見出し画像

歩道橋から桜の丘へ【ゆっくり動く乗り物で~都バスの走る風景1】

画像1

<王40・草64・王55系統『飛鳥山』停留所付近> 

 年度替わりの時期、池袋駅東口から王子駅方面へ向かう都営バスに乗車する。滝野川二丁目を過ぎると、自動アナウンスが飛鳥山停留所の名称と、そこが桜丘中学・高等学校の最寄りであることを告げる。バスを降り立つと、文字通り、つきあたりに桜の丘が見えてくる。混雑がなければ15分もかからない。校名に桜のついた中学・高等学校の生徒たちは、春になるとこの花びらに思いをはせるのだろうか。放課後、桜の丘に鎮座する蒸気機関車や昔の都電のそばで、夢や恋や人生について語り合ったりするのだろうか。
 飛鳥山公園は、1873年(明治6年)の太政官布告によって上野・芝・浅草・深川とともに指定された、日本最初の公園である。そんな由緒ある公園を、少し離れた位置から眺めるのにちょうどよいのが、ライトグリーンの歩道橋。階段を上りきると、人々の心身を癒やす非日常としての公園と、せわしなく動く日常としての交通機関とを同時に見ることができる。都営バスはもちろんのこと、さまざまな色・形の観光バスや高速バス、間を縫うように、都電も走っている。
 飛鳥山停留所を通過する都営バスは、一日に何台ぐらいあるのだろうか。ふと気になって調べてみた。平日の場合、王子駅方向・西巣鴨方向、ともに250台強だった。回送を含めるともう少し増えると思うが、少なくとも両方向合わせて500台以上の都営バスが、歩道橋の下を流れていくということが分かった。一日中歩道橋の上にいるだけで、これだけの数の都営バスを観察することができるのだ。ただし、現実にそれを実行すれば、歩道橋下の交番から警察官が職務質問しにくるかもしれない。
 平日に歩道橋をくぐる都営バスはのべ500台以上。対して、飛鳥山公園の桜は、およそ650本だという。唐突なたとえだが、ある地点をひんぱんに行き来する都営バスを早朝から深夜まで全台数集めても一つの公園の桜の本数に届かないというのは、すごいことなのではなかろうか。副都心・池袋からそのうちの一台に乗車し、現実を俯瞰する歩道橋の上でいったん深呼吸をし、飛鳥山公園に足を踏み入れる旅。とはいえ満開のソメイヨシノやサトザクラに酔いしれることのできる時期は、そう長くない。しかし、桜が過ぎてしまっても、次は1300株のあじさいがひかえている。飛鳥山公園の四季を楽しんだ後は再びバスに乗車し、浅草や西新井大師へと足を運びたくなる。バスにはそんな気軽さがある。

※都政新報(2016年4月12日号) 都政新報社の許可を得て転載