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その終点にあったもの【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から19】

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 都バスの都02系統は、大塚駅前から錦糸町駅前を結ぶ、片道10キロ程度の路線である。ほとんどの便は錦糸町駅前行きとなっているが、大塚二丁目行き、東京ドームシティ行き、春日駅前行きという区間便も存在する。中でも大塚二丁目行きは、平日なら1日に20本以上が運行されており(土日祝日はやや本数が少ない)、午前中から夜遅くまで、その行き先を目にする機会は多い。大塚二丁目付近は多くの教育機関が集まる文教地区であり、新型コロナウイルス感染拡大にともなう休校措置が実施される以前には、特に朝の時間帯には小中学生が大勢乗車し、満員になるほどの混雑ぶりであった。
 2015年3月7日、筆者は大塚二丁目付近にいた。周辺の再開発にともない、この年の3月29日をもって閉所が決まっていた巣鴨自動車営業所大塚支所(大塚車庫)で開催されたバスファン向けの謝恩イベント『大塚車庫の記憶』に足を運んだのである。当時の報道発表資料には、「今日までご愛顧いただきました皆様方に、大塚車庫の記憶をいつまでも留めていただくため(略)開催します」との記述がある。
 大塚支所へは業務で何度か訪れたことがあった。とはいえ、じっくりと敷地内を見学する機会はこれが初めてであった。「格納庫」という言葉がふさわしい、天井のカーブが美しいデザイン。猛暑にも大雪にも耐えてきたコンクリートの風合い。レトロな照明や配管など……。東京都が「市」であった時代に市電の車庫を転用して開設した車庫は、建築の素人である私の視覚にすら、歴史的風格を見せつけてやまなかった。この年、87年の歴史に幕を閉じ、巣鴨自動車営業所に統合された大塚支所の運行していた車庫行きのバス。その名残が、現在の大塚二丁目行きなのである。
 都02系統には、錦糸町駅前発の最終時間帯付近に窪町小学校行きという便が設定されている。窪町小学校停留所の名称は、大塚支所が閉所するまでは大塚車庫前だった。大塚二丁目行きと窪町小学校行き……都02系統の両端の起点から、閉所して数年が経過した今でも、元大塚車庫を目指し、毎日バスは運行している。役割を全うした車庫の在りし日の風景が、その行き先を目にすると、時々脳裏に浮かぶ。
「すでにない車庫行きのバス」。私にもう少し文才があったなら、これを題材にSF短編小説でも書けそうだ。

※都政新報 2020年6月2日付 都政新報社の許可を得て掲載

【参考資料】
 【報道発表】東京都交通局 都バスファン向けイベント 大塚車庫の記憶(2015年2月25日)