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エクスマキナの希望

【タイトル】
「エクスマキナの希望」
殺し屋シリーズ・2部1話

【キャスト総数】
4(男:2 女:2)

【上演時間】
20〜分

【あらすじ】
――「神様なんて信じていない。」

眠ることを知らない街。
煌々と輝くネオンの不夜城の中心に建つ、
ナイトクラブ「デウス」。

裏社会を牛耳るマフィア「ベルトリオ」の
息がかかったその店に招かれた二人の女。

銃声の響き渡るこの街は
「殺し屋」という歯車で廻っている。

今も昔も変わらずに。

【登場人物】
・ホープ(女)
業界では「エクスマキナ」の名で知られる殺し屋。
銃やナイフの扱いに長ける。

・銀(女)
「イン」。
ホープのマネージャー。
時折会話に母国語が混じる。

・ブルーノ(男)
ナイトクラブ「デウス」支配人。
マフィア「ベルトリオ」ファミリー2代目頭目。

・アッシュ(男)
ブルーノに付き従う殺し屋。
顔から首筋にかけてひどい火傷の跡がある。

【本編】
 眠ることを知らない大都市。夜の顔へと変貌した繁華街は色とりどりのネオンが踊る。
 ひときわ煌々と輝くナイトクラブには「デウス」の文字。

 店内。豪勢なカーペットの敷かれた廊下を歩いていく一人の男。
 顔には首筋にかけてまでひどい火傷の跡がうかがえる。
 男はドアの前で立ち止まりノックする。

アッシュ:ボス……ボス、いらっしゃいますか。

 再びノック音。ドアの向こうからはけたたましい声が聞こえる。
 呼びかけに対する反応はない。

アッシュ:入りますよ。

 ドアを開く。
 視線の先には複数の女に囲まれた男の姿が映る。
 革張りのソファに腰掛ける男が入室者に気づき、顔を向ける。

ブルーノ:あ? ……おォ、アッシュじゃねぇか。何か用か?
アッシュ:お楽しみのところ申し訳ありません。客ですよ、ボス。
ブルーノ:客? んなもんマネージャーに任せとけばいいだろうが。
アッシュ:VIPです。
ブルーノ:誰だ?
アッシュ:美女が二人。

 思案を巡らす「ボス」と呼ばれた男。
 ややあって合点がいく。

ブルーノ:……あァ、すっかり忘れてた。今夜だったか。
ブルーノ:わかった、すぐ行くからよ。適当にもてなしとけ。
アッシュ:承知しました。
ブルーノ:お前も同席しろ。
アッシュ:いいんですか?
ブルーノ:ああ。相手は時代遅れの猟犬だぜ? 噛みつかれちゃかなわんからな。
アッシュ:へぇ……見かけによりませんねぇ。
ブルーノ:猟犬は猟犬らしく相応しい飼い主が必要だ。そう思うだろ?
アッシュ:ごもっともです。
ブルーノ:とっくに終わったんだよ。「殺し屋」がのさばる時代は。

