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今日は雨の日 小雨から本降りになると コーヒーショップの窓の外を アノマロカリスが泳ぎ始めた カンブリア紀の海棲生物だ 雨足がさらに増してゆき ついにどしゃ降りになると デボン紀の肺魚や三葉虫と一緒に シーラカンスの群れが泳いでいる まるで太古の水族館だ しばらく見惚れていると 雨足がいくぶん穏やかになり 窓の外はイモリやサンショウウオや カエルのご先祖さんみたいな 怪体な姿の両棲類ばかりになった それでもずっと見ていたら 雨はすっかり小降りになり ドスンドスンと音を立てて
今日はコーヒーショップで 売買契約を結ぶことになっている しかしコーヒーをひと口飲んだ途端 売るのだったか買うのだったか 金額はどのくらいで そもそも誰と何を売買するのか きれいさっぱり忘れてしまった まあいいや だけど 何となく気分がスッキリしない ふいに至近距離から視線を感じたので となりのテーブルを見ると 鳥類行商人が双眼鏡を眼に当てて じっとこちらをウォッチしている 私はとても腹が立ったので 強い口調で文句を言った 「きみ、失礼じゃないかっ!」 すると鳥類行商人は 「
土曜日の午後 コーヒーショップに子象が入ろうとしたが ドアの間に胴体がはさまって そのまま動けなくなってしまった 店の外から象使いの少年と通行人が しっぽを掴んでエイヤッと引っ張っている 店の中からは客達と店のスタッフが 子象の頭を押しているがびくともしない それでもウェイトレスが注文を聞くと 子象は「ぼくカフェ・オレ!」と答えた やがて運ばれて来たカフェ・オレを 子象は長い鼻を使って口の中に流し込んだ と思ったら胴体を荒っぽく引き抜いて びっくりしているみんなを尻目に 大通
コーヒーにミルクを垂らし スプーンでかき混ぜると カップの中から声が聴こえてきた 「明日はゴミ出しの日だよ。」 うるさいなぁ分かってるよ と思いながらカップを覗いてみると 超小型の牛が泳いでいる スプーンで取り出してやると 小さくても豊満なおっぱいから ミルクがぴゅるぴゅる出続けている おっとトレーの外にこぼさないよう注意 すると 隣りの客がこっちを見て 「ああ、また牛が出ましたか。 私は家内に捨てさせましたよ。」と言う 「明日はゴミ出しの日だよ。」 牛は同じことを繰り返して
コーヒーをひと口飲むと 下腹部に非常に強い便意が襲ってきた そう言えば今日は朝方から 何となくお腹が妙な具合ではあった この店では駅構内のトイレに行くしかない けっこう遠いんですよこれが ふうぅ~ 何とか治まったようだから 我慢して自宅に帰ってゆっくりと… すぐにまた強烈な便意が戻ってきた うううぅ~~ぐむむううぅぅ~ 「ランチセットお待ちの方!」 ウェイトレスのカン高い声が今日は癪に障る それより前のテーブルでお喋りしている 女子高校生達に感付かれてはならない 上半身が左斜
コーヒーを飲んでいると 窓に伝書鳩が降りてきた うん? 私に宛てて? 指にパン屑を乗せて差し出すと 小さな嘴でせわしく啄ばんでくる ふふ 可愛いやつ 光沢のある胸をなでてやると ククルルと喉を鳴らす ふふ ほんっと可愛いやつ 足に付けてあるアルミの円筒から 通信文を取り出して読んでみよう どれどれ 「あなたに伝えることは何もありません」 丸文字で書いてある はて いったい誰が私にこんなことを? いぶかっていると 「あんたに伝えることなんか何もないよ」 伝書鳩がややイケズな口調
白いコーヒーカップが モジモジしている様子なので 私はどこか痒いのかと思い 指先でひとしきり掻いてやった すると紫色の煙が立ち昇り ガラケーの着信音みたいな 安っぽいファンファーレと共に ジミヘン魔神が姿を現わした 願いごとを叶えてくれるらしい だったらさえないファンファーレを あのウッドストックで演奏した 『スター・スパングルド・バナー』に 変えてもらえないか頼んでみよう すると前のテーブルの町内会長が 「ジミヘンなら『紫のけむり』だぞ」 さもそれが当然のような口調で言う
毎日コーヒーショップに来ては テーブルにノートPCと書類を広げて 何やら書いたり考えたりしている メスのニワトリがいる 近くのオフィスに勤めているのだろう 品の良い赤いトサカがよく目立つから 来ていることがすぐにわかる 今日はトーストセットを注文したようだ ゆで卵が付いているけど スーツ姿のキャリアニワトリが 共食いになるゆで卵を食べるのかどうか 食べるならどんなふうに食べるのか 私は気になって仕方がない きょときょと動く眼やトサカを ついじっと見つめてしまいそうになる しか
コーヒーをひと口飲んで皿に戻し、窓の外を眺めていたら思い出したことがある。遠い昔、 私がまだ小学生だった頃に読んだ、『ばらいろの童話集』のこと。〈ラング世界童話全集〉の第二巻だった。この本に収録されていた、「トントラワルドの物語」というエストニアの民話が、成人してからもずっと忘れられなかった。 編著者のアンドルー・ラングは、オックスフォード大学では『指輪物語』のJ・R・R・トールキンや、『ナルニア国物語』のC・S・ルイスの先輩にあたり、民俗学者にして作家であり、また詩人で