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過渡期の光景【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から34】

都電9000形、千登世橋から。

 車体に赤帯をまとった6000形と、青帯のついた7500形車両とがすれ違う、一昔前の都電の写真。天気は快晴。バックには池袋の高層ビルが写っている。一見すると何の変哲もない光景だが、「花電車と入れ違いに、ひとつの歴史が終りを告げた」という印象的な文章が添えられている。1978年に交通局が発行した冊子『ひとりぼっち荒川線』の一節である。
 財政再建の一環として路線を縮小していった都電の中で唯一残った荒川線では、ワンマン化が進められ、78年4月より全車両がワンマン運行となった。ここで言う花電車とは、全車ワンマン化を記念して運行された(乗車はできない)装飾電車のことで、「祝 荒川線新装記念」の横断幕を掲げた5両がのべ12日間運行されたそうである。ちなみに青帯はワンマン運転に対応した車両で、赤帯はツーマン車両。つまり3月末日をもって赤帯の都電は車掌とともにその姿を消したのである。
 『ひとりぼっち荒川線』はツーマン運行からワンマン運行に移行する時期に焦点を当てた本であり、カラフルな花電車の写真が登場する一方で、役割を終えつつある車掌の業務風景も載せてある。題名の「ひとりぼっち」が物寂しさを誘うが、この言葉を選択するセンスが何とも味わい深いとも感じる。興味のある方は、一部の公共図書館で読むことができるので、探してみてほしい。
 さて、72年に都電としては最後の路線となり、78年にワンマン化が完了した荒川線だが、ここ数年は学習院下から都電雑司ヶ谷付近にかけての沿線で工事が進んでいる。これは、都市計画道路環状第5の1号線の整備を行っているものである。
 この環状第5の1号線の地下道路は、地上を走る荒川線と東京メトロ副都心線に挟まれた空間を通るトンネルとなっている。線路が一時的に移設されてカーブが増え、見慣れない工事車両や資材が並んでいる状況は今しか見られない。
 都電最後の路線になろうとも、ツーマン運行からワンマン運行に変わろうとも、時代の流れに適応しつつ、地域の足を守り抜く。千登世橋の上から「過渡期の光景」を間近に見た時、そんな都電の威風堂々たる強い意志を感じた。『ひとりぼっち荒川線』で見た池袋の高層ビルは、今や高層ビル群になっていた。

都政新報 2023年3月7日付 都政新報社の許可を得て掲載
【参考資料】
・ひとりぼっち荒川線 東京都交通局(1978)
・環状第5の1号線(雑司が谷)地下道路整備工事の概要 東京都建設局

https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/content/000026881.pdf