修論が書けない話

修論が書けない。どのくらい書けないかというと、一日中PCの前に座ってOverleafとにらめっこしても一文字も進まないくらい。いやさすがに盛ってる気がするが。

「修論が書けないのは、そもそもぼくに文章を書く力がないからだ!」と奮起したのが3時間前。とりあえず文章力をつけよう!と躁鬱の躁の部分の勢いでnote記事を書き始めた。

というのも、以前に友人のK氏に憧れてnote記事を書こうとして、一本も書けず12本の下書きと共に挫折した経験があったからだ。
「文章はクオリティ以前に書き上げるのが大事!」とコミケ勢のみなさまがよく言っている意味がよくわかる、と思ったものだ。

……しかし、いざ深夜テンションで書き始めてみると、筆が滑る、滑る。きっと朝読み返したらさぞ読みづらい駄文になっているのだろうが、勢いに任せて書くと文字数だけはガンガン伸びる。

「修論が書けないのは、そもそもぼくに文章を書く力がないからだ!」とはなんだったのか。結局、修論にするだけの中身を持ち合わせていないから苦労していただけだったのではないか。
やはり修論には中身が大切である。これを読む学部生のみなさんは、くれぐれも「論文は中身より先にIntroができる」などの妖しい言葉に惑わされず、自分が価値のあると信じる研究をしてほしい。

なお、私が修論に書く中身を持ち合わせていないのはスマブラやダイパリメイクや風来のシレン5+に明け暮れていたからであり、指導教官には一切の非がない。みなさんは、前轍を踏まぬよう「平日は毎日一定時間を研究に充てる」習慣をつけていってほしい。

まとまりのない文章になってしまった。まるで飲み屋で管を巻くおやじである。
このような内容をまともにまとめなおした文章もいずれ書きたいものです。それではおやすみなさい


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