中小企業の賃上げ環境整備について、玉木さんと矢田さんにやってほしいこと

わたくしマーケティングのコンサルと実務を長年やってまして、いろいろな中小企業さんにお世話になってるので、その辺の経験からざっくり書いていきます。

なお、「社会保険料の負担が重いから下げろ」とかいった話は、もう皆さんが散々訴えてくれてるので、ここではわざわざ書きません。

賃上げに必要なこと

ほとんどの中小企業では、賃上げをしようと思っても「無い袖は振れない」ことになります。

賃金は事実上ほぼほぼ固定費です。しかも一度上げたらなかなか下げにくい。売上総利益を上げずに労働分配率を引き上げることには、限界があります。

従って、「中小企業の賃上げを如何に促進するか?」という問いは、事実上、「中小企業が儲けを伸ばしやすい環境をいかに整備するか?」という問いに帰結します。

中小企業の「賃上げをしやすい環境整備」

中小企業と言っても千差万別です。個別の企業を見れば、「どうすれば儲けを増やせるか=賃上げの原資を確保できるか」という問いの答えは、個々に異なります。

たとえば…記憶が確かなら…、日本の中小企業の約半数は、主要取引先1社だけで売上構成比の3割以上を占めているはずです。「大手一社からの受注が生命線」というところも多いでしょう。こうした企業へのケアとしては、政府が今やっているように、公取がニラミを効かせて適正な価格転嫁を推進することが効果的だと思います。

しかし一方で本質的には、企業が成長するためには、『付加価値を生み出す力』を自前で高めていく必要があります。それがなければ売上も利益も増えず、賃上げも夢物語です。

とはいえ、『中小企業』と一言で言っても、その実態は千差万別。業種、業態、規模、地域、顧客層、ステークホルダーの構成、何もかも違います。

なので「こうすれば良い」と一概には言えないのですが、それでも全体をざっくり俯瞰した上で、『国にやって欲しいこと』が具体的にいくつかあります。

1:既存の補助金/助成金の利活用促進と運用の適正化

あらゆるビジネスにおいて、何もせずに売上や利益が増えることは、基本的にありません。リスクを取って何かをしなければ事業の成長はありえない。これが原則です。

しかし現実には、「苦しい時ほど何かをしなければいけないが、何をするにも原資が必要」という問題が生じます。

そうした問題を解決するために、様々な補助金/助成金などの支援制度が整えられているわけですが、この辺の利活用に課題があります。

ここを改善せずに新しい補助金や助成金を出しても、効果はあんまり期待できないと思いますから。ぜひやって頂きたいです。

1-1:制度の存在と活用方法が知られてない問題の解決策

知られていない実態については、説明が面倒なので割愛します。お伝えしたいのは、何をやって頂きたいかです。

国が用意している補助/助成制度やガイドライン資料などを、“郵送”で、全国の中小企業宛てに送り付けてください。

国からの郵便物を見ない社長はいません。
郵便です。
郵便で展開してください。

またその資料には、制度の紹介だけでなく、採択事例のモデルケース、「いくらで何をやって、何ヶ月でブレークイーブンを突破し、経営がどのように改善したのか」が具体的にイメージできるようなものを、できる限り記載してください。みんなが知りたいのはそこなんです。

そこがわかれば、「自社も同じように取り組んで課題解決ができそうだ」と判断がつきます。そうしてはじめて「じゃあやってみよう」と検討が始まり、そこでようやく採択要件だとか申請フローだとかの話になるんですよ。

政府の展開は、情報伝達の順番が逆なんです。
政府にとっては「制度の概要」や「採択要件」や「申請フロー」が重要なんでしょうが、利活用する側にとって重要なのは、「それを使って何ができて、どう改善できるのか」なんですね。

1-2:補助金/助成金を『死に金』にしないための仕掛け

その意味では、IT導入補助金の仕掛けは良くできていると思います。課題解決の実務能力のある「導入支援事業者」を認定して、申請企業と支援事業者との二人三脚で導入を進めるコンセプトですよね。「ITツールを導入したいけれど、ツール選定や運用方法のノウハウが無い」という課題に対して、ノウハウや技術を持った「導入支援事業者」と組ませることで解決するわけです。

これと似たような仕掛けは、他の中小企業支援策でも展開できると思いますから。税金から出る補助金/助成金を『死に金』にしないためにも、ぜひ横展開を検討してほしいと思います。

1-3:申請手順の簡素化と、申請代行の報酬ガイドラインの策定

補助金/助成金の利活用にあたっては、申請手順がクソ面倒だという問題もあります。

実態どうなっているかというと、申請がクソ面倒だし、みんな謎に苦手意識があるので、行政書士法人とか社労士事務所とかに頼むんです。で、そうすると成果報酬で補助額/助成額の2割とか持っていかれるんですね。

