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日々に遅れて

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詩・散文詩の倉庫03
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2023年4月の記事一覧

写真

この街でいちばん美味いと言う 来々軒でラーメンを啜っていたら なかなか麺が途切れない 適当なところで喰い千切ると 「あなたはひどい人だ」 という声がした たぶんメンマが言ったのだ 油で汚れた店の壁には 色褪せてあちこち破れかけた この街の昔の写真が貼ってあった 異邦のような街並み 自転車を漕ぐ人 歩く人 山の麓まで続く家々の屋根 まだ高架になる前の鉄道線路が 遠く西空の下へと続いている 「そんなことはない」 頭を振って否定したいのに 首肯くように頭を垂れて

お話の樹

子どもの頃に お話の樹の 絵を見たんだよ 広葉樹の木陰で 幼い男の子や女の子が 目を輝かせながら おばあさんのことばに 耳を傾けている ことばは風に運ばれて 森や草原を舞い 村や町や港を漂い いろんな国や いろんな海を巡り 世界を七色に織り上げて いろんな物語になってゆく 梢では小鳥が囀り リスと兎と山羊と ネズミと猫と白い子犬 動物達も聴きに来ている 葉叢の奥には妖精の影 パンパイプを吹く者の 蹄のある足 きみも ぼくも もう子どもじゃなくなった 木陰にはもう 誰もいな

耳鼻科の名医

鼓膜の炎症と診断され メスで切開する簡単な手術を受けた 白衣に額帯鏡の老医師が 手術前に言った  「痛いですよ」 その言葉のとおり 痛かった 確かに痛かったが 症状は嘘のように楽になった あの先生は名医だ その思いを強くしながら 数日後に再び受診した  「まあだ耳鳴りがしますかの?」  「いえ、ほとんどしなくなりました」  「ふうむ、耳鳴りがしましょうのう‥‥」  (え? しなくなったんですけど) その時 電光石火の如く 女性看護師が飛んで来て 老医師