毒親

毒親とは何かをあらためて定義してみます。
その定義にのっとれば現代人のほとんどすべてが毒親であるといえるでしょう。
そしてそのことを認めることなど毒親には決してできず、ひたすら正当化がはびこっています。
私がよく関わっている精神医学の世界では、精神科医と親の正当化は本当にむごいものがあるが、元をただせばどの分野でも見られるのです。
毒親というより「毒家族」と呼ぶべきか「毒友人」なのも存在します。
 
たとえば精神科医に子供を連れていく親はあらゆる正当化を主張します。
「どう対処すればいいかわからなかった」
「専門家に任せれば安心だと思っていた」
「権威や専門家に対抗するのは難しかった」
「暴力をふるわれたからしょうがなかった」
「この子のためだと思っていた」etc。
 
本当に子どもの為を考えている親であれば、決してこんな言い訳はしません。
専門家でないなら最初から勉強すればいいことです。
権威に対抗できるようになるまで自分の知識を高めればいいことです。
この子の為と考えるならだれにも頼ったりはしません。
このような言い訳を並べる親たちというのはつねにお遊びをしているのと変わりはありません。
 
もともと毒親というのは「毒になる親」というスーザンフォワードの著書を基礎としている。
そして毒親というのは以下のような典型的な行動をとります。
「毒親は必ず子供に薬は飲ませるが自分が薬を飲む事はない。」
「毒親は必ず自分たちの育て方は悪くなかったと言い張る。」
「毒親は必ず自分たちの思いつきで薬を増やしたり減らしたりする。」
「毒親は必ず子供よりも先に自分たちの主張を述べる。」
「毒親は最後に必ず権威を盾にして自分を守る。」
「毒親は必ず自分の子供たちに発達障害という病名をつける。」
 
私達の意識は「実在(表層)意識」と「潜在意識」に分けられるとよく言われますが、この潜在意識を理解しないと毒親の真の姿はつかめません。
両者の関係はよく「海に浮かんだ氷山」に例えられます。
水面から突き出している部分が「実在意識」、水面下に隠れている部分が「潜在意識」です。
毒親というのは表層意識では助けたいなどときれいごとを言いますが、実際に助けたいわけではないので情報を自分で調べたり、真の意味で反省したり、自分の力で状況を打開して子供を助けようという気概がありません。
気概を出しているふりをしてさらに他人に頼るのです。
まさに子供を殺すために仮面をかぶり続ける種族、それが毒親であるといえるかもしれません。
 
<子供を守るためにより抜粋>

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