マガジンのカバー画像

短編集 “90sNewYorkFairyTale”

5
暴力とデザートと幻覚の短編集
運営しているクリエイター

#小説

世界で過去に殺されたサンタクロースは何人いたのだろうか (短編集 “90sNewYorkFairyTale”より)

ダイナー。 夜。 12月24日。 それなりに客が多い。 リンとアーネストがカウンターで二人で山盛りのフライドチキンを食べている。 「よく食うな」 リンがジョッキに入ったコーラを音をたてて飲み干す。 「おまえじゃない奴が揚げたチキンならクソうまいね」かぶりつく。 「じゃあリン、こんどからキッチンで働こう、お小遣い稼ぎだ」と、サンタ帽をかぶったフィフスがカウンター越しにリンに微笑む。 「じいちゃん、それ児童の搾取とかっていうんじゃないの?」 「ガキのクセに賢くなってきたな。そん

屋上の星条旗、カフェ・ラテ、漁。 (短編集 “90sNewYorkFairyTale”より)

晴れている屋上。金融街の高層ビル群が見わたせる。今日は風が強い。ここにはジェインしかいない。 ジェインは端に腰掛け、特大のスターバックスのカップを手に持っている。もうひとくちカフェラテを飲む。白の丸襟のブラウスの襟もとにウェリントンスタイルの眼鏡をひっかけ、爪先だけでヒールを両足ぶらぶら遊ばせながら。長いけれどもてあます金色の髪を、ところどころボロの出たトラッカーキャップで押し込めている。だから「眩しくはないの」。 大昔に買ってもらった星条旗のワッペンがついたトラッカーキ

朝から子供がタバコを吸う理由 (短編集 “90sNewYorkFairyTale”より)

全員同じ黒いダボダボのワークジャケットを着た複数の“リン”が、屋上でビルの周りの様子を警戒している。ブロンドのツインテイル、碧眼の子供。朝日がすこし顔を出してきた。いまレンガ作りのアパートの壁面を、小さな突起を手がかりに登ってきたリンが、そのうちのひとりの身体にタッチする。その瞬間複数のリンは消える。ひとりになり、彼女はジャケットについた埃を払う。 リンはそのまま屋上伝いに何軒か飛びうつり、錆びた鉛色の浄水タンクがある屋上で朝日の方向へ歩き、かるく弾みをつけて屋上のふちから