無人島に行ったらどうする?
あらすじ
遭難者、私。
それから浜辺に死体がひとつ。
ひとりでバカンスに出かけた私は、
浜辺で死体とともに干物になりかけた。
キャリーバッグも失った、
ひとりぼっちの哀れな私。
手にしたものは銃、ひとつだけ――。
思い出すまで始まらない?
異常で異端のサバイバル的短編小説。
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文字数:約5,000字(目安10~30分)
※読了目安は気にせず、
ごゆるりとお読みください。
※本作は横書き基準です。
1行20文字程度で改行しています。
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本編
フロッピー・ガール。
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『無人島に行ったらどうする?』
幼い頃に、だれだって一度くらいは想像した。
小学校のクラス内調査で、
そんな企画があった。
可憐で純粋だった私は想像力を働かせて、
現実的にどんな道具を持っていくか考えたり、
友達とバカンスに行くのような感覚でいたり、
ときにはヤバいアイディアに笑い合った。
それで結局、私はなんて書いた?
◆
地獄にいる両親へ――。
私はいま、無人島にいます。
実際、遭難するとなると、
道具なんてなにも準備していない。
というか、島かどうかもわかんないし、
無人かどうかさえも確認できない。
遭難しに来たわけじゃないし、
遭難を目的としたならそれは本当に
遭難と呼べるんだろうか。
旅行用に持ってきたキャリーバッグも失い、
砂と海水に晒され乾いた服が肌に擦れて痛い。
それに日焼けしたのか、首周りが痛かゆい。
突き刺すような日差しが痛いんだ。
露出していた手の甲が赤くなってる。
こんな放置プレイは趣味じゃない。
喉も乾いた。喉の奥がかゆい。
私はまず川を探して海岸線を歩く。
こんなときは川を探せと、
ガールスカウトで習った気がする。
真水の確保が生死を分かつらしい。
靴が流されていないのが救いだ。
スリッポンシューズで砂浜を歩く。
払っても落ちない砂だらけの靴は、
履いていないほうが開放的な気さえする。
私のキャリーバッグ、流れ着いてないかな。
なんてのん気で淡い期待をしていたが、
見つけたのは流れ着いた死体だった。
うつ伏せで、異臭を放って死んでいる。
あ、一句できた。
季語は死体で夏?
冴えない頭が現実逃避しはじめてる。
死後何日か経っているはず。
ドラマに出てくる検死官じゃないから適当だ。
できたてホヤホヤ新鮮な死体かもしれないし、
実は死んでないかもしれない。
金色の派手なネックレスをした死体には、
ハエが大量に集まっている。
できれば近づきたくない。
それから手になにかを握ってる。
なんだろうなと目を細めて凝視すると、
ひと目でそれがヤバい物だとわかった。
銃だ…。
オモチャ? 本物?
漂流物からいい感じの木の棒を拾い、
私は死体の手から銃を取ろうとした。
握られているが手はもう力尽きていて、
棒に力を入れるとベロリと嫌な感触が伝わり、
なんとか引き離せた。
死体から離れた砂地に銃を引きずり、
砂に埋めて揉み、付着物を削ぎ落とす。
付着物はたぶん海藻だ。きっとそうだ。
偽物でもいい。すがる思いでひったくった。
自分の身を守る道具になるかもしれない。
銃声で、通りすがりの船に
助けを呼べる可能性もある。
銃があれば、狩りの道具になるかな。
動物なんて撃った経験ないんだけどさ。
でも触りたくない。
だって死体が触ってたものなんて。
私の脳内はもうぐちゃぐちゃだ。
もうそれでいいや。どうせ答えは出ない。
シュレーディンガーの死体。
死体じゃなくてたぶん人形。
拾い上げるととても重い。
スマホなんて比じゃない。
海外旅行をする場合、
強盗に遭う可能性もある。
強盗たちに爆弾を巻かれ、
人質になる危険性だってある。
強盗じゃなくてテロリストか。
そう! いつ、いかなる状況でも
覚悟と経験がものを言う。
そんな私は実はなんと、
射撃場には行った経験がある。のである。
行った経験はあるんだけど、1発撃って
的に当たることもなく、その衝撃で
恐ろしくなった可憐で繊細な淑女だ。
拾ったのはたぶん、映画でよく見る銃。
いや、実銃なんて日常じゃ見ない。
銃って金属じゃないんだよね。
なにで出来てるのかは知らない。
超合金? あ、プラスチックだっけ?
捨てる時は資源ごみ? 不燃ごみ?
