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Archipelago(多島海)

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詩・散文詩の倉庫01
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#鳥

天牛と島の少年

                                 — M・T君に ― 「てんぎゅうをとりにいこう」 きみがそう言った夏休みに ぼくらは残忍なハンターになる もくもくと青空に湧く入道雲 稚魚の群れが回遊する島の海を ぼくらは毎日飽きるほど泳いだ 陸に上がって濡れた体を拭いても 蝉の声の合唱に囲まれたら すぐに大粒の汗が吹き出てくる 湿気た藪に羽虫の群れが忙しく舞い 麦草の上を黄金虫が飛んで行って ぼくらの行く先は斑猫が道案内 草叢から蝮が這い出て来ると

秋晴れ

 蛸壺 入江を囲む堤防沿いの道に 蛸壺がたくさん積まれている 海の底で蛸を待っていた 黒い洞をこちらに向けて 今は何を待つでもなく たまに鳥が降りて来たり 猫が中を覗き込んだり 素焼きの陶器だと思っていたら 蛸壺はプラスチック製だった 表面に小さな藤壺が びっしり付いていた  秋晴れ 朝、玄関のドアを開けて空を見上げた。雲一つ無い青空だ。戸外に出て雲を探した。少なくとも空の北半分には一片の雲も無い。午前の仕事を終え、昼休みにホームセンターの駐車場で雲を探

山の獣

海が 海に堆積して 光の泡を分泌しながら 群青は沈下の速度を静かに増すけれど わたしは 生まれたての青空のように やわらかだから 海が見える山の斜面の 鈴なりに実った 青い蜜柑の揺れる木陰で 朝の体操に遅刻した鳥の声を聴いた おとな達の のんびりと呼び合う声 乾いた藁の匂い 蜜柑畑の片隅に置かれた 編み籠に入れられて 縁に手を掛けて立ったわたしは きつね色をした獣の親子が 五匹、六匹と 山の麓を一列に走って横切り 藪の中へ消えて行く光景を見た おとな達に知らせたくて

かなしみを知らない

あい変わらずぼくは かなしみを知らなかったから 海辺の掘っ立て小屋に住んでいる トーイチに会いに行った 真夜中に浜の釣り舟に降りて来て 悪さをする星どもならよう知っとるど じゃがのう かなしみは知らん カンナ女に聞いてみい ゴミ捨て場でガラクタを漁りながら トーイチが言い終わった時 ぼくはトーイチになっていた トーイチのぼくは カンナ女に会いに磯浜へ行った 海髪豆腐を食べ過ぎて死んだ鳥は 水母に生まれ変わるのはよう知っとるで じゃがのう かなしみは知らん イサクンに聞い

金柑

深緑色の小葉が群れる枝に 金の果実が十幾つ 花瓶に挿して眺めていたら 子どもの頃に読んだ セルビアの民話を思い出した 夜更けに鳥が盗みに来る 王宮の黄金の林檎 鳥は綺麗な女の人に変わり 見張っていた王子様と結ばれる これは金柑 私は王子様じゃないけれど 夜更けまで 見張っていようかな

岸壁

コンクリート舗装したエプロンに 黄色と黒の斜め縞の車止めがある 飴を曲げたような形の繋船柱が 数メートル置きに並んでいる 幾つかには繋船ロープが掛かり 小型の貨物船が停泊している 陸には貨物上屋が立ち並び 遠くに材木置き場が見える 繋船柱に腰掛けて沖を眺める 鳥が飛んでいるが鷗ではない 乾いた風が全身を撫でて行く 貨物船から低い稼働音が聴こえる 身を乗り出して直下の海を覗く 海面近くを小魚の群れが泳いでいる 空と 海と 陸と 岸壁だけの惑星に 独り