 仕立てられたジャケットを羽織り、部屋を出ていく「ボス」。
 アッシュと呼ばれた男が薄く笑みを浮かべ、顔の火傷に触れる。

アッシュ:……そうですね。いつだって時代は移ろいゆくものです。

 「ボス」に追随するように部屋を後にする。

 ――VIPルーム。
 ひときわ豪華な装飾の施されたテーブルに向かい合う形で腰掛ける二人の女性。
 その一人が楽しそうに指を立てる。

銀:ねぇ見た? さっき案内してくれた人の顔。
ホープ:……。
銀:良い男だったねぇ。思わず眼鏡取り出しちゃったよ。

 向かい合う女性は無表情に頬杖をついている。

ホープ:……そっち?
銀:え、何? そっちって。
ホープ:火傷のことかと思った。
銀:ああ、確かにひどい火傷のあとだったね。でも無問題(モウマンタイ)。
銀:傷のある男性は大好物なんだ。
ホープ:そう……。それは良かったね。
銀:釣れないねー。ホープちゃんの好みとか気になるんだけどなぁ。
ホープ:それで、話を戻したいんだけどいい?
銀:どうぞ。
ホープ:やっぱりバディは解消してほしい。
銀:んー、やりづらいかい?
ホープ:彼の腕だけは認めてる。
銀:じゃあ……。
ホープ:だけどそれだけ。人としては終わっていると思う。
銀:否定できないのが辛いところだ。
ホープ:上手くいくはずがない。今後は一人でやらせてほしいのだけど。
銀:うーん……。
ホープ:何が不満なの?
銀:いやそういうわけじゃないんだけどさ。
銀:ほら、信頼に足る仲間ってのも必要だよ? 特にこんな業界じゃね。
ホープ:面白いこと言うね、銀(イン)。
銀:だったら少しは笑ってほしいなぁ。
ホープ:信頼と裏切りは紙一重(かみひとえ)よ。
ホープ:特に私たちの業界では。……あなたもよく知ってると思うのだけど。
銀:……因果な話だよねぇ。

 ノックの音が部屋に響く。
 ドアが開き、火傷の男が入室する。
 二人の女性に対し、にこやかな笑顔を見せる。

アッシュ:お待たせしてすみません。間もなくオーナーが参ります。
アッシュ:どうぞそのままおくつろぎください。
銀:好的(ハオダ)。私はお兄さんと飲みたいけどなぁ。
アッシュ:はは、それは光栄ですね。
ホープ:……。

 アッシュの顔をじっと見つめるホープ。

アッシュ:おや、僕の顔に何かついてます? 火傷のあとくらいしかないと思いますけど。
ホープ:……別に。
銀:あららー? ホープちゃんも面食い?
ホープ:違う。
銀:ということは外見より中身重視な感じ?
ホープ:もういい。

 呆れてそっぽを向くホープ。

銀:わ〜ごめんってばぁ。
アッシュ:何の話をしてたんですか?
銀:ふふっ、コ・イ・バ・ナ。お兄さんも混ざる?
アッシュ:ぜひ……と言いたいところですが遠慮しておきます。
アッシュ:ボスに見つかったらお目玉をいただきますので。
銀:いいじゃ〜ん、遅れる方が悪いんだよ。

 同時に豪快にドアが開かれ、「ボス」が現れる。

ブルーノ:よォお二人さん。待たせちまったか?
銀:んー、噂をすればだ。你好(ニーハオ)~。随分とお酒が進んじゃったよ。
ブルーノ:ハハッそりゃ何より。
ブルーノ:あんたが銀(イン)だな。聞いてた通り良い女じゃねぇか。
銀:謝謝(シェイシェイ)。

 次いで向かいに座るホープに目を向ける。

ブルーノ:で、そっちが飼い犬か。
銀:ウチの大事な稼ぎ頭だよ。
ホープ:……どうも。
ブルーノ:まぁいい。よく来てくれたな。
ブルーノ:あんたとは一度話をしたかった。
銀:驚いたよ。あの「ベルトリオ」ファミリーのドンから直々にご招待されるなんてね。
銀:噂に聞いてた通り素敵な店だ。何て言ったっけ……「デウス」?
ブルーノ:そう、「デウス」。今じゃあこの街で一番でけぇクラブだ。

 ぽつりと言葉を漏らすホープ。

ホープ:……大層な名前。
ブルーノ:あ? 何か言ったか?
ホープ:何でも。
銀:よく成り上がったよねぇ、二代目?
銀:先代が殺(と)られたって聞いた時は騒然としたもんだ。
ブルーノ:ああ、一時期はな。だが今となってはオヤジを殺(と)ってくれた「不運(アンラック)」にゃ感謝してるぜ。
銀:おや、穏やかじゃないねぇ。
ブルーノ:あいつは人望はあったが甘すぎた。根っからの紳士だったんだよ。
ブルーノ:親子そろってマフィアにゃ向いてねぇ。
銀:素敵だと思うけどなぁ、そういうの。
ブルーノ:綺麗ごとだけじゃ飯は食っていけねぇだろ?
ブルーノ:あんたはわかってくれると思うけどな。
銀:まぁ、裏社会の教科書には1ページ目に書いてあるだろうね。
ブルーノ:だろ? 結果的に俺が舵取りを始めてからここまで組はデカくなった。
ブルーノ:今じゃあ「ベルトリオ」の名を知らねぇ野郎はいねぇよな?
銀:そうだね。目を見張るものがある。

