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Archipelago(多島海)

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詩・散文詩の倉庫01
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#魚

天牛と島の少年

                                 — M・T君に ― 「てんぎゅうをとりにいこう」 きみがそう言った夏休みに ぼくらは残忍なハンターになる もくもくと青空に湧く入道雲 稚魚の群れが回遊する島の海を ぼくらは毎日飽きるほど泳いだ 陸に上がって濡れた体を拭いても 蝉の声の合唱に囲まれたら すぐに大粒の汗が吹き出てくる 湿気た藪に羽虫の群れが忙しく舞い 麦草の上を黄金虫が飛んで行って ぼくらの行く先は斑猫が道案内 草叢から蝮が這い出て来ると

波のことばに捧げる詩

           ― 詩人Y・Kに ― 海から吹いて来る 遠い夏の記憶のように ごく薄い水色から 真夜中の濃紺までの 星空よりも果てしない あなたのこころと ちょうど同じ 深さの海に 古の島は 霞を纏って浮かび あなたは 潮風が描く波紋のように かたちと色彩が舞う ことばの絨毯を織りあげる 潮の流れに乗って 月まで泳ぐ魚たち 海から生まれる いのちのきらめきに わたしは慄き 見惚れて 波がやわらかに 砂と戯れる浜辺で 銀河を漂う浮島のミラージ

ぬるい風

 ある初夏の日の朝、私は海岸沿いを走る列車のシートに座っていた。ふいに、窓から砂浜のぬるい風が吹き込んで来たと思ったら、私が飲み干した清涼飲料水のペットボトルの中にしゅるしゅる渦を巻きながら吸い込まれてゆく。その時、私はもう少しで喃語を喋りかけたが、ペットボトルの中で魚の鱗がキラッと光るのが見えたので、慌てて蓋をした。  ペットボトルは風船のように膨らんできた。天井に届くくらい大きくなると、終いにはパーン! 破裂した瞬間、あたりには何も見えなくなった。気が付いたら、列車は変

かなしみを知らない

あい変わらずぼくは かなしみを知らなかったから 海辺の掘っ立て小屋に住んでいる トーイチに会いに行った 真夜中に浜の釣り舟に降りて来て 悪さをする星どもならよう知っとるど じゃがのう かなしみは知らん カンナ女に聞いてみい ゴミ捨て場でガラクタを漁りながら トーイチが言い終わった時 ぼくはトーイチになっていた トーイチのぼくは カンナ女に会いに磯浜へ行った 海髪豆腐を食べ過ぎて死んだ鳥は 水母に生まれ変わるのはよう知っとるで じゃがのう かなしみは知らん イサクンに聞い

岸壁

コンクリート舗装したエプロンに 黄色と黒の斜め縞の車止めがある 飴を曲げたような形の繋船柱が 数メートル置きに並んでいる 幾つかには繋船ロープが掛かり 小型の貨物船が停泊している 陸には貨物上屋が立ち並び 遠くに材木置き場が見える 繋船柱に腰掛けて沖を眺める 鳥が飛んでいるが鷗ではない 乾いた風が全身を撫でて行く 貨物船から低い稼働音が聴こえる 身を乗り出して直下の海を覗く 海面近くを小魚の群れが泳いでいる 空と 海と 陸と 岸壁だけの惑星に 独り