その前に指紋を拭き取らなきゃいけない。
銃は私の小さく華奢な手でも馴染む。
死体が持っていた、なんて考えなければ…。
海水に浸かった銃なんて使えるの?
火薬? 薬莢か。湿気ってない?
花火じゃないから大丈夫?
映画だと本体を分解して清掃してたよね?
でもバラせるだけの専門知識なんてない。
重たいお守り程度って考えとこう。
なんであの人は死んでたんだろ。
軍人かな? マフィア? ヤクザかも。
パチンコ通いのおっさんみたいな、
純金風ネックレスをこれ見よがしにしていた。
私の店にもよく来る。こないで欲しい。
そもそも銃なんて持ってたら泳げないじゃん。
って考えると答えはひとつじゃん…。ひぇ…。
私は自分の考えにへたり込んで、銃を握る。
私も漂着してたけど、この島には
泳いでたどり着いたわけじゃない。泳げんし。
手ぶらの私が唯一手にできた銃。
ナイフのほうが良かったかな…。
ナイフがあってもサバイバルはできない。
ナイフで木に日数を刻むやつをやるほど
長期滞在したくもない。
スマホがあれば助けを呼べただろうけど、
こんな僻地で電話ができるとは思えない。
衛星対応のスマホとか? GPSとか?
GPSってなんだっけ?
ゲーム機でもあれば、
現実逃避できたかもしれない。
でも、助けが来るより先に
バッテリーが尽きるよね。
遊べてもせいぜい1日だし。
ゲームもそんなに遊ばないほうだった。
コンパスと紙と鉛筆があれば地図が書ける。
あったところで無人島だったら、
助かるって保証もない。
測量なんてできない。
三角関数ってあれ、どうやるんだっけ?
あぁ、まず日焼け止めが欲しい。
いや、その前に身体洗いたい…。
てか、それ以前に帰りたい。
日陰を歩き、海岸沿いから川を探す。
この気持ち悪い服を洗いたい。
このギシギシになった髪を洗いたい。
首まわりが気持ち悪い…。
シャンプー…コンディショナー…。
見たことのないハエが私にたかる。
見たことあっても詳しくない。
ひぇっ!
ゴキ…! ゴキいるじゃん。
無人島なのにゴキブリがいる…。
あいつみたいなやつだ…。
殺虫剤があったら皆殺しだよ。
あぁ…もうやだ…もういやだ…!
舗装されてない場所を歩けば、
ゴツゴツした石や木の根を踏んで足が痛い。
重たい銃なんかより、いい感じの棒を
杖にした方がよかったかも。
長時間歩いて、時計がないからわかんないが、
ようやく小さな湧き水の出る岩に出会った。
これ飲めるの?
お腹下すんじゃない?
ひとまず乾いた口をすすぐ。
神社の手水舎? みたい。
それから顔を洗う。
砂だらけの髪を、頭を洗う。
異物感がまとわりつく首まわりを洗う。
冷たくてめちゃくちゃ気持ちがいい。
濡れた上着を脱ぐ。
下着姿になってジーンズを洗う。
ついでにシューズも洗ったれ!
自棄になって息を切らして、
一心不乱に服を洗う。
赤くなった肌を洗う。
濡れた下着姿で、笑いながら涙が出てきた。
なんでこんなことになったんだろう…。
◆
会社のメールアドレスに、
私を知る人物から一方的なメールが届いた。
メアドを教えた覚えはない。たぶん。
メールの内容はなにかの旅行の招待で、
自分は小学校6年生のときの級長の
雲流島セイイチだ、と名乗った。
たしかにそんな名前のやついたな。
10年も昔の話だ。
それから雲流島名義で私の口座に、
100万円が振り込まれていた。
口座番号を教えた覚えもない。
不気味なやつだ。新手の特殊詐欺か?
たしか雲流島は高利貸しの悴で、
成金趣味の鼻持ちならない性格から、
だいたいの女子に告白していた。
私もそのだいたいに含まれた。
そんなんはどうでもいい。
友達のアヤメちゃんも
雲流島のやつに告られていたが、
アヤメちゃんをあんなやつに
奪われるのが嫌で嫌で殺してやる!