だから例えばIT導入補助金のインボイス枠で300万円の補助額が出たら、そのうち2割、60万円も持っていかれてしまう。実際に使えるのは240万円。おかしな話だと思いませんか。その企業の成長や立て直しのために税金を突っ込んでるのに、その目的に寄与しない『手続き代行』に2割も持って行かれるのはおかしいです。

そりゃ当然、行政書士さんや社労士さんだって報酬は必要ですよ。だけども2割はやりすぎです。訴訟じゃないんだから。

例えば、「補助金/助成金の申請代行費用は、補助額/助成額の1割まで」みたいな上限ガイドラインを策定して、順守してもらうようにお願いするとか、なんかテコ入れしたほうがいいと思います。

一方で、『困ってる中小企業を助けるんだ』と言って、申請代行、採択された場合だけ一律5万みたいな、ほぼ儲けにならんことをやってる社労士もいるんです。世のため人のため頑張ってる専門家が一方的に損してる。こういうのも何とかならないものかと思ってます。

1-4:制度運用のローカルルールの撤廃

制度によっては、ローカルルールが存在してしまうものもあります。

たとえば僕が知っているケースだと、厚労省の人材開発支援助成金です。国民民主党が拡充を実現したアレですが、運用上の課題があります。

国民民主党がアレの拡充を実現した時、オンライン研修も対象に広がりましたよね。その判断自体はナイスな政治判断なんですが、そのオンライン研修に使うLMS(学習管理システム)の仕様によって、ある地域の労働局ではOK、別の地域の労働局ではNG、ということが起きているそうです。こうなると、研修を提供する側(…僕もそうですが…)としては、同じ研修プログラムでも、○○県にあるA社さんは助成金が使えて、□□県にあるB社さんは使えない、みたいなことが起きるんですね。こういうやつをなんとかしてください。

ちゃんと調べてみないとわかりませんが、「国の制度なのに運用は地方ごとにやっていて、ローカルルールが色々ある」制度は、他にもたぶん色々あると思いますから、テコ入れをお願いしたいです。

2:スポンサー(出資者)に対する出資減税と、過度なコストダウン圧力の抑制

企業の資金調達方法としては、借入や補助金/助成金のほかに、事業単位でスポンサーを募るケースもあります。スポンサーは、出資した事業の利益から取り分をもらうので、利益率を最大化したいと考えます。で、コストダウン圧力をガンガン掛けてくるんですね。それが賃上げの阻害要因になったり、その事業の取引先への値下げ圧力になったりするんです。

こうなると、企業の社長さんとしては賃上げをしたい、下請けにもちゃんとお金を払いたいと思っても、難しいわけです。中小企業だけでなく、中小企業に仕事を発注している中堅企業でも、こういうことは多々あると思います。

ただ、見どころのある新事業に出資することは良いことだと思いますし、新事業がどんどん生まれる風土がなければ社会経済全体も盛り上がりませんから、出資減税みたいなことやって後押しをして頂きたいのが一点。(※ハイパー償却減税とのシナジーも期待できるかもです)

そのうえで、出資減税というインセンティブのバーターとして、出資先企業の賃上げ要件を入れるとか、他にも何か『過度なコストダウン圧力』を抑制するような仕掛けを作れると面白いのかなあと思っています。

こっちの取り組みがうまく行けば、補助金/助成金頼みからの脱却もはかれると思いますから、ぜひ検討してみて頂きたいです。

3:企業間連携の推進

これは完全に個人的な経験なのですが、企業間連携はめちゃくちゃ面白いです。『複数の中小企業がノウハウや強みを持ち寄って新事業を立ち上げる』みたいなやつに僕は時々参加するのですが、明らかに一社だけで取り組んでる事業よりも強いです。

開発する製品やサービスの品質も高くなるし、市場競争力も強くなるし、場合によっちゃ大手とも張り合えます。交渉力も付きます。とにかく企業間連携に可能性を感じています。

M&Aの推進やジョイントベンチャーの立ち上げも良いんですが、それってやっぱりハードルが高いんですよね。でも事業単位/プロジェクト単位で、複数の企業が対等な立場で協力し合うスタイルは、意外と気軽にできますし、けっこうおもしろい価値創造ができるんですよ。

実際、僕も今そういう企業間連携プロジェクトに参加してるんですが、参加企業の従業員さん達は、去年・今年と2年連続で賃上げ達成しているそうです。

こういう中小企業間の連携、共同プロジェクトの立ち上げとか、そういったことを促進する枠組みが何かできると、日本経済が足元から好転する契機になるんじゃないかってぐらい思ってます。なんか良いアイデアがないか、仕事しながら具体的に考えてみます。

というわけで

仕事に戻ります。
おれが仕事を頑張る⇒取引先中小企業が儲かる⇒賃上げ!賃上げ!(おれの儲けも増える)

お互い頑張りましょう。