かつての私と狭隘路線【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から35】
「狭隘(きょうあい)」を辞書で調べると、「土地などの小さくせまいこと」とある。狭も隘も「せまい」という意味である。明確な定義はないものの、狭隘な道路を運行する乗合バスを狭隘路線と呼ぶことがある。
20年以上前の話になるが、初めてバス会社に入社した。大型二種免許を取得したばかりでバス業界のことなど右も左も分からない人間が手当たり次第に履歴書を送り、数社の門前払いを経て、実技試験と面接にこぎつけた会社である。「ようやく大型二種免許を活用できる」と喜んだのもつかの間、待っていたのは狭隘路線の教習だった。急カーブ、急坂、その上違法駐車の多い狭い道路を、所要時分を気にしつつ安全に運行する。「行ける」と思って進行した瞬間、見通しの悪い急カーブから先輩の運転するバスが勢いよく現われ、身動きが取れなくなったりもした(後ほど休憩室で怒られた)。いくつかの狭隘区間をへて、バス同士がすれ違うのがやっとの道幅の商店街を慎重に抜けると、最後に広い道路に出る。その時の安堵感、開放感は格別だった。
都バスにも狭隘路線がある。王子駅と新田一丁目を結ぶ王41系統である。片道20分もかからない短い路線だが、一部区間が狭隘である。王子駅を出てしばらくは広い道路を走行し、豊島八丁目の先を左折すると一方通行の道路に出る。豊島七丁目を過ぎて突きあたりを左折するが、この時の左折がバスの車体からするとギリギリで、教習所のクランクを思わせるのだ。無事左折が終わると、すぐに右折。右折した先の道路は一方通行ではないが、道幅は狭く、すれ違いは慎重にならざるを得ない。新田橋を過ぎると道幅は広くなり、停留所名でもある新田橋を渡る。狭隘区間を経て広い道路に移行する雰囲気は、20年以上前に担当していた他社の路線をほうふつとさせる。他営業所の管轄路線であるため、私が運転することはかなわないが、この路線に客として乗車するたびに、「初心忘れず」の気持ちになり、身が引き締まる。
新年度……異動、昇任の季節である。皆様も「かつての私」を想起する光景に思い当たるふしが、おありではなかろうか。もしあれば、一度訪れてみてはどうだろう。新鮮な気持ちで仕事に臨める契機になるかもしれない。少なくとも、刺激にはなる。
都政新報 2023年5月9日付 都政新報社の許可を得て掲載