となって、ボコって泣かせた記憶が蘇った。
親ガチャでマウントを取ってくる雲流島を、
私は心底嫌い、不快害虫扱いした。
この場合、たぶん私は悪くない。
血に飢えていた黒い歴史は誰にでもある。
はず。
あいつはいつも得意げに
指や口笛を吹き鳴らす癖があり、
目障りで耳障りな存在だった。
小学校の卒業が近づくと、
私とアヤメちゃんは卒業文集の担当になった。
そして、同級生たちに
様々なクラス内調査を企画をしたのが、
同じクラスの雲流島だった。
そんなやつから突然、
賞金1億ドルという、
ゲーム企画に招待された。
あいつは有名ストリーマー感覚で、
10年経ってもこんな小学生みたいな
企画で遊んでるんだろうか? ヤバ。
察するに手当たり次第に連絡してるのか、
洗剤を売りつける同級生みたいなやつだ。
純粋無垢な私はマルチだかネズミだかに
騙されるような、無知蒙昧なお嬢様ではない。
招待とかどうでもいいから
さっさと1億兆円振り込め。
先の100万円は快く受け取り、
利子の利子のそのまた利子の一部、
1万円だけ返済をした。
雲流島がストリーマーなら
私は高額多重債務者だ。
1万ぽっちで伸ばしに伸ばした返済期限を
さらにパスタのように伸ばして貰い、
残りのお金で私は現実逃避の
バカンスという名の高飛びをした。
返す気なんて、毛頭無い。
だって親が勝手に作った借金だし…。
両親は地獄で頑張って返済してくれ。
そんなバカンスのつもりで乗った飛行機から、
なんで私はこんな場所にひとりでいるのさ?
中学以降の雲流島に関する記憶は薄い。
あいつと同じクラスにはならなかったし、
さらにいえば高校時代は別の学校だった。
父親の会社が潰れて多額の借金を背負い、
私はアヤメちゃんと同じ学校どころか、
高校はまともに通えなくなった。
小学校では雲流島とはそれきりだったが、
中学以降もあいつは2股4股は当然だった。
別のクラスの知らない女子から
良く相談されたが、アヤメちゃんとも
無関係だったので関わり合いを避けた。
後にも先にも、あいつをボコったのは、
女子のなかでは私だけだったそうだ。
あぁやっぱり、思い出すだけで腹が立つ。
◆
海水と砂を洗い落とした服は
適当な木に干して、乾くまで
青い水平線を眺めて途方に暮れた。
もしもこの状況で助けが来たら、
下着姿で服を振って助けを呼ぶくらい
してやるとも。腰を振ってもいい。
打ち上げられたヤバい死体と一緒に、
若くして人生を終わらせるより、
借金漬けの生活の方がマシだ。
まあ生きて帰ったところで、
借金を返す気はないけどね。
洗濯乾燥機がなくても服は乾いた。
あっ、ジーンズは股間が半乾きだ。
洗剤も柔軟剤もないせいで
着心地が悪く、少し磯臭い服だけど、
下着姿でうろついて変な虫に
刺されて病気で死ぬのも御免だ。
そういえばあのクラス内調査、
なんて書いたかな。
『無人島に行ったらどうする?』
雲流島の考えた卒業文集のクラス内調査には、
人数や道具の有無に指定はなかったし、
ひとつだけとも書いてなかった気がする。
グループ行動して大人しく救助を待つか、
メガネとホラ貝って定番道具があれば、
狂気の殺し合いに発展する可能性もある。
サバイバルナイフや猟銃なんて、
模範解答を書いて賢ぶった男子もいた。
使ったことのない道具って役に立つの?
使えもしない銃を持ってる私も同じか。
アヤメちゃんは料理道具一式って、
女子力高めに書いていた記憶がある。
サマーキャンプでもあるまいし…。
と思ったのはいまでも内緒だ。
私は昔の記憶で気を紛らわせながら、
食べ物を探して湧き水の近くを散策する。
首まわりがかゆい。
洗ってもまだ首がかゆくて痛い。
腕もぽつぽつ赤くかぶれている。
喉なんてずっとイガイガする。
あぁ、横になりたい。ベッドが欲しい。
そこで寝て、起きたら夢でした。
ってならないかな。
蚊帳付き、屋根付き、お風呂とトイレは別で。
料理はしないけど対面キッチンも欲しい。
もちろんエアコンは備え付けのとこ。
収納広めで、角部屋で、駅から近くて、
最上階、エレベーターとオートロック完備。
入り口にはコンシェルジュサービスがあって、
宅配便のロッカーもあれば助かる。
ホームシアターとアイスクリーム、
冷蔵庫にはピザとケーキがあって、
ワインは赤白、紙パックのでも充分。
歯ブラシとドライヤー、化粧水も必須。
銃の安全装置を弄りながら妄想にふける。
どっちがオンオフかなんてわからない。
引き金なんて怖くて触れない。
そんな時に、第一島民に出会った。
たぶん、島民ではなかった。
あれ、アヤメちゃん?
