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コイバナの夏【ゆっくり動く乗り物で~都バスの走る風景4】

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<動く光と、これから動くもの。>
草41『千住桜木』停留所付近(2016年)
「足立の花火」終了時に備え、待機する発車する都バスを描いた。

 「足立の花火」は、明治期に千住大橋の落成を祝い、打ち上げた花火が起源と言われている。大正13年、千住新橋の開通を記念して「千住の花火大会」と銘打ち、以後本格的に開催されるようになった。戦時および河川改修にともなう二度の中断期を経て名称を変え、現在に至っているが、例年隅田川花火大会よりも早い7月中旬に開催されることから、東京の夏の始まりを告げる花火大会として知られている。幅300メートルの「特大ナイアガラ」や、終幕のクライマックス「黄金のしだれ桜」が有名で、今年は1時間で約13500発が夜空を彩ったという。
 1時間で13500発という数字を見て率直に思ったことは、「ずいぶんと気前のよいことをするものだ」であった。例えば隅田川花火大会では1時間半ほどで約2万発。時間あたりの本数でいえば足立の花火とほぼ同じであるが、隅田川の打ち上げ会場が2カ所に分散しているのに対し、足立の花火は西新井橋と千住新橋の間にはさまれた荒川河川敷1カ所のみである。どちらにもそれぞれの魅力があり、単純に比較はできないが、見た目の密度という点に関して、足立の花火が抜きんでていることは確かである。実際、足立区観光交流協会による公式サイトでは、足立の花火を「高密度花火」と表現している。
 13500発もの夏の華が惜しげもなく1時間で解き放たれる足立の花火、別名高密度花火。さらに言い換えるなら、恋バナ(恋の話)ならぬ、「濃い花」といったところだろうか。恋バナが時にせつないのと同様、濃い花が衆目を浴び、燃え殻となるまでの過程もあっという間だ。そして、凝縮されているからこそ、輝きが増すように感じられてならない。
 観客席の至近から打ち上げられるまばゆい光に酔いしれた後、少し歩くと臨時都バスが待機している。交通規制のため、花火が終わってもしばらくは千住桜木と浅草寿町間を折り返し運転する予定のバスである。花火は夢、バスは現実。とはいえバスの姿はいつもやさしい。思うに、象のようなどっしりとした車体を見ると、人は安心するのではなかろうか。「夏の始まりの花火は終わってしまったけれど、楽しいことはたくさんあるよ」。そんな言葉をかけられているような気持ちになる。そして気がつけば季節は秋となり、また翌年の夜空に濃い花が舞う日を、その輝きを想起しながら、今か今かと待つようになるのである。

※都政新報(2016年8月26日号) 都政新報社の許可を得て転載