見出し画像

ドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied㉓

生のコンサートでは“今まさにここで生まれる音楽”を共有していただける喜びがあります。その時間を1曲1曲切り取って“今まさに”のひとかけらでもお届けできたら!とお送りするドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied…

23曲目はヴェーベルン!…ひとかけら、届くかな?

ヴェーベルンAnton Webern(1883-1945):早春 Vorfrühling

                                                           ソプラノ 川田亜希子 ピアノ 松井 理恵


春はそっとやってくる

世界は深い眠りではなく
浅いまどろみの中に
横たわっている
すでにクロウタドリの歌声が
世界の夢の中に
素敵な朝の風景を描いている

春はそっとやってくる


 ヴェーベルン最初の歌曲作品(1900年1月12日作曲)で《3つの詩 Drei Gedichte》と題された歌曲集の1曲目。この詩はリヒャルト・ワーグナーの甥に当たる文学者フェルディナント・アヴェナリウスFerdinand Avenarius(1857-1923)のもの。彼の編纂したアンソロジーはヴェーベルンの愛読書であった。

 クロウタドリの澄んだ歌声が、まだ冷たい空気のなか響きわたる。クロッカスも松雪草もまだ姿を隠しているが、確実に空気は春のそれに変わっている…。春の予感を歌った曲です。ピアノの前奏はクロウタドリの鳴き声です。本物と音の高さがそっくりです。👇

歌の冒頭“Leise tritt auf... (春はそっとやってくる)”は春の到来を祝うファンファーレ。世界くん(詩中では“世界”を擬人化しています)が驚かないよう囁くように奏でられます。続く大きな二つのフレーズは春の空気が染み渡る速度でゆったり、世界くんを見渡すように歌われます。もしかするとクロウタドリの鳴き声が響いているのは、横たわってまどろんでいる世界くんの夢の中だけで、実際にはまだ冬空の日々なのかもしれません。でも世界くんがそう夢見ることで春を誘引しているのでしょう。最後の部分は冒頭と全く同じメロディですが、氷が解けて雫がキラキラと滴る響きにも聴こえます。短い曲の中に静かな時の進行が見て取れます。


 皆さんは春夏秋冬、どの季節が一番好きですか?そして苦手な季節は?

 実は私は春が一番苦手です。新年度のよそよそしい雰囲気が人見知りの私には苦手なのです。そして桜…!物凄い勢いで生活に入り込んできては私の心をかき乱すだけ乱し、あっという間に散ってしまうだなんて!ちょっとしたテロ行為に思えてなりません。「桜ってなんて美しいんだろう」とときめく気持ちは苦しいくらいです。因みに大好きなのは冬…。でもその後に春が来てしまうので、一番好きなのは、大好きな冬がやってくる!と安心してワクワクできる秋なのです。…どなたか共感してくださる方いらっしゃるかしら???


以下に以前ヴェーベルンを歌った際書いた解説の一部を張り付けてみます。作曲家について知ることは、曲の“生まれ”を知る一つの手段。“生まれ”を知ると、その曲との距離がぐんっと縮まって仲良くなれるのです。​

✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻

アントン・ヴェーベルンAntont Webern(1883年12月3日生 1945年9月15日没)
 ウィーン生まれの作曲家、指揮者、音楽学者。音列技法、十二音技法を使って前衛的な作風を展開させ、音楽史では現代音楽のヒーローとして位置づけられている。音楽を愛好する家庭環境に育ち、1902年にウィーン音楽大学に入学、音楽学を学び、博士号を取得。1904年からシェーンベルクに作曲を学び、その門下生ベルクらと親交を深め、彼らとともに新しい音楽の領域を開拓していった。指揮者としても活躍し、同時代の作品も多く取り上げ、特にマーラー指揮者としての評価が高かった。順調だった音楽活動は1938年のナチス・ドイツによるオーストリア併合を前後して失速し、「退廃音楽」作曲家のレッテルを貼られてしまう。仲間の多くがアメリカに亡命するなか、孤立した彼はザルツブルグ近郊の娘のもとに身を寄せていた。終戦後1945年9月、ベランダでタバコに火をつけたところを、闇取引の合図と誤解され占領軍のアメリカ兵に射殺されてしまう。戦争を生き延び、彼を公の場から追い去った第三帝国が崩壊し、今一度音楽活動を再開しようとした矢先の悲劇であった。
 ヴェーベルンは厳格かつ几帳面な性格で、自分で「作品」と認めたものにしか作品番号をつけなかった。そのため作品数は31と少ないが、声楽作品が17作品と大半を占めることから、歌曲作曲家であったといえよう。また、近年注目され始めた、シェーンベルクに師事する前の習作や、作品番号のついていないものにも多くの声楽作品が含まれていることからも、詩に付曲することが彼にとって重要な作業であったことが窺い知れる。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?