 上機嫌に笑う「ボス」。酒のボトルを掴む。

ブルーノ:ははッ、まぁ飲めよ。なかなかイケる口みてぇだしな。
銀:わかってるじゃない。まだまだ序の口だよ。

 頬杖をついたまま無表情に「ボス」を眺めているホープ。

ホープ:……。
ブルーノ:嬢ちゃんはミルクでも飲むか?
ブルーノ:メニューにあったかなぁ、ハハハッ!
ホープ:……不思議ね。
ブルーノ:何がだ?
ホープ:私はあの男がトップだと思っていた。

 後ろに佇むアッシュを指すホープ。

アッシュ:……僕ですか?
ホープ:そう。
アッシュ:面白いジョークですね。
ホープ:私、冗談は苦手。
銀:ちょっとォ、ホープちゃん……。
ブルーノ:吹くじゃねぇか嬢ちゃん。どういう意味だ、そりゃあ?
ホープ:だってあなたからは何も感じない。
ホープ:どうせ自分の手を汚したこともないんでしょう。
ブルーノ:何だと?
ホープ:彼は底が知れない。目が合っただけで肌が粟(あわ)立つもの。
アッシュ:はは、参ったなぁ。
銀:もー、ホープちゃん。余計なこと言わなくていいのに。
ブルーノ:……ふん、猟犬同士気が合うってわけか。
銀:良かったら紹介してよ。そのハンサムくん。

 深々とソファに座り、アッシュを顎で指す「ボス」。

ブルーノ:こいつはもともと組のモンじゃねぇ。俺が前に拾ってやった殺し屋だ。
ブルーノ:なぁ、アッシュ?
アッシュ:はい。
ホープ:アッシュ……。
ブルーノ:この男は利口だ。立場と自分の腕の使い方を理解してる。
ブルーノ:さながら俺の右腕ってところか。
銀:金と力、両方手に入れて今の地位があるわけだね。
ブルーノ:そういうことだな。イキがってた連中は全て傘下に加えた。
ブルーノ:今や裏を牛耳ってるのは「ベルトリオ」と言っても過言じゃねぇ。

 前のめりになり、含んだ笑みを見せる「ボス」。

ブルーノ:まぁ……あくまで「裏」に限った話だがな。
銀:……ははぁ。だんだん読めてきた気がするね。
銀:私が招待された理由も。
ブルーノ:クク、察しがいいな。
銀:目的は私のパイプかな?
ブルーノ:ああ。「クイーン」と繋がりのある奴は裏にもそうそういねぇ。
銀:それを得てどうするの?
ブルーノ:どうなると思う?
ブルーノ:表舞台の権力の象徴たる「クイーン」様も食っちまえば……。
ブルーノ:俺たちみてぇな、いちマフィアが街全体を仕切る日が来るのもそう遠くはねぇって話だよ。
銀:あはは、彼女はそんなタマじゃないと思うけどねぇ。
ブルーノ:へッ、「クイーン」だって女だろ。いい声で鳴かせてやるさ。

 下品に笑う「ボス」に対し冷たい目を向けるホープ。

ホープ:面白いこと言うね、オジさん。
ブルーノ:……ブルーノってんだ、お嬢ちゃん。
ブルーノ:口の利き方はママから教わらなかったか?
ホープ:いつの時代もそう。身に余る力を手にした権力者の末路はひとつだけ。
ブルーノ:ほう?
ホープ:破滅。

