始めたはずなのに、気付けばデパートでキレイにディスプレイされたくて、自らベルトコンベアーに乗せられる工場製品になろうとしてる奴、全員読め!

と当時の自分に強く言いたい。
これを労働者芸人に教えられてる矛盾。


格闘技で最近注目される、幻想と思われていたブルース・リーの武術を取り入れたら急激に強くなった。

一般的に強いと思われない太極拳やヨガを取り入れたら強くなった。

という成功体験は、10年以上一つの競技に向き合ってきたアスリートとしての貯金が活かされている場合が多い。

最初からあちこちフラフラしてて大成している選手はいない。

と強い格闘家が書いていた。


だから、あの時俺たちが血尿出そうな厳しいネタ見せのあと、多少のワーキャーに何の疑問も持たず、真っ直ぐ立ち向かってた時間はきっと今に生きてる!

あの時のことを共有できる数少ない、ニッカポッカ野郎とまた飯でも食いたいね。


P.S.ダーヨシはカミナリの作家もやっていて、形は違えどあの時目指してたM-1の決勝に行けたんだって!
深イイ!(俺の沼も)


6/27(日) 
エル・カブキ単独ライブ 
上半期時事ネタ漫才60分1本勝負
「カミハンキンポー」

【エル上田 シャレオツホームページ開設】

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