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執着駅

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  チョコレート色の一両編成。車内を照らすのは薄暗い白熱灯。板張りの床面。停車を予告する「キンコンキンコン」の音。クーラーはなく、夏には蚊遣り線香の煙がくゆる。・・・・・・神奈川県は横浜市の鶴見線大川支線には、JRで最古参のクモハ12型電車が走っていた。工場街への通勤線として昭和4年から動き続けている「彼」は、世が平成に移ってからも、武蔵白石ー大川間のわずか0.8キロメートルを、年中無休でただ淡々と誠実に実直に往復してきた。
 多くの人々に「チョコレート電車」と呼ばれて可愛がられた「彼」だが、平成8(1996)年3月15日の運行を最後に、ついに現役を退いた。鉄道車輛としては異例の「勤続年数67年」の理由は、武蔵白石駅のホームが極端にカーブしており、全長20メートルの普通の車輛が導入できなかったため。(「彼」の全長は17メートルと短いのだ。)つまり、プラットホームの形状の特殊性が、「彼」の電車生命を延ばした。いや、もしかするとその逆で、「チョコレート電車」を現役のままいつまでも残しておきたい、という人々の気持ちの結集が、特殊な形状のプラットホームを残したのかもしれない。
 武蔵白石の駅は、終着駅であると同時に、そんな気持ちの、「執着駅」。……であればいいなと考えながら、「おつかれさま」の気持ちも籠(こ)めて、昭和の電車・クモハ12型の雄姿を、孔版で描いてみた。(1996年)

※車内のイラスト『幻ランプ』1998年