 つかの間の沈黙が流れる。
 静寂を裂くように拍手を送る銀。

銀:好看(ハオカン)! なかなか面白かったよ。
銀:良い酒の肴(さかな)になった。
ブルーノ:……何だと?
銀:チープでバタくさいコメディってところかな。
銀:ごちそうさまでした。さ、帰ろうかホープちゃん。
ホープ:ええ。

 立ち上がろうとする二人。
 乱暴にテーブルを蹴るブルーノ。

ブルーノ:待てコラ。
銀:んん? まだ続きがあるのかな。
ブルーノ:お前ら、このままタダで帰れると思ってんのか?
銀:まァたベタな台詞だねぇ……。
ブルーノ:アッシュ!
アッシュ:イエス・ボス。皆さん、お嬢さん方におもてなしを。

 アッシュの合図とともにマフィアの構成員たちが部屋へ流れ込み、二人を囲む。

銀:さすがVIPとなると扱いが違う。
ブルーノ:いつまでデカいツラしてんだ?
ブルーノ:いいか、殺し屋が裏で幅を利かせる時代はとっくに終わってんだよ。
銀:だってさ。どう思う? ホープちゃん。
ホープ:多分、知らないだけだと思う。……本当の「殺し屋」を。
銀:没錯(メイツゥオ)。
ブルーノ:チャイニーズは殺すなよ。女には女のうたわせ方があるからな。
ホープ:頭は低くしてて、銀。
銀:はぁい。

 手を挙げるブルーノ。

ブルーノ:やれッ!

 構成員たちが一斉に銃を抜く。
 それよりも早く懐に手をかけるホープ。
 銃声が鳴り響く。

銀:(あの子には明確な殺しの「スイッチ」がある。)
銀:(ひとたびオンになれば、不要な感情は途切れて精密な機械と化すんだ。)
銀:(最短、最速、最効率でマトを殺す機械。)
銀:(無駄のない流れるような動きは美しさすら感じるよ。)
銀:(眉ひとつ動かさずに引き金を引き、刃を振るうその姿から業界ではこう呼ばれてる。)

 銀の口元に笑みが浮かぶ。

銀:……エクスマキナ。

 無惨に床に転がる構成員たち。
 その中心に佇むホープの姿。

ホープ:……。
アッシュ:はは、お見事。

 あまりの出来事に愕然とするブルーノ。

ブルーノ:な……何……何が起こった?
ブルーノ:おいお前ら。寝てる場合か。さっさと起きろ!
ブルーノ:殺せ。奴を殺せと言ったはずだぜ俺はッ!
アッシュ:無駄ですよ、ボス。全員やられてます。
アッシュ:死んではいませんが動けないでしょうね、これは。
ブルーノ:くそ……ッ。何なんだお前はァ!

 ブルーノの声がむなしく響く。
 変わらず無表情な目を向けるホープ。

ホープ:確か「デウス」って言ったよね。店の名前。
ブルーノ:……ッ!
ホープ:自分が神にでもなったつもり?

 ブルーノの顔に引きつった笑みが浮かぶ。

ブルーノ:……ああそうさ。この街は俺のもんだ。
ブルーノ:逆らう奴なんざ誰もいねぇ! 神様も同然だろうが、なァ!?
ホープ:ふざけるな。

 ブルーノに銃口を向けるホープ。

ブルーノ:あ……ああ……。
ホープ:そんなものがいるとしたら私が殺してやる。
ブルーノ:ア……アッシュ! こいつを……こいつらを殺せッ!
アッシュ:お二人とも殺(と)っていいんですか?
ブルーノ:構わん! さっさとやれ!
アッシュ:わかりました。

 ホープの前に割って入るアッシュ。

ホープ:……。
アッシュ:そういうわけです。ひとつ踊っていただけますか? 
ホープ:生憎だけどダンスの心得はないの。
アッシュ:はは、ご心配なく。エスコートは紳士の嗜(たしな)みですから。
ホープ:……いらないわ。

 銃声が響く。
 お互いが間合いを取り、遮蔽物に身を隠す。
 なおも銃声が鳴り続ける。

ブルーノ:くッ……。付き合ってられるかよ……!