その顔には見覚えがある。
中学時代までの幼なじみっぽい。
整った目鼻立ちに、薄い唇。
曲がった耳の形までよく似ている。
高校が別れて以来、
まともに会って話した覚えはない。
彼女の母親は間男と蒸発した
ってウワサも耳にした。
島民はアヤメちゃんに似た女性で、
顔は紅潮して塗料が跳ね返っている。
目は血走っていて、手には塗料まみれの
出刃包丁がよく似合っている。包丁…?
銃を握っていた私と目が合うと、
奇声を発して近づいてきた。
その速度は都市伝説に語られる
ダッシュババアの如き素早さ。
私は狼狽し、言葉にならず、
なにかをわめいた。
銃口を向けて相手を威嚇したが、
怯む様子もなく包丁を振りかぶり、
鬼の形相で切っ先を向けられた。
怖くなって引き金を引いた。
安全装置が外れてたし、
銃口から問題なく弾は出たし、
弾丸は女の身体を貫いた。
音に驚き目を閉じて、
衝撃に驚き口を開け、
倒れた相手に腰を抜かした。
オモチャじゃなかったし、
弾は湿気ってなかったし、
的にちゃんと当たった。
的じゃない。射撃場じゃない。人間だ。
右の脇腹に被弾して、
黒ずんだ大量の血糊を流して
すっごく痛そうな演技をしてる。
これ、本当に私の撃った弾?
「…大丈夫?」
声をかけてみたが返事がない。
ちゃんと声が出たのかも怪しく、
私はかわいい子犬のように震えている。
虫の息。というのは、なんだろう。
あ、これって外廊下やベランダで
裏返ってるセミみたいな感じ?
また襲われないように、
包丁を握った手を思いっきり足で蹴った。
銃まで構えて、本当に映画みたいじゃん。
普通に通り魔に出くわしたら、
こんな対応は絶対できなかった。
現実感がないから仕方ないよね。
法廷で正当防衛を主張してやる。
保険になんて入ってないし、
まともに税金も納めてないから
国選弁護人コースかな。
「あんた…
あんたのせいだ…
あんたのせいだっ!」
女の声は、アヤメちゃんの声に聞こえる。
キレてドスを効かせたときの同僚と
同じような口調で、あの可愛かった
少女の面影はどこにもなかった。
「ごめん…当たるとは思わなかった。」
なんなら当てたことにまだ確信を持てない。
アヤメちゃんっぽい女はこんな暑い島で、
黒色のジャケットを着ている。
それにダサい金のネックレス。
首周りに余裕がなくて、サイズ間違えてない?
それって流行ってるの?
「あんたが悪い!
全部あんたが…っ!」
話している途中で大量の血糊を吐いたので、
私は驚いた。なんかすごく憎まれていて、
会話になりそうにないし、謝罪も無意味か。
というかそっちが襲ってきたんだから、
私にひとこと謝罪があってもいいでしょ。
この無許可撮影はいつ終わるんだろう…。
「あんたが、あんなこと書くから…」
なんの話? とたずねる前に、
女は呼吸を止めてしまった。
人違いであることを願うが、
この女は私を知っていて、
なんでこんなとこにいるのさ。
彼氏を寝取られたとか、痴情のもつれ?
そんな客はいくらでもいる。
この女の言う「あんなこと」ってなに?
ここに来て、なにかを書いた覚えはない。
地図を書こうにも道具もないし。
あっ、砂浜にSOSさえ書き忘れていた。
もともと高飛びだからバカンスに行くなんて
職場や店の誰にも言ってない無断欠勤だし、
SNSにもそんなのわざわざ書かない。
私自身、どこにいるのかさえ知らない。
スマホもない。着替えもない。
キャリーバッグもなんにもない。
それに100万円をくれた雲流島に
苦情のメールもしてないくらい。
ひと桁足りないって送っとけばよかった。
そうだっ!
元はといえば雲流島だ。
あいつが100万円を振り込んだからだ。
勝者に賞金1億ドルの企画とか、
アホなスパムメールを
私に送りつけたからだ。
こんな事になって10年は会ってない
雲流島に、またムカついてきた。
首がかゆくてイライラする。
いつ付けたか記憶にないネックレス。
鏡がないから余計に腹が立つ。
輪が短くて目線を下げても見えないし、
仕組みがわからないから外せやしない。
これ勝手に付けたやつ、
あとで必ずボコってやる!
かゆいし絶対、金属製のやつだ。
『無人島に行ったらどうする?』
それで結局、私はなんて書いた?
(了)
あとがき
来週(05/20)も別の作品を投稿予定です。
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