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ドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied⑩

生のコンサートでは“今まさにここで生まれる音楽”を共有していただける喜びがあります。その時間を1曲1曲切り取って“今まさに”のひとかけらでもお届けできたら!とお送りするドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied…

10曲目はヴォルフのメーリケ歌曲集の中から♪ …ひとかけら、届くかな?

ヴォルフ Wolf:乙女の初めての恋歌 Erstes Liebeslied eines Mädchens
               ソプラノ 川田亜希子 ピアノ 松井 理恵

網にかかったのは何かしら? ちょっと見てみましょう
でもなんだか恐い
私が掴んでいるのは美味しいウナギ?
それとも蛇!?

恋は盲目の
女漁師
あの子に言ってやって
何をつかまえているのか

もう私の手の中で飛び跳ねてるわ!
ああ、困ったわ!でも嬉しい!
くねくねと身をよじって
胸元にすべりこんでくる!

食いついてきたわ、ああ、なんてこと!
厚かましく私の皮膚を食い破り
心の奥まで突き進んでくる!
おお、恋よ、ゾッとする!

どうすればいいの? 何が始まるの?
その恐ろしいものは
私の中で舌を鳴らし
とぐろを巻いて身を横たえる

毒が入ったに違いないわ!
私の中を這い回り
嬉しそうに喰い荒らして
いまに私を殺してしまうのだわ!

 詩はドイツの詩人エドゥアルト・フリードリヒ・メーリケEduard Friedrich Mörike(1804 -1875)による。

 “乙女の初恋の恐れと喜びの詩”と解釈してしまえばよいのですが、うーん、どう考えてもこれは乙女の初体験そのもの! どうして牧師でもあったメーリケはこんな詩を書いたのでしょう?しかもこの詩を彼は友人の結婚式に贈ったというではないですか… ますます“どうして?”が募ります。そしてヴォルフの音楽といったら!! ぎこちない恋人たちのドタバタした様子がなんともリアルに描かれています、そう、文字通り“ドッタンバッタン”! 水辺の草むらで繰り広げられる田舎の女の子の初体験の様子が、ああ、何という事でしょう、実況中継されている!!とんでもない歌曲です。そしてそして、それを歌ってしまっている私って一体?! 神様仏様、そして皆様お許しくださいっ!

 以前ヴォルフのメーリケ歌曲集の中から数曲歌った際書いた解説の一部を張り付けてみます。

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 ヴォルフは他の作曲家より詩というジャンルに異様な興味と尊敬を持ち作曲していることが、歌曲集の名前を「歌とピアノのためのメーリケ詩集 “Gedichte von Eduard Mörike für eine Singstimme und Klavier”」 としていることからもうかがえる。大声で詩を読み上げることから作曲をはじめ、1つ1つの言葉を舌の上で溶かすようにし、言葉の下に流れるメロディを紡いでいった。その朗誦風歌唱パートに見合うため、ピアノパートは複雑になり、その終わりのない音階と不協和音は時に聴衆を迷わせる。
 『メーリケ歌曲集 』はヴォルフの集中的作曲(1888~1889年)のきっかけとなった歌曲集で、“メーリケ体験”とも言われている。詩人メーリケEduard Mörike(1804 -1875)は牧師の職についていたが、仕事はほとんどせず、詩作にふける日々を送っていた。シュヴァーベン地方に伝わる幻想的な伝説、彼のユーモアな一面を窺わせる人生観、宗教観など様々な題材を詩にしている。

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