 逃げるように部屋から出ていこうとするブルーノ。
 それを遮るように壁を蹴る銀。

銀:どこ行くのォ? ボス。
ブルーノ:ど、どけッ!
銀:駄目じゃない。お互い飼い犬が体張ってるんだからさぁ。
銀:しっかり見届けてあげないと。

 椅子に座り直しグラスに酒を注ぐ銀。
 その顔には笑みがこぼれる。

ブルーノ:てめぇ……何がおかしいんだ。
銀:何って、こんな殺(と)り合い滅多にないよ?
銀:良いねぇ、良いねぇ……こうでなくちゃ! この街の夜は。
銀:ほら、ボスも座って飲みなよ。
銀:せっかく良い席が空いてるんだからさ……あッははは!

 まるでショーを楽しむように酒を傾ける銀。

ブルーノ:イカレ女が……。

 銃撃が止み、対峙する両者。
 アッシュの顔には清々しい笑みが浮かんでいる。

アッシュ:あぁ……良いですねぇ、素晴らしい。
アッシュ:久しく忘れてましたよ、この感覚。
ホープ:……あなた、何者なの。
アッシュ:何のことはありません。死にきれずに焼け残った灰です。
アッシュ:綺麗なものですよ……地獄の業火というのも。

 その笑みには狂気が宿る。
 瞳を見つめたまま口を開くホープ。

ホープ:……銀(イン)。
銀:んー?
ホープ:これ以上は割に合わない。
銀:そんなにヤバいんだ、彼。
ホープ:ええ。

 残念そうにため息をつく銀。

銀:お開きかな。面白いものは観れたけど実に無駄な時間だったねぇ。
銀:お金にならないゴタつきなんて非合理極まれり……だ。
アッシュ:おや、やらないんですか?
ホープ:聞こえたでしょう。あなたは手に負えない。
アッシュ:振られてしまいましたか。残念ですねぇ。
アッシュ:久しぶりに胸の踊るダンスだったのに……。
ホープ:……食えない人。

 銃を下げるホープ。
 沈静化していく場に唇を震わせるブルーノ。

ブルーノ:……オイ、何勝手に終わらせてやがる。
ブルーノ:アッシュ! さっさとアマ二人ぶち殺せ!

 銃を下げたアッシュが肩をすくめる。

アッシュ:ボス。
ブルーノ:ああ!?
アッシュ:お嬢さんの言う通りです。非合理な仕事を嫌う生き物なんですよ、殺し屋は。
ブルーノ:知るかよ! どいつもこいつも殺し屋殺し屋……!
ブルーノ:てめぇらがどれだけ偉いんだ。あ!?
ブルーノ:銃振り回すだけの脳足りんのやり方なんざ、もう通用しねぇんだよ!
アッシュ:そうでもありませんよ?
ブルーノ:何だと……?
アッシュ:ほら。

 ブルーノに銃口を向けるアッシュ。

ブルーノ:……ッ!
ブルーノ:オイ何の真似だ。誰に銃向けてやがる。

 楽しげに指をさす銀。

銀:見てホープちゃん。見慣れた光景だ。
銀:むしろ今までよくこうならずに済んでたと思うね。
ホープ:同感。
アッシュ:はは、コネだけは豊富でしたからね。
アッシュ:頃合いまでは存分に利用させてもらいました。

 怒りに肩を震わせるブルーノ。

ブルーノ:てめぇ……拾ってやった恩を仇で返す気か?
アッシュ:拾ってやった?

 ブルーノの眼前へ近づいていくアッシュ。
 銃口が眉間へと押し付けられる。

アッシュ:「拾われてやった」の間違いですよ、ボス。
ブルーノ:だッ……誰か! 誰でもいい!
ブルーノ:こいつを始末しろ! 親を裏切りやがった!

