何かを面白くないと思うことについて

この方が鹿児島に来られてたようで、こんなツイートがちょっと鹿児島関連の人のあいだで話題になってるのを見まして。

結果的には鹿児島(指宿)を楽しまれてたようで何よりです。

話題の大河ドラマ館、まだ行ったことがありません。というか、自分の知り合いの中ではあまり評判が芳しくないので足が向かない、というのが正しい。

見たこともないのに評価も批判もできないので、大河ドラマ館そのものがどうなのかというのはいったん置いておいて。それなりの期待感のなかで作られたコンテンツなので誰かがきちんと考えて作ってるはずなんですよ。

探してみるとわかるけど、大河ドラマ館2万人超えもニュースになってたし、ちゃんと楽しんでる人ももちろんいる。

大河ドラマってのは史実に忠実に作らないと詳しい人からいろいろ言われたりもするんでしょうし、いっぽうでエンターテインメントとしての演出、脚色もなければいわゆるライトユーザーを巻き込んだ盛り上がり(≒視聴率)にもならないという、注目されるが故のパラドックスを抱えておるわけで。

こんな記事も出てました。

時代考証家が自らツッコむ『西郷どん』はフェイク山盛り | Smart FLASH[光文社週刊誌]スマフラ/スマートフラッシュ 

作り手のみなさんはいろんなバランスを考えなければならず大変だなあと思うのですが、ドラマでもミュージアムでも、あるコンテンツを「面白くない」と感じたとき、「コンテンツの作り手が想定した対象と自分が単にマッチしていない」という現象であることは少なくありませんね。
(もちろん何も考えてなくてクソ面白くないクソコンテンツというのも世の中には存在しますがモゴモゴモg)

テレビで芸能人の不倫ネタとかゴシップニュースばかり流すな、というのはある面では正論でありますが、作り手からするとそれを面白がる人がいるからその人らに向けてやってんのよ、ってのもあるわけで。

Twitterが面白くないのならそれは自分で選んでフォローした結果出来上がったタイムラインが面白くないわけで、つまりそれはお前が面白くないからだよ、みたいな話もありましたね。

西郷さんみたいなコンテンツは深く知ろうと思えばこのご時世、山ほどネタはあるわけです。ネット上にも、書籍にも、鹿児島にも。

大河ドラマ館が自分のまわりで芳しくない評価なのはそういう価値観の人に自分が囲まれていて、かつ想定されたターゲットから自分も含めズレてる可能性がある。いやいや面白かったよ、っていう人が周りにいないことを逆にややビビったほうがいい可能性もありますね。

これだけコンテンツを選べるようになったのなら、何かを捉えて面白くないというよりは単なるミスマッチと思ったほうが気楽じゃないですかね。

みんな自分が好きなものを食べて、自分が面白いと思うものを楽しんだらいい。でもたまに、全く惹かれないものにもちょっとだけ触れるようにすると世界が広がるかもしれないし、そのときはもともと自分が興味ないってことは対象にされてない可能性があるから、作り手側の気持ちをちょっとだけ想像してみて、それでも理解できなければとっとと離れる。そういうのがいいと思うな。

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