 ブルーノの叫びはむなしく響く。

ブルーノ:何だお前ら……俺の……親の言うことが聞けねぇのかッ!
アッシュ:金の力だけでのし上がったハリボテの親に家族。所詮こんなものです。
アッシュ:子にも親を選ぶ権利はある。
ブルーノ:くそッ、くそォ! クズども……。誰のおかげで良い思いができてると思ってんだ!
ブルーノ:俺が「ベルトリオ」をここまで押し上げたおかげだろうが!?
アッシュ:最後にひとつだけ訂正しておきましょうか。
アッシュ:「殺し屋」の時代はこれから始まるんですよ。

 アッシュの指が引き金にかかる。

アッシュ:ルールは至ってシンプル。勝った者が全てを手に入れるんです。
アッシュ:そう……ウィナー・テイク・オール。

 ブルーノの口が震え、懇願する表情に変わっていく。

ブルーノ:なぁ……やめてくれ、アッシュ。
ブルーノ:これからなんだ。わかるだろ? これから始まるんだよ、俺の「ベルトリオ」は……ッ!
 
冷たく笑みを浮かべるアッシュ。

アッシュ:お勤めご苦労様でした、ボス。
ブルーノ:やめろ……やめろぉぉぉぁぁぁああッ!

 乾いた銃声が響き、悲鳴がピタリと止む。
 静寂の中、床に倒れ込んだブルーノの頭部から鮮血が溢れ出す。
 笑みを浮かべたまま広がっていく血溜まりを眺めるアッシュ。

ホープ:……皮肉ね。神(デウス)が飼ってた悪魔(デモン)に殺されるなんて。
アッシュ:ははは……神も仏もここには必要ないでしょう。
アッシュ:僕らが信じるのは金だけだ。
銀:わかってるねぇ。
銀:それで? 「ベルトリオ」は君が根こそぎいただくつもり?
アッシュ:ええ、もちろん。ボスもこんな有様ですしね。
銀:ふふ……寒気がするよ。
アッシュ:僕はただ……成し遂げたいだけなんです。
銀:何を?
アッシュ:あの人が叶えられなかった「変革」を。

 二人へ向き直るアッシュ。

ホープ:……嘘。
アッシュ:え?
ホープ:あなたの言葉は嘘ばかり。
ホープ:その笑顔も、全部。
アッシュ:……ふふっ、ははは。

 背を向け、手を上げるアッシュ。

アッシュ:……またお会いしましょう。「機械仕掛け」のお嬢さん。

 アッシュの足音が遠ざかっていく。

 なおも鮮血は床に広がり続ける。

ホープ:(神様なんて信じていない。)
ホープ:(偶像に縋る暇があるなら引き金を引け。)
ホープ:(……あなたが教えてくれた言葉。)

 「デウス」を後にしたホープと銀が繁華街を歩いていく。

銀:はぁ、すっかり酔いが醒めちゃったな。
銀:飲み直す? ホープちゃん。
ホープ:遠慮しとく。
銀:それにしてもさぁ、彼。あのハンサムくん、アッシュだっけ。
銀:偽名だろうけどさ。また厄介な輩が出てきたもんだねぇ。
ホープ:関係ない。私は私の仕事をこなすだけだから。

 目を輝かせ、手を合わせる銀。

銀:さっすが殺し屋の鑑(かがみ)だね!
銀:じゃ、さっそく次の仕事の件なんだけどォ。
ホープ:一人でやるから。
銀:えっ。
ホープ:次の仕事は一人でやる。
銀:いや、あの……そう言わずに。
銀:仲良くしてあげてよ、ね?
ホープ:必要ない。
銀:ホープちゃぁん。
ホープ:他の人と組ませればいい。仕事の詳細はメールして。

 先を歩いて行くホープ。

銀:あっ、ちょっと待ってよ。
銀:ホープちゃんってばぁ!

 後を追って走る銀。

ホープ:(あなたは今も、この歪んだ街のどこかで牙を研(と)いでいるだろう。)
ホープ:(生きてもいいという「希望」をくれたから私はこうして立っている。)
ホープ:(止まることのない姿に、どうしようもなく憧れた。)
ホープ:(私が信じるものはあなただけ。)

 歩み続けるホープ。
 眠らぬ街の光が彼女